第12話 喫茶Gehenna
第13話は来週金曜午後7時10分投稿予定です。
喫茶店の壮観を目の当たりにすると、日本では見慣れないようなバロック調の建築様式に圧倒された。
中神 恋莉「立川にこんな店があったなんて…」
白石 知世「そうね、立川駅周辺のイメージとは全然違うけど、ここも一応立川だし。」
国立 慶悟「なんだか、昔見た作品で既視感があるような気もするけど…でも川が無いから、別の場所かな。」
白石 知世「よくフランスのコルマールにありそうって言われるわ。だから、周りは半グレの溜まり場みたいな場所で、“コシュマール通り”って名前がついてるの。」
拝島 良太「それって、馬鹿にされてるんじゃ…?」
白石 知世「有名になってないよりは、マシよ。」
国分寺 好美「それにしても、こんなに綺麗な場所なのに、半グレがいるなんて残念ね。治安が悪そうには見えないけど。」
白石 知世「まあ、今はRSくらいしかここで力を持ってる組織はないし、治安は悪くないけど…怖いお兄さんたちは結構いるわよ。」
中神 恋莉「そういえば、確かRSの命令で俺たちを匿ってくれたんだよな?その経緯って知ってるか?」
白石 知世「うーん、あまり詳しくは知らないわ。でもRSに昔からの腐れ縁がいるけど、最近はあまり会ってないし。」
中神 恋莉「そうか…。まあ仕方ないな。ここがRSの本拠地なら、そいつらから話を聞けばいいだけだし。」
中神 恋莉「そういえば、RSに腐れ縁がいると言ったな?」
白石 知世「あ、うん。幼なじみなのよ。RSの頭目が。」
中神 恋莉「もしかして、その名前って…“エリック・シンキバ”だったりする?」
白石 知世「そうそう!知ってるんだ~。」
少し言葉に詰まったかと思ったら、今度は感慨深そうにその名前を口にした。
中神 恋莉「俺たちをここに連れてきたのも、きっとそいつだ。」
白石 知世「そうそう、エリックに直接連れて来られてたのよ。」
国分寺 好美「そのエリックってやつと、どういう関係なの?」
白石 知世「うーん、さっきも言ったけど、幼なじみだし…」
国分寺 好美「もしかして、初恋だったりして?」
白石 知世「…まあ、半グレになっちゃったけどね。昔は警察や公務員を目指してたんだけど。」
国立 慶悟「ほう、そんなことがあったのか。」
中神 恋莉「話してくれてありがとう。ところで、俺たちはもうここから出てもいいのか?都心に戻りたいんだ。」
白石 知世「それはダメよ。エリックから、立川から1歩も外に出すなって言われてるから。出たら、あなたたちは殺されちゃうわよ。」
中神 恋莉「そ、そうなのか…」
拝島 良太「数日、ここでお暇させてもらおう、恋莉。彼女もそう言ってるし。どうせ向こうでできることなんてないし。」
白石 知世「エリックに会いたいなら、多分数日は会えないと思うわよ。あいつ、毎日拠点を変えてるから。でも…」
少し考えてから、白石は続けた。
白石 知世「うちの従業員に、彼の妹分が2人いるの。だから、確実にまたうちに来るわ。やっぱりそれまで、うちにいた方がいいと思う。」
中神 恋莉「妹分が2人もいるのか。」
白石 知世「1人は血は繋がってないけど、いろいろあって。」
国立 慶悟「でも、タダで寄宿するのもな…」
白石 知世「安心して。もちろんタダで住ませてあげるわけじゃないから。それぞれ、週3日くらい働いてもらうわよ。」
拝島 良太「週3でいいのか…それはありがたい。」
白石 知世「最初は大変かもしれないけど、慣れれば簡単よ。部屋はさっきの2つ、この日とこの日に働いてもらうから、4人で話し合って決めてね。」
部屋に戻ると、
国立 慶悟「とんでもなくホワイトなアルバイトを見つけたな。」
拝島 良太「その代わり薄給だけどね。さすが半グレ組織の縄張り。」
中神 恋莉「まあでも、週4は自由に動けるならそれで十分だな。」
翌日、案内を受けることになった。
白石 知世「喫茶店の仕事には、バリスタ、キッチンスタッフ、ホールスタッフの3つがあるけど、基本的に全部こなしてもらうからね。」
そう言って厨房に案内された。入口を潜ったところで、俺は足を止めた。
厨房の片隅、業務用の棚と壁の間に大型の水槽が据えられている。水草も石組みもない、ただ水だけが満たされたその水槽の中を、銀白色の巨大な魚体がゆったりと旋回していた。
中神 恋莉「……っ。」
アロワナだ。優に60センチは超えている。その鱗が蛍光灯の光を受けてぬらりと光るたびに、俺の背筋を何かが這い上がってくる。
白石 知世「どうしたの?」
中神 恋莉「……いや、何でもない。」
国立 慶悟「お前、顔色悪いぞ。」
中神 恋莉「気のせいだ。続けてくれ。」
アロワナから視線を逸らしながら、俺はさりげなく厨房の反対側へ移動した。
白石 知世「大丈夫よ。大体いつも2人従業員がいるから、詳しいことはその子たちに聴いて。これがコーヒーサイフォンよ。」
拝島 良太「蒸気を使って濾過するんだっけ?」
白石 知世「そうよ。あと、カプチーノやカフェラテの原液を作るエスプレッソマシンや、ドリップもあるわ。」
ドリップと言えば、紙で濾過するやつだ。実家の母もよくそれで飲んでたな。……そういうことを考えていないと、水槽の方が気になってしまう。
白石 知世「これがシェイカー。氷を入れて、ジンやオレンジを加えて振ってカクテルを作るの。」
中神 恋莉「カクテルもあるの?」
白石 知世「うん。」
国立 慶悟「まあ、喫茶店にアルコールがあるのは珍しくないけど、カクテルは聞いたことなかったな…。」
白石 知世「キッチンでは主にお菓子を作るのよ。これが業務用のホワイトケーキ。これにホイップとイチゴを乗せてね。」
その後、いろんな菓子の提供方法を教わった。1から作ることはなさそうだ。
白石 知世「ホールスタッフは、まあ言われなくても分かるわよね?制服は用意してあるから、サイズを選んでね。洗濯したいならコインランドリーを使って。」
だんだん、1文ごとの情報量が膨らんできた。
白石 知世「こんな感じかしらね。基本的に平日は半グレしか来ないから、接客は丁寧にしてね。クレームが来たら、土下座して、それを上層部に報告するの。返信が来なかったら…どうにかしてね。」
ホワイトな発言は撤回された。
中神 恋莉「その…常連客の戦闘力とか、どうなんだ?」
こんなことを研修で聞いたのは、俺が初めてじゃないだろう。
白石 知世「そこまでじゃないわ。幹部級が来ることも滅多にないし。」
こうして、(爆速で)研修を終えた。
話し合った結果、基本的に俺と良太、慶悟と好美で分かれて働くことになった。
拝島 良太「なんか不安しかないんだけど…労務は楽そうだけど、シンキバってやつの妹2人と会うのが…」
国立 慶悟「確かに…」
中神 恋莉「全くだな。」
……あと、シフト中はなるべくあの水槽に近づかないようにしよう。




