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第二十三話 背景にあるべき事情は

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 怒甲女生徒から夫について相談された無免ローヤー。調査を重ねる中、一本の電話が。聞こえてくるのは震えた声と、涙ぐむ音。そして通信途絶。一体何が起きている? 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!

 布神の滝すぐ近くの路上に、一台の自動車が止まっている。それは、怒甲女生徒の物であった。そうして、その隣では、男女が向かい合っている。大澤葛登と、怒甲百合の夫妻。民法七三九条に基づく婚姻の届出によって結ばれたはずの二人。なのに、怒甲女生徒の眼には、涙が浮かんでいた。


「やめて……もう、やめてください……」


「五百万円、準備できなかったんだろ? じゃあ、オマエ、死ぬしかないじゃん」


「あ、あの、もう一度、お父さんに頼んでみます……! 頼んでみるから、許して……」


「はあ? オマエもう父親には頼めないって言ってたじゃんかよ! オレに嘘ついたんだなっ! ああっ? そーいう人間だったんだー。サイテーだな、嘘つきは早く死ねよ! 死んで詫びろ」


「ご、ごめんなさ……」


「オマエ、もうここから飛び降りるしかないよ? 生きてる価値ねーんだからさ。せめて、借金と一緒にこの世からバイバイジャンプしてくれや。それで、今までオレにかけてきた迷惑を少しでも返そうよ。そうしてくれたらオレ、スゲー嬉しいんだけどなー」


「そんなこと言わないで……死ねって、言うのとか……お願いですから、やめて……」


「オレのこと好きなんだろ? 愛してるんだろ? だから結婚したんだろ? なのに、オレに逆らうんだ? オマエみたいな芋女、誰も好きにならねえよ。オレ無しで生きていけると思ってんの? せっかく拾ってあげたのにさあ、オレを喜ばせたくないの?」


「だ、大好きだって、葛登くんが言ってくれたから……一緒にいると安心できるって、言ってくれたから……だから……私は……」


「はあ? 何言ってんの? オレが好きなのは金持ってるオマエなの! 金の出せないオマエなんかただのゴ・ミ・ク・ズ! おらっ、早くしろよ……っ!」


 そう言うと、大澤青年は運転席のドアを開け、中に怒甲女生徒を押し込んだ。「ちゃんとシートベルト付けとけよ。お前はここから崖に飛び込んで、事故死ってことになるんだからなっ!」そう言って、大澤青年は乱暴にドアを閉める。


 怒甲女生徒がエンジンキーを回した。自動車が音を立て始める。そうして、彼女はドアウインドウの開閉スイッチに指を置く。ウイイイイインという音と共に、ドアガラスが下りていく。車の中から、怒甲女生徒がすがるような目付きで大澤青年を見る。


「葛登くんは、本当に……本当に、私が死んだら嬉しいんですか……?」


「は? さっきからそう言ってるだろ? 分かってんなら、早くしろよ!」


「そうですか……分かりました……気づいてあげられなくて、ごめんね、後のことは、水去さんたちに頼んだから……今まで、ずっと、大好きだったよ、葛登くん……!」


 眼に涙をためたまま、怒甲女生徒は微笑んだ。ドアガラスが閉まる。そうして彼女は、ギアレバーをDに入れ、サイドブレーキを下ろす。発進準備が整った自動車が、エンジンが唸らせる。前方には貧弱なガードレールがあるだけ。後は、ブレーキから足を上げて、アクセルを踏み込むだけだ。滝から流れ落ちる水滴は、はるか下で粉々に砕け散る。この車もきっと、そうなるだろう。


 怒甲女生徒が目をつぶった。「さよなら、葛登くん。幸せになってね」彼女の小さな赤い靴がアクセルを踏み込む。タイヤが道路を引っ搔き、エンジンが轟音を立てて、彼女を乗せた自動車は走り出した。見る間に速度は増して、そして……


 自動車は一線を越えて、全ての支えを失った。


「うおおおおおおおおお! 限りある愛の資源を、空費すなあああああああ!」


 爆走してきた二台の原動機付自転車、その内の一つに乗った法律戦士、無免ローヤーが崖に突っ込む。そして飛翔する原付「無免号」。空中にて、自動車の隣へと乱暴な幅寄せ。コンコン、と窓をノックする音が合って、怒甲女生徒が目を開ければ、ガラスの向こうから無機質な複眼が、彼女を見ていた。無免ローヤーが腰の六法をめくり、条文に触れる。


【刑法三十七条 緊急避難!

一項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる!】


 六法から数本のレーザービームが放たれ、自動車を瞬時に輪切りにし、シートベルトを切断する。法の鎧を纏った腕が伸びて、落ちゆく車の中から怒甲女生徒を引きずり出した。そうして、硬い鎧がぎゅっと彼女を引き寄せる。


「うそ……」


「安心しなさい! 崖落ちはもう、経験済みなんだよおおおおおおおん!」


 滝壺をとっくに飛び越えて、焦げ茶色の山肌が目前に迫る! 無免ローヤーは片手で原動機付自転車を操作し、タイヤから地面に接地する。衝撃と共に、車体が大きく跳ねた。背後で爆発音、再び衝撃があって、今度はうまく着地する。しかし地面は急斜面。原動機付自転車は湿った土を巻き上げて、乱雑に屹立する樹木をなんとか躱しながら走るが、勢いが止まらない。「うおおおおん!」と、勇気の咆哮か、あるいは絶望の悲鳴か、無免ローヤーは法の鎧を泥塗れにしつつ、よく分からない声を上げた。


「道が……!」


 怒甲女生徒が叫んだ。見れば、すぐ先に道路が横切っている。やった! と思うのも束の間、巨大なトラックがびゅんびゅん走り抜けていった。いかん、このまま飛び込めば、交通事故で二人とも木っ端微塵に!


 その時、無免ローヤーの複眼に、ゴミの塊のようなものが映った。大きな木の下の、こんもりした膨らみに、ブルーシートがかかっている。あそこに突っ込めば比較的安全に止まれるかもしれん! そう思った瞬間、彼は車体を左に倒した。


 落ち葉が大きく巻き上がって、法の鎧にぶつかる。怒甲女生徒を全身で抱きしめて、出来る限り彼女を衝撃から守る。無免ローヤーたちを乗せた原付はスピンしつつ、ゴミ山に突っ込んだ! 一瞬、目の前が真っ暗になる。しかし、ブルーシートの中には、緩衝材となるような段ボールや布が詰まっていて、思ったほどのダメージは無かった。身体に及んでいた様々な物理学上の力が消える。上手く生き残った、らしい。


「きゃあああああああ、わたくしのおうちがああああああああ!」


 綺麗なソプラノの悲鳴が響いた。無免ローヤーが降り積もったゴミを払いのけて、顔を上げると、近くで守亜帝子が両頬に手を当てて、わなないていた。水汲みに行っていたらしく、ジャージの上下に、紐付きの大きなペットボトルを背負っている。


「い、家⁉ これが家⁉」


「そうですわよっ! わたくしの大事な段ボールハウスになんてことするんですの! ああっ、完っ全に崩壊してますわ! また明日からホームレスですわー! サイアクですわー!」


「ご、ごめんなさい! この賠償は必ずする! あっ! そうだ、今はっ!」


 無免ローヤーがゴミ、ではない、段ボールハウスの残骸をかき分けると、怒甲女生徒の姿が見えた。慌てて彼女を抱え起こす。気を失っているが、息はある。取り敢えず無事らしい。よかった……と無免ローヤーが大きく息を吐いていると、守亜女生徒が二人を覗き込んで、「あら、怒甲さまではありませんか、大丈夫ですの?」と言った。


 無免ローヤーが守亜の手を取る。


「守亜帝子さん! 俺はまだしなければならないことがある! 彼女を頼んでもいいかっ? 上から落ちてきたんだ。見たところ怪我はなさそうだけど、手当を……」


「水去さま、合点承知之助ですわ! このわたくしにお任せくださいまし!」


 守亜女生徒が空いた手でどんと胸を叩く。無免ローヤーは頷いて、原動機付自転車を抱え起こし、よろよろと道路に出た。そうして再びエンジンに火をつける。「すまん! 後は頼んだ!」そう言って原付で走り出す無免ローヤーの後姿を見ながら、守亜帝子は、怒甲女生徒を抱えて、「頑張ってくださいましー!」と白いレースのハンカチを振った。


 ○


「おい、網言! こっちは無事だ! 怒甲さんも生きてる! お前、前みたいに勝手なことすんなよ。爆発したら怪人は——」


 そこで、非弁ローヤーは無免ローヤーとの通話を切った。携帯を鎧の中に仕舞う。


 崖に突っ込んで行った無免ローヤーに対し、非弁ローヤーは大澤青年の前で原付のブレーキをかけた。そうして、犯罪者が行方をくらまさないように、その冷たい複眼を向けていたのである。


「朗報だ。君の欲望の捌け口は、無事らしいよ。喜んだらどうかなあ? そう、可愛くて愛しい妻が死を免れたんだからさあ……」


 皮肉っぽい言葉が、非弁ローヤーから投げつけられる。大澤青年は酷く狼狽している。


「黙れえっ! 黙れよコスプレ野郎! 変なマスク被りやがって。キショイんだよ、クソイキリオタクがっ! 底辺で静かにしてればいい奴らが、オレの、オレの邪魔しやがって……ふざけんなっ! 何なんだよお前!」


 大澤青年が怒鳴り散らす間、非弁ローヤーは面倒くさそうに右手のストレッチをしている。


「ふむ、随分的外れな会話だけど……名乗ってあげようか? そこまで言われるなら、君のようなクズにも教えてあげないといけないかなあ……僕は非弁ローヤー、悪しき罪に、正しき罰を与える者……」


「罪? 罰? ふざけんな! オレはクズじゃない! だってオレは女に好かれてる! あの女がバカなんだ! 利用される奴がクズなんだっ!」


「……分かんないかなあ……正しき法に従えない人間が、クズだ。お前のように……!」


 非弁ローヤーが腰の六法をめくり、条文に触れる。


【刑法一九九条 殺人罪!

人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する!】


【刑法二○三条 未遂罪!

 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する!】


 変身六法から光が溢れて、非弁ローヤーの周囲を渦巻く。次第に光は収束し、法の短銃へと変化した。残光で構成された弾丸が宙を舞い、次々と装填されていく。


 非弁ローヤーが銃を構えた。日々の生活では見ることのないその武器に、大澤青年が後退って転び、腰から力が抜けたのか、立ち上がることができなくなる。


「君のやっていることは、殺しだ。怪人殺人未遂男ってとこかなあ……!」


「な、何だよそれ、冗談だよな、や、やめろよ……おい!」


「何故恐れる? 君は怒甲百合を殺そうとした。つまり、君の中で殺害という行為は許容されるものなんだろう? 法による行為統制があってなお、それに踏み切るほどにね……」


「ち、違うだろ、アイツが、あのバカ女が勝手に自殺しようとしたんだ! オレは関係ないっ! オレは悪くねえ!」


 非弁ローヤーが引き金を引いた。火薬が爆ぜる音と共に、大澤青年の左脚のすぐ近くで、コンクリートの舗装が抉れる。「ひいいいいっ!」大澤が悲鳴を上げる中、間髪容れず再びトリガーが弾かれ、光の弾丸が飛ぶ。さっきと全く同じ場所で火花が散って、舗装がさらに深く抉れる。


「この期に及んで、まだ自殺教唆で済まそうとしているのかなあ……!」


「や、やめてくれ、撃たないでくれ! だって、あの女、自分でアクセル踏み込んでいったんだ! 嫌なら逃げればよかったんじゃねえか! でもしなかった、だから、アイツが勝手に自殺しただけだろ!」


 再び光の弾丸が飛んで、コンクリートの破片が舞う。大澤青年はガタガタ震えた。


「嫌なら逃げればいい、か。じゃあ……お前も今逃げてみろよ、出来るんだったらなあ……!」


 非弁ローヤーが銃口を動かし、敵の頭部に向ける。「あっ、ひっ」「ほら、逃げてみろよ。ほら、どうした!」発砲音、弾丸が頬をかすめていった。それでも、大澤青年は震えたまま、立ち上がることができない。


「逃げられないだろう? 人間の意思は、威迫によって簡単に機能しなくなるからなあ……」


 非弁ローヤーの複眼が、その情けない姿を見下ろす。


「威迫的方法で被害者を自死に追い込んだ場合、被害者の意思が完全に制圧されておらず、行為の選択において自由が残っていたとしても、実際に行われた被害者の行為が危険性の高い通常なら選択されないようなものであれば、殺人罪の実行行為は認められ得る……」


 へたり込んだままの大澤青年に、非弁ローヤーが近づいて行く。


「お前は怒甲百合を、崖から飛び込む以外の選択、自殺しないという選択ができないような精神状態になるほどに追い詰めた。そうして実際に飛び込ませた。それは、自殺教唆ではない。殺人……! 被害者の行為を利用して、お前自身が殺人を犯そうとしたということだ……!」


 非弁ローヤーが大澤青年の前に立ち、至近距離で、銃口を眉間に向ける。


「ひぃ!」


「お前の罪は自殺教唆じゃない。殺人未遂だ……さあ、さっさと怪人の姿を見せろ……! さあ! さあっ……!」


 非弁ローヤーが大澤の襟を掴んで引き寄せ、銃口を当てる。そこまで追い詰められてもなお、敵は怪人に変貌しない。ただ奥歯を鳴らして震えている。


「何故怪人にならないのかなあ……!」非弁ローヤーが苛立ったように言う。


 流れ落ちる滝の水音の中に、小さな流水の音が混じった。


 大澤青年が、失禁していた。


「……? まさか、君……」


 非弁ローヤーの複眼が、大澤青年の顔を覗き込む。恐怖に揺れる瞳を、法の眼で見通す。しかし闇は見えなかった。一人の人間がいるだけである。これほどまで追い込まれても、大澤葛登の中に、闇はなかった。


「怪人じゃ、ない、だと……」


 非弁ローヤーが大澤青年から手を離した。「うぇっ」と大澤が崩れ落ちる。呆然と天を仰ぐ非弁ローヤーの手の中で、法の短銃が光となって消える。空を覆う黒雲から、ぽつぽつと重い水滴が降り注ぎ始めた。鈍く光る非弁ローヤーの複眼を、雨が滑り落ちていく。


 法律戦士が、大澤青年の方を向いた。決意を固めたように、再び拳を握り締める。振り下ろされる裁きに、恥を知らない悲鳴が上がる。


 そこに、一台の原動機付自転車がケンドチョーライ、猛烈な勢いで走り込んでくる。


「うおおおおお! 怪人もう倒したんか! スゲエなっ! 法律戦士としては羨ましい! だけどな、倒した後の攻撃は許さああああああん!」


 非弁ローヤーが振り向けば、無免ローヤーが駆動する原付からジャンプして、空中で右肘を引いていた。迫りくる斜め上の法律戦士に対し、非弁ローヤーも全身を向き直らせ、迎撃の体勢をとる。


 ゴンッ! 衝突と共に、二人の拳がクロスカウンター気味にぶつかり、互いの法の鎧に大きな力が加わる。「ぐっ……」と非弁ローヤーが体勢を崩すのに対し、無免ローヤーは吹き飛ばされて、地面をごろごろ転がった。


「今、僕を殴ったな……!」


「そっちもだろうが!」


 立ち上がった両者が素早く六法をめくり、条文に触れる。「「刑法二〇八条、暴行罪!」」声が鋭く響いた。


【刑法二〇八条 暴行罪!

 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する!】


 向かい合う二つの変身六法から光が溢れて、法の籠手に変化し、両者の腕を覆う。雨は勢いを増し、滝が激しく音を立てて、空気を揺らす。


 崖の向こうで、一筋の雷がパッと瞬いた。


 豪雨の中、閃光に遅れて伝達される雷鳴が、龍の咆哮のごとく轟いた瞬間、無免ローヤーと非弁ローヤー、二人のイリーガルローヤーが駆け出して、拳を交えた。

次回予告

感情! 曖昧! 照れ笑い! 第二十四話「非弁ローヤーの断罪論」 お楽しみに!

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