第三十四話 そんな変身じゃダメよ
前回までの、七兜山無免ローヤー!
期末試験を終え、研究室にやってきた無免ローヤー。しかし赤原はいない。仕方がないので網言と対立していると、先代サマを自称する酔っ払いが現れる。本名は不明! 誰なんだアンタ一体! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!
「さあーっ、授業始まるから席についてーっ! あっ、こらっ、スイキョー君、早弁しないのっ! もーっ、アホなんだからっ! それからアミゴン君、職員室の机にラブレターを置くのはやめてって言ってるでしょーっ! ……そりゃ気持ちは嬉しいけど、生徒と教師なんて、だーめっ! えっ、アミゴン君がもっともっと大きくなって、立派な社会人になったら? その時には先生、もうおばさんになっちゃってるわよ……おばさんでもいいの? もうっバカねっ! アミゴン君が大人になる頃には、先生よりずっといいヒトと出逢ってるわ、ね?」
部屋にあった椅子を並べて座らされている水去と網言。その目の前で、異様な寸劇が行われていた。キャスター付きホワイトボードを背にして、指示棒を持った先代無免ローヤーが、一人クネクネやっているのである。もちろん、水去は弁当など食ってないし、網言はラブレターを出していない。先代サマも教師ではない。純度百パーセント、酔っ払いのおふざけであった。ていうか、左手にまたビール缶が握られている。どっから取り出したんだ……?
「僕はラブレターを書いていませんし、アナタに好意を抱いたこともありません。そのことは僕とアナタが初対面であることに鑑みれば推認できるはずです。にもかかわらず、そのような発言をするのは、どういう意味でしょうか?」
えっ、そ、それ言っちゃうの? 網言が慇懃かつ裏腹な笑顔でする追及(大学教授もよくこういうことやる、学生が狼狽して放った発言を捉まえて、分かってんのにイジメるんだっ)に、水去の気弱な記憶がフラッシュバックを起こす。お、おい網言、それはギャグだろお前……! 気持ちは分かるけどさあ、やめてやれよお……!
だがこの酔っ払いは別にそんなこと気にしなかった。心が強い。
「あーっ! こらアミゴン君、ちゃんと宿題やらなきゃダメでしょーっ! なに平気な顔でこんなの提出してるのーっ? もおおーっ! 先生は真面目なアミゴン君の方が好きだぞっ! ねっ?」
「あっ……⁉」
まさかの寸劇続行に、肩透かしをくらった網言正刀! 澄ましたキャラが崩れる!
「はあ、まさかベクトルの問題で先生への愛を表すなんて、初めてよ、こんなことした子はーっ! そうね、でも、なんて長くて逞しい、♡付の矢印なのかしら……! アミゴン君の気持ちが伝わってきて、先生ちょっと嬉しい、にふふふふふっ!」
「はあっ⁉」
「でもでもーっ、アミゴン君はきっと、中々社会人になれないと思うなー。だって、キミは、ロースクールって名前の、予備校みたいなカスの場所に進学しちゃう。そして卒業するころには、もう二十四歳とかになっていて、そこから司法修習に行ってたら、あっという間にアラサーよーっ!」
「アンタも同じだと思うんですがね……っ!」
「はあん。アミゴン君が先生を養えるようになるまで、ひいふうみい……ああん、先生は何年先生をしなきゃいけないの……? 残業代もつかないブラック労働に耐えて、モンペに耐えて、休日返上の部活に耐えて、校長のセクハラにも耐えて、ああーん、アミゴン君! やっぱり今すぐ結婚してーっ! そして世間に働きに出て—っ!」
……
もう、やめてくれぇっ! 見てるこっちも痛いぃ……っ!
それから数分間、痴気と狂気を煮詰めたようなクドくてしつこい寸劇が繰り広げられ、水去と網言は失神しそうになった。これが先代からの洗礼なのか。ヒーローはこれくらいメンタルが強くないと務まらないのか。椅子からずり落ち、息も絶え絶えになって床に蹲る二人を、先代無免ローヤーが見下ろす。
「んふふふふふっ! いい感じに肩の力が抜けたじゃんっ! キミたち随分肩肘張ってたからさーっ」
指示棒で二人をつつきながら、先代無免ローヤーが言う。
「法律戦士ってボランティアなんだから、他人事と思ってテキトーに構えてりゃいいの。なのに、二人とも殺気立った眼をしちゃってるからさーっ! ヒーローなんて楽しくやればいいんだよ、頑張ったって、別にお得なこともないんだしっ!」
そこまで言って彼女は、急に声音を引き締めた。
「……逆に、おねーさん心配になるよ。キミたちが、そんなに追い詰められるほど事態が深刻なのか、それとも……ローヤーの力を、何か私的な目的のために使おうとしているのか、ね?」
当代変身資格者たちが、ハッと顔を上げる。彼らを迎える先代の眼差しは、いつの間にか酔いやおふざけも消えて、真っ直ぐ見通す黝色の虹彩が、綺麗な縁取りの眼の中で、ほのかに濡れているのだった。水去も網言も、彼女から目を逸らし、立ち上がる。
二人の挙動を見て何か悟ったのか、先代サマが、「そっ、それか、もしかしてキミたち、お、おねーさんが嫌いだったりする……っ⁉」と、不安そうに声をかけた。「ああ……いや、まあ……そうですけど」何故だろう、これまた珍しいことに、網言ではなく水去が、明確に先代を非難する発言をした。
先代無免ローヤーの瞳に、ぶわっと涙が浮かぶ。
「えっ、じゃ、アタシを見る眼だから殺気立ってるってわけーっ? そんなあ、ひ、酷いーっ! うわーんっ!」
「あっ、すみません! いや、そうですよね、俺も無免ローヤーになってみて、よく分かりましたし……すみません……アナタは悪くありませんよね……すみません」
「うわーんっ! うわーんっ! ふえええーんっ!」
俯いたまま意味不明の謝罪を繰り返す当代と、大袈裟にぼろぼろ涙を流して泣く酔っ払いの先代、そんな新旧無免ローヤーの姿を見て、非弁ローヤーたる網言正刀は、結局頼れるのは自分だけだ……! と言わんばかりに、拳を握りしめた。
「ところでーっ!」
「うわっ!」
涙をひっこめた先代サマが、突然網言に詰め寄る。
「非弁ローヤーってアタシよく知らないんだけど、どんな感じなの—っ! やっぱ二号ローヤーだから弱かったりするっ?」
その発言は非常に危うい!
「資格者の選別方法以外は、無免ローヤーと全く変わらないと、赤原教授はおっしゃってましたが……! というか、水去クンのような馬鹿には、負ける気がしませんね……!」
いよいよ網言の外向きスマイルも、維持できなくなってきていた。
「へーっ! アタシら無免ローヤーは、入学試験の時に選別があるんだよねっ! 貸与六法の中に、新版の変身六法が紛れ込んでて、それが回って来た人が無免ローヤーに選ばれるってわけ! ね?」
先代サマの言葉に、水去が小さく頷く。網言は知らなかったらしく、少し驚いた表情を浮かべるが、無免ローヤーどもにそれを気取られたくなかったようで、すぐに言葉を続けた。
「……僕が変身六法を見つけたのは、大学の附属図書館ですね。講義終わり、書庫を歩いていたら、六法が降ってきまして。天井を見上げても、穴など無かったんですけどね……! 触れた瞬間、勝手にベルトにセットされて、強制変身させられたので、驚きましたよ……!」
「ほうほう! そりゃーっ不思議だねーっ! そういや、非弁ローヤーって無免ローヤーが死亡した時に出現するって聞いたんだけどさー、じゃ、アミゴン君が図書館をうろついてた時、スイキョ君、死んでたってことーっ?」
「ああそれは、僕も聞きたいですねえ……僕が変身六法を手に入れて、初めて怪人を倒すまでの間、君はしっかり生きていた。ただし、四日ほど、行方不明になっていたみたいだけどね。これはどういう、ことなのかなあ……?」
先代無免ローヤーと網言正刀の目が、水去を見つめる。
「あー、その時は多分、俺が怪人痴漢男に負けて、糸井教授と修行してた時じゃないっすかねー」水去は曖昧に微笑んで答える。
「で、死んだのっ? 死んでないのっ? どっちっ?」先代サマの、とんでもない質問。
「えっ……いやー、まあ、この通り、生きてますよ……? ああ、赤原が、『無免ローヤーが弱すぎるから非弁ローヤーが出現したんじゃないか』って推測してましたけど、やっぱそういうことじゃないんですかね? 誠に遺憾ですけどねー、ははっ、はははー……」
水去の乾いた笑いが部屋に響く。網言はなおも不審の顔つきをしていたが、酔っ払いの興味はあっという間に別の方面へ向いてしまったようで、そこで非弁ローヤー誕生の謎についての話は有耶無耶に。先代サマは、にまにましながらくるくる回り、二人から距離を取った。
「んじゃあ、楽しい空気も切り替えて、そろそろ始めよっかなーっ」
「はあ、楽しい空気」水去の溜息。
「教え導く、とおっしゃってましたが、アナタのような人に、僕らはどこへ導かれたら、いいんでしょうねえ……!」網言は挑戦的に言った。
二人の生意気な反応に、先代サマがけらけら笑う。そうしてアルコールを口に注いだ。
「ん……く……ぷはーっ! そんなの決まってんじゃん、さあ、変身六法を出して—っ」
悪戯っ子のような表情を浮かべて、先代無免ローヤーが声を張り上げる。
「準備できたーっ? じゃ、かわいい後輩ちゃんたち、おねーさんの前で……レッツ、変身っ! してみよっかーっ!」
〇
「変身!」
「変身……!」
並んで立つ二人が六法をバックルにセットすると、輝きが溢れ、光が身体に定着し、法の鎧を構成する。そうして彼らは、法律戦士へと変身するのだ!
「「法に代わって、」」「救済する!」「断罪する……!」
光の中から姿を現した、無免ローヤーと非弁ローヤー、二人の法律戦士。その複眼が先代サマの方を向いた瞬間、ぺしぺし指示棒がマスクを叩いた。
「ダメダメダメえーっ! ダメよーっ、そんな変身じゃーっ! ぜんっっっぜんなってないなーっ! もうっ! はいっ、変身を解除して—っ!」
戦士たちが六法を外す。法の鎧が光の粒子となって消え、中から不満そうな表情の二人が現れる。
「おやおやーっ、何か言いたげな表情だねー」
水去たちの前にきて、不敵な笑みを浮かべながら、教官のようにうろうろする先代サマ。
「んふふふ、キミたち、何が悪かったか分かるかなーっ?」
二人の変身者たちは、先輩のウザ絡みを受けながらも、なんとか最低限の礼節を保ち、話に乗って答えを考える。
「変身が、遅かった……?」網言が言う。「違います!」
「俺が、弱いから、ですかね?」水去が暗い顔をする。「ネガティブだねーっ! 変身する姿だけで、そんなの分かんないって! 違います!」
「水去クン、僕は弱くないからねえ……! ああ、変身後の動き出しが悪いとかでしょうか……?」と、網言。「違う違う、そっち方面じゃってばーっ!」
「えーと、決め台詞がダサい、とか?」投げやりな水去の言葉。「別に普通だと思うけど、ちょっと近いかなーっ?」
先代サマが思わぬ反応をした。
「……?」沈黙する網言。
「ああ、そうか、変身ポーズが無い」水去がうどんを注文するかのような抑揚のない声で言う。「だぁいせぇかーいっ! ぱちぱちぱちぱちーっ!」先代無免ローヤーが嬉しそうに手を叩いた。
「と、いうわけで、一時限目はこれ! 変身ポーズを考えよーっ! ぱふぱふー!」
変身ポーズとは何か。
ネットでちょっと調べてみると、その端緒は仮面ライダー2号にあるらしい。
もともと仮面ライダーに変身ポーズはなかった。バイクに乗り、身体に受ける風によって変身していたからである。で、その仮面ライダー:本郷猛役の藤岡弘、氏が撮影中のバイク事故で負傷した結果、主役交代として装いも新たに、急遽仮面ライダー2号が登場した話は有名であるが、仮面ライダー2号:一文字隼人を演じる佐々木剛氏はバイクの免許を持ってなかった。これでは風を受けて変身できない! そこで、それなりに見栄えと説得力のあるプロセスを考えた結果、あの独特なカッコイー動きで構成された「変身! とおおーっ!」がお見せされ、以後、脈々と続く、変身ポーズ文化が誕生したということである。へー、知らんかったナ。詳しい事を知りたい人は、インターネットで調べてください。
要するに、ヒーローが変身する時は、カッコイー動きをしなければならんということだ。
その偉大なる文化、変身ポーズを考えろと、先代無免ローヤーは言うのである。
「な、何故……⁉」網言正刀が冒涜的な質問をする。「何故そんなものが必要なんでしょうか……! 僕らは特撮作品の登場人物ではありません! 機能的に意味がない……! 六法をセットするだけでいいんですから、変身前の動きなど、全くもって不要だと思うのですがね……!」
「でもキミだって、決め台詞は言うでしょーっ? 法に代わって、救済する……! だっけ?」
「それは水去クンの台詞ですけどね……! アレは……変身六法を持つと頭に浮かんで、どうしても言わなければならないような気がするので……!」
「そうそう! それだよそれーっ! まあ一種の念仏、あるいは儀式なんだろうねー」
先代無免ローヤーがふらふら移動し、壁際の椅子を引っ張ってきて座る。指示棒をぽいっと投げ捨てた。
「ふぅー……少し、歴史のお勉強もしようか。私たち無免ローヤーや非弁ローヤーの源流が、修行僧にあることくらいは知ってるよね? もともとお坊さんの仕事だったんだよ、コレ。七兜山に現れるのは妖怪変化の類で、それと戦う存在も宗教色が強かった。それが、明治維新を経て、近代化が進む中、次第に変わっていった。で、敵も味方も、現在の形がある程度確立したのは、戦後の混乱期」
「怪人、絶対王事件……ですか」水去が静かに呟く。
「よく知ってるね。原初にして最強の存在、怪人絶対王。敗戦で物質的にも精神的にも混乱していた時代に突如現れ、一時期日本を支配しかけた化け物。こいつが生まれた結果、いよいよ妖怪変化の時代は終わり、七兜山のエネルギーは人間の闇と結びつくようになった。それが今も出現し続けてる怪人ってわけだねー。倒しても、その影響を消しきれなかったんだ。で、敵も世俗化する中で、こちら側も変化が必要だった。仏法から近代法へ。こうして、修行僧は法律戦士へと変わり、無免ローヤーが登場するようになる。非弁ローヤーもね。だから、アタシがいて、キミたちがいる、というわけ」
「……っ!」先代無免ローヤーの言葉に、網言が息を飲んだ。
「つまり何が言いたいかというとねー、イリーガルローヤーなんて呼んでるけど、けっこう最近まで神秘と不思議の宗教戦士だったんだよ。お坊さんは念仏とかお経を唱えるでしょ? 決め台詞も同じ。おまじないみたいなモンかもしれないけどね。だから、変身ポーズも儀式なんだよ。どれだけ効果があるか分からないし、別にしなくたってそう不都合はないけど、できるならやった方がいい。ね?」
そこまで言って、先代無免ローヤーは、よっ、と椅子から立ち上がった。缶に残った酒を一気に飲み干して、椅子にそっと置く!
「ちなみに、おねーさんの決め台詞はーっ、『法に代わって、おしおきよ!』でしたーっ! だから当然、変身ポーズもその影響を受けるよねーっ! いえーいっ!」
そう言いつつ、胸の前で両腕をクロスさせ、手指であの有名な形を作る先代サマ。クスクス笑ってだらしがないが、意外と様になっている。美しささえ感じるほどだった。何度も繰り返せば、こんなポーズも、それなりにモノにできるのだろうか?
「あーそれからっ、私の先代は『法に代わって、ぶっ飛ばーす!』だったし、その前は『法に代わって、粛正ですっ!』だったらしいよー。ヤバいねーっ! んふふっ、キミら、だいぶマトモな決め台詞でよかったじゃんっ! 恥ずかしくないよ! だからドンドン、変身ポーズ作ろうねーっ!」
先代無免ローヤーが、満面の笑顔で二人の肩を叩いた。
詳細が明らかにされた法律戦士の成り立ち、そして、何気なく張り上げてきた決め台詞の意義。陽気な酔っ払いに絡まれて時間を無駄にするかと思われたが、この情報だけでもそれなりの収穫があった。ここまで言われては、水去たちも変身ポーズを作らざるを得まい。さあ、カッコイー動きを披露してやるんだ水去! お前はテレビの中の俳優ほど脚は長くないし、貌だって劣るとも決して勝らないから、簡単ではない。上手く自分に似合うポーズを、よくよく考えないといけないぞ!
なぜならそれは、来年三月までお付き合いしなければならない、大事な大事な変身ポーズなのだから!
次回予告
披露! 嘲笑! 依怙贔屓! 第三十五話「こんな変身ポーズです」 お楽しみに!




