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第四十五話 ぎしぎしギュッギュッ

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 爆発の中で手を掴んだ無免ローヤー。しかし気絶! そして目が覚めたら、和服美人に優しく手当されていた……法科大学院生にあるまじき僥倖か⁉ だけど別に、なーんにも起きませんよ。無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

 山鳥の鳴く朝である。水去が目を覚ませば、睫毛が触れ合いそうになるほどの距離に、星北の綺麗な顔があった。


「おはよう水去! 随分うなされてたね。だから馨が、水去の手を握ってあげてたんだ!」


「ほえっ、あっ、そうっすか……」


 上体を起こそうとする彼の背中を、星北の手が支える。「ああ、たくさん汗をかいてるみたいだ。お風呂にしようか! さっぱりするよ。馨が身体を洗ってあげる」「えっ、いや、その……」「それとも、先に朝ご飯にする? 準備はしてあるからね。馨が食べさせてあげる」「ふえっ、あ、あのですね……」寝癖を跳ねさせたまま、もごもご言う水去。その煮え切らない態度に、星北の表情が、はっとしたように真剣になった。


「ご飯にもお風呂にもしない。そうか、分かったよ水去。水去がそう言うなら、馨も覚悟を決める。こんなに明るいところでするのは恥ずかしいけれど、馨は、水去になら」


 そう言って星北が、己が着物の帯に手をかけた。「水去のためなら、いいよ」「どわーっ、ストップ! ストップ! ご、ごはん! ごはんでお願いします!」慌てて制止する水去に、星北はニッコリ笑って、うん! と答えた。


 茶番!


「はい、水去、あーん」


 食卓には、炊き立てのご飯に、焼き魚、湯気の立つみそ汁と、卵焼き、菜の花の和え物、漬物にパリパリの味付け海苔まで用意されていた。星北は水去の隣に座り、箸で魚をほぐして、彼に食べさせる。


「あーん……って、あの、恥ずかしいんですが」


「どうして? ここには馨と水去しかいないのに」


「そういう問題ではなく、ムグムグ、ゴクン」


「今の水去は、利き腕を火傷して、傷ついてる。だから身を委ねて。馨が、全てしてあげるから。ああ、お味噌汁飲むかな? 馨がふーふーしようか」


 星北がスプーンで味噌汁を掬い、艶めかしく息を吐いて、熱を散らした。目の前にある、あんまりにも悩ましい行動に、水去はほんの少し身を退いた。しかし椅子の背もたれに阻まれる。いよいよ星北の手が動いて、彼の口に注ぐ。喉が動いて身体の中に、その液体を入り込んだ。


「お、おおっ⁉」突然立ち上がる水去!


「!」驚く星北!


 しばらく見つめ合う二人。


「これ美味いなー! 何でダシ取ってんの⁉」


「にぼし……」


「煮干しダシか! あんまり慣れない味だけど、美味いっすな煮干し! へええー、濃いのにさっぱりしてて、毎朝飲みたいくらいだなー」


「そんなことどうでも……あっ、いや、そういう、わ、分かった! 水去が、言うなら、ま、まいにちでも、馨は、いいよ……!」


「む?」


 その時、「歳を取ってもおじいちゃんになっても僕にごはんを作ってくれるかい?」という趣旨の、往年の甘いラブソングが、水去の脳裏によぎった。ああっ……毎日味噌汁食べたいなんて、今まさか俺、すごく恥ずかしいことを口走ったのでは……というか、味噌汁みたいな作るの面倒くさいものを、毎朝なんてどれほどの負担か……将来ゼッタイに文句のタネになる……離婚原因になるぞ……馬鹿野郎……馬鹿野郎……!


 はっとして星北の方を見れば、向こうは恥ずかしそうに器の中をかき混ぜている。

 

 味噌汁からは湯気が立っていた。


 やっぱり茶番!


 〇


 さて、その後も火傷治療のため滞在する水去と、女将の不在に旅館を任されたらしい星北の間では、食事の度に湯気の立つ茶番があり、風呂場では恥じらいの攻防戦が行われ、部屋では妖しく献身的な看病が行われたのであるが、話を加速させて、GW最終日前日の夜の話をしよう。もう休みもいよいよ終わり、翌日になれば、七兜山の向こう側に戻って、迫り来る暗黒法科大学院の準備をしなければならない。


 二人に残された、最後の夜である。


 いつもの和室では、揺れる電灯の下で、星北が眠りの準備をしている。水去の布団のすぐ隣に、ぴったりと接着するように並べて、自身の布団を敷く姿。襦袢、細くしなやかな体つきあらわす和服の肌着を、水去は布団の中で手枕をしながら、ぼんやりと見つめていた。狭い部屋は、二人分の布団を並べれば、それだけでもういっぱいいっぱいだ。とても距離が近く感じる。


 星北は、納得のいく布団の並びを実現できたのか、満足そうに立ち上がって、電灯の紐に手を伸ばした。電気を消すよ水去、と声をかける。


「なあ、本当にロースクールを辞めてしまうのか?」


 ふと、水去が尋ねた。星北は軽く首をかしげて、ちょっと不思議そうに彼を見下ろす。


「馨はこの旅館を継ぐ。迷惑をかけてしまったこの旅館で働きたい。なら、法科大学院は辞めなきゃいけない。それじゃ、ダメなのかな?」


「いや、駄目じゃないけど……」


 答えの見つからない様子で、水去は唸った。


 星北は連休中、ずっと旅館で働いていた。それは、怪人として悪事を働いた罪滅ぼしだった。老婆が四篭家から戻ってからは客も入れていたので、仕事はいくらでもあったし、水去の変身六法がぶち抜いた穴という、明確な財産的損害もあった。星北はその償いもしてくれていたのである。


 けっこうこの手の仕事が得意なのか、評判も良かったようだ。


 ところで、この旅館は、女将の老婆が一人で経営しているそうな。跡継ぎ問題は必ず生じる。それで、星北に継いでもらえないか、という話になったらしい。随分唐突である。が、水去には詳しい事情は分からないものの、本来は星北の母がこの旅館を継ぐ予定だったとかなんとかで、女将としては、是非に、ということだった。継ぐなら、今から仕事を学ばなければならない(なにせ女将がかなりの老婆なので……)。こんな山奥の、しかも旅館経営ともなれば、ほとんど休みはなく、生活のほぼ全てを奉げることになるだろう。人生を定める、重大な分岐点。


 星北はその話を、受けることにしたという。


「いいんだ。元々、七兜の法科大学院には、四篭の家から命じられて入学したんだ。だけどもう、馨はあの家に従う気はない。居場所もできたし。別に未練はない。でも、そんなに悪くなかったよ。だって、水去と出逢えたんだからね」


「そうか。ちゃんと決めたんなら、止めはしない。けどなんだか、寂しいなあ……」


「なんだい、水去? だったら水去も、ずっとここにいなよ。馨は、歓迎するよ」


「いやそういうわけにはいかない。俺には、やらなきゃなんないことがある」


「言うと思った。さ、電気を消すよ。おやすみ、水去」


 星北の手が動いて、カチリという音と共に、部屋の灯りが消えた。


 布団の擦れ合う音がして、すぐ隣に身を横たえた存在を感じつつ、暗闇を見つめる水去。外では山の虫が鳴いている。かすかな息遣い。川と、風の流れる音。


 あまりに過酷で、不幸が吹き荒ぶ世の中だろう。人は否応なしに流されて、もがいているうちに全てが過ぎ去っていく。時には、思わぬ景色に辿り着いたり、誰かと出会えたりすることもあるかもしれない。けれども、あっという間に景色は遠くへ消え去り、出会った人とは離れることとなる。何もかもが不確かな、寂しい世界だ。


 だからこそ、大切に思うならば、手を伸ばして、掴まなければならない。そのためには力がいる。激流の中で、繋ぎ止めていられるだけの力が。


 そして、既に見失ってしまったのなら、地獄に落ちても、探し続ける覚悟が必要なのだ。



 ――水去は、がばりと布団から起き上がった。傍らに横たわる、このたおやかで愛おしい存在を見下ろす。滾る血潮と胸の拍動。どうしようもなく息が荒くなって、苦しくて、切なくて、止めることができない。あ、頭を冷やしてこようか……と、彼は立ち上がりかけた。その時、物音に気付いたのか、最愛の馨の目が、薄く開いた。「水去……?」と、小さな口元から声が漏れる。目を擦る姿が、たまらなく愛おしい。瞬間、水去は馨の手を強く掴んで、布団に抑え込んだ。興奮した肉体が、馨の身体に覆いかぶさる。


「うおおおおおおおーっ! 星北っ! いや、馨! もう辛抱たまらんばい! でらかわええんだべだっちゃ! 俺はお前を愛しとるけん、もうこの手を離さへん! せやから馨っ、お前は俺のものに、俺だけのものになるんやあああああーっ!」


「あっ……水去、そんな、乱暴な……んっ……あっ……」


 二人の夜は、更けてゆく――


 〇


「……って言うかあああああっ! そんなこと、するわけないだろおおおおおっ!」


「あっはっはっはっはっは! 違ったかなー?」


 顔を真っ赤にした水去が叫んだ。星北は楽しそうに大笑いする。


 ドカーン、バゴーン、ザバーン! ボーザバビュードゴーン! 竹垣の向こう、隣の女湯でも何やら大惨事が起きているようだった。過激すぎる冗談に過敏すぎる反応である。でもまあ、俺のものになれ、なんて大胆な台詞、水去青年に言えるわけが……ない、はず……なので、最後のシーンが虚偽であることを見抜くのは容易いだろう。それでも、なんとなく妖しげに感じるのは、星北の美しさの故か、長すぎる回想に頭がのぼせ上っているからか。お隣の事情は分からない。


「あ、あのな、冗談がこう、生々しいというか……お前も困るだろっ、相手に変な勘違いされたら、なっ? こういう路線のネタは控えめで――」


「勘違い?」


 彼の言葉を遮るように、星北が言葉を被せ、さらには水去の腕を掴んだ。


「自分の身を投げ捨てて、水去は馨を救った。この腕で、馨を抱きとめたんだよ。その覚悟に、馨は応えようとしているだけなのに。いいかい、水去はっ! 馨をっ! 掴んでっ! だからっ!」


「うわあーっ、待て待て大袈裟! 大袈裟すぎる! 心が痛い! 俺そんな大それたことしてない! あれ単に爆発から逃げ遅れたようなもんだから、俺が間抜けなだけでさ。あんまり重々しく捉えられるとこっちが恐縮しちゃうよ、ホント、気にしなくていいから……」


「あっはっはっは、水去こそ謙遜しなくていいのに! 素直じゃない水去!」


 そこまで言って星北が顔を近づけ、彼にだけ聞こえる声で、好きにすればいいのに、と囁く。途端に水去は湯の中に滑り落ちた。水柱。大笑いする星北。立ち込める湯気の中で水去は、顔を真っ赤にして何かぶつぶつ言っていた。


 ひとしきり笑った星北が、そっと優雅に立ち上がる。


「じゃ、水去、もう少し湯を楽しんだら、ぼちぼち出ておいで。馨が、お腹の空いてる水去のために、簡単なものを用意しておくから……」


 そう言うと星北は、くるりと着物の匂いを振りまくようにして転回し、歩き出した。通りがかったついでに、竹垣の方を向いて、顔を上げる。


「あーそうそう! 馨は水去の隣で座ってただけだからねー! ちゃんと服は着ているし、はしたない想像は無用だよ! ちゃんと肩まで浸かって、おしとやかにねー!」


 バチャーン! わざとらしく張り上げた星北の声に、お隣ではまた慌てて騒ぐ音がしたのであった。


 〇


「ひ、酷い目に遭いましたわ~、頭くらくらですわよ~、あっちいですわ~」


「のぼせ上っとる、なんでこんなんなるまで浸かっとったの……」


 顔は真っ赤にした守亜女生徒が、椅子に寄りかかるように座っている。だらしのない彼女を、さっきから水去が扇いであげていた。ぱたぱたと団扇を動かす度、長い黒髪が揺れる。作ったウェーブはすっかり消えて、肩に髪の真っ直ぐ垂れる守亜の姿は、かえっていつも以上に令嬢らしさを感じさせるのだった。それでも、態度と発言があんまりにもあんまりなので、やはりだらしがないのであるが……その隣では前原女生徒が、こちらも顔を真っ赤にして、しかし背筋は真っ直ぐ伸ばしたまま、思いつめたように座り込んでいる。


 三人は旅館のバックヤードと言うべきか、従業員たる星北が利用しているスペースにお邪魔していた。ダイニングテーブルとそれを囲む四つの椅子、扇風機に小さなテレビ、向こうにはキッチンが顔をのぞかせていて、まるで一般家庭にお邪魔しているようである。ちなみに、水去が寝泊まりしていた四畳半の和室は、障子を隔ててすぐ隣にあった。


「ピクニックでお弁当を作ると聞いていたから、大したものは準備してないけど、さあ、どうぞ」


 大きな盆に皿を載せて持ってきた星北が、机の上に配膳していく。海苔を巻いたおにぎりと、卵焼き、薄く切ったキュウリには味噌が添えられていた。ちゃんと箸置きまで用意して、透明のグラスには麦茶がなみなみと輝き、丸い氷まで浮かんでいる。


 おお、これは、かなり、いいやつ。


 椅子を引いて座った水去は、いただきます、と言って箸を手に取った。卵焼きを口に運ぶ。うむ、いい。甘味より塩味を感じるタイプの卵焼きだが、温泉上がりにはこっちの方がダンゼン合ってる。おにぎりは? ああ、こちらは逆に、冷えたお米の甘さが広がるのだ。中にあるのは……昆布。じんわりとうま味が染みる。海苔の風味と合わさって、海だ。山のど真ん中なのに海である。いい。ひとしきり幸福を楽しんで、麦茶を一口。ああー、これがまた冷たくて美味しいのだ。グラスを置く度、カランと鳴る氷の情緒も涼やかでいい。じゃあ今度はキュウリに箸を伸ばそうか。見るからにみずみずしい。食べてみる。おお、これだけでもいけるな。でも今度は味噌をつけてみよう……おおっ、これは、梅味噌か! さっぱりしているがガツンとくる。淡い印象だった食卓が、一気に際立った。ますます米が食べたくなる。おにぎりを頬張る。美味い。


 黙々と食べる水去を、隣に座った星北は、ニコニコと見ていた。


「「「ごちそうさまでした……!」」」


 食事を終えた水去・前原・守亜の言葉に、星北が「お粗末様でした」と答えた。


「へへっ、いやー、さすがは一流旅館! 素晴らしいですな、なんか、この旅館を人に紹介できる自分が誇らしいくらい、美味しかったです」


 水去がおべっかと捉えられるようなセリフを言う。そのヘラヘラとした小者ムーブに、星北は「そんなに大したものじゃないよ」と、旅館の若女将らしき堂々たる風格を見せた。


「でも、ホントにすげー美味かったですわねー。素朴なのに繊細で丁寧で……普段の水去さまの料理がバカみたいですわ」


 守亜女生徒の歯に衣着せぬ感想に、バカみたいな水去がショックで震える。


「り、律くんの料理はともかくとして、とっても美味しかった。ちょっとびっくりしたくらい。あとっ、守亜さんは、毎日律くんのご飯食べてるのに、失礼すぎると思うけど!」


 前原女生徒がそう言ってフォローする。そこに星北が「水去のご飯⁉ 馨は食べたことないのに!」と言葉を挟んで、会話がぐちゃぐちゃになった。基本的に水去の料理は、野菜一種類(それかエノキとかの茸)に肉、あとは卵とか炒めて添える、味付けは、焼き肉のタレか醬油かポン酢か、みたいなテキトー飯なので、星北の料理と比べられるはずもない。彼はみじめであった。


「それより星北! そろそろ俺は働いた方がいいんじゃないか! いいもの食わせてもらったし、気張るぜ!」


 水去が話題を壊すように立ち上がって言った。星北は「ああ、そうだね」と応じる。それから女生徒たちの方を向いて「じゃあ、温泉と料理のお代として、君たちにも働いてもらうから」と告げた。


「ええーっ、俺だけじゃ駄目なのか?」


 慌てる水去。女生徒たちを気の利いた旅館にエスコートできて鼻高々だったから、紹介者的にこれはよろしくないのだ。しかし星北は冷たい。


「いや、むしろ水去は働かなくてもいい。でもそこの二人は本来客じゃないからね。優しくするのはいいが、ギャラントリーも過ぎれば色だよ、水去?」


 そうやって彼を押しとどめて、星北は女生徒たちと、事務的に話を進める。


「こっちも商売だ。タダで帰すわけにはいかない」


「いいよ、私、働くから」


「ですわ!」


「それで、君たちは何ができるのかな?」


「私は、何でもできるっちゃできるけど、しいて言うなら力仕事が得意かな」


「へえ、力仕事。じゃあ外で薪割りをしてもらおうか。夏のうちに乾燥させておきたいからね。斧は扱える?」


「ううん、いらない。手刀で十分だから」


「しゅ、しゅとう……⁉ まあいいや、で、そっちは?」


「そうですわねー。山菜採りとか魚捕りとか、狩猟採集なら得意ですわよ!」


「ふーん、じゃあ、裏の川で魚を捕ってきてもらおうか。目利きは任せるから。釣り道具や網は?」


「必要ありませんわ! 基本わたくし素手でバシバシ摑み取りですわよ!」


「つ、つかみどり……⁉ まあ、不要ならいいけど……おかしな人たちだな……」


「じゃあ、律くん、私たち行ってくるから」


「ばっちり働いてきますわーっ!」


 そうやって、威風堂々部屋を出て行く女生徒たち。ちょっぴり意地悪しようとした星北は、しかし、女生徒たちから斜め上のカウンターを喰らって圧倒されてしまった。その困惑した肩先を、同情するように見つめている水去。ああ、分かるよ、ちょっと普通じゃないよな、あの人たち……と大いに共感していると、星北がくるりと向き直る。


「ま、どうでもいいや! この場から追い出すための方便だし! さあ、やっと二人きりになれたね、水去?」


 すっかり明るい表情で、艶やかにしなだれかかってくる星北に、あーこの人も普通じゃなかったなー、と内心思っている水去であった。


 とはいえ、そんな彼も失礼な思考はすぐに止めて、真剣な顔をする。


「はーっ、じゃ、いよいよやるか。和室行くぞ」


「うん……布団の準備は、できてるよ……」


 二人は並んで和室に入った。ぴったりと障子を閉める。他者の視線のない密室。すぐに衣擦れの音がして、解かれた帯が畳に落ちる。着物を脱いで、白い襦袢が顕わになった。そうして星北は、布団の上に、横座りに座った。目が、妖しげにトロンとしている。水去の方は、まるで大仕事に挑む職人のように、爛爛とした表情。


「よし、さっさとうつ伏せになれ」


「たまには……見つめ合いながらしたいな……」


「うつ伏せっつってんだろ。正面はやり方が分からん」


「ちぇ……水去のいけず……ほら、これで……馨は無防備になったよ、水去……」


「うむ、よっしゃ。じゃあ、始めるからな。ないと思うけど、痛かったら言えよ」


「大丈夫……水去は上手だから……いつもとっても気持ちいい……はあっ……んんっ……」


「変な声を出してはいけない。こっちも緊張するから。力を抜いて、楽に、ほら」


「女将の仕事は……んっ……重労働が多くてね……癒しが……欲しくて……あんっ……」


「そうだろうな。お前の癒しになるなら、こっちも本望だよ」


「もっと……もっと深くしていいよ……水去……んんっ……んっ……」


 ぎし……ギュッ……ぎし……ギュッ……と、畳に肉体と布団の擦れる音が微かに響く。甘く蕩けるような、夏の午後。水去と星北の息遣いは、絡み合い、溶け合っていく……


 なにやってんだ!

次回予告

シュッ! ズバッ! とりゃーっ! 第四十六話「影の形は障子に浮かぶ」 お楽しみに!

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更新待ってました!司法試験や予備試験あるいは期末の時期だからお忙しいのだろうなと思っていたのですが、続きが読めて嬉しいです! 水去くんと馨が一緒にいるとやっぱりそっちの方向に行くんですね笑そして熊をぶ…
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