番外編 巻き込まれて異世界召喚されたけど無法な場所だったので勝手に戦います~法科大学院生の俺が法律知識で活躍して超絶優良最強勇者をリードしちゃった件~(おいおい)
俺は、ずっと失敗し続けている。
だけど、もう止まることはできないし、多分誰にも止められない。大体いい人のふりをして、紛れ込んでいる。弱くて、クズで、咎を負ってまでして、一人だけの暗闇を歩いてきた。それでもまだ、何も見えないままだ。
〇
「成功! 成功ですぞ!」
真っ暗な視界の中で、老爺の声が響いた。頭が痛い、心臓は潰れそうで、肺は機能していないみたい。身体が痺れる。けれど、それも段々落ち着いてきて、酷い立ち眩みから回復してきた時のように、次第に周囲が見え始めた。
何だこれは、魔法陣?
紅い石床の上に、黄金で描かれた丸い紋様が輝いている。風はない。建物の中にいるらしい。見れば、構造は中世ヨーロッパの聖堂のようだ。正確には、分厚い壁に巨大な柱、窓は少なく、初期ロマネスク様式のトンネル式穹窿に近い。うーむ、高校で習った世界史の知識がこんな所で役立つとは……って、まあテキトー言ってるだけなんだけど。建築のことなんか分かんねーよ。とはいえ、あえて評するなら、建材が見慣れぬ紅の石で、異様な景色、さながらクリムゾン・キングの宮殿といったところか、奇々怪々、二十一世紀の精神異常者かな、俺は、ははは……
ってこれはまさか、異世界転移⁉ 困るよ⁉
隣で物音がした。魔法陣の中に、自分以外にもう一人いたのである。隣で俺と同じようにへたり込んでいるのは、制服を着た、中学生くらいの少年だった。
「二人、二人おります!」
「早く鑑定するのじゃ! 異界の勇者様はいずれの御方か!」
また声が響く。
俺は少年と目を合わせた。ふむ、素直そうで、しかし眼に何か底知れぬものを秘めている。これは、あれか。彼が魔王を打ち倒す勇者で、俺はその召喚に巻き込まれたとか、そういうのか。
「鑑定! ステータスオープン!」
再び声が響くと、俺と少年の前に、薄水色の画面が表示される。
名 前: 水去律
年 齢: 22歳
属 性: 光・?
レベル: 1
H P: 3/10
M P: 0/0
力: 2
速: 1
覚: 5
気: 7
運: 0
スキル: 法の力・?法??
称 号: 無免ローヤー・???法?
祝 福: 法???の加護
「雑魚です! こいつは雑魚ですぞ!」
「ではこちらの御方か!」
名 前: 神代鳳凰院ユウキ
年 齢: 14歳
属 性: 神火・聖天・創世
レベル: 1
H P: 150/150
M P: 5400/5400
力: 300
速: 450
覚: 180
気: 630
運: ???
スキル: 勇者の力・選ばれし者の光・????
称 号: 異界の勇者・覇を打ち砕く者・超常の体現者・??・????・??
祝 福: 運命神の加護・???????の息吹・???????・?????
「レベル1にして何という数値!」
「おお、これこそまさに勇者なり! これで、これで世界は救われる!」
老爺が数値を覗き見し、何やら権力者、国王だろうか? に報告する。うーむ、それにしても、少年のステータス凄いなあ、流石勇者だなあ。まだ十四歳なのになあ。
なんて考えていたら、ステータス画面を見ていた少年が、俺の方を向いた。
「あの、オレ、勇者なんすかね?」
ふむ、困惑するのも無理はない。いきなり異世界転移で勇者にされちゃタイヘンだ。
「勇者、みたいだねえ、えっと、かみしろほうおういん君、でいいのかな」
「その読み方で正しいっす。どっちかというと、ユウキって呼んでくれたら。あなたは……みなさり、さん?」
「うん。それで合ってる。水去律だ。少年、どうぞよろしく」
「よろしくお願いします」
そんなやり取りをしていると、魔法陣の輝きが消えた。そうして、国王らしき壮年の男性が小走りでとたとたやって来て、少年の前で土下座した。
「勇者様! 貴方を召喚したのは他でもない、どうか、どうか魔王を討伐し、この世界を救ってくださらぬか!」
「あ、えっと、はい、分かりましたっす」
素直なユウキ少年である。俺はどうやらいらない子らしい。「あの、俺はどうすれば……」と聞いてみると、召喚士らしい老爺から「勇者召喚には、しばしば巻き込まれる人間がいるのでございます。数刻もすれば帰還の魔法陣が自動で走りますので、ご安心くだされ」と返答があった。
ほう! 良心的だ。テンプレなら、巻き込まれた役立たずは冷遇して放り出すものだが。いやしかしよかった。ほっとした。ありがたい。戻れないならどうしようかと思っていた。
「勇者様のために、食事会の準備をしております。巻き込まれの方も、帰る前に我が国、エルデノディアの産品をお楽しみくだされ」
そうして、俺とユウキ少年は、饗宴の間に通されたのだった。
○
この世界ドラグレンバースの説明、それから魔王の存在について一通りレクチャーを受け、国王の演説が終わると、食事会が始まった。俺は一番上座にある勇者の、隣の席を賜った。
何の肉だか分からないけど、北京ダックみたいなクレープ風の肉料理を齧りつつ、俺は少年に話しかけてみた。
「少年は十四歳なんだよな? 中学生?」
「あっ、はいっ、そうっす。中二っす」
「そっかー、中学生でこんなことになって、大変だね。親御さんも心配するだろうし」
「あ、いや、ウチは、旧家で、オレは五男なんすけど、親は兄さんにしか興味なくて。長男以外は不要ってゆーか。オレ、オヤジの顔は年二回とかしか見れないくらいで。だから、あんまり心配してないんじゃないっすかね? 多分、誰もオレを待ってないっすよ」
「うーん、随分寂しいことを言うね……あーでも、俺の友達に、財閥のボンボンがいてさ、そいつも八男だから、結構大変みたいなんだよな。サラブレッドにはサラブレッドの悩みがあるもんなんだなー」
「はいっす。だから、オレ、ちょっと嬉しいっす。こうやって、異世界で勇者になれるなんて。人生が変わりそうで」
「そっか……」
確かに俺も、中学生くらいの頃、異世界を夢想したこともあった。魔物を倒し、街を守り、スーパーパワーで世界を救う。だが、いざ本当に勇者になるとすれば、それは……
それは、とても辛いことなのではないか?
その時、轟音と共に、分厚い石壁が崩れた。巨大な鉤爪が現れ、料理が載ったテーブルを吹き飛ばす。現れたのは、首の長い双頭の黒いドラゴン。そして、その上に乗り手綱を握る、角の生えた女。
「魔王軍四天王の一人、アブソリューテだああ!」どこからかそんな声が響いた。
ドラゴンの咆哮が響いて、風圧が食事会に参加していた人々を吹き飛ばす! 俺は、ユウキ少年が防壁になってくれたおかげで、なんとかその場に留まることができた。
「勇者を召喚したらしいわねェ、魔王様のためにもォ、若い芽はここで摘んでおかなきゃァ」
アブソリューテが少年を見下ろしながら言った。竜の巨大な顎がガチガチ音を立て、中から紫の炎が漏れ出る。うっ、ガソリン臭い……
「勇者様! これをお使いください! 勇者だけが使える聖剣、エックスカリバーです!」
国王が光り輝く長剣を差し出す。ユウキ少年はそれを受け取って構えるが、そこにいるのは普通の中学生なのだ。包丁よりも大きな刃物を持つのは初めてらしい。
手が、震えていた。
「少年!」
「オレが戦うっす! 皆の、この世界のために!」
「いくら勇者でもォ、レベル1で勝てるわけないでしょォ……やれッ、バハムート!」
アブソリューテの指示を受け、紫炎を纏った竜の顎が少年に迫る!
「うわああああああ!」ユウキ少年は悲鳴を上げた。
しかし、さすがは勇者、おっかなびっくりでも、剣を振るい、二度にわたる竜の攻撃をはじき返した。これが才能、凄まじい。だが、無我夢中、視野が狭くなっている。使い魔は囮だ。竜に攻撃させ、その間に、アブソリューテは黒い波動を溜めている。
「ダークネスホロウブラストォ!」
アブソリューテの手から暗黒の波動が放たれ、ユウキ少年は吹き飛ばされた。しかし、やはり勇者なのである。ダメージを受けながらも、一瞬の判断で剣を床に突き刺し、戦いの場から退場させられるのを避けた。彼が少しでも戦場を離脱すれば、その間に聖堂の人間は皆殺しにされる。それが、勇者の本能で分かっているのだろう。
再び聖剣を構える少年。しかし頬からは血が流れ、学ランはあちこち破れ裂けている。柄を握る手は、今にも武器を取り落としてしまいそうだ。
「莫迦ねェ、勇者ァ。ヒトどもにチヤホヤされてェ、勘違いしちゃったのかしらァ。ねェ、死ぬって分かるゥ? 永遠にこの世界から排除されるのォ。アナタは今からァ、内臓ぶちまけてェ、惨めに死ぬのよォ……!」
アブソリューテの言葉が、崩壊する聖堂に響く。
それでも、少年は剣を、敵に向けた。
「死んでも、いい! オレは勇者なんす。この身が滅んでも、皆を、世界を守るんです!」
「そうゥ、ならぁァ……今すぐバハムートの餌にしてあげるッ!」
再びアブソリューテが黒の波動を開放して、少年はちょうど俺の前に飛ばされてきた。腕を掴み、抱え込み、必死で彼を受け止める。軽い。まだ子供の身体だ。それでも彼は、救いの手を振り解いて、己の足で立ち、剣を握る。まだ十四歳の、少年が。
「あなたは……早く、逃げてください! オレが……オレが生きてる間に!」
素晴らしい言葉だと思った。
俺は、無意識に勇者の肩に触れていた。
「ユウキ君……とってもいい台詞だ、感動的だ。だけど、自分の命を無意味にしちゃ駄目だ。君は勇者なんだから、勇気を履き違えてはいけない」
「水去さん……?」
「だから、人生のほんの少しの先輩として、今は君を助けるよ。俺も一緒に、戦おう」
変身六法を取り出して、構える。先代に命じられたポーズもきっちり履践して、「変身!」六法をバックルにセットすると、光が溢れて、身体を包み込む。法の鎧が形成され、その重みが、俺を守ってくれる。
「法に代わって、救済する!」
勇者の隣で、俺は、無免ローヤーに変身した!
「凄いっす! 水去さん、なんすかそれ?」勇者が嬉しそうに言う。
「無免ローヤー! まあ、ローカルヒーローみたいな感じ! 詳しい説明はあとで! 俺がドラゴンを抑える。ユウキ君はあの女を! 強そうなの押し付けて悪いね!」
「了解っす!」
その言葉と共に、俺と勇者は、二人同時に駆け出した。「ドラゴンは、人じゃない、法律上は物だよな。魔王軍四天王は人間か? 人権あんのかっ⁉ あってほしいなぁ……まあいい、多分これでいけるやろ!」
動物が人を襲った時、その飼い主に故意過失があるなら、飼い主による不正な侵害として正当防衛は認められ得る。しかし、その飼い主までもが自然人じゃなかったら? これは純粋に物による侵害だ。なら問題ない、けど、ってあれ、動物愛護法、鳥獣保護法、ドラゴンが保護対象に含まれ得る特別法はないよな? あ、魔王が飼い主の可能性もあるのか……でもアブソリューテに貸与してるなら故意はある? うん? うーん……ああっもおっ! 対物防衛に対し正当防衛が成立するか否かは議論があるが、結論の妥当性、民法での扱いも踏まえれば、俺は対物防衛肯定説に立つ! アブソリューテや魔王が人なら正当防衛! 人じゃないなら器物損壊罪は成立せず、仮にドラゴン愛護法があろうと最低限、正当防衛は成立する場面!
そんなことゴチャゴチャ考えたりしつつも、とにかく俺は、あの条文に触れたのだ。
【刑法三十六条 正当防衛!
一項 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない!】
六法から光が溢れ、法の剣へと変化する。聖堂を駆け抜ける俺たちに、ドラゴンの頭が襲いかかる。勇者が足を止めかけるが……
「俺がやる! 君は真っ直ぐ突っ込めえええ!」
ぐっと足に力を込め、跳ねる。勇者を噛み砕こうと迫る牙を、法の剣で弾き飛ばす。竜の体勢が崩れたところで、俺の頭上を勇者が飛んでいった。
ガキイイイイイイイイン! 重い金属音が聖堂に響く。振り下ろされた聖剣を、アブソリューテは片手で受け止めていた。マジかよ! そんなに強いの⁉ 「ダークネスホロウブラストォ!」アブソリューテの言葉と共に、暗黒の波動が空間を突き抜けて、勇者が砲弾のような勢いで床に叩きつけられる。
「ユウキ君!」
彼に声をかけた瞬間、もう一つの竜頭が俺に迫る。空中だから身動きが取れない。瞬間、身体中に衝撃があって、目の前で紫の炎が躍る。強大な圧力が法の鎧を押し潰そうとしている。俺はドラゴンに噛み砕かれかけていた。な、何も見えん、ユウキ君は大丈夫なのか⁉
「ぐっ……痛うっ……ああっ、水去さん! 大丈夫っすか!」
声が聞こえた。よかった無事か、さすがは勇者!
「心配ありがとねえええ! まだまだ生きてるよおおおおお!」
ああでもこっちは全然くたばりそうだっ! どうする⁉ よしっ! 虎穴虎児だっ! バタ足っ! バタ足っ! 泳ぐようにもがいてもがいて、一か八か、俺はドラゴンの口内の、奥深くに入り込む。暗く、熱い、臭い。地獄のようだ。
だが! 俺は法の剣を握り、ぐるりと回転して周囲を切り裂く。途端に光が視界に差し込んだ。竜の頭と共に、俺は下に落ちていく。ザマーミロ! ちゃんと生食用か確認して食べないからこうなる、内側から首を切り落としてやったわ! ふはは、これで一つ首、どこにでもいるフツーのドラゴンだ!
「ムーちゃんッ⁉ なんてことをッ! おのれ貴様アアアアアァ!」
「二つあるんだからいーじゃんよー?」
全身滅茶苦茶痛いが、ユウキ君を安心させるため、軽口を叩いてみる。しかしそれが魔王軍四天王アブソリューテちゃんの逆鱗に触れたのか、彼女は力を凝集させ、波動どころではない、質量を帯びた球状の漆黒を放った。
腹部の鎧が抉れる感触があった。瞬間、重力が消えて、壁に叩きつけられる。あ、もう動けん……法の鎧が光になって消える。変身が解けてしまった。為す術もなく無様に倒れて、あとは、瓦礫の中に身体を埋めるしかない。
「水去さんっ!」
ユウキ君がこっちを見て言う。駄目だ、敵から目を離しちゃいけない!
ドラゴンの残った首が彼に頭突きをした。勇者も吹き飛ばされて、俺の隣に落ちて来る。
「殺すッ! もう殺すッ! 勇者もォ! 訳の分からん仮面騎士もッ!」
アブソリューテの激昂と共に、ドラゴンが足を踏み鳴らし、聖堂を揺らした。俺は瓦礫の中で仰向けになって、彼に声をかける。
「ユウキ君、ごめんなあ。俺、HP3しかないんだわ。もう動けねえ。少しは、君の力に、なりたかったけど」
勇者も倒れたまま、こちらを向いた。
「水去さん。ありがとうございました。……ホントはオレ、最初、怖かったんす。剣を握った時、戦うのが、怖くて」
「そりゃそうだよ。戦うのって、めっちゃ怖いよ。痛いし、苦しいし、息できないし、ロクデモナイんだ。怖いのなんて当り前だよ」
俺の愚痴みたいな言葉に、ユウキ君が頷く。
「でも、オレ、水去さんが一緒に戦ってくれて、スゲー勇気が湧いたんす。オレは、勇者だから、勇気さえあれば、戦えます。だから、オレが……皆を、水去さんを、守りますよ」
勇者は身体を起こし、剣を支えにして、立ち上がった。
「勇者アアアアアァ!」アブソリューテが吼える。
「そう、オレは勇者っす。だから、皆を救うんです。オレが! この手でええええ!」
ユウキ君が地面を蹴って駆け出す。竜の首が彼を襲う。それを聖剣で受け止め、弾いた。そうして彼は前へ進む。その先に鉤爪が振り下ろされる。勇者は勢いのままに身を捻って躱すが、そこに切り落とされてなお動く竜頭が噛みつきかかって、彼は瓦礫の中で転んでしまう。倒れた勇者めがけて、アブソリューテが黒の波動を放った。次々と衝撃波が飛び、彼の姿が見えなくなる。波動が床を穿ち、ついに聖堂が完全に崩れる。土煙が舞い、全てが壊れた。その中で……
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「まだァ、生きてるですってエエエエエェ!」
土煙の中から、弾丸のごとく飛び跳ね出てきた勇者。アブソリューテの頭上で、大上段に構えた聖剣エックスカリバーは、黄金の炎を纏っている。勇者の能力の一つ、神火。全ての魔を焼き尽くす神の焔が、開けた大空の下で、轟々と揺らめく。
「ゴッドフレイムスラアアアアアアアッシュ!」
勇者の一撃が、魔王軍四天王アブソリューテを真っ二つに切り裂いた!
ドガアアアアアアアアアアアン! 大爆発が空を覆う!
その瞬間、レェェベェルアァープッ‼ というド直球なワードと共に、やたら長い効果音が、なんとか生き残った俺の耳に鳴り響いた。それから着地した勇者を、俺はサムズアップで迎えるのだった。動けなかったから、寝ころんだままでだけど。
お疲れ様! 君は、よく戦った!
○
魔王軍四天王アブソリューテは、魔核状態に戻り(魔族は死なないらしい)、国王の軍に捕獲された。暗黒双頭竜バハムートは、切り落とされた片方の首を残して飛び去った。軍が追討に動いたものの、勇者なしでドラゴンをどうにかするのは難しいだろうということだ。
崩壊した聖殿跡で、俺は勇者ユウキと話をしていた。二人ともボロボロである。生身で戦ったユウキ君なんか、学ランがあちこち破れて、大変な姿だった。でも彼は、嬉しそうに笑う。
「水去さん、本当にありがとうございました! 水去さんがいなかったら、オレ、絶対に諦めてたっす」
「いや、俺は、何もできなかった……というかここ日本じゃないし、器物損壊も特別法も刑法三条の対象じゃないから、あんま正当防衛とか考える必要なかったかも。つまり何が言いたいかというと……俺、弱いんだよなぁ」
「でもドラゴンの首、切り落としたじゃないっすか!」
「まあ、こんな俺でも、役に立ててよかったよ……それより、ユウキ君! 君は本当にすごいな! ちゃんと立ち向かって、ちゃんと勝ったんだ。これって簡単にできることじゃないんだよ! 本当に偉い。よく、頑張ったね」
「えへへ、そっすかねえ……?」
そんな話をしている俺たち二人の下に、国王と、召喚士の老爺や、衛兵、使用人、メイド、騎士、それから王都の住民たちが集まって来る。彼らは俺とユウキ君を取り囲むと、一斉に頭を下げた。
「この世界のために戦ってくださり、まことに、ありがとうございます。超常を体現し覇を打ち砕く異界の勇者たる神代鳳凰院ユウキ様。そして、不思議な仮面騎士様、貴方様も立派な戦士だったのですね。国家を代表して、この私、モモモス・ドナンテス十三世が、お二人にお礼申し上げます。本当にありがとうございました……!」
国王が涙を流して礼を述べた。それを聞きながら俺は、ここまで素直で腰の低い異世界の王、そして住民ってのも、なんか意外だなぁ、と思った。ノベルやゲームやコミックの中じゃ、大抵ロクでなしのクズなのにねぇ……
だけど、ユウキ君が勇者として生きていくなら、世界は優しい方がいい。
その時、俺の足元にて、魔法陣が光って展開した。
「ああ! 仮面騎士様、帰還魔法の起動時間ですじゃ! そこを決して動かぬように! 他の皆も、足を踏み入れてはなりませぬぞ!」
召喚士の老爺が声をかける。それと共に、「ああそうだ」と国王が呟いた。彼は懐から、青と赤の、二つのビー玉みたいなのが入った箱を取り出した。
「転送玉でございます。藍の玉を持つ者と、紅の玉を持つ者の間に、世界を越えた繋がりをもたらす魔法の石。いつか仮面騎士様の御力が、魔王との戦いの中で、また必要になる時がくるやもしれません。そんな時、お力添えしていただけたら、と。ですので、これを、お二人に」
国王はそう言うと、藍色の玉をユウキ君に、紅色の玉を俺に渡した。俺は魔法陣の中にいるので、全力で腕を伸ばしての受け渡しである。ちょっと間抜けだ。その間、ユウキ君は片目を閉じて、玉を眺めながら、使い方の説明を受けていた。「これ、水去さんを呼び出せるってことっすか? へえー! でも、いいんすか?」とユウキ君が俺に目を向けて言う。「俺は構わないけど……」と答えると、彼は嬉しそうに、やったあ! と言った。
紅い玉を見つめて、俺は考えた。ああ、本当に、異世界なんだな、と。「ユウキ君」何となく、彼の名を呼んだ。「なんすか?」と彼は答える。
「ユウキ君、本当に、いいのか? この世界で、勇者になって。今なら、俺と一緒に帰れるっぽいけど。入る? 魔法陣のここ、空いてるよ」
俺がそう言うと、異界の人々が不安そうにざわめいた。うーむ、気まずい……だけど、これは聞いておかないといけないと思う。彼には、自分の人生を決める権利がある。ちゃんと選ばせてあげたい。だから俺は、ユウキ君だけを見た。
「ほへ? あ、確かに入れそうっすね! その魔法陣! ……でも、この世界の人たち、困ってるみたいだし。それで、オレに皆を救う力があるのなら、オレは、戦いますよ。勇者として」
勇者は屈託なく答えた。ああ、さすがは!
「そうか……まあ……うーん……あー……、うむ! そうだね。君が決心したのなら、俺は止めない。人を救うのはいいことだ。冒険だって、人生には必要だし。でも、身体には気を付けて。絶対に死んじゃ駄目だ。ちゃんと寝る、飯を食う、寿命を削らない! 苦しいこともあるだろうけど……頑張るんだよ」
「はいっす! ありがとうございますっす!」
ユウキ君は頭を下げた。本当に、素直な子だな、と思った。
だから俺も、国王たちに伝えておかなきゃいけないことがある。
「えーと、その、皆さん。ユウキ君はですね、勇者で、俺なんぞよりよっぽど強いことを、さっきの戦いで証明してくれました。だけど、彼はまだ、元の世界では、保護されるべき未成年なのです。だからどうか、彼を守ってあげてほしい。勇者だからといって、彼に全てを押し付けてはいけません。ちょうど、転送玉というものを頂いたので、もし彼が俺を呼び出した時、酷いことになっていたら、俺は暴れます。一応、いろいろぶっ壊して迷惑をかけるくらいはできる力があるので――」
そこで俺は、六法をバックルにセットし、無免ローヤーに変身する。どよめく周囲を複眼でぐるりと見渡しつつ、刑法三条の二に触れて、勇者にちょっとした餞をプレゼントしておく。六法から溢れた光が、一瞬だけ彼を包んだ。変身を解除する。
「――ちゃんと釘を刺しておきます。よろしくお願いします」
勇者の道に、危険が及ばぬはずがない。分かっている。戦いに身を投じれば、必ず傷つく。だから俺の言っていることは、無責任で、残酷で、卑怯だ。でも、どうにもできない。彼の力と、人々の優しさを信じて、ただ頭を下げるほかないのだ。「さあ、そろそろ時間ですぞ! 転送が始まります!」と老爺が告げた。ポケットに転送玉を入れた瞬間、魔法陣から立ち上った幾本もの光柱が、俺の周囲を囲んだ。
その時、「水去さん!」という声が聞こえた。光の隙間から見えたユウキ君が、目に涙を浮かべている。
「あのっ、水去さん! オレ、水去さんと、もっと一緒にいたかったっす! もっといろんなこと知りたかった! 水去さん、無免ローヤーって何なんすかあああああ!」
「ああ、そういえば、説明してなかったな。えー、ごほん、じゃあ自己紹介するね。俺は、水去律。またの名を、無免ローヤー! 一介の法科大学院生が変身して、七兜山で怪人と戦う、無免許の法律戦士だ。法に代わって、救済する! そんな感じのヒーローだよ」
「何なんすかそれええええ! 全然分かんないっすうううう!」
「世界を救って、戻ってきたら七兜山においで! 歓迎するよ! 俺は待ってるから、絶対、帰って来るんだよ! ユウキ君、約束だ!」
「約束するっすうううううう! さようならああああああ!」
「日本法は、きっと君の傍にある! また会おうね! 幸運を祈っているよ!」
光が俺を完全に包んで、何も見えなくなった。いつしか、俺は、気を失っていた。
○
水去青年は目を開けた。柔らかい感触と、いい香りがする。ぼんやりした視界の中で、眼を動かすと、うん? 前原さんの、服……
そう、彼は、電車の座席で、隣に座る前原女生徒に寄りかかって、眠りこけていたのである。
「律くん、起きたんだ。駅までまだ時間があるから、もうちょっと眠ってても大丈夫だよ」
慌てて跳び起きた水去に、前原女生徒が言った。
人もまばらな電車の中、オレンジ色の夕日が窓から差し込んでいる。在熊温泉からの帰り道。静かな黄昏の時間。向かい合った目の前の席では守亜女生徒が、ぷごー、と涎を垂らして眠っている。平和だ。勇者も、国王も、魔王軍四天王も、ドラゴンも、どこにもいない日常の風景。ガタンゴトンと揺れる車内には、異世界なんて言葉は似合わない。
ああ、夢か。妙だな、俺、寝ちゃってたのか……水去はぼんやりと考えた。中々、迫力ある夢だったな。勇者と魔王軍との戦いだもんなあ。俺もちょっとカッコつけすぎだったし……
染み入るような疲労の中でしばらくの間、彼は流れゆく車窓の景色を見ていた。電車のアナウンスが鳴って、次第に速度を落とし、停車する。ドアが開き、閉じて、再び電車は走り出す。「ねえ、律くん」と前原女生徒が彼に話しかけた。
まあ、でも、そんなに悪い夢じゃなかったよな。うん。
小さく笑って、水去は前原の方を向いた。その時、ふと、ポケットの中に感触があった。
はっとして、彼は何かを取り出す。
「わあ、綺麗な石」
前原が何気なしに言う。きらきら輝く紅い石が、水去の手の中にあった。「山で拾ったの?」と彼女が尋ねる。「いや、これは」水去はぎゅっと、不思議な石を握りしめた。
「どこか遠い場所で戦う勇者との、絆の証ってとこかなあ……」
水去はそう呟くと、慌てて話題を変えたのだった。
ふと見上げた先にある、藍色に染まり始めた空で、一つの星がキラリと光った。
〇
拝啓
ユウキ君、元気にしているだろうか。俺は絶好調という感じじゃないけど、まだまだ休むわけにはいかなくてね。まー、しんどい! 嘘ついたり、黙ってたり、やりたくないことも多いんだよ。いやー、現実は苦しいね。
けどまあ、何となく、俺も踏ん張らなきゃって思うよ。
だってねえ、あの戦い、多分夢じゃないもんねえ。俺カッコつけすぎちゃったよ、気取って餞とかしちゃってさ。あの加護、役に立ってたらいいけど。
まあユウキ君、俺ではなく君が勇者で本当によかった。俺なら絶対殺されてた。君だから、勇者がやれるんだと思うよ。大いなる巡り合わせ、つまり運命みたいなものが、君を勇者にしたんだ。だから、心配はしてない、きっと、今も戦ってるんだろうと思う。力を得た以上、その力に見合った行動をするべきだろうし、それに君はきっと、人々のために力を振るう勇気を持っているはずだ。異界からやって来た、勇者として。
あーその、君に偉そうなことを言った手前、俺もちゃんとやんなきゃいけないんだけど、難しいね。戦っても弱いし、法律のお勉強も足りてないし。学校で教授にいじめられてる俺の姿は、とても見せられないよなあ……
いつか、転送玉を君が使う日が来るかもしれない。その時に、まだ俺に戦う力があるかは分からないから、あんまり頼りにしないでください。でも、役目を果たして、あー、もし暇になったら、七兜山に来てね。その時にはもう、俺はいなくなってるかもしれないけれど……心はきっと、残していくつもりだ。ま、俺も俺の為すべきことをできてたら、どっかご飯でも連れていってあげよう。もちろん、奢りだ。もし失敗してたら……いや、約束したんだし、失敗するわけには、いかないな!
頑張ろうね。頑張るからさ。
また、会えたらいいね。 敬具
《参考》
【刑法三条の二 国民以外の者の国外犯!
この法律は、日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する!
一 第百七十六条、第百七十七条及び第百七十九条から第百八十一条まで(不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、未遂罪、不同意わいせつ等致死傷)の罪
二 第百九十九条(殺人)の罪及びその未遂罪
三 第二百四条(傷害)及び第二百五条(傷害致死)の罪
四 第二百二十条(逮捕及び監禁)及び第二百二十一条(逮捕等致死傷)の罪
五 第二百二十四条から第二百二十八条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等、未遂罪)の罪
六 第二百三十六条(強盗)、第二百三十八条から第二百四十条まで(事後強盗、昏酔強盗、強盗致死傷)並びに第二百四十一条第一項及び第三項(強盗・不同意性交等及び同致死)の罪並びにこれらの罪(同条第一項の罪を除く。)の未遂罪】
次回予告
だらだら! ミス! 発見! 第四十七話「官製サイトを楽しもう」 お楽しみに!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。同じ出来事を異界の勇者:ユウキ君の側から描いた短編「勇者ユウキの大いなる旅立ちと、謎の仮面騎士」も投稿しておりますので、もしよければ、読んでってください。




