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第三十一話 伝説の不良! 立つ!

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 やっと怪人宗教利用男を倒した無免ローヤー! いやー、取消訴訟勝負、大変なわりに地味だった! こんなんじゃ観客は満足しないんじゃないの? クソ試合をした剣闘士は、無事に帰れるかな? 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

「いやー、疲れた疲れた……」


 水去がため息をつくように、声を漏らした。

 

 もう夜になっていた。暗い七兜山の坂道を、水去と神崎がだらだら歩き、登って行く。「ホント、一時はどうなることかと思ったよー」と神崎がくすくす笑った。「笑い事じゃねーよ。お前も少しは己が身の危険を意識すべきだと思うぞ」水去は、瞼に力の抜けた眠そうな目つきで、隣を歩く神崎を見る。「キミに言われたくはないね」というのが神崎の答え。


 その言葉に何か思うところがあったのか、水去は目を逸らし、黒々とそびえる七兜山の上の方を眺めた。話を逸らすように、大きく息を吐いて腕を上げ、背中を伸ばす。


「んんー……しっかし、前原さんには助けられてばっかだな。ありがたいことだが」


「ねえ、あの人、ナニモノなんだい?」神崎が尋ねる。


「で、伝説……だろ……? 多分……」水去はごにょごにょ呟いた。


 戦いの末、無免ローヤーはやっと怪人宗教利用男を倒した。


 しかし、ヒーローの活躍で一件落着とはならないのが現実である。そう簡単に問題は解決しないし、幕が下りた後に生じたいろんな不都合にも、ちゃんと向き合わなければならないものだ。


 数時間前のこと。法曹蹴弾で怪人を撃破し、変身を解いた水去。そして、闇を祓われ倒れた須永青年は、すぐに不良高校生たちに取り囲まれた。別にヒーローの活躍を称えるためではない。逆だ。あんなに観客席で楽しそうにしていた不良少年少女たちも、それはそれこれはこれ、自分たちのシマで好き勝手やった部外者を、決して許しはしないのである。普段の平和な生活、平和な人間関係の中ではあまり感じることのない、強烈な害意と、バイオレンスの空気。神崎も向こうの方で捕まっているらしい。彼を助けにいくこともできない。


 怒りと期待の入り混じった、暴力的な笑みを浮かべた彼らの前で、貧弱で喧嘩慣れしてない法科大学院生は、どこまでも無力であった。


「堂島さん、こいつが、俺を、操ってたんですよ」


 見上げるような巨躯、盛り上がる筋肉、圧倒的なガタイを備えた冷徹殺戮機械のサブ青年が、水去たちを見下ろして、ポキポキ拳を鳴らす。その横で堂島が、悪辣な微笑みを顔に貼り付け、「そうだなあ……! 悪い事をした人間は、その落とし前をつけねえとなあ……!」と言った。容赦のない声音だった。


 須永青年は倒されたばかりで、震える身体は地面にへたり込んだまま、動くこともできないようだ。それに気付いた水去は、右手で彼の姿を隠すようにして、堂島たちの前に立ちふさがった。悪意ある視線が、あちこちから向けられる。


「コイツのやったことは、本当に申し訳なかった。特にサブ君、俺が怪人を倒したから、遡及的無効といって、君の中に残留していた闇や肉体的損傷も全て消えたはずだ。だけど、君が怪人に身体を乗っ取られ操られていたのは事実だ。同じ法科大学院生、そして、被害に気付けなかった者として、俺も謝る。すまなかった」


 水去は冷徹殺戮機械のサブや、堂島たちを真っ直ぐ見据えたまま、謝罪の言葉を述べる。それに対し、堂島は「頭」と言った。


「謝るなら、頭を、下げろ……!」堂島が目を細めて高圧的に唸る。


「それはできない。今、俺が視線を切れば、君たちが何をするかくらいは想像できる。土下座でも何でもしたっていいが、この状況で無防備になるほどバカじゃないよ」


「そうかよ……! だったらあの鎧に変身しろや……いい加減、白黒はっきりさせようぜ……!」堂島が拳を構える。


「それもできない。無免ローヤーとして君たちと戦う理由がないし、危険すぎる。生身なら喧嘩くらいしてもいいけど、俺は弱くて、手応えないと思うよ。ただのリンチになるだけだ」


 水去が真剣な表情でそんなことを言うので、堂島は苛立ったように彼に詰め寄る。胸倉を掴み上げ、拳が水去を襲う!


「待ちなっ!」


 殴打が迫るまさにその時、赤井女生徒が木刀(予備のものだろうか?)を、二人の間に差し込んだ。ぎりぎりで拳が止まる。殴られずに済んだこと、そして刀身が睫毛をかすめたことにより、水去の背中で急速に冷や汗が溢れた。しかし、顔には出さず、普段は使わないような表情筋を引き締め、真面目な顔を維持する。


「赤井……! テメエ、何の真似だ……?」堂島が水去から手を離し、乱入者を睨む。


「アタシもこの男に用があってね。顔が腫れて喋れなくなられちゃ困るから、先に相手してもらうよ」


 木刀が水去の額を押し上げる。ちょっとバランスを崩して不気味なステップを踏む彼に、赤井が剣先を向けた。


「アンタ、普通の人間じゃないね。ちょっと見縊ってたよ。一体、何者だい?」


「何者と言われても、名乗った通り、無免ローヤーだが……」水去がわざとらしく答える。


「そんなことを聞いてるんじゃないよ。天祢さんの、なになのかって、ことだよっ!」


 木刀が横薙ぎに振るわれ、こめかみ直撃コース! 危ないっ! 水去は頭を抱え、素早くしゃがみこんで躱した。非常にエレガンスさに欠けた、泥臭い回避動作であった。


「ま、前原さんから聞いてないのか⁉」


 小さく縮こまった水去が、下から赤井を見上げて言う。その上目遣いがカンに障ったのか、追撃の木刀が振り下ろされるので、水去は校庭の砂利の上を、ダサく無様に転がって逃げる。


「アタシが何度聞いても、もじもじするばかりで教えてくれなかったんだよっ!」


「えええ、なんでぇーっ⁉」水去が変な声で叫んだ。


 赤井女生徒が悔しそうに歯を食いしばり、その切れ長の眦を吊り上げ、水去に剣を向ける。見えるのは、地に尻をつけ、上体はのけぞり、両の手は身体より後ろの地面に、ボディーのガードがガラ空きで、まるで弱そうな男の姿。しかし、怪しげな力を使う男……


「アタシの師匠は、強くて美しくて強いんだ。だから、釣り合わないクソみたいな人間が沢山集まってくる。その強さと可憐さを利用するためにね。弱いくせに欲望だけはある男ども、アンタもその一人じゃないのかいっ! 天祢さんにたかる悪い虫っ!」


「わ、悪い虫⁉ 俺が!」


 女性を喰い物にする悪虫と言うほど、水去に似非益荒男的魅力はないが……


 ちなみに可憐とは、姿・形がかわいらしく、守ってやりたくなるような気持ちを起こさせること、という意味なので、「強さと可憐さ」というのは実に不思議な言葉の並びですね。強いのに憐れむべし、そこに赤井女生徒の考える矛盾する魅力があるのやもしれません。


 で、御託はいいと言わんばかりに、赤井は容赦なく剣を振り上げ、推定有罪! 薄汚い節足動物のごとき水去に誅罰を加えようとする!


「このゴキ〇リ男がっ! 死になーっ!」


「ぎゃーっ! せめてバッタと言ってくれーっ!」


 ガギィイイイン! 咄嗟に眼を閉じた水去を、衝突音が襲った! しかし、痛みはない。「……?」そおっと彼が目を開ければ、堂島がメリケンサックで、赤井の木刀を受け止めていた。「おおっ、堂島君! まさか俺を助けて——」「ちげえよ……!」苛立たし気にそう言うと、堂島は水去の胸倉を掴んで引き寄せた。「テメエ……前原天祢の関係者なのか……?」「なんだ、赤井ちゃんと同じ質問ではないか」「いいからさっさと答えろや……!」堂島が水去を突き放す。


 不良たちの輪の中で、よろよろと体勢を整えた水去が周囲を見回す。どういうわけか、視線が一身に彼に注がれていた。怪訝そうな顔をしつつ、水去は咳払いする。「俺と前原さんのカンケイが、そんなに知りたいのか。ならば教えてやろう。俺は、俺と彼女は……」そう言って水去がビシッと指を差し、格好つけたポーズを取る!


「俺と彼女は……友達だあああーっ!」


「「……っ!」」堂島や赤井が驚愕の表情を浮かべる。


「一緒に勉強会したこともあるぞおおおおおーっ!」


 ドカーン! と七兜山が爆発することはなかったが、そういう背景エフェクトが挿入されそうな勢いで、水去は謎の自慢を精一杯叫んだ。ああ、これが、こじらせ成人男性の悲哀か。一緒に勉強会した程度で自信満々になれるその感覚、青年の若々しさというより、幼稚っ……!


「本当……なのかい?」赤井が尋ねる。


「あっ、信じていらっしゃらないっ! お、俺だって、法科大学院の友達なんだよーっ」


「だったら、証拠出せや……!」堂島が水去の目の前で拳を握りしめて言う。


「しょ、証拠⁉ いいだろう。嘗めるんじゃない! 俺は前原さんの連絡先を知っているからな! 電話だ! い、今から電話をかけてやる!」


 そう言うと、水去はスマートフォンを取り出し、操作を始める。呼び出し音が鳴り響き、すぐに通話開始の音がした。


「あっ、前原さん! 水去です。バイト中に申し訳ない。今ちょっと大丈夫でしょうか……あ、いやいや、怪人問題はひとまず危機を脱しました……はい、はい……」


 おい、友達なのになんでこいつ敬語なんだ……と、不良の誰かが言った。


「あー、はい、えーとですね、実は赤井桜さんたちにですね、その、何と言ったらいいか、ワタクシとですね、その、前原さんの関係性を疑われてるといいますか……あーっいやいや、ヘンな意味ではなくてですね、その、よく分からんのですが、赤井さん曰く、俺が前原さんを騙してるんじゃないか、とのことで……」


 さんさんさんさんウルセーな、とまた野次が飛ぶ。


「えーっと、そうですね、あの、前原さん強いから、虎の威を借るなんとやらで、俺が名前を利用してるとか、そういうことを疑ってるんじゃないかと解釈してるんですが……ええ、いや、こちらこそ申し訳ない……はい、なので、誤解を解いていただきたく……」


 そこまで言ったところで、水去は耳から携帯を離した。そのまま赤井女生徒にスマホを差し出す。赤井はギッと一瞬水去を睨んで、前原女生徒と繋がっている通信端末を受け取った。「もしもし、あ……天祢姐さん……」と赤井が何やら喋っている。


 ……


 電話の向こうで赤井と話している前原の声は、水去に聞こえることはない。しかし、スマホを持つ赤井の受け答えを見ていると、前原さん、怒ってる……? 水去はどぎまぎしながら会話を想像したり、ずーっと見つめてるのもヘンかなと思って、須永青年に声を掛けたりして、彼女の様子を窺っていた。


「すんませんっ!」


 赤井女生徒が突然叫んで、携帯を耳に当てたまま頭を下げた。その姿に周囲がどよめく。量の多い黒髪を垂らしたまま、赤井が水去を睨み上げた。水去はたじろぐ。彼女は少し話を続けてから、腰を真っ直ぐ伸ばし、足早に歩いてきて、スマホを差し出した。だ、大丈夫だったのかな……と思いつつ水去が受け取ろうとした瞬間、横から堂島が手を伸ばし、前原との通信手段を掠め取った。「前原天祢か……!」


 堂島が低い声で言う。


「ああ……そうだ。俺は……分かった。アンタがそう言うなら……何もしねえよ……! だがな、俺は必ず、アンタを、超える……! アンタの、伝説を、絶対に……!」


 そうして堂島はスマホの通話を切った。不意に振り返り、水去に向けて携帯を投げる。受け取り損ねた水去は、地面に取り落とすまいと、ワタワタ両手を動かした。


「あ、あの……」携帯を握りしめた水去が不安そうに声をかける。


「テメエら、命拾いしたな……!」と堂島が吐き捨てるように言った。


「姐さんの頼みに免じて、見逃してやるよ」と赤井も悔しそうに言う。


 そうして、二人の不良の長は、水去に背を向けて立ち去ろうとする。周囲を囲んでいた包囲網も解かれた。


「ま、待てっ! こっちだって聞かせてもらうぞ! 君たちと前原さんは、どういう関係なんだ! カテキョ生徒の赤井さんはともかく、堂島君! どーしてお前が前原さんを知ってるんだ! 一体何を話したんだ!」


 黙って歩き去ろうとする二人に、水去が尋ねた。不良二人は振り返って、水去を見る。「アンタ、もしかして知らないのかい⁉ ふっふふっ、やっぱ大したことないね!」と赤井が嬉しそうに言った。「天祢姐さんは、この学校の卒業生だよ!」「ええっ⁉ 卒業生⁉」「前原天祢と言や、俺たちの中じゃ知らねえ奴はいねえ……! 伝説の不良だ……!」「で、伝説の不良っ⁉」水去が驚愕の声を漏らす。


 それを受けて、校庭の不良たち、そして堂島と赤井は、どこか誇らしげで、どこか憎々しげな表情を浮かべた。


「アンタ、姐さんのこと、ホントに何も知らないんだね? 血の入学式事件に始まり、四天王統一と天下布武宣言からの、校舎崩壊ティーパーティー事件、日曜参観未来人戦争、そして、極悪魔界学園との抗争、青海の天地割り、裏の喧嘩喧嘩大会壊滅、北海道まりも侵襲の乱、絶壁の戦い、それから——」


「ラララ流星群墜落事件……翕然凶羅大決戦……修学旅行東京絶滅運動……死国爆殺……スタグバーウイルス破壊……週間八本槍結集騒動鎮圧……富士山麓日本分割大決戦……そして、極楽平和卒業式事件。たったの三年間で、裏付けができているものだけでも、これほどの伝説を残した……それが、前原天祢だ……!」


 赤井と堂島によって語られた前原天祢伝説、水去にはその詳細は分からないけれど、なんかヤバいことだけは感じ取れた。


「この学校の生徒は、みんな天祢姐さんに憧れて集まったんだ。ま、ここに一人、伝説を塗り替えようともがいてる男がいるけどね」


 そう言って、赤井が隣に立つ堂島を見る。


「え、じゃあ、堂島君が伝説を越えるとか言ってたのって」と水去。


「そうだ……! 俺は、前原天祢を越える……!」堂島は力強く答えた。


「無理やん。それは無理でしょ⁉」若者の夢をあっさり否定する水去、


「無理じゃねえっ! 俺は、諦めねえ……!」


 堂島はなおも力強く答えた。そうしてクルリと背を向けると、「消えろ……せいぜい前原天祢を腑抜けにしとくんだな……!」と吐き捨てて、歩き去って行った。それに続いて、舎弟の不良たちもぞろぞろと歩き出す。校庭に残された水去と須永、そして神崎は、このご時世に突っ張り続ける不良たちの、やたらに力んだその後姿を、静かに見送ったのだった。


 〇


 見送った直後のこと。


「あっ、どうもどうもー水去工務店ですー」すぐに難舵北高校三年B組の教室に姿を現した水去と神崎。「な、何しに来やがった、テメエ……!」と堂島が唸るのを横目に、割れた窓ガラスを掃除し始める。「いやー、ここのガラスは俺が割っちゃったから遡及的無効で戻らないんだよな。だから後始末くらいはしようと思ってさ。すまんかったなー」そう言って掃除をして、それから神崎が呼んだ神崎工務店(こっちは神崎グループの中のガチ工務店)の人に窓を付け直してもらって、ついでにサービスで校舎のあちこちを直して、そんなことをしていたら、数時間が経ってしまったのであった。


 〇


 と、長い長い回想を終えて、水去たちはやっと神崎邸に辿り着いた。庭の門を開けて、気取った小路を歩き(少し前に、前原女生徒が跳躍した時に抉れた部分は、まだそのまま残っていた)、玄関の扉に鍵を差し込む。神崎と何か喋りながら、水去はがちゃりとドアを開けた。


 それを迎え撃つように、飛び出してくる影が一つ!


「お帰りなさいませですわーっ!」


 弾丸のような勢いで、守亜女生徒が水去青年に抱き着いた!


「守亜さんっ⁉」水去が喉を詰まらせたような声を上げる。


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……なんて、まだ恥ずかしいですわっ、欲望開放しまくりですわ! きゃー!」


 守亜がごりごりと、水去の胸板に額を擦りつける。ああ、戦いを終えた後、こうして元気に出迎えてくれる人がいる、それって本当にありがたいことなのかもしれんなあ……なんて、水去はしみじみ思いながら、遠くを見つめた。


 そう、遠くを見つめたのである。


 守亜女生徒のふわふわした頭頂部の向こう、玄関の奥に、どういうわけか前原が立っていた。伝説の不良と呼ばれし、前原天祢女生徒である。


「ま、前原さん……っ⁉」


 水去の声にならない声を迎えたのは、前原女生徒の、ヒジョーに冷たい眼差しであった……!

次回予告

素揚げ! ドキドキ! 改造人間! 第三十二話「ローにも期末は訪れて」お楽しみに!

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