第1話 光の果て、闇の兆し
2027年12月25日 お台場海浜公園
夜の帳が降りる中、冷たい潮風が砂浜を撫でていた。月明かりの下、5人の男たちが薄暗い影の中に潜むように集っている。
中低音の声の男「準備はできてるか、お頭くん?」
その言葉に応じて、長ドスを軽く肩に乗せた男が鼻で笑った。
サイドテールの男「だから ‘お’ をつけるなって言ってるだろ。まるで俺が盗賊の首領みたいじゃねえか。俺たちはいつでも行ける。それより澪たちはどうだ?あいつらが鍵だろ。」
言葉が宙を切った瞬間、トランシーバーが低い電子音を立てた。
中性的な声の男「問題ないそうだ。合図さえ送れば、いつでも実行できる段階にある。」
屈強な男「じゃあ、心配はなさそうだな。」
全員の視線が、最後に1人の男に集まった。彼の総髪が、風に揺れる波のように夜の空気を切っている。
総髪の男「皆。今日は思い切りやっていい。これは過去の清算、そして国と俺たち自身の未来を掴むための夜だ。」
彼らは無言のうちに意思を固めた。そして、お台場の海上に浮かぶ煌びやかなリゾート施設へ足を踏み入れる。
外国人たちの声「(なんだあいつら!?)」
施設内に響き渡る怒号と悲鳴。豪奢な廊下に乱入者の足音が重なる中、青龍刀を携えた護衛たちが次々と現れた。
脚長の男「ワッツ!?どこにそんな武器を隠してたんだよ!」
サイドテールの男「ふはははは!血がたぎるな!」
屈強な男「喧嘩上等だ!」
総髪の男「無理は百も承知だ。だが、それでもやるぞ。皆、仲良く狂い咲こうか!」
そう言い放つと、総髪の男は日本刀を引き抜いた。その一閃が夜空を裂き、青い閃光となって敵陣を一瞬で蒸発させた。
外国人の声「(くそっ…まさか究極体か…!)」
総髪の男「ここで耐え切れば、勝利は確定だ!行くぞ!」
その叫びを合図に、抗争は泥沼と化した。外国人たちの人海戦術も虚しく、彼らの猛攻を止める術はなかった。だが、突然の爆発音とともに地面が揺れる。
中低音の声の男「ついに来たか…!恋!お前だけ行け!ここは俺たちが抑える!」
敵陣を突き抜けるように走り去る総髪の男。その瞳には、かつてないほどの決意が宿っていた。
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半年前 ― 2027年10月中旬
ここは、夜の歌舞伎町さくら通り。その一角にある中華レストラン「紫竹園」。朱塗りの柱に包まれた店内の隅で、俺を含めて2人の男が席に腰掛けていた。
1人の隣にある小柄な男が、拝島 良。得体の知れない24歳男性。そしてもう1人、俺は中神恋。同じく得体の知れない24歳男性だ。
中神 恋「…まだ連絡は来ないのか?連絡漏れとかないよな。」
拝島 良「大丈夫だろう。まあ、好の方がちょっと心配だけどな。それにしても、この店の料理、うまいな。もっと宣伝すりゃいいのに。」
中神 恋「やだよ。歌舞伎町の連中には顔が割れてるんだ。俺の料理は趣味で研究してるだけなんだから。」
拝島 良「恋、慶からだ。金龍閣だとさ。場所は区役所通り付近だってさ。ちょっと距離あるな。」
中神 恋「やっぱりそっちにいたか…。慶を行かせておいてよかった。それじゃあ行くか。」
そう言って、俺は立ち上がり、紫竹園を後にした。
(金龍閣にて)
国立 慶「はあ…はあ…いい加減にしろ。」
息を切らしながらも、国立 慶は鋭い目つきで相手を睨みつける。その声には余裕と怒りがない交ぜになっていた。
厨房の男1「分かってんだよ、こっちは!貴様が米原会の残党だってことをな!」
国立 慶「勘違い甚だしいわ…」
慶は肩をすくめ、ため息交じりに言葉を返す。
厨房の男2「誰でもいいんだが、こんな大勢相手に怯まない奴が普通の奴なはずがないんだよ!」
荒い呼吸の中で相手が叫ぶ。しかし、その瞬間、倒れた男たちの無様な姿が目に映る。床に散らばるのは約5、6人の屍。どうやらこの乱闘、慶1人で片付けたらしい。
そんな時、遅れて俺がその場に現れた。
国立 慶「おい恋!遅かったな!もう少しで骨を折ろうか考えてたところだったぞ!」
慶の不満げな声が響く。
中神 恋「おっと、すまん。」
軽く手を挙げながら、俺――中神 恋は場に加わった。こいつは長い付き合いの友人だ。性格に少々難があるが、その実力は本物。
そして、俺は辺りを見渡しながら静かに告げた。
中神 恋「さて。本職の連中を出してもらおうか。奥にいるんだろう?」
その言葉に反応するように、厨房の奥から新たな男たちが現れる。
厨房の男3「誰が来たかと思ったら…もっと弱そうなのが。」
黒スーツの男1「ククク…ようやくお出ましか。米原会の連中どもよ!」
またその勘違いか――まあ、俺たちの“仕事”には都合がいいがな。
黒スーツの男2「2人だけで来たことを永遠に後悔するが良い!」
威勢だけはいいセリフだ。だが、俺は静かに手袋を外し、左手をさらけ出した。そこから放たれるのは、ルミノヴェルムの副作用――いや、俺の“力”だ。
黒スーツの男1「なっ…!?」
その反応を見ると、自然と笑みが漏れる。そうだ、これができる者は限られている。そして、俺はその中の“完全体”だ。
中神 恋「そうか…ならば仕方ないな。」
男たちが襲いかかる瞬間、俺は軽く一歩下がり、反撃の構えを取った。
黒スーツの男2「脅しやがって!」
大振りの拳が襲いかかる。だが、そいつの動きはスローモーションのように見える。軽くかわし、逆に顔面に拳を叩き込む。
黒スーツの男1「てめえ!」
黒スーツの男3「ふざけやがって!」
次々に襲いかかる2人目、3人目にも、一瞬の隙を突いてカウンターを入れる。
黒スーツの男3「ぐはっ…!」
そして――
黒スーツの男1「ぐっ…何をするつもりだ…!」
1人目の男の首を掴み、俺は力を解放する。
中神 恋「うおおおおおっ!!」
黒スーツの男1「うわあああああ!!」
その叫びと共に、男の体はみるみる消えていった。
残った者たちはその光景に凍りつく。
黒スーツの男2「な、なんだ今の…」
黒スーツの男3「化け物か…」
俺は肩をすくめながら、嘆息する。
中神 恋「最近はこの程度のが多いな。」
国立 慶「幹部諸共、見なくなったよな。」
そんな会話を交わしつつ、俺たちは黒スーツの男たちに向かって冷ややかに言葉を放った。
中神 恋「さて――せっかく出てきたんだ。持っているルミノヴェルムを出してもらおうか。」
黒スーツの男4「ぐっ…!」
ルミノヴェルム――それは、健康を蝕み死に至らしめる毒でありながら、接種者に強大な力を与える薬物。
この薬物には人を分類する段階が存在する。摂取を始めたばかりの「実験体」、死亡リスクを乗り越えた「強化体」、そして究極的に副作用すら克服した「完全体」。
目の前の連中はどう見ても強化体にすら到達していない、ただの使い捨ての兵士たちだろう。
黒スーツの男1「本部に連絡を入れてやる…!」
黒スーツの男4「一昨日来やがれ!」
……まるで定番の捨て台詞だな。
黒スーツの男3「くくく…。」
国立 慶「……何だ?」
黒スーツの男3「くくくくく…!」
中神 恋「どうした、そんなに笑うほど楽しいか?」
黒スーツの男3「お前ら、自分が何をしでかしたか分かってないようだな…!」
中神 恋「どういう意味だ?」
黒スーツの男3「決まっているだろう。お前らはこの街を守れているとでも思っているんだろうが…その幻想も、もうじき終わりだ。」
国立 慶「……なぜだ?」
黒スーツの男3「2ヶ月後……2ヶ月後だ! 今も計画は着々と進んでいる。そして...終わりは、突然訪れるものだ。」
ケタケタと笑いながら、男はその場を後にした。
厨房の男2「……果て、何のことですかねえ?」
国立 慶「さあな。ハッタリか、それとも本気か…。」
中神 恋「……ああ。」
気にはなるが、今の俺にはもっと気にかけるべきことがある。覚えていたらでいい。もうすぐクリスマスだしな。