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第二十九話 開幕! 行政法の世界

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 満を持してやーっと変身した無免ローヤー。不良たち相手に無双する怪人を止めるため、法律戦士がその姿を現す! けど、いい歳した大学院生が、高校生相手にカッコつけてイキるってどーなの? 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

 難舵北高校三年B組の教室で、水去は無免ローヤーに変身した! 不良たちの視線が彼に集まり、不思議な静寂が周囲を満たしている。


「アンタも、化け物だった、のかい……?」


 赤井が警戒するように、姿を現した法律戦士に尋ねる。すると、無免ローヤーが振り返って、生命を感じさせない無機質な複眼が、彼女の方を向いた。


「俺は無免ローヤー。アイツは怪人。だが、まあ、根は同じだろうな。化け物と言えば化け物だ。やってることも、法を利用した私刑だし」無免ローヤーが呟く。


「だけど、君がここにいるのは、怪人を止めるためだろ?」


 そう言ったのは神崎だった。


 教卓から這い出した神崎が、無免ローヤーの隣に来て、周囲を見回し微笑む。「安心しなよ。この人はヒーローだからね」神崎の言葉に、不良たちの表情がほんの少し和らいだ。帝王学的カリスマと言うべきか、水去にはできぬ芸当である。


「調子に乗るなァ! 正義の味方がァ、不良を守るのかァ? こんな奴ら、守る価値もないんじゃないかァ?」


 怪人が闇を噴き上げて叫ぶ。


「うーむ、確かに俺も不良は嫌いだ。軽率に人を傷つけるのは許しがたい。意味もなく人を叩くな殴るな撃つなマジで……と思う。だけどそれは、救わない理由にはならないんだよ。誰も傷つけないで生きていくのは難しいし、少なくともこの力は、皆のために使うつもりなんでな」


「ペラペラァ喋るなァ! それがお前の言い訳かァ? 偽善者がァ! こんなクズ共、いなくなった方が社会のためだァ!」


 その時、崩壊して土煙の舞う教室後方から、瓦礫の破片が飛んだ。投擲物は空気を切り裂き、無免ローヤーと怪人の双方を襲う。しかし両者とも、まるで何事もないかのように、腕を軽く振るって対処した。


 穴の開いた壁の向こうから、堂島青年が姿を現す。服は破れ、全身に埃を被り、頭部に深い傷を負ったのか、赤い血が顔をしたたり落ちていた。満身創痍と言っていい。


「俺たちを軽く見やがって、化け物が……! お前がサブを操ってたってことだな……!」


 堂島が拳を震わせて言う。その言葉に、怪人は大笑いを始めた。


「ははははァ、ちょっと入れ知恵しただけでェ、永遠に支配ィ、なんて豪語するお前等の姿はお笑いだったなァ! なァ、バカ共ォ? その低能な脳みそでェ、おちょくられてるのにやっと気づけたかァ?」


 怪人の哄笑が教室中に響く。「簡単にその気にさせられるんだもんなァ、ははははははァ!」


「俺の……仲間を、笑うな……!」


 堂島が足を踏み出し、怪人に向かっていく。きらめくメリケンサック。その歩みはすぐに加速し、怪人に襲いかからんとする!


「やめときなよ」


 憤怒の空気に割り込んで、無免ローヤーの腕が、静かに彼を遮った。「どけっ……! お前がっ、なんのっ……!」堂島の言葉に、無免ローヤーが首を振る。「生身で怪人と戦うのは、あー、まあ、できる人もいるっちゃいるけど、ふつーは無理だ」「関係ねえ……! 俺は……!」堂島の身体が動いて、邪魔なヒーロー野郎を突き飛ばそうとする。しかしその腕を、無免ローヤーが掴んだ。


 その瞬間、堂島は動けなくなった。


「今のお前じゃ、勝てない」無免ローヤーの複眼が、彼を見据えている。


 掴まれた腕に伝わってくるのは、明らかに人間のものではなかった。堂島がこれまで戦ってきたどんな不良からも感じたことのない、異常な感触。人外の世界の一端が、そこから流れ込んでくるかのようだった。


 彼は全身の力を絞り出して、やっと無免ローヤーの手を振り払った。


 拒絶された手をゆっくりと引っ込め、無免ローヤーが怪人の方を向く。それからヒーローは、怪人に牽制の眼差しを向けつつ、堂島に、あるいは教室中の不良たちに対して、ぼそぼそ喋り始めた。


「一ついいことを教えてあげよう。たかだか数年先に生まれただけで、なーにイキってんだと思うかもしれないけど、安心しな、俺の言葉じゃない」


「……ああ?」


「『悪い子供は、本当に悪い大人の恰好の餌食になる。だから悪い子育っちゃいけない』そんな名言がある。邪悪なプロフェッサーの言葉だ。いい歳してまだ学生やってる俺やアイツが大人かはさておき、君たちも、少しは身につまされるんじゃないかな?」


 そこまで喋って、無免ローヤーは怪人の前に、ほいっ、と飛び出した。


「クズ共への説教はァ、終わったのかァ?」怪人が尋ねる。


「待たせたな! じゃ、大人になれないロー生同士、俺たちの戦いを始めようか!」


「お道化やがってェ、まあいいィ、お前を倒せばァ……来いィ、宗教のファルチェ!」


 怪人の言葉と共に、空間に闇が凝集して渦巻く。次第に収束し固まって、大きな鎌が顕れた。闇を纏った手が柄を掴み取り、鋭く研ぎ澄まされた三日月状の刃が、周囲を暗く威圧する。


「……そんなモン、室内で振り回したら危ないだろ。みんなが怪我したらどーすんだ」


「人を踏みにじるゥ者はァ、踏みにじられるゥ覚悟をしないとなァ」


 怪人が鎌を振り上げ構える。無免ローヤーも戦闘姿勢ととる。「傷つけられていい人間などいない」「人を傷つける人間はァ、傷つけられるゥ覚悟をしているはずだろォ?」「詭弁合戦だな。なら、いい論法を知ってる。いくぜ……暴力をやめろよ。暴力やめないと、暴力するぞっ! おらああああ!」


 無免ローヤーが床を蹴り、怪人に向かっていく。迎撃に動く怪人が、横薙ぎに宗教のファルチェを振るう! しかし、それより一段早く、刃の内側に踏み込んだ無免ローヤーが(怖くても長物相手には距離を詰める、その有効性を水去は経験的に知っている)、法の鎧を纏った腕で、柄を下向きに弾き落とした。重力との相乗効果により、怪人の姿勢が前へと崩れる。


 その瞬間、無免ローヤーの手がぐっと伸びて、怪人の顔を掴む!


「うおおおおおおおお!」


「なアアアアアァ!」


 パリイイイイイイン! 無免ローヤーが怪人の頭を窓に叩きつけ、そのまま、ガラスを突き破る。勢いのままに両者の身体は、教室の外に飛び出して行った。


 いや、ここ三階!


 狂気の飛び降りを実行した化け物どもの行方を追って、不良たちが窓の下を覗き込む。地上には、バイクだらけの校庭に着地し、平然と向かい合う両者の姿……はなくて、上手く着地した怪人と、着地に失敗して、おあ~っ、と転がる無免ローヤーの姿が見えた。バカみたいだが、全然無事らしい。


 振り下ろされる大鎌の刃を、慌てて立ち上がって躱す無免ローヤー。


「急にィ無茶苦茶しやがってェ、おのれァ!」怪人が叫ぶ。


「ふ、ふん、カッコよく着地したからって調子にのるなよ、怪人宗教利用男! ここなら安全に戦える。タイマン張らせてもらうぜ?」


 無免ローヤーが懐から何か取り出す。「あれはっ、アタシの生徒手帳!」教室から赤井が叫ぶ。無免ローヤーの複眼がちょっと彼女の方を向いて愛嬌を振りまき、それから、ベルトの右腰に、生徒手帳をセットした。


 無免ローヤー 行政法フォーム!


 輝きが法の鎧を包み、行政の色に染め上げていく! そうして光の中から顕れるのは、膨大な法令の下に闇を祓う、賢き行政法の戦士。数多の個別法を解釈し、あらゆる状況に適応して、正しき結論を導き出す者!


「さあ、行政訴訟だ!」


 行政事件への適応を祝うかのように、七兜山で、再び火薬が爆発した!


 〇


 民事訴訟と、刑事訴訟と、行政訴訟。


 訴訟手続きをざっくり分類すれば、この三つに分けられる。


 そのうちの行政訴訟とは、公法上の法律関係の存否を審判対象とする訴えであり、そこでは、行政手法を用いて設計された条文、いわゆる行政法が用いられる。これがヒジョーにややこしくて難しく、膨大で、法科大学院生の頭を悩ませる分野なのだ。


 ところで、法、と聞いたとき、真っ先に思い浮かぶのは何だろうか。ふつう、「憲法」や「民法」や「刑法」なんかであろう。小学生だってその名を聞いたことはあるはず。ちょっと六法をめくれば、誰でもすぐに見つけられる超有名つよつよ法律である。


 これに対し、「行政法」という名前の法律はない。行政法とは行政の組織と作用に関する法の総称であって、その中には例えば、行政手続法やら建築基準法やら生活保護法や、行政事件訴訟法やら行政不服審査法、国家賠償法、内閣法とか内閣府設置法、行政機関情報公開法、行政機関個人情報保護法、学校教育法、河川法、道路交通法、地方自治法、風俗営業等取締法、出入国管理及び難民認定法、国有財産法、行政代執行法、児童扶養手当法、銃砲刀剣類所持等取締法、都市公園法、土地収用法、土地区画整理法、水質汚濁防止法、自然環境保全法、医療法、国税通則法、所得税法、法人税法、旅券法、森林法、国家公務員法、都市計画法、被災者生活再建支援法、国家公務員共済組合法、薬事法、道路運送法、労働者災害補償保険法、自衛隊法、航空法、地方税法、児童福祉法……その他もろもろ、わらわら、どやどや、ばしばし、もぺもぺ、とことこ、のたのた(文字数稼ぎもここまでにしておこう。実際のところ、現在日本に存在する行政法を全て書き出すと何文字になるか、想像もできない)……日常生活でよく耳にするような身近なものから、こんな法律知っとるヤツおるんか⁉ と驚くようなものまで、もー膨大も膨大、多種多様で無数の法律が含まれるのである。多すぎる……多すぎる……っ! ううっ……!


 まあ、法の世界を三分割したときの一つの勢力なのだから、当然と言えば当然。行政法は実に奥が深いのだ。


 これに加えて、法律の委任を受けた政令、府省令、規則、また地方公共団体の条例・規則なども含む大量の法規命令が存在するため、各種個別法を一人の人間が全て網羅し理解し記憶するのは不可能である。絶対に無理。だから、法曹だって教授だって官僚だって、分からないものは分からないし、知らないものは知らない。必要になったら調べる。当り前のことだ。


 しかし、無免ローヤーは、不可能を可能にする。


 この巨大で深淵なる法領域へ踏み込む時、彼は新たなフォームへと姿を変える。その時法律戦士は、無数の法令の全てを支配するのだ!


「何なんだァ、その姿ァ? チャラチャラ変わりやがってァ!」


「無免ローヤー、行政法フォーム! こっから先は俺のステージだ!」


 その言葉と共に、無免ローヤーが決めポーズをとり、不良高校生たちに正義の味方の魅力をアッピールする! しかし中身が水去のせいか、法の鎧をもってしてもダサ・オーラが隠しきれておらず、あんまり見栄えがしない! 


 それに対し、怪人宗教利用男が、宗教のファルチェを大きく回転させて、近くにあった邪魔なバイクたちを吹き飛ばした。おお、スタイリッシュ! カッコいい! これでは高校生たちが悪の道に魅了されてしまうかもしれない、水去がダサいばっかりに……


 それを危惧したのかどうかは分からないが、無免ローヤーがあらためてビシッと怪人を指差し、場の空気をリセットした。


「さあ、今から、お前が幼気な少年たちに吹き込んだ、宗教を理由とした試験拒否の可否について論じる!」無免ローヤーが校舎の高校生たちにも聞こえるように叫ぶ。


「はァ? 急に何をォ、言い出しやがるッ?」


「正確には、仮に退学処分が出された場合にそれが適法かどうか、これからお前と戦う! いいよな?」


「いいわけないだろォ! あんなァ馬鹿ガキ相手の論理で戦わされてたまるかァ!」


「答えは聞いてない! 開幕っ!」


 そう言いつつ、無免ローヤーが腰の六法をめくり、条文に触れる!


【行政事件訴訟法三条 抗告訴訟!

二項 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう!】


 六法から光が溢れ、校庭に巨大な結界を構築する。光の壁が二人を取り巻き、そうして、闘技場(コロッセオ)のごとき領域を創り出した! デカい! ぐるりと観客席に取り囲まれたド派手な光の舞台。その中心に突然立たされた怪人が、困ったように周囲を見回す中、無免ローヤーは親切にも状況説明を与える。


「ここは、行政訴訟の闘技場。戦うには、おあつらえ向きだろう? 行政事件訴訟法三条二項、取消訴訟で勝負だ。お前は退学処分を取り消せるかな?」


「だからッ、そんなので戦う気はねえとッ、言ってるだろうがァ!」


 怪人が闇の鎌を怒りのままに振り回す。


「頑なだなあ。いいか、戦いってのはな、大抵ノリのいいやつが勝つんだよっ! どんどんいくぞ!」


 無免ローヤーが今度は六法ではなく、生徒手帳を開く。そうして、後ろの方の頁の、学生たち自身はおそらく誰も見ないであろう記載、すなわち「難舵北高等学校学則」の文字に触れる。


「ローヤー召喚、法の本棚!」


 ベルトの生徒手帳から一条の光が立ち上って、闘技場を飛び出し、天空の雲を突き破った。一瞬の静寂、そして——


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 漫画のような効果音が、辺りを震わせる。地震? いや、地面が揺れているのではなく、空気が揺れている。一体何が起きているのか、高校生たちが慌てて校舎から飛び出せば、校庭に黒い影が覆い被さっていた。まるで夜のように暗い。無免ローヤーが創り出した闘技場の光だけが、暗闇の中で希望のように輝く。金と黒のコントラストが神秘的に揺れて、難舵北高校の敷地を呑み込んでいた。


 太陽光を遮っている存在、その実体を確認するため、皆が闘技場の観客席へと一斉に乗り込んで、空を見上げる。「おい、どうなってんだよ……?」「四角いものが、いっぱい……」「あれは、まさか……」「大量の、本……棚……」高校生たちの声が、広い闘技場に木霊する。


 天を仰いだ彼らの眼には、無数の巨大な本棚が、上空を埋め尽くし蠢いているのが、はっきりと映っていた。


「これが、無免ローヤー行政法フォームの力。古今東西、この世に存在するあらゆる法令を網羅した、地球の記録……法の本棚だ! さあ、検索を始めよう」


 無免ローヤーが、闘技場全体に響き渡るような大きな声で、今の状況を解説した!

次回予告

委任! 代替! 真摯! 第三十話「悪い大人を合理性審査」 お楽しみに!

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