第二十四話 非弁ローヤーの断罪論
前回までの、七兜山無免ローヤー!
車で崖に突っ込んだ怒甲女生徒を救出した無免ローヤー。ゴミ山ハウスで守亜女生徒と遭遇し、気絶した怒甲百合を託す。原付トばして現場に戻ると、非弁ローヤーが大澤青年を追い詰めていた! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!
雷雨が降り響き渡る中、無免ローヤーと非弁ローヤー、二人の暴力が衝突する。どちらも同じ法律戦士、しかし、衝撃に耐えず宙に打ち上げられたのは、無免ローヤーだけだった。背中から水たまりに落ちて、法の鎧に泥水が跳ねる。重い雨が身体を押しつぶすように落ちてくる。渦巻く視界の中、地面に手を置き、なんとか起き上がろうとする無免ローヤーを、非弁ローヤーの複眼が冷たく見下ろした。その背後で、落雷が光る。
「君ごときの攻撃で、僕に傷害を負わせることなどできやしない……」
「は、はあっ?」
「だが、危険不要説の立場から、身体への接触がある場合は、傷害を生ぜしめる危険が無くても、身体の不可侵性を害するような行為であれば、暴行罪は成立する。そういえば、不快嫌悪の情を催させるに足りるからと示した裁判例もあったか。ま、君の行為は暴行だ……これが、分かるかなあ……?」
非弁ローヤーが暴行概念の解説をする間に、無免ローヤーは立ち上がる。
「ペラペラ、喋りやがってヨ、殴る蹴るは、暴行だろ」
「そんな粗雑な理解しかできないから、君は弱いんじゃないのかなあ……!」
「ああそーかもなあっ!」
泥水を蹴って、無免ローヤーが相手に打ちかかって行く。迎撃に振るわれる右手を、前転で潜り抜けて躱す。跳ねる雨滴。相手の背後に廻り立ち上がろうとしたところで、脇腹に蹴りが及ぶ。咄嗟に半回転して威力を減衰し、上手く姿勢を整えるも、そこに法の籠手を纏った拳打が飛んで、無免ローヤーの胸部に打撃を与えた。
「げほっ……痛って!」
無免ローヤーが息を漏らすと同時に、非弁ローヤーが接近して、左拳を打つ。それを後ろに退きつつ、右腕で弾いてさばく。すぐに繰り出される非弁ローヤーの蹴りを、更に下がりながら両手で弾く。そこで、大きく踏み込み突き出された非弁ローヤーの右拳が、法の鎧を殴りつけた。無免ローヤーの姿勢が歪む、しかし倒れず横っ飛びに跳ねて、相手との距離を開ける。
真っ直ぐ近づいてきた非弁ローヤーが右手を振るい、間髪容れずに左手を振るうが、二撃目はフェイント。無免ローヤーの右腕によるガードは空を切る。勢いのまま非弁ローヤーが旋回して右の裏拳。複眼に刺さった衝撃が首へ及び、態勢を崩した。転がりながら、雨水の中に身を落とす無免ローヤー。一瞬の睨み合い。見上げる眼差しへ、高い位置から蹴りが及ぶ。それに合わせて前へ出た無免ローヤーが、攻撃の軸をずらして威力を軽減しつつ、至近距離で相手の鎧を叩いた。
非弁ローヤーはつんのめって、左斜め前に上半身が泳ぐ。しかし、すぐに攻撃に戻り、低い位置から打ち上げるように左手を振るう。拳は無免ローヤーの肘で受けられるが、その状態から左脚の膝蹴り。だがこれは牽制に過ぎず、素早く落とした足を軸にした、右の回し蹴りが飛ぶ。無免ローヤーはバックステップで距離を取りつつ、両手で踵を叩き落とした。瞬間、地面を踏みしめた非弁ローヤーが開いた距離を詰める。向けられた重い左ストレートを、無免ローヤーがなんとか躱す。繰り返される攻撃防御の中で、雨粒が砕けて散った。
「ああああああ!」
無免ローヤーが左から右へ、裏拳気味に右手を振るい、それが非弁ローヤーの下顎部を弾いた。不意の被弾に非弁ローヤーの進撃が止まって、数歩後ろに下がる。怯んだ非弁ローヤーに対し、無免ローヤーが手を構えて戦闘態勢を取る。
「俺は四月から戦ってきた! 簡単に負けられんっ!」
「小賢しいなあ……!」
再び両者が駆け出して、拳を振るう。無免ローヤーの攻撃が先に届いて、相手に深く突き刺さったのに対し、非弁ローヤーの拳は少し遅れて、芯を外した部分に当たっただけ。
それでも、吹き飛ばされるのは、無免ローヤーだった。
「っ、がはっ……」
非弁ローヤーは緩い残身に、体勢の安定を保ったまま、無免ローヤーを見下ろす。パンチ力、キック力、ジャンプ力、走力……発揮されるスペック、出力がまるで違う。歴然とした性能の差が、無免ローヤーの嘔吐きに表れていた。
「法律戦士の力は、使用する法に対する理解で決まる……! どれだけ君が小賢しい経験を積み上げようが、僕に勝てるはずがないんだよ……!」
「おええっ……はあっ……ああ、そうかい! あークソクソ……嫌になるな……」
非弁ローヤーの言葉に対し、悪態で返す無免ローヤー。まだ複眼の光は消えていない。くるりと向きを変えると彼は、すぐ近くでへたり込んでいた大澤青年に手を差し伸べて、真っ直ぐ立たせた。そうして、牽制するように、再び非弁ローヤーに向かい合う。
「確かに、俺は、弱いさ、法律は苦手だし、何も守れなかったから……でもだからってそれは、理不尽な暴力と戦わない理由にはならないんだよ。これ以上、死ぬほど後悔したくない、救わなきゃいけないんだ、俺自身のためにも……うおああああああ!」
無免ローヤーが再び相手に立ち向かっていく! しかし軽くカウンターを合わせられて、「どあっ!」また地面に転がされた。やっぱり弱い情けない。気合だけでどうにかなる年齢でもない。結局、そう簡単に逆転できないのが現実なのだ。
非弁ローヤーが苛立ったように声を上げる。
「勝手に盛り上がって、幸せな奴だな、君は……じゃあ教えてあげようかなあ……?」
「何をだ! 今更暴行概念の議論は御免だぞ!」
無免ローヤーが無様に這いつくばりながら、精一杯の声を上げる。非弁ローヤーの複眼が、靄のかかった山の空気に光っている。雨は更に勢いを増して、二人に降り注ぐ。そうして、非弁ローヤーは、人差し指を真っ直ぐ伸ばした。その先にいる者、指し示すのは、無免ローヤーではない……
「そこにいる大澤葛登は、最初から怪人じゃなかった……! 怪人の闇など関係ない、純粋な悪意に満ちた、ただの犯罪者だ……!」
雷鳴が轟いて、豪雨を貫いた。暗い光と雨が、法の鎧に反射する。
しばらく沈黙が続いた。無免ローヤーの仮面は、変身者がどこを見ているのか、何を考えているのか、どんな表情をしているのか、その全てを覆い隠している。水去律の感情は、少しも見えない。
瀑布のごとき雨音だけが、沈黙を貫いて次々と降り注ぐ。
「嘘だ」と無免ローヤーが声を漏らした。「そんなバカなことが、あるか」
震える声を掻き消すように、紫紺の雷が再び鳴り響いた。
「事実だ……! そいつは怪人じゃない。僕は怪人を倒していない……!」
非弁ローヤーの声は真っ直ぐで、少しも揺らいではいない。
「じゃあ、怪人じゃないなら、素で、あんな酷いことが、できたっていうのか」
「クズはどこまでも、クズだからなあ……!」
無免ローヤーがすぐ後ろに立つ大澤青年を見た。
しかし大澤は、ヒーローから向けられた視線に応えない。
「怪人じゃ、なかった、のか」という言葉に、彼は何も答えない。
沈黙は、肯定を意味していた。
〇
法に代わって、救済する!
その言葉は、いつも怪人に向けられたものだった。怪人は救わなければならない。それが彼の決め台詞、すなわち、戦う原点なのである。怪人の絶望と犯罪衝動の重さ、苦しみ、水去律にはそれがよく分かっていた。
しかし今、無免ローヤーの目の前にいるのは、怪人ではない、しかし罪を犯した人間。妻である怒甲百合女生徒を、金のため死に追いやろうとした人間。それは、無免ローヤーにとって、救済の対象に含まれるとは、言い難かった。
では、彼は一体どうするのだろうか。相手は、悪人なのだ。
無免ローヤーが、大澤青年の両肩を、乱暴に掴んだ。
「おい! お前っ! 聞けっ!」声が、酷く荒い。
「は、はっ」大澤青年は怯えた声を漏らす。
「お前は怪人だった! いいなっ! 怪人だったんだ! 怪人の闇のせいで、罪を犯し、そして、非弁ローヤー、あそこにいるヒーローに倒された、そういうことにしろ! 分かったかっ!」
無免ローヤーが怒鳴りつけるように言う。
「今、お前は生まれ変わった! ヒーローに倒されて……もうお前は犯罪者じゃない! だから、真っ直ぐ生きろ! 優しい人間になれ! 誰も悲しませるな! 今ここで覚悟しろっ! 誓え!」
「は、はい、分かっ……ましたっ」
「よし、なら今だけ、俺がお前を守ってやる……行けっ! さっさと元居た場所に戻れ!」
「は、はい!」
大澤青年は一瞬嬉しそうな顔をして、すぐにそれを隠した。無免ローヤーはその変化に気付いているのかいないのか、複眼でじっと彼を見つめてから、ゆっくりと身を翻して、背を向けた。非弁ローヤーに向かい合う。
非弁ローヤーは苛立ちを隠さずに、法の籠手を構えた。
「何を、考えているのかなあ……君は……!」
「俺は、助ける。助けなければならない。そうでなければ、俺は……」
「ふざけるな……!」
非弁ローヤーが一歩前に、足を踏み出す。様子をうかがっていた大澤青年が、隙を見て走り出す。追いかけようとする非弁ローヤーの前に、無免ローヤーが立ち塞がった。
「どけっ……!」
非弁ローヤーが拳を振るった。無免ローヤーは腕でそれをガードする。受け止めきれず、弾き飛ばされて、地面を転がる。泥水に塗れて、それでも立ち上がり、走り去る大澤青年を背後に、非弁ローヤーに向かう。
「いい加減にしろ……! アレは犯罪者だっ……!」
「確かに罪を犯したかもしれない、だけど!」
大澤を追いかけようとする非弁ローヤーを、無免ローヤーが掴みかかって止める。
「また邪魔を……!」
「法の力で怪人を救うのが、ローヤーの責務だろ!」
両者の法の籠手が圧力の中で擦れて、火花を散らす。
「頭がお花畑なのかなあ……! 大澤葛登は怪人じゃないと言ったはずだ……!」
「でも、同じだ! きっと彼にも、何か、事情があったんだ! 罪を犯す程の事情が、あったはずなんだよ! 簡単に、断罪なんか、しちゃいけない! 人は間違えるんだよ!」
「黙れえっ!」
非弁ローヤーの法の籠手が、相手の鳩尾に突き刺さった。衝撃が法の鎧を貫いて、無免ローヤーが力なく崩れる。しかし、彼の手は非弁ローヤーを掴んで離さず、その動きを妨害し続けた。至近距離で、非弁ローヤーの複眼が、無免ローヤーの複眼にぶつかる。
「その言葉、犯罪被害者にも同じことが言えるのかな……!」
「はっ、はぁ、はぁ……」
「言えるのかあっ!」
無免ローヤーの側腹部に、拳が叩き込まれる。
「ごえっ……、それは……」
「闇だの絶望だの、大仰な言葉で糊塗しても、身勝手な邪悪であることに変わりはない! 己自身の問題で、軽率に他人を害する、そんなことは許されない……!」
「でも!」
「黙れっ! どんな事情があろうと、他者の権利法益を侵した人間がのうのうと生きるなど、あってはならない悪徳だっ! 被害者には、事情なんか無い! どれだけ正しく生きていても、踏み躙られる! その理不尽が、分からないのかなあっ!」
非弁ローヤーが横薙ぎに腕を振り払った。弾き飛ばされた無免ローヤーは、流れていく泥水に叩きつけられる。しかし、それでも彼は立ち上がって、非弁ローヤーの行く先を塞いだ。
「はっ、はぁ、はっ……怒甲さんは、アイツが、怪人だって思ってた。思い込んでた。その気持ち、分かるんだよ、あぁ、相手が、怪人でなければ、この悲しみをどうしたらいいのかって。きっと、彼女にとっても、はぁっ、大澤は怪人だったって、ことにしておいた方が、いい。全部、怪人の闇のせいなんだよ。そうすれば、少しは、受け入れられるだろ、なあ、頼むよ……」
「本気でっ、そんなことをっ、考えているのかなあっ……!」
非弁ローヤーが静かな怒気を纏った声を上げ、法の籠手を構えた。それでも無免ローヤーは、よろよろと前に進んで、縋りつくように相手に掴みかかる。
「そういうことに、しておくべきなんだ。俺たちは、法律戦士だろ。法の力で、怪人を救済したんだ。それで、終わりにしよう……頼むよ、怒甲さんも、大澤も、一番傷つかない結末なんだ……断罪、したって、誰も幸せにならないんだ……許してあげてくれ、許さなきゃ、止まれなくなる……」
「いい加減に、しろおっ!」
非弁ローヤー激怒して、無免ローヤーを殴打した。地面の水が大きく跳ね上がる。これまでとは比較にならないほど重く鋭い一撃に、無免ローヤーは倒れ込んだまま、ついに立ち上がれなくなった。
「何をやっても、罪は消えない……! 被害だって消えはしない……! 腐った過去に、曖昧な感情で蓋をして、照れ笑いで誤魔化そうとする人間がのさばるから、社会を複雑な法で縛らなきゃならなくなるんだ! お前のような、気持ちだけで生きるクズのせいで、正しくも厳しい法が存在しなきゃいけなくなる! 感情を優先して、悪から目を逸らすなっ……!」
非弁ローヤーの複眼が、倒れた無免ローヤーを見下ろす。無免ローヤーは震える腕をわずかに伸ばして、行く手を塞ごうとする。
「怪人だって、助けないと……救ってあげないと……」
「怪人怪人と五月蠅いなあ! 法の力で怪人の行為を無効にできるからこそ、僕たちは断罪しなければならない! それが、司法の判断を経ずに戦う、イリーガルローヤーの責任だっ!」
非弁ローヤーが、傷つき歪んだ法の鎧を蹴り上げる。一瞬、無免ローヤーが浮いて、坂をごろごろと転がった。そうして、もう動かなくなった。坂道を流れ勢いを増す雨水に埋もれるように、横たわっている。
妨害者から目を逸らした非弁ローヤーが、大澤青年が逃げた方向を見る。もう、彼の姿はどこにも見えず、雷雨が行く手に吹き荒れるだけだ。苛立たし気に舌打ちして、非弁ローヤーは変身を解除する。光となって法の鎧が消えていく中、姿を現した網言青年が、倒れたままの無免ローヤーを見た。少しも動く気配はない。
網言は何も言わずに原動機付自転車「非弁号」に跨る。もう一度ちらりと無免ローヤーを見ると、舌打ちし、また原付から降りて、彼の方に近づいて行く。そうしてドカッと、無免ローヤーを蹴った。何度か蹴って、倒れたままの彼を道路の端に寄せた。
エンジンに火がつく音がして、原付のタイヤが回転し始めた。靄のかかった七兜山の空気が、走り去る網言の背中を隠した。エンジン音だけが、しばらくその場に響いていた。
〇
網言正刀が場を離れて数分後、無免ローヤーの変身が解除される。横たわったままの水去、その隣に、バックルから外れた変身六法が転がった。雨は段々弱まり始め、雷もその怒号を潜めていた。
道の向こうから、自動車のヘッドライトが見えた。寝転がったままの彼のすぐ横を走り抜けていく。タイヤが跳ね上げた水たまりの泥水が、水去に降り注いだ。口の中に汚れた水が入ったのか、静止していた彼の身体が急に動いて、ゲホゲホと咽た。
それからまたしばらく蹲っていた水去は、徐に変身六法を掴むと、身体を起こして立ち上がろうとした。両手両足を踏ん張った所で、また大きく咽た。吐き出した血が、坂を流れていく水に混ざる。「げほっごほっ」と咳き込むごとに、吐血の量が増えた。四つん這いのままなんとか息を止める努力をして、喉の奥から溢れてくる血を飲み込むと、彼は立ち上がった。
崖の向こうから吹いてくる風が、彼の頬を濡らす。
「ちょっと、長く、変身しすぎた……」
そう呟いてから、水去は近くに止めてあった「無免号」によろよろと跨ると、背中を丸くして、七兜山の急坂を走り去っていった。
〇
その後、大澤青年は姿を見せなくなった。聞けば、怒甲女生徒の家にいるらしい。水去には、それが事件の顛末として良い結果なのか、あるいは悪い結果なのか分からなかった。ただ彼は、今回の一件で非弁ローヤーが示した断罪論を頭の中で反芻しつつ、日常をやり過ごすために、また曖昧な笑みを浮かべるのだった。
あ、それから、この事件をきっかけに、水去の生活環境は激変することになるが、その話はまた次回……
次回予告
虱! 焼きそば! 縦ロール! 第二十五話「一緒に暮らしますか?」 お楽しみに!




