第三十五話 こんな変身ポーズです
前回までの、七兜山無免ローヤー!
変身ポーズ作成を命じられた無免ローヤー。果たして水去と網言に、ポーズ考案のセンスはあるのか? それにしても、先代サマの寸劇やら茶々入れやらで、話がなかなか進まないぞ! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!
テテテテテッ♪ テテテテテテテ♪ テテテテテッ♪ テテテテテテテ♪ ラジカセが陽気な音楽を奏でている。そんなステキ部屋の中には、肩幅より気持ち広めに足を開いて立ち、にこにこ笑って楽しいリズムに乗る先代無免ローヤー。そして、その後ろに並んで立つ当代法律戦士たちの姿があった。ああ……二人の顔は……死んでいる。
「ローヤーブートキャンプへようこそーっ、今日は基本プログラムだーっ、Are you guys ready to get d〇ωⓃ ★△%●□?」
「「Yeaaaah……」」
「まずは膝蹴りの運動だーっ! 目の前にいる怪人めがけてー、素早く膝を上げるっ! はいっ、膝っ! 膝っ! 膝っ! 膝っ! ワン♪ トゥー♪ スリー♪ フォー♪」
「「膝っ……膝っ……膝っ……膝っ……」」
「はははーっ、いいじゃないかーっ! 法律で凝り固まった肉体に血が巡るでしょーっ? じゃあ次は、右腕を上げてーっ、肘打ちの練習―っ! はいっ、肘っ! 肘っ! 肘っ! 肘っ! にっくきアカハラぶっ飛ばす! はいっ♪」
「「肘っ……肘っ……肘っ……肘っ……にっくきアカハラぶっ飛ばーす……」」
「んふふふふっ! いいねえーっ! 粉砕された敵の姿が目に浮かぶでしょーっ? いざという時頼れるのは、結局己の肉体だけなんだねーっ! じゃあ今度は、目の前を歩いてた殺人犯をブチのめすうんど——」
そこまで言ったところで、網言が背後から、先代サマの頭を張叩いた。すかさず水去も動いて、ラジカセの音楽を停止する。部屋がシンと静まりかえった。
「何をやらされてるんですかねえ……! 僕らは……!」網言が頬をヒクつかせて言う。
「アミゴン隊員! スイキョー隊員! 命令違反かな? 反逆は万死に値するよーっ!」
「軍法会議は憲法違反じゃないっすか」水去は謎の反論をする。
「あーん! これは変身ポーズ作成のための準備運動なのにーっ! ほら、普段運動しないロー生が急に激しいポーズしちゃうと、腰とか痛めちゃう可能性あるし! 厚生労働省も準備運動は大切って言ってるでしょー!」
顔を赤らめた先代サマが、小さくテキトーな屈伸をしながら言った。その様子を見た水去たちは、この人のノリ、さすがにしつこいなあ……と思いながらも、「普段運動しないロー生が——」の指摘はあんまりバカにできないので、仕方なく各々ストレッチをしたのだった。
これは実に賢明な判断といえるだろう。普段ヒーローとしてアクロバティックに戦ってる二人も、それは法の力による身体補助のおかげ。要するにズルである。チートである。ドーピングである。変身前の彼らは、非常に不健康な、どちらかというと世間一般と比べても弱々しい、一介の法科大学院生に過ぎないのだ。六法より重い物は持たない、ずーっと座ってばかりの生活の中、まだ二十代前半かそこらで腰痛や痔や虫歯や神経症や種々の失調症に悩まされていることの多いロースクール生が、生身のままで急に激しい変身ポーズになど挑戦してみろ、結果は火を見るより明らかである。きっとどっかの関節なり筋なりを痛めるだろう。場合によっては転倒して骨折の恐れもある。それほどにまでに、一般的な法科大学院生は赤子や老人より弱い、痛めつけられヒビ割れた硝子のような存在なのだ。だから準備運動はとっても大事。あんまり自分を過大評価してはいけないのである。
……もう、学部時代の健やかな心と体には戻れない。ああ、なんて可哀そうなロー生たち、度重なる法の責め苦によって、キズモノにされてしまった。きっと、田舎でおふくろさんも泣いている……
このように、未来ある若者から時間と学費を毟り取り、更には心身とも再起不能になるまでズタボロにして社会へ放出する法科大学院は、まさに地獄・悪魔・恐怖の機関と断言してよい。こんな反社会的教育組織が大手を振ってのさばっている現状が、いつか、正義によって打破される日は来るのだろうか。誰にも分からない。しかしその日が来ることを信じて、法科大学院生たちは今日も、無味乾燥でアホみたいな試験勉強に励むのである……!
(もちろん嘘です。冗談です。法科大学院はこの国の未来を支える優れた法曹を養成している、素晴らしい教育機関です。教鞭を執る講師たちも、正しい法律知識を教授するだけに留まらず、生徒のことを第一に考え、その人格の陶冶・発展のために心を砕いてくださる、偉大な方々であります。決して反社会的教育組織などではありません! 確かに学費や時間はある程度かかりますが、そこで得られる知識と経験は、生徒にとってかけがえのない、値千金の貴重なものとなるのです! ああっ、ロースクールは素晴らしいっ! 法科大学院万歳! 万歳! 万歳!)
「キツイ冗談はさておき、そんじゃ、変身ポーズ作ろっかーっ!」
先代サマが両腕を上げ胸をそらして、んんーっ、と伸びをしながら言う。彼女の視線が、サッと二人を見つめた。現役法律戦士たち、特に網言は、著しく身を引いて狼狽する。
「あれーっ、どしたの? 顔色悪いよ、アミゴン君」
「い、いえ……」
「くふふふ、もしかして、自信ないんだーっ? ダサい変身ポーズ見せて、センスないって思われるのが嫌なんだー? かっわいいーっ!」
「なっ……そもそも一般通常人は、変身ポーズを思考の俎上に載せたことなんかないと思うんですがねえ……!」
先代サマの挑発的な言葉に、網言が歯を食いしばって唸った。
「で、水去クン! 君は、どうなのかなあ……!」
網言が水去の肩に手を置き、爪を食いこませて言う。「お、俺か?」ちょうど先代サマからの絡みを押し付けられたような形である。酔っぱらった眼差しが彼を捉える。
観念したように、水去はおずおずと前に出た。
「あの、俺は、趣味的なあれで、以前から変身ポーズとか、考えたりもしてまして……」
先代サマの表情がぱっと花開く。
「へええーっ、中々やる気のある生徒だ! 人としては大分おかしな部類に入ると思うけどねーっ。ま、いいでしょ! キミの変身ポーズ、おねーさんが見ててあげるから、しっかり披露したまえーっ! アミゴン君も、参考にするんだよーっ!」
ばしばし叩く先代無免ローヤーの手に促されて、水去は部屋の前方へ移動し、くるりと振り返った。網言が真剣な眼差しでこっちを見つめている。水去が推察する限り、この非弁ローヤーの変身者網言正刀は、本当に変身ポーズというものが分からないらしい。この場になんとか対処するため、必死に、少しでも情報を集めようとしているのが感じられる。その事実に水去は、ほんの少しの優越感を抱いた。成績も戦闘力も人望も外見も、あらゆる場面で負けているように思われた彼が、なんと、変身ポーズなどという超ニッチで何の役に立たない分野において、初めて優位に立てたのである。
水去は部屋中を見渡した。先代サマは酩酊している。網言は腕を組んでこっちを見ている。改まって注目されると、ちょっと恥ずかしい、しかしやるしかあるまい。水去は集中を高めるように、静かに息を吐いて、しっかり体幹を支えるため足を開いて立った。
「……いきます」
そこで披露されたのは、以下の変身ポーズであった。
《特集:無免ローヤー徹底解剖! 水去が教える、変身のコツと心構え》
① 足を開いて立ちましょう。肩幅よりちょっと広めくらいがオススメ。まあしっかり踏ん張れるなら何でもいいです。慣れている人は、片足を少し前に出し、半身を敵に向けると、後の動きで躍動感が出るかもしれません。
② どこからともなく変身六法を取り出します。これ、自然な演出が結構難しい。普通は鞄の中からとかでしょうか。ポケットから取り出すのは無理があります。他に収納できそうな場所は……ああ、いくらなんでもパンツの中に入れるのはやめましょう。冒涜的に不潔ですし、おそらく大変もっこりするので、前でも後でも通報されること請け合い。正義が味方をしてくれなくなります。
③ 取り出した六法を素早く構えます。具体的には、六法を右手に持ち、お腹の前くらいから自分の顔の右横あたりまで一気に移動させましょう。この時、左手は掌を上にして腰骨に添えるように、右手は六法を掴む人差し指~小指までが敵から見えるようにするとGood。それにしても六法重いなぁ……。
④ 構えた六法を素早く身体の左側へ移動させます。右腕は真っ直ぐ伸ばして、地面とは平行に、カッコよくなるように。この時、左腕の肘をしっかり引いて、敵から左肘が見えるくらい身体を捻りましょう。右肩と、背中の右半分を敵に向けるイメージです。ただし、倒すべき敵からは目を逸らさないように。六法は相変わらず重いです。
⑤ ④で作った体勢のまま、「変身!」と叫びます。どうしても恥ずかしい場合や、大声がはばかられる場面、隠密しないといけない等の事情がある時は、小さな声で構いません。しかし必ず、「変身!」は口に出すべきです。だって、ヒーローなんですからね。
⑥ 伸ばしていた右腕を一気に引いて、六法を右腰の横の空間まで移動。勢いをつけて、真横から右→左の方向で差し込むように、六法をバックルにセットします。思ったよりも、お腰の六法は存在感が強いというか、クソダサいのがよく分かります。
⑦ 六法がベルトにしっかり固定され、右手も自由になったら、両拳を握りしめ、肘は軽く曲げて、胸を大きく開くように構えましょう。変身六法から溢れた光が身体を包んで法の鎧を形成し、無免ローヤーへの変身が完了します。さあ、怪人を救済だ! お疲れさまでした。
「えーっと……こんな感じなんですけど、どう、でしょうか……?」
「うーん、まっ、いいんじゃない?」先代サマがけらけら笑って評価を述べた。
……え、あれっ⁉ それだけっ? 内心期待を膨らませていた水去は、思わぬリアクションの薄さに動揺する。「えっと、その、アドバイスとかは……」と食い下がってみるも、「なんか、普通すぎてつまんない! 凝ってるようで全然大したことしてないし」という返答が返ってきただけだった。それは、からかう調子でもなく、ただただ事実を淡々と述べるかのような声音だった。そうしてそこに、ほんの少しだけ、憐れみや励ましを含んだ、薄くて曖昧な微笑が付け加えられている。笑えよ、もっと笑えよ、アンタさっきまで酔っぱらってニコニコしてたでしょ、なにちょっとシラフに戻ってんだよ、という論立てで、なおさら彼は惨めな気持ちになるのだった。
とはいえ、この時、水去は崩れ落ちそうになりながらも、しかし、まだ耐えていた。
普通って……つまんないって……全然大したことしてないって……そ、そんなこと、ないよな……っ?
水去の揺れる瞳が、力の入らない口元が、震える輪郭が、何かを求めてもう一人の方を向く。その瞬間、彼は圧倒的敗北を悟った。水去を迎える網言の表情は、実に残酷であった。『なんだ、その程度かい? それくらいなら、僕でも、今すぐ、ちょっと考えれば、簡単に、よっぽどマシなものが、披露できると思うんだけどなあ……!』そんな網言正刀の声が、水去の脳内で妄想として鳴り響く。やっ、やめろ、そんな目で俺を見るな!
あっ……うっ……あっ…… う わ あ あ あ あ あ !
もちろん妄想なので、実際に網言が何を考えているかは不明である。しかし、何度もこっそり鏡の前で練習し、洗練に洗練を重ねきた変身ポーズを、一瞬のうちに軽くあしらわれた事実は何よりも重かった。もはや網言の実際の思考がどうであるかとか関係なく、彼の目に入るのは嘲笑だけであり、とめどなく溢れ出してくる過敏性自己憐憫によって、水去のヒーロー魂は崩壊したのである。
ハートに癒えることのない傷を負った彼は、静かに部屋の隅に移動すると、存在感を消して小さくなった。入れ替わるように網言が前に出る。
「おっ、アミゴン君、やれるの? それともおねーさんが、一緒に考えてあげよっか? ねーっねーっ?」先代サマが絡む。
「結構です、くだらんことはさっさと終わらせたいので……!」
網言は吐き捨てるように答えると、以下の変身ポーズを披露した。
《特集:非弁ローヤー徹底解剖! 網言が教える、変身のコツと心構え》
① 立つ。
② 右手に変身六法を持つ。
③ 首を覆い隠して守るように、右手の六法を顔の左側まで動かす。左手は腰骨に添える。
④ 目の前の敵を薙ぎ払うように、六法を身体の右側へ移動。右腕は真っ直ぐ伸ばす。
⑤ 「変身……!」
⑥ 六法をバックルにセットする。
⑦ 両拳を握りしめ、胸を開いて立つ。六法から光が溢れ、法の鎧を構成、変身完了。
「以上ですがね……!」
「おっ、中々いいじゃんかーっ!」先代サマがけらけら笑って評価を述べた。
……え、あれっ⁉ 褒めてるっ? 水去は部屋の隅で驚愕の表情を浮かべた。この先代サマは、中々いい、と言う。だが、何がどういいのか彼には皆目分からなかった。確かに、左に腕を伸ばす水去に対し、右に六法を振るう網言の動きは、対っぽくなっている。即興で考え付いたにしては、かなり練られているようにも思われる。特撮ヒーローに馴染みがないであろう人間が、こうもアッサリと変身ポーズを考案できるのは凄い。
しかしながら、六法を右→左の向きでバックルにセットする関係上、二人の変身ポーズの行程には微妙にズレがある。すなわち⑥の段階において、水去が身体の左側にある六法について、腕を一度引いて、右側に持ってきてから、六法装着動作を行うのに対し、網言は既に身体の右側にある六法をそのまま装着すればよい。ここで、六法の移動距離の差から、微妙に時間的ズレが生じると考えられるのである。これでは、並んで同時変身したときに、大変見栄えが悪い。そのことを、網言や先代サマは分かっているのだろうか? 水去は訝しんだ。
だいたい網言の変身ポーズ、④がしんどいぞ。重い六法を持ったまま、大きく腕を振るわなければならない。水去の④が腕を突き出す動きであり、腕が伸びきった段階でおのずと静止がかかるのに対して、網言の動きは自らちょうどいい位置で止める必要がある。しかも腕が伸びきった状態で、だ。当然ながら、筋肉は収縮することで力を生じるものなので、腕を伸ばした状態というのは力を発揮しにくい。その状態で、重い六法を自在に動かし静止させるというのは、実に負荷の大きい行動なのである。
ここまでの反論を水去なら瞬時に思いつくにも関わらず、先代サマは網言を評価するのであった。「依怙贔屓」そんな言葉が、部屋の隅で体育座りしてる陰気な敗北者の心中に去来する。人として相性が悪い、いや、やっぱり俺が駄目なのかな、などと、網言と網言に絡む先代無免ローヤーの様子を眺めつつ、水去は静かに考えた。
その時、部屋の中にあった三台のスマートフォンが、音を立てて鳴った。
見れば、怪人情報。
「おーっ、構内でさっき出現だってさーっ! 生協ショップ付近、すぐそこじゃん! 試験終わって絶望しちゃったのかなーっ!」先代サマが不謹慎にもヘラヘラ顔を赤らめたまま言う。
「構内……あんまり人前で変身したくないんだけどなあ……!」網言が変身六法を掴んで言う。「そんなこと言ってる場合かよ!」水去も変身六法を手に立ち上がった。それに対し、先代無免ローヤーが、「じゃーさっ、せっかくだからここで変身していきなよ。ポーズポーズ! 一時限目の総括だねーっ!」と言う。
「はいい?」困惑の水去。
「正体を隠すのって、結構大切なことだよーっ! 戦略的にも、メンタルヘルス的にもね!」喋りながら酒を口に運ぶ先代。
「それは、そう、なのか……?」網言が唸る。
飲み干した空き缶をそっと椅子に並べて、先代サマが振り向いた。唐突にジャンプし、いけいけおーっ! 二人の身体をドーンと突く! ちょうど横並びになった二人は、仕方なく変身六法を構える。
彼らの身体が、素早く変身の動きを履践した!
「変身!」
「変身……!」
六法がバックルにセットされ、光が溢れる。煌めきは彼らの身体を覆い隠し、それぞれの法の鎧を構成した! 先代サマの前で、姿を現した法律戦士たちの複眼が、鈍い輝きを放つ。
「法に代わって、救済する!」
「法に代わって、断罪する……!」
「わああーっ! ピッタリじゃん! いいね、はっぴいばあすでえーっ!」
先代サマが手を叩いて歓声を上げた。そう、無免ローヤーと非弁ローヤーの変身ポーズは、いろんなところで息が合わずにズレまくった結果、もともと存在していた相違点を塗り込めて、総体としては完璧な同時変身を実現していたのである!
変身を終えた二人の複眼が、先代無免ローヤーを見た。無機質な眼差しを受けて、先代サマが不敵に笑う。
「じゃ、思わぬ臨時科目になっちゃったけど、二時限目:法律戦闘実践、始めよっかーっ!」
陽気な声が響いた瞬間、二人の法律戦士は戦いに向かって、素早く部屋を飛び出さんとするのであった!
「あ、狭っ、痛っ!」「邪魔しないでもらえるかなあっ……!」
「ちょ、お二人さん、譲り合い譲り合いーっ!」
部屋から同時に出ようとして、しかし出入口に二人分の法の鎧が通り抜けるキャパはなく、詰まって揉める無免ローヤーと非弁ローヤー……
次回予告
人だかり! 出荷! スプラッシュ! 第三十六話「夏なんです暑いんです」 お楽しみに!




