第三十八話 キミちょっと変だね?
前回までの、七兜山無免ローヤー!
怪人心神喪失男を倒した無免ローヤー。酒盛りしてたら赤原教授に叱られた。重苦しい空気の中、酔った頭で喧嘩する新旧変身者たち。最終的に、水去吐血、先代嘔吐、網言涙目、解散! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!
「したがって、Xの請求は認められる。終わりだ……はあああああー……たああっ!」
「ほぐえええええっ! ぐはっ」
非弁ローヤーの放った法の矢が、無免ローヤーの法の鎧を貫いた。敗訴者の膝が床に落ちて、変身が解除される。六法がベルトから外れて転がり、水去は倒れ込む。「はいっ、アミゴン君の一勝ねー」と先代サマが言って、ホワイトボードに印を書き込んだ。
昨日と同じ地下室、朝っぱらから集合させられた水去と網言は、先代無免ローヤーの前でそれぞれ法律戦士に変身し、戦っていた。「じゃあ次は行政法ねー。はい、スイキョー君はさっさと変身してー」「く……どれだけ負けたって、俺は、俺は諦めない! 何度だって立ち上がる! いくぞ! 変身! 法に代わって――」「そういうのいいから、じゃ、次の事案を読むねー。スイキョー君が原告、アミゴン君が被告行政庁の立場でよろー」先代サマの手元には、いくつものアルコール缶と紙の束が用意されていた。午前中だからか昨日よりテンションの低い藤野女生徒が、紙に書かれた問題を朗々と読み上げ始める。
で、数分後。
「よって、違法はなく、請求棄却だ……! はあああ……はあっ!」
「ふぎゃああああ! あああ」
今度は法の刀が無免ローヤーをズバリと切り裂き、再び倒れる水去。無様である。
「はい、またまたアミゴン君の勝ち! もうちょっとどうにかしよーよスイキョー君。 なんか絵面が代わり映えしなくてつまんないよおー」
先代サマが紙をめくりながら、這いつくばる後輩に声をかけた。網言にぶちのめされ、先代に嘲笑われる。一体どういうわけで、水去はこうも暴行陵虐を受けているのか。
藤野女生徒が用意していた三限目、それは、法律戦士同士の模擬戦であった。「せっかく二人いるんだから戦えばいいじゃん! 見たい!」との言葉と共に、重要論点を百個選んで持ってきたのである。机上で百問やるのだって大変なのに、変身して実際に戦わなければならないなんて……水去はドン引きしたが、戦わなければ家には帰れない! それで無免ローヤーに変身して、必死に抗っていたのである。
しかし、無免ローヤーと非弁ローヤー、いや、水去と網言と言うべきか、二人の戦闘力の差は、悲しいほどに明白であった。もう本人がびっくりするくらい勝てない。論点といっても、その全てが全て結論の真っ二つに分かれ得るような、複雑で曖昧で難しいものというわけではない。事案を聞いている時点で、ああこっちの立場が勝つだろな、と想像がつくこともある。そういう問題においては、有利な立場の者はいかに勝つか、不利な立場の者はどれだけ食い下がれるかを目標にするものだが、しかし、水去は負けまくっていた。彼が有利な立場にあるはずの問題でも、非弁ローヤーにひっくり返され完敗していたのである!
何がこうも命運を分けているのであろうか、知識量? それもある。しかし最も差を生んでいるのは、法的思考の反射神経であった。法律戦闘においては、戦いの中で議論をする。したがって弁論をゆっくり待ってくれたりはしない。逆に言えば、相手に反撃の隙を与えなければ、多少無理筋の主張でもゴリ押しで通ったりするのである。網言正刀は議論の筋道を立てるのが圧倒的に早かった。水去はあれよあれよと押し込まれ、反論を思いつく前にブッ飛ばされてしまう。
……とはいえ、それが本当の強さなのかは、よく分からない。怪人との戦闘においてこれだけ大量の論点が次々と問題になることは少ないし、瞬発力よりもむしろ闇を爆発させる威力こそ重要であるとも思われる。あるいは、いかに怪人の心を光の側に戻せるか、後戻りのための黄金の橋を示せるかも大事だろう。そもそも法律戦士同士の戦いに意味があるのだろうか? 無免ローヤーの変身解除と怪人の爆発が同じ事象というわけでもあるまい。非弁ローヤーは記録があまり残っておらず、したがって二人の法律戦士による模擬戦についての前例もないのだ。今やっていることにどれだけ効果があるのか、全くもって不明である。
結局は、先代サマに酒の肴として遊ばれているのではないか? そんな気がしないでもない。しかしまあ、彼女の示す論点はセレクトのセンスが良くて、勉強にはなる。仕方なく水去は戦い、非弁ローヤーに打ちのめされるのであった。
〇
三十問程度こなした頃のこと。
「したがって、自働債権の残部については、信義則違反により行使できず、キミの主張は認められないっ……! 閉廷!」
「ふにゃらあああああっ」
顕現していた光の法廷から無免ローヤーが弾き出される。変身が解除され、情けない雑魚の水去がゴロゴロ床を転がった。先代サマが呆れたように彼を見下ろす。「スイキョー君、真面目にやってんのーっ?」飲酒によって頬は赤く染まっているのに、視線はどこか冷たかった。非弁ローヤーも変身を解除し、現れた網言が侮蔑を通り越して困惑の表情を浮かべる。
さっきやっていたのは、民事訴訟法の戦い。非弁ローヤーが開廷攻撃を繰り出し、為す術もなく呑み込まれた無免ローヤーは、光の法廷でボコボコにされたのである。
「お、俺は、これでも、全力でやってるんですよお」
起き上がった水去が震える声で言った。
「じゃあどうして開廷しないの? 基本、開廷には開廷で対抗するしかない、って知らないわけじゃないでしょー?」先代サマが首を捻る。
「できなくて……」
「できない? 何が?」
先代サマの心底不思議そうな表情に、水去は、うっ、と怯んだ。
「えっと……その、開廷は、訴訟法フォームにならないと使えなくて。で、訴訟法フォームになるには刑事訴訟法の悪魔の力を借りなきゃいけなくて。だから開廷は刑訴の分野でしか使えないんです……」水去が哀しそうに答えた。
「フォーム⁉ 何それ、知らないんだけど! そんなのあるの?」
「はい……」
そう言うと、水去は無免ローヤーに変身した。そうして「チョベリグ☆刑事訴訟法」をどこからともなく取り出し、ベルトの右腰にセットする。光が溢れ、法の鎧が清き訴訟法の色に染まった。
無免ローヤー 訴訟法フォーム!
「ええっと、これが無免ローヤー訴訟法フォームです。厳密には、刑事訴訟法フォームですけど」水去がおずおずと申し出る。
「のえええーっ! 色が変わった! アタシこんなの知らないよーっ⁉ アミゴン君は知ってたのっ?」
「……っ、初めて見ましたね……色が変わる? フォーム? 聞いたこともないなぁ……っ!」
網言が無免ローヤーに詰め寄って法の鎧を睨む。二人を驚かすことができて嬉しかったのか、「あ、じゃあ開廷してみますね」と水去が言った。「開廷!」と叫ぶと、光の法廷が顕現し、部屋にいる三人を包み込んだ。
輝きに満ちた世界で、法廷に立っている無免ローヤー。網言と先代サマはきょろきょろと周囲を見回して、それが何の変哲もない、普通の開廷であることを確認する。「なんだ、別に大したことないじゃないか……! 訴訟法フォームなんて、仰々しい名前なのになあ……!」網言正刀が振り返って同期を睨んだ。それに対し、無免ローヤーは無言で右手の人差し指を立てて、頭上を指し示す。「……?」と網言が目線を上げれば、そこにいたのは……
「りっつん、まぢヤバぃの連れて来ちゃったねー、しかも二人も。めっちゃ法律係数高ぃぢゃん、めんどくちゃ! ほんとチョベリバ―☆」
ふわふわと宙に浮く時代遅れのガングロギャル、もとい、刑事訴訟法の悪魔であった。ミニスカートの中身が丸出しである。実に下品で、しかし素晴らしく色気が無い。
「あ……あ、なあっ……何なのかなあっ、これはっ……! 黒い! しかし不自然に白い部分もある! ば、化けっ、化け物かっ……!」網言がわなわな戦慄く。
「ぁ? 化け物扱ぃすんなしー!」「そうだぞ! こちらにいらっしゃるのは俺の師匠だ!」とても失礼な網言青年に対し、奇天烈師弟が抗議の声を上げた。
ギャルが降下して、無免ローヤーの背後からマスクの上に両腕と顎をのっける。そうして「よろぴー☆」とウインクすると、濃く塗られた目元で、睫毛が衝撃波を巻き起こした。身の危険を感じたのか、網言正刀は大袈裟に跳び退くと、六法を取り出し非弁ローヤーに変身する。そうしてファイティングポーズをとったまま近寄ろうとしない。
「へえーっ! これはスゴイねーっ! いわゆる妖怪変化の類だっ! 現代においても人間と結びつかず、純粋な七兜山のエネルギーで形作られた存在……うわーっ、ちょっと感動したーっ!」
先代サマが、無免ローヤーに密着しているガングロギャルに近づき、極彩色に彩られた指先に触れようとする。しかし、悪魔はそれを拒絶した。
「来んな! 法律係数高すぎるヤツわ近寄んなし!」
「えーっ! ダメなのーっ? ちょっとだけでもっ?」
「だめ! ぁーしを浄化する気ぃ? それ、殺しと同じなんだぞ☆ りっつん、早くこいつら追い出しなー?」
「ああん、でもでも、こんな機会ないしさーっ、先っちょだけ、先っちょだけだから。ね?」
酔っ払いの悪しき特性、断られてもにじり寄る先代サマ。弟子の水去はまごまごして毅然とした対応を取らない。藤野女生徒の浄化ハラスメントに追い詰められた刑事訴訟法の悪魔は、なんと、無免ローヤーの鎧の中に飛び込んだ!
異物が混入したことで変身が解除され、それによって光の法廷も消える。突然部屋に戻された先代サマと非弁ローヤー。そして、水去は……
水去は、ああっ!
そこにいたのは、髪が白金色に染まり、肌は焦げ茶色、目元はパンダのように黒く塗られ、しかし謎にテカテカ輝いている、ガングロギャルと化した水去であった!
「ちょりーっす! ぁーしが参上! 久しぶりぶりの受肉だぽよ! これなら、あんなとこからそんなとこまで、どこでも触っていいよぉん☆」
ギャル水去が腰をくねらせ、目元でピース☆する。先代サマはスマホを取り出し、現状を素早く写真保存してから、「うわーっ、スイキョー君の体が乗っ取られたーっ! すごっ! へええー、こんなこともできるんだねーっ!」と、水去の全身を撫でまわすように触り始めた。悍ましい光景を前にして、非弁ローヤーは静止したまま動かない。
その時、自信満々だったギャルの顔が歪んだ。「ぁっ? もぉだめなのぉ? ケチんぼ! 独占欲ー☆」そうやって訳の分からんことを叫ぶと、水去律の肉体から悪魔が離れて、ベルトの右腰にセットされた「チョベリグ☆刑事訴訟法」に吸い込まれるようにして消える。
静まりかえる室内。元の冴えない男子大学院生に戻った水去が「あれ、俺は、何を……?」と呟くと、藤野女生徒の両手が胸元をまさぐっているのに気づいて、悲鳴を上げた。「ななな、何をやっとるですか⁉」「うわーん! 終わっちゃったーっ! つまんないいい!」先代サマは泣きながら手を離すと、部屋の隅に歩いて行って、置かれていた缶ビールをプシュッと開け、べそをかきながら飲み始めるのであった。
非弁ローヤーは終始硬直していた。
〇
「ああ面白かった。で、何の話をしてたんだっけ? ……ああそうそう、スイキョー君が……りっつん君って呼んだ方がいいかなっ? んふふっ、りっつん君が開廷できないって話だったよねーっ!」
一缶全部を飲み干した先代サマが、静かにたたずんでいた水去に声をかける。
「あ……そうです、こういう事情なので俺は、訴訟法フォームにならなきゃいけないし、民事訴訟法では開廷できません……」水去が暗い表情で言った。
「あんな化け物を引っ付けてるとは、つくづく非常識だなあ……君はっ……!」ギャルが消えたからか、網言が嬉々として偉そうに口を挿む。
「まあ確かにそうだよねーっ、フォーム? なんて初めて聞いたし。開廷くらい普通は素で使えるよねー? アミゴン君はそうでしょ?」
網言が頷いて、「ええ、当然、最初っから、完璧に使えますよ、フォームなんかしなくてもね……!」と答える。
劣等生の水去は、もう俯いてその場をやり過ごすしかなかった。ロースクールの講義中、教授からソクラテスされて全く答えられず、困ってしまった時にする対応と同じである。しかし先代サマは容赦なく問いを重ねる。これも、ロースクールの教授と同じである。
「うーん……開廷できないなんて聞いたことないし、私が見る限り、法の鎧の出力も極端に低い……スイキョー君、キミちょっと変だね? 法律係数いくつなの? 私やアミゴン君を拒絶したあの悪魔も、キミにはベタベタしてたしさー」
先代無免ローヤーが別に悪意なく、純粋に心配するように尋ねた。水去は困ったように目を逸らして、「そ、そんなこと、聞かないでくださいよ……俺は、最低値ですよ……」とボソボソ答える。
「それは、変身下限値の七十三ってこと? まあ変身はできてるからなー。七十三かあ……七十三の無免ローヤーなんているのかなあ? 普通、変身六法に選ばれるのって、そんなギリギリ滑り込みみたいな人じゃないし……じゃ、アミゴン君はいくつなの? 法律係数」
「僕ですか……? 僕は、九十一ですが……!」網言が力強く回答する。
「九十一! わーお、それは中々! うむむむ、ますます分からないねーっ。どーしてスイキョー君が無免ローヤーにまず選ばれて、アミゴン君が非弁ローヤーなのか……必ずしも法律係数の高さだけで資格者が決まるわけじゃあ、ないらしいけど、別にスイキョー君に特別な可能性があるとも思えないし……」
酷い言われようではあるが、特に反論も思いつかないのか、水去は黙り込んだままである。そんな情けない彼を、網言が横目で訝しげに見る。
「僕も……入学した時、まさか自分が無免ローヤーになれないとは思いませんでしたね。で、資格者がどんな奴かと見ていたら、全く見込みのない無能だったからなあ……! ふざけるな、という話ですよ。開廷もできん人間が無免ローヤーで、何故、僕が、二番なのか……!」
「お前、俺のこと知ってたのかよ!」水去が声を上げる。
「あーでも、私も最初キミたちに会った時、パッと見アミゴン君が無免ローヤーかと思ったよ? スイキョー君、明らかに法的オーラないし。事前に写真見てたから間違えなかったけど……というか、スイキョー君が非弁ローヤーって言われても疑問符なんだよね。全然資格者という感じがしない。私の先代やってた人も、アミゴン君も、話してると同じような親近感が湧くんだけど、スイキョー君は無い。全く無い」
先代サマの、要するになんかお前嫌いやねん、という発言に、水去は「そんなあ……」と呻くしかなかった。生理的に受け付けない、異性に言われて傷つく言葉ランキングがあれば、確実に上位に位置するであろう、辛辣な評価である。まあ水去は水去で、会ってすぐに先代サマ嫌いとか言ってたので、おあいこではあるのだが……
〇
そんなこんなで憂鬱な時間もいつかは過ぎ行くものである。再開された模擬戦は、ついに九十三戦目に及んでいた。
「したがって、この場合は事後強盗罪ではなく一項強盗罪が成立する……!」
「ぜえっ、ぜえっ、げほっ……」
非弁ローヤーの論証が終わって、彼の手にある法の剣が、力を帯びて輝いた。法律戦士が床を蹴り、敵に刃を振るう。無免ローヤーは反撃できず、回避もできない。法の剣が法の鎧を切り裂いた。のけぞったところを追撃が飛ぶ。倒れることもできないまま、何度も何度も痛めつけるような攻撃が襲った。
非弁ローヤーが乱暴に剣を一閃、敗者を守っていた法の鎧は光となって散り、水去の肉体が力なく崩れ落ちようとする。これで、この試合は終了――
と思いきや、非弁ローヤーの剣がなおも輝きを放ち、敵を切り裂かんと振り降りる!
あっ、死ぬっ……まさにその瞬間、真横から六法が飛来し、法の剣に衝突した!
「そこまでっ!」
刃を弾いた六法が弧を描いて飛び、先代無免ローヤーの右手に収まる。「アミゴン君、いくらなんでも、やりすぎだよっ! 模擬戦で出力下がってるとしても、生身の人間を攻撃するって何考えてんのっ!」藤野女生徒が怒気を発した。
非弁ローヤーが剣から手を離す。法の剣が床に落ちて音を発し、光となって消えた。そうして、複眼が水去の方を向くと「はあっ、はあっ、はっ……あれ……? 水去律、いつ、変身を解除したのかなあ……?」と荒い息をしながら尋ねる。どうも過剰な集中によって、水去の敗北に気付いていなかったらしい。
実際の犯罪に対する攻撃ではなく、あくまで模擬戦、法の力は抑えられているとはいえ、法律戦士の膂力で振るわれる剣を受ければ、単純な物理的パワーにより肉体は破壊せられるだろう。まったく、勘違いでぶった切られるところであった。
非弁ローヤーの変身が解けて、網言もその場に倒れ込む。
「あらっ? あああーっ、こりゃさすがに二人とも限界だったかなー? 百問百戦はさすがに無理があったかーっ! ごめんーっ!」
床に身を投げ出した二人の前で、先代サマが膝をついて声をかけた。「いやホント申し訳ないーっ! 法律戦士同士の戦いって、アタシしたことないから、どれくらい負担になるのか予測できなくて……民訴法を除いたらこれで終わりだし、三限目は修了ってことにしよっかーっ! 二人ともお疲れ様! よく頑張ったねーっ!」
先代サマが二人の肩を抱き寄せ、ぽんぽん叩いてねぎらった。どこか、自己の監督責任の過失を誤魔化そうとしているようにも見える。しかしまあ、命を救われたわけだし、ここは素直に受け取っておくか……「それ、その六法、げほっ、前に赤原も投げてましたけど、何なんですか……?」と、水去が尋ねた。
そういえば以前、赤原教授も怪人に向かって六法を投げていた。アレも、よく考えれば人間の腕力ではあり得ない速度だった。今回だって、法の剣を弾き飛ばしたのは、ちょっと普通ではない。どういうことだろうか。
「コレ? これはアタシが一年間変身に使ってた六法! まあ抜け殻みたいなもんだねーっ! 変身六法って呼べば飛んでくるでしょー? その残滓!」
先代サマがニコニコ笑った。
「ああ、確かに、そんな機能もあるなあ……!」網言が呼吸を整えながら言う。
「でも、最短距離でぶっ飛んで来るんですよね。ぐえほっ……んん……赤原に、緊急時以外は絶対やるな! ってきつく言われてるし……」水去が咳き込みながらも言葉を繋いだ。
先代サマが楽しそうに頷く。
「その昔に、人身事故が起きたらしいからねーっ。現役の場合、引き寄せる力も飛ぶ力も強すぎて、障害物があっても突き抜けて来るから使えたもんじゃない。でも今は、アタシの六法は役目を終えて、スイキョー君のに力が移ってるから。残り火としてマイルドになった飛行能力が便利に使える。それが、法律戦士OBの武器ってわけ。ギジ六法って言うんだよ!」
先代サマが立ち上がって、六法を軽く投げる。すると、投擲の勢いをはるかに上回る速度で飛んで弧を描き、ブーメランのように手元に戻った。「プライベートな護身用にも使えるし、結構便利なんだよね。キミたちも一年間役目を勤め上げたらできるようになるよ! カッコイイでしょーっ! んふふふふふ!」そう言って、彼女は二人に手を差し伸べた。しかし、水去も網言も、自力で立ち上がる。
拒否された手を引っ込め、先代無免ローヤー藤野女生徒は、満足そうな笑みを浮かべた。
「よしよし、キミたち、よく頑張ったね」
「はあ」
「ええ……!」
「ごほん! ローヤーブートキャンプは、これで終了です! 随分長くなっちゃったけど、耐え抜いて偉いっ! きっとキミたちなら、暴れる怪人どもを、バンバンぶちのめしていけると思います! じゃあ最後におまけ! 修了証書として、とある技をキミたちに伝授してあげましょう! はいっ、変身してーっ!」
まだなんかあんのか……と思いながら、水去と網言は六法をバックルにセットし、無免ローヤーと非弁ローヤーに変身する。「じゃあじゃあ、今から私が言う法律の頁を開いてくれる?」そうして藤野女生徒の口から告げられた法律、何にどう使うのかよく分からないものが掲載された頁を、素直に開いてしまった二人の法律戦士たち。
先代サマが悪戯っぽくニヤリと笑った。
「その法律のねーっ! 三条! 三条一項に触れるんだーっ!」
指示に従い、無免ローヤーと非弁ローヤーが条文に触れる。いつものように、六法から光が溢れた。その光は、法律戦士たちをそれぞれ取り巻き、そして、包み込んでしまった! 光のカーテンの中で、姿が見えなくなる二人。
「わっ、何だこりゃっ!」「どういう、ことなのかなあ……!」
「大丈夫大丈夫! すぐ終わるから! 怖かったら目をつぶっててもいいよーっ!」
服屋の試着室みたいな光の塊に、外から声をかける先代サマ。その瞬間、水去と網言、それぞれのカーテンから、何とも言えない声が突き抜けてくる。
「あっ、痛っ、ちょっ、えっ、痛いって、痛たた、いっ……ぎゃああああああああああああ! ああああっ! 痛い! いぎゃああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「なっ、うっ、これは、どうなっている……! やめろ……! ぐっ、おおおおおっ、ああっ、ぐああああああああああああああっ! がっ……うああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
懲罰房の地下室を、絶叫が満たす! 成人男性が恥も外聞もかなぐり捨てた、ただ生命の危険信号をそのまま発する悲鳴に対し、先代無免ローヤーは、「頑張れーっ! それに耐えきったら、おねーさんが難舵町の美味しい料理屋さんに連れてってあげるーっ! 奢ってあげるからさーっ! ほらっ、頑張れ頑張れ頑張れー♡」と、黄色い声をかけるのだった。
ああやっぱり、酔っ払いはタチが悪いのだ。何をしでかすか分からない。
次回予告
警告! お出かけ! セクシーコント! 第三十九話「ドキッ三人夏レジャー」 お楽しみに!




