第二十話 第二のイリーガルローヤー:法に代わって、断罪する……!
前回までの、七兜山無免ローヤー!
怪人無権代理女に殺しますって言われた無免ローヤー。愛の犠牲にされかけるも、そこに新たな戦士が現れる。非弁ローヤーを名乗るその者もまた、法律戦士のようだが……? 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!
非弁とは非弁護士の略。弁護士の資格を持たない者が、報酬を得るために法律事務を取り扱うことは許されない。これを非弁活動の禁止という。
「法に代わって、断罪する……!」
第二のイリーガルローヤーたる非弁ローヤーが、法の剣を構える。現れた敵に対し、怪人無権代理女は代理剣を振り回し、苛立ちを表して空気を切った。
「どいつもこいつもローヤーローヤーってェ、偉そうなんですよォ……非弁? ふざけるなァ、法曹でもないくせにッ! 私の邪魔をォ、しないでくださいいいいいィ!」
剣を大上段に構え、怪人無権代理女が非弁ローヤーに向かっていく。
「死ねッ! 今すぐ死んでくださいいいいッ!」
振り下ろされる代理剣、法の剣がそれを受ける。
瞬間、非弁ローヤーが代理剣の軌道を逸らして弾き、返す刀で袈裟切りに一閃。怪人の身体が沈むのに合わせて一歩踏み込み、突きに近い動きで怪人の脇腹に法の剣を当てると、斜筋を抉り裂くように切り上げた。
闇が衝撃で散り、吹き飛ばされた怪人無権代理女がコンクリートを転がる。
「す、すげえ……」
無免ローヤーが声を漏らした。彼から見ても、圧倒的な強さだった。一つ一つの動きが、確信に満ち溢れているかのように、力強く、迷いが無い。いつもバタバタ戦ってる無免ローヤーとは、同じ法律戦士なのに、まるで別物だった。
起き上がった怪人に対し、非弁ローヤーは真っ直ぐ歩いて近づく。怪人が剣を振るうが、冷静にそれを弾き、二度、三度と、怪人を切り裂き、地面に転がした。
「くうああッ……な、なんでッ! なんでよッ! 表見代理がァ、表見代理が成立しているはずなんですッ!」
怪人無権代理女が叫んだ。まさしくその通り、だからこそ無免ローヤーは圧されていたのである。けれども非弁ローヤーは、怪人を圧倒していた。無免ローヤーと同じように、民法一一三条から法の剣を創り出しているはずなのだが……
そもそも表見代理とは何か。
無権代理が行われた場合、勝手に代理された「本人」が追認をしない限り、「無権代理人」と取引をした「相手方」は、「本人」への責任追及が出来ず、「無権代理人」に債務の履行や損害賠償を請求するしかない。しかし無権代理なんぞをやるような者は基本的にロクな奴ではない。金払えよ! と「相手方」が請求しても、「無権代理人」は往々にして無一文だったりバックレたり893だったり、どーにも上手くいかないことが多いのである。
そこで、無権代理がされた場合でも、「相手方」が、代理人に代理権がある、と信じるのがもっともな事情があったとき、例外的に、「本人」への効果帰属が認められることがある。それが表見代理という制度である。要するに、確かに無権代理だけど、「本人」も紛らわしいことをしてるんだから、その責任をとれよ、ということだ。
いくつか類型があるが、例えば、本当は代理権が与えられていないのに、代理権を授与したという外形がある場合(白紙委任状の名前欄を勝手に書き加えて悪用とか)や、与えられた代理権の権限外の行為がされた場合(マンションの管理をしてくれ、という代理を頼んだのに、勝手にマンションを売り払ったとか)がある。
そして、今問題となっているのは、代理権消滅後の表見代理(民法一一二条)である。かつて代理権を与えられていた者が、代理権消滅後にも代理行為を行った場合に成立し得る。これを本件について見れば、かつてアルバイトとして航空回数券の購入について会社から代理権を与えられていた村加女生徒が、アルバイトを辞めて代理権を失った後にも同じ行為をしていた。けれども、村加女生徒がバイト辞めたかどうかなんて、「相手方」である旅行代理店ななかぶトラベルには分かりっこない。だから表見代理が成立し、その責任は「本人」である株式会社hemisasoが負えよ、ということなのだ。
さて、説明が長くなってしまったが、このような論理で怪人無権代理女は表見代理を主張し、無免ローヤーをボコったのである。
しかし今、同じ法律戦士である非弁ローヤーが、怪人無権代理女を圧倒していた。
「ああああッ! 表見代理がッ! 民法一一二条一項があるはずなんですッ!」
怪人無権代理女が非弁ローヤーに打ちかかる。振るわれる代理剣を法の剣が抑え込み、鋭い反撃が闇の身体を切り裂く。怪人は無様に倒れた。
「表見代理がァ、表見代理が私を守ってくれるはずななのにィ……! なんでッ!」
倒れ伏しまままの怪人無権代理女が、地面に拳を叩きつけた。
非弁ローヤーは怪人を見下しながら、歩を進める。剣先を怪人の頭蓋に向け、複眼が闇を睨んだ。実力差が、空気の流れを作っていた。
「補充的責任説の話をしているのかなあ……?」非弁ローヤーが言う。
「補充的、責任説ゥ?」怪人は非弁ローヤーを見上げた。
怪人に剣を突きつけて、立ち止まった非弁ローヤーが、怪人に言葉を向ける。
「表見代理が成立する場合、民法一一七条の適用を排除し、無権代理人の責任追及を認めないとする考え方。それが君の主張しているところだろう……? 相手方としては、表見代理による救済が認められればそれで充分な場合も多いからねえ……。ま、怪人に堕ちるような人間が、そこまで整理して理解してる、わけもないか」
「馬鹿にッ、しないでくださ……」
「君の気持ちを聞いてる訳じゃないんだけどなあ……馬鹿は、黙っててほしいなあ……」
無機質な複眼を通してもなお、嘲るような視線が怪人無権代理女に降り注いだ。
「現代の判例通説は、選択責任説だって、分かってないんだろうなあ……補充的責任説が有力だった時代なんて、それこそ我妻栄の時代だよねえ……」
「うるさ——」
怪人無権代理女が立ち上がろうとした瞬間、法の剣が振り降りて、怪人の肩を地面に縫い付けた。悲鳴が上がるが、非弁ローヤーが片手で柄を握りしめ、怪人の身体を固定させた上で、頭部を踏みつける。
「黙れよ。お前のような無権代理人が、表見代理を主張するなど烏滸がましいってことだ。身の程をわきまえろ……」
怪人は何かに耐えるように、くぐもった声を漏らすばかりになった。
非弁ローヤーの解説は続く。
「選択責任説は、表見代理と無権代理を、補充的な関係じゃなく、全く独立の制度と考えるんだ。だから、相手方は表見代理と無権代理人の、どちらの責任を追及するか、選ぶことができる。そして、無権代理人が抗弁として表見代理を主張することはできない。何故か分かるかなあ……? まず、表見代理制度は相手方を保護するためのものであって、君のような無権代理人を守るためのものじゃないのが一つ。それから、表見代理が成立している場合でも、訴訟で勝訴するまでは確定しないのに、無権代理人の責任追及をできないとすれば、相手方が成立の有無の判断の危険を負わなきゃいけなくなるのが一つ。それから……」
非弁ローヤーが法の剣を怪人から引き抜いて、闇の身体を蹴り飛ばした。
「そもそも無権代理人が表見代理を抗弁にできるなんて、妥当じゃない……!」
【民法一一七条 無権代理人の責任!
一項 他人の代理人として契約した者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う!】
非弁ローヤーが条文に触れ、六法から溢れた光が、法の剣に流れ込んでいく。剣は正義の光を纏い、怪人を断罪せんと輝く。
「したがって、無権代理人としての責任を、負わなければならない」
「や、やめてッ、い、いやッ、助けてッ、助けてッ!」
怪人無権代理女がなんとか立ち上がり、背を向けて逃げ出した。
七兜山に風が吹く。
「お前の法は正しくない。正しくないものには、罰を与える……!」
刹那、地面を蹴った非弁ローヤーが一気に加速して、逃げる怪人を、背後から切り裂いた。
ドガアアアアアアアアアアン! 怪人無権代理女の闇の身体は、爆発した!
○
「つ、強……」
怪人の爆発を見届け、変身を解除した水去が呟く。
爆炎が消えると、村加女生徒の姿が見えた。非弁ローヤーの目の前で、彼女は崩れ落ちた。水去は二人に駆け寄ろうとする。
その時、非弁ローヤーが左手で村加女生徒の髪を掴み、無造作に身体を持ち上げた。そうして、法の鎧に包まれたままの右拳を後ろに引くと、ちょうど同じ高さにあった彼女の顔面を、強く殴りつけたのである。鈍い音と細い悲鳴が、空気を震わす。
衝撃に黒い髪が舞い、村加女生徒の身体はコンクリートに打ち付けられた。
「何やってんだお前っ! やめろ!」
水去が非弁ローヤーの前に飛び込んで、更に力を振るおうとする法の鎧を掴む。
「何故かなあ……? どうして僕の邪魔をする?」
非弁ローヤーの複眼が水去を見据えた。
「闇は爆発しただろ! 彼女はもう怪人じゃない! 知らねえのか!」
「知っているさ。だけど、それに何の関係があるというのかなあ……? 怪人であろうとなかろうと、正しき法に従えない人間であることに、変わりはない」
「ふざけんじゃねえ! 怪人の状態と、人の心を一緒にするな! 闇から人を救済するのがローヤーだろうが!」
「君は闇の意義を履き違えているのかなあ……闇とは誤った人間の存在そのもの。だから、断罪する必要がある……!」
「誰だって間違えることはあるだろ! だからローヤーの力が必要なんだよ!」
非弁ローヤーが邪魔な手を振り解いた。しかしそれでも、水去は非弁ローヤーの前に立ちふさがる。そうして彼も、変身六法を構えた。
「村加さん! 大丈夫! 君は一度間違っただけだ! でも、犯罪は遡及的に無効になった。やり直せる! 法曹にもなれるし、素適な人間にもなれる! だから今、俺は君を守るよ。大丈夫、大丈夫なんだ。さあ、行くんだ! 行って!」
背後の村加女生徒に、水去が言う。殴打され、口元に血を滲ませていた彼女は、怯えながらも、小さく頷いた。立ち上がって、水去たちから離れていく。走り去る彼女の靴音が、七兜山に小さく響いた。非弁ローヤーは歩を進めるが、立ちふさがった水去は一歩も引かない。
村加女生徒の姿が見えなくなると。ちっ、と非弁ローヤーは舌打ちをして、変身を解いた。法の鎧が光となって消える。そうして、変身者の姿が露わになった。
「お、お前、確か……網言正刀!」水去は相手の名を呼んだ。
「水去律。僕には君のような馬鹿が無免ローヤー選ばれた理由が、分からないだけどなあ……?」網言が水去を睨みながら言う。
「な、なんだっていいだろ、そんなこと!」水去は少したじろいだ。
「君に法律戦士としての十分な知識とセンスが備わっているとは思えない……僕の法律係数は九十一だ……君は、どうなのかなあ……?」
網言の問いに、先程までとは打って変わって、水去は後退った。
「そ、そんなこと、お前に言う必要はない!」
その時、もう一つの声が議論に参加した。
「七十三だろう。この底抜けの馬鹿はどこまでも能が無いが、それでも変身できる下限が七十三だからな。全く信じがたいことだが、コイツの法律係数は七十三のはずだ」
「「赤原先生」」
石階段の上から姿を現した赤原教授が、水去と網言を見下ろしていた。
「ついて来い、少し、話をしてやる」
○
法律係数は一般人で三十、法科大学院生平均が六十、法律戦士に変身する最低値が七十三である。元の値に関わらず、怪人は例外的に零になる。
赤原の研究室で、水去と網言は並んで立たされていた。
「さて、非弁ローヤーが登場したわけだが、この意味が分かるか、水去?」
回転椅子に座った赤原が、水去を睨みつける。水去は「分かりません」と答えた。
「うむ。ハナから答えなど期待していない。非弁ローヤーとは、無免ローヤーが怪人との戦いの中で死亡したときに出現する存在だ。その怪人を非弁ローヤーが倒すことで、遡及的無効を発生させ、無免ローヤーを生き返らせる。そこで再び問おう。水去、お前は死んだのか?」
「生きてます」
水去は短く答えた。出来る限り無駄なことを言わず、会話を避けているようだった。赤原が大袈裟に頷く。
「お前など、生きていても死んでいても大して変わらんだろうが、しかし生きている。にもかかわらず、非弁ローヤーが出現した。これが分からない。怪人痴漢男によって崖から捨てられた時に、死んだと認定されたのだろうか? あるいは、無免ローヤーとして弱すぎるために、もう一冊の変身六法が目覚めたのだろうか?」
赤原が顎に手を当てて考え込む。それに対し「分かりません」と水去は言った。「まあいい。お前のことを考えるなど時間の無駄以外の何物でもない」と赤原は答えた。
そこで網言が「一つ質問があるのですが」と声を上げる。
「いいだろう」
「非弁ローヤーという存在に、無免ローヤーと違いはあるのでしょうか?」
「いや、ない。単に変身六法による資格者の選別方法が違うだけで、機能的な違いはない。もっとも、非弁ローヤーは出現した年が少ないからな。これから調べなければならないことも多いが」
赤原はそこでため息を吐いた。
「いずれにせよ、弱すぎる無免ローヤーに、私も頭を悩ませていたところだ。網言、お前は中々賢いらしい。二人いればそれなりにやっていけるだろう。精々頑張ることだな」
その言葉が放り投げられると、微妙な沈黙が研究室に広がった。
水去は隣に立つ男を見た。
網言正刀。整った顔立ちだが中性的ではなく、表情には迷いのない厳酷を帯びている。そして、眼の縁取りはどこか苛烈で、鋭く、暗い。言葉遣いと裏腹に沈んだような声は、いつも怒りを湛えているように思われる。強いのは間違いないだろう。しかし……
法に代わって、断罪する。
水去はその言葉の意味を考えていた。
次回予告
綺麗! 成績! 秘密! 第二十一話「結婚について考える?」お楽しみに!




