現代史2
ターニングポイント1
2004年、この年は異常だった。
この時はまだ2000年に起きた出来事が「ダイアモンド事変」と呼ばれていた日本。その事変から4年後の夏。ここ数年大きな変化を遂げた日本では、バブルが崩壊し非景気のまっだだ中でのダイアモンド産業の実現。それによるバブル期以上の好景気。当初危険視されていたアダマス内部の妖たちも多くは確認されず、会敵した場合も現代兵器の前では歯が立たなかった。第一次調査報告書に記されていた「生きている」と目されるアダマス内部も初回調査以降その存在を確認できず徐々にダイアモンドの産出量を高めていき年々GDPもうなぎのぼりの成長を見せた。それによる鉱脈地域の都市化、都市部の活性化など副次的効果も含め良いことづくしだった。
元々ダイヤモンドとは産出される地域が限られている鉱物だった。そしてそれは現代技術が発達した現代においても変わりなかった。そもそもダイヤモンドとは100キロメートル以上の深部でしか生成されずそれが何らかの外的要因(火山など)により地上近くまで押し上げられたことによって産出されたものだった。2004年現在ダイヤモンド、ダイアモンド含め産出が確認されているのは日本のみ。現在も各国でダイヤモンドの採掘作業は行われているものの発見には至らず。そしてもし仮に世界中のダイヤモンドが日本に集まりそれが全て「ダイアモンド」に変質していたと仮定するならばそれは莫大な量になる。そしてダイヤモンドそれ自体は地球上全体で考えるのならばそれほど貴重な鉱石というわけでもない。先ほど世界中と表記したがそれが地球上となると話は違くなる。ダイヤモンドが生成されるのは地下100㎞以上の深部、そして人類にとっては未到達の領域。つまり過去各国で発掘されたのは地下深くで生成されたダイヤモンドの一部でしかなくその他すべて、つまり地球中のダイヤモンド全てが日本近郊に集められたと仮定するならば、それはもう予想すらできない量となる。そして今現在発掘が確認されている県は長野県・岐阜県・群馬県・富山県・新潟県・山梨県・埼玉県・静岡県・愛知県の全9県に限り紹介順に産出量が少ない。しかも山岳部や標高の高い市や町村でしか発掘されず、それはおおよそ555m以上といわれている。
ダイアモンドのデメリットはいまだに健在であり新しい進展もなく、これはもうどうしようもない事といったん研究のスピードを緩め、どうデメリットを保持したままダイアを生かすかにシフトされていった。デメリットといっても大まかには一つしかない「耐性のない者が近づくと精神に異常な影響を及ぼす」しかしこれがとても厄介だった。「耐性」とあるように人類共通でダイアモンドに近づくと誰もがそれに影響される。しかし耐性のある者は比較的少ない影響で済む。それはほとんど認知できないほどに。そして一番の問題が「人数」である。耐性を持つ人がとても少ないのだ。比率でいうと7:3もちろん3の方が耐性を持つ人数である。そして男女によりさらにその比率が傾き、3のうちの75%(3/4)が女性といわれている。研究や調査当初そのほとんどが男性だったため耐性を持つ人が異常に少なく難航していた現場を大きく打開させる調査報告だった。それでもやはり少ない人数で採掘するには限りがあると、どうにかしてダイアモンドの魅了に有効な薬またはダイアモンドから発せられる魅了の効果を相殺できないか研究が進められていたものの特に成果は出ずにいた。
そして計画、実行されたのが「長野松本鉱山都市化計画」である。ダイアモンド産出県第一位でありそのおよそ7割を埋める長野県を大々的に鉱山都市として開発し、そこに耐性の持つ人々を多く移住させ、すべての作業を都市内部で行うというものだった。長野県の北及び東の地域のアダマスを担当する長野市、西と南の地域のアダマスを担当する松本市この2つの市を鉱山都市にするというものだった。これは理にかなっており、ダイアモンドの資源価値は年々上がり、この後も大きな利益を生む可能性が非常に高く加工するための移動費、人件費その他もろもろのコストも大幅に削減出来ることになる。初期投資は膨大になる見込みだが、それを加味しても数年後には膨大な利益が得られる計算だった。この2年間のうちにダイアモンド事業に特化したPMC(民間警備会社)の立ち上げも行われた。そのため、2002年春、この年日本政府主導のもと都市計画を開始。それと同時に全国民にダイア耐性度の検査を実施。これまで統計したデータをもとにランク付けをし移住可能なものには移住を進め、またダイア関連の仕事を斡旋し始めた。竣工は2004年冬、元々オリンピックが開催されそれに合わせ開通された高速道路や新幹線。そしてダイアモンドが発掘されてからの2年間によりかなり都市化が進んだ長野県では順調に工事が進み完成もすぐの予定でした。
ダイア耐性度、そのままの意味でダイアモンドの魅了効果にどれだけ耐性があるか確かめるものである。ランクはアルファベット順でⅮからGまであり一番上がⅮとなった。検査が行われた年に国民の99%が検査を終えランクF以上のものが鉱山都市への移住最低条件とされた。当たり前だが元々長野市や松本市に住んでいた人々は監査結果の有無に限らずそのままの定住が認められた。長野県は人口の少ない村や町それに少子高齢化によりさらに人口が減少すると予想されてきていたのでこの発表は渡りに船であった。この検査から2004年までの間に約50万人の市民が長野県に移住した。元々年中過ごしやすい環境の長野県。土地はまだまだ腐るほどあるので大型マンションや高層ビルの建造が進められた。そして何よりも土地の価値が都会とは比べ物にならないほど安くその上これからの発展も見込んで大勢の人が移住を決断した。しかし馬鹿なものはどこにでもおり、この時期より日本国内で少しずつ選民主義の兆候が出始めていた。後の祭りだがランク付けまではするべきではなかった。そうしたらここまでひどい現状にはならなかったかもしれない。この後に起こったこと、そしてランク付けによる決定的な人としての差が判明したことにより表面化しなかった問題が浮き彫りになったからだ。
2004年夏、長野県松本市内で突然奇行に走る人が多数報告。当初原因不明とされていたが魅了の効果と症状が酷似、そしてダイア耐性度の持たない一般市民しか発症しないことにより各病院で精密検査を行うと体内の血液からダイアモンドの一部と同じ成分が発見された。それにより松本市内では調査が行われた。近くに新しいアダマスが出来たのか、また体内から発覚したことから考えて水や食べ物に不審なものが紛れ込んでいないか検査が行われた。それによりあることが発覚した。感染源はなんと空気だったのだ。大気中にダイアモンドの成分と同じものが確認された。空気感染、これはとても恐ろしいものだ。今回の場合自覚症状はいきなりそして発生源もわからず見ただけではわからない。そしていまだ未知な部分が多く大部分が解明されたいないダイアモンドが気化し体内に潜り込み突然症状を発症させる。これに恐怖しない者はいない。至急、自覚症状を発症している者は別の県へ救急搬送、そして自覚症状がない人も県外へ避難となった。ここで焦点をあてられたのが長野市である。同じく鉱山都市でありダイアモンドに耐性のないGランクの市民が多く住んでいる長野市では被害者が確認されないのだ。長野市付近の空気を調査したものの空気中にダイアモンドは含まれておらず通常と変わらないことが判明した。原因不明の現象とされるかと思いきや以外にも早く原因は突き止められた。標高である。松本市の標高は592mまた長野市の標高は361mとだいぶ標高に差があり、アダマスは標高555m未満では発見されていないことからすぐに結びつけられた。つまり今回発生したダイアモンド気化現象は標高555m未満では発生しないことが解明された。これにより長野県上空および他9件も同じく、皇居や自衛隊基地上空と同じく一般航空機は完全に航空禁止エリアに指定された。
今回の事件により、耐性を少しでも持つもの、持たないものその差が決定的になった。ダイアモンドの魅了とは非常に強力なものであり被害にあったものを間近で見たものはその突然の行動にやはり忌避感を抱いた。例に挙げるとするならば最初にダイアモンドを発見したT大学の地質学者を例に挙げれば考えやすいだろうか。世間一般ではダイアモンドの耐性の有無による差の事実自体は知らされていたものの実際に体験、被害に合うのと知識で知っているだけというのはやはり違うのか、変化が生まれてしまった。原因究明には至ったものの原因解決は不可能であり松本市に住んでいたGランクの市民たちは移住を余儀なくされた。住民たちの不満を抑えるため完成間近だった鉱山都市化計画の一部を変更、松本市を耐性の持つ市民またダイアモンド関連の会社や仕事をしている人のみの定住を認め、その代わりに松本市から移住を希望する者は長野市内に移住を希望する者に限り無償で請けいることになった。
今回の件は多くの国民には関係のないものだと思われてきた、ダイアモンドどいうわけのわからないものの恩恵を受けつつも誰もが深く考えずに享受し続けていたことによる弊害であった。未知への認識が甘かったのである。
松本市と同じく標高が555mを超える市や町村を継続的に調査していたところ空気中にダイアモンドが確認され同じく耐性のないものは長野市への移住または他の地域への移住が決まった。中には移住する人の数が多く町や村を放棄しなければならない事態も発生した。よって長野市は鉱山都市としての役割は保ったまま規模を縮小し市民の受け入れのため、都市としての役割を大きく担うように発展していき大都市へと変貌を遂げた。観光地としての役割を果たすこともできしかも誰でも定住が可能、そしてアダマスへの距離も近いため鉱山都市としても役割も果たせるため一大都市へとなった。その代わりに松本市は元々長野市に配置予定だった一部の会社や施設などを移転し機能を完全に採掘のためだけの鉱山都市に代わっていった。最低限の定住地、他はすべて鉱山都市関連の施設になったためその姿は圧巻だった。
これらが表で起きた事件だとすれば裏で起きていた事件もある。松本市で起きた事件のおおよそ28日前から全てのアダマス内で妖の変化が見受けられた。これまでもとても狂暴であり人間を見ると襲ってきた妖であったがさらに凶悪化また新個体、突然変異種などのが確認された。そして最も厄介なのが新個体、突然変異種、狂暴化した一部の個体に見受けられるのが現代兵器が効きずらい、または全く効果がないのである。原因は単純に皮膚が銃弾よりも固くなっただけである。しかし現代兵器が効かないことによりダイアモンドの作業は困難を極めた。大型兵器を持ち込もうにも高さや幅が限られているアダマス内では使用するのが厳しく、爆発物なども崩落の危険性があるため使用できなかった。アダマス内に長く滞在すればするほど妖との遭遇率も高くなり危険度が増す。しかしどの個体にどれだけの効果があるかなど検証のしようもなく妖と出会うたび撤退戦を余儀なくされた。それによる産出量の減少。鉱山都市の完成も間近、表で起きている事件も重なり今この件を世間に公表するとなれば鉱山都市開発に支障が出てくるのは確かだった。そのためこの件は伏せ対策を鉱山都市の開発とともに秘密裏に対策を行うこととなった。
2004年冬鉱山都市竣工。
盛大に祝あれるかに思えた鉱山都市完成はとある不祥事によりそうとはいかなかった。夏に発生したダイアが突然空気中に飽和されたことにより一時はどうなるかと思われたがその後順調に工事が進み、長野市で鉱山都市の本格的とした運用を祝って盛大に祝賀会が催された。当初の予定では松本市と長野市合同で祝賀会を2か所同時開催にする予定だったが、夏に起きた一連の出来事により、松本市ではダイア耐性度のない来賓を招待できなので急遽長野市のみで開催される運びとなった。ここではダイアモンドの価値を改めて解説、今後の運用方法そして産出量、天然資源としてどれだけ多くの役割を果たすか、新しく竣工された鉱山都市の魅力などがプレゼンテーションされていった。在住予定の長野市民も本祝賀会には抽選により参加可能なのでそれも合わせ数千規模の大盛況であった。来賓祝辞は現総理大臣が行い、他にも外務大臣、防衛大臣などの著名人が多く見受けられた。表向き大成功といえる今計画、しかし裏ではあまり表沙汰にできないことが起きていた。
それは夏に起きたもう一方の事件。妖狂暴化現象はとどまることを知らず、当初は一時的なものと考えられ様子を見るも状況は変わらない。その後武器をさらに高威力なものに変えるなどの対策を執り行うもそれに合わせるかのように妖たちも体の硬度を高めていき状況は膠着状態だった。更に言うならば特にここ数日は妖たちの動きが活性化してきておりアダマス内部の探索すらまともに行うこともできず、予断を許さない状況が続いていた。これらの情報は当然民間人には説明はおろか、その事実さえも伝えていなかった。理由は多々あるが大きくはちょうど表で起きたダイア気化事件と重なり、一般市民に被害が出たそちらのほうに人員を割かなければいかず、それと同時期に世間に公表するには混乱を極めると予想されたため先送りにされた。しかし事件解決後も妖たちの状態は元に戻ることはなく、そして都市鉱山竣工を間近に控えダイア産出量が徐々に低下していき今この件を公表すると都市鉱山の評判に悪い影響を与えることになる。その後は芋ずる方式に公表しずらくなり祝賀会まで来てしまった。要は公表しずらいことを混乱を避けるためと言い訳していたらいつの間にかもう後戻りできない最悪な状況になってしまった、ということである。祝賀会開催までのおよそ数日の間ダイアの産出量はほぼ0であり夏に起きたダイアモンド気化現象以降右肩下がりに産出量は落ちていき遂には0になってしまった。これらは今回招かれた来賓の中でもごく一部の者にしか知れ渡っておらず、大多数の来賓や市民は催しを楽しみつつも、それにまぎれて今回の祝賀会を表向き祝いつつ内心今後どのように行動していくかそればかり考え脂汗をかく者もいた。来賓祝辞を執り行った者も内心同様であった。
そんな内心楽しんでいる者と脂汗をかくほど緊張している者、いろんな思いを抱き今回の祝賀会が終わりに近づいていく最中、突然耳を劈くような警報が地域全体に広がっていった。
季節は冬となり夕方でもほとんど夜と見間違うほどに暗い17時。気温も下がり長野市でも氷点下を記録した。盛大に催された祝賀会を終え、市民はみな満足気で家に帰っていった。一方で、鉱山都市と同じく新しく造られた高層ビルでは、著名人のみが招待される後宴の準備が進められた。準備が完了しこれから後宴を開始しようとした瞬間、高層ビルの会場に長野市のアダマスを警備していた自衛官からの一報が入った。それはまるで今回の祝賀会に合わせるように起きた日本史上戦後最悪の惨劇となった。
「アダマス内の妖が外部へ流れ暴れている」
文字に表せばこれだけのこと、その報告を受け当初ざわついていた会場内も一時混乱状態に陥っていたが、来賓の大多数はある事を誰もが思い出していた。アダマス付近は四六時中自衛隊または今回の後宴にも参加している民間警備会社(PSC)が警備を担当しており、妖は生身の人間には非常に驚異的だが、武装した集団には脅威と言うほどのものではなく現在の警備で十分対応可能だろう、という考えだ。ここで大きな認識の齟齬が発生した。この会場に招待されている一部の来賓は現在起きていることがどれ程重大な事柄か正しく認識していた。今現在確認されている妖たちの突然変異、狂暴化、強化現象。そのため多くの人員を各アダマス付近に配置しているものの如何せんアダマスそのものの数が多く、現在確認されている中、長野県で約50か所。それほど多くの場所に同じ警備の数や設備を配置できるわけもなく、地形も合わせて採掘困難な場所は警備を薄くせざる負えないのが現状だった。
急遽後宴会を中止し会場となっている高層ビルで作戦会議が開かれた。ちょうどこのビルには命令を出すには適任の人材が多数おり、高層ビル自体も緊急時に備えて作戦室が常備されていたのも大きかった。非常事態宣言の発令はアダマスが確認されている全9県。県民は決して家から出ないように警報を出し、警備が手薄なアダマスへ至急補充の人員を向けるように命じた。ビル内に残された来賓も疑問を感じながら地下のシェルターへ避難となった。
第一報が入った17時から30分後の17時半。作戦室内の大画面に映されるのは現状確認可能なアダマス付近の状況を表しており、警備が豊富な基地や施設で妖との生々しい戦闘の映像が送られてきていた。長野県以外のアダマス保有地である他8県に現在の状況を尋ねてみたが、同じような現象は起きておらず、この現象は長野県のみで発生していることだと確認された。長野県にある約50か所のアダマスのうち報告に挙がっている40か所は未だ防衛線を維持したまま膠着状態を何とか保っている。しかし大画面のスクリーンにところどころに見受けられるブラックアウトしたままの部分。残り10か所からの報告は未だ上がらず、皆の中で部隊の全滅、と考えたくない考えが浮かんでいた。
誰もが絶望的な状況に気分を沈ませる中、ブラックアウトした部分の映像が流れ始めた。それは現状想定する中で最も最悪な光景だった。報告が上がらないアダマス付近へ急行した隊員が撮影しているカメラに向かって襲ってくる妖たち、それに対処するために住宅街で応戦している映像だった。そう、住宅街で応戦しているのだ。緊急事態宣言が発令された現状、家の中にはたくさんの民間人が残されている。しかし住宅街まで進攻してきた妖を食い止めなければ被害はさらに広範囲に広がってしまう。映像の中には戦闘を行う自衛隊員以外にも民間人と思われる人々がバラバラな方向へ逃げまどっている姿も見受けられる。それは外で行われている戦闘音に驚きこの場から逃げようと家から脱出した人だった。自衛隊が戦闘中も家の中に戻るよう指示するが、混乱しているため聞こえていないのか状況は変わらず。無残に食われるもの、踏みつけられるもの。そこに慈悲はなく、例外なく妖に近づいた者は殺されていった。現在戦闘が行われているこの場所はまだまだ目的のアダマスからだいぶ離れており住宅街まで進攻をしているのを考えると近くの住宅街でも妖が暴れている可能性が高い。その可能性を考慮した作戦室内では部隊の少数を安全確認のため別行動させようとしていた。
残り9か所からの連絡は未だ来ない・・・と思われたが次々に空白だった部分の映像が復旧していき通信が取れた。公明の光が射すかに思われたがそれは偽光だった。残り9か所に派遣したどの部隊でもほとんど壊滅的な被害を受けた後での通信だった。突然機械トラブルで通信が取れなくなり、想定以上の妖たちが一気に押し流されてきたことにより防衛線を張れず9部隊はほぼ壊滅。現在交戦しているほかの補充部隊や施設、基地在住の隊員も妖たちを押しとどめているに過ぎず撃破報告は一体も作戦室に挙がっていなかった。
苦渋の決断の末、19時に作戦室最高責任者の現総理大臣は本作戦の放棄を決定、そして現在応戦している隊員たちは撤退の命令を下し、その作戦行動中できるだけ多くの民間人も同時に救助するというものだった。現状強化された妖を撃破する方法がない以上、消耗戦になるのは目に見えており、これ以上隊員や民間人に被害を出さないとなればできるだけ早くに命令を下さなければならなかった。
これは本作戦中に判明したことなのだが、妖はアダマス内から出てきて地上を蹂躙するも標高555m未満の地域には進行してこなかった。そのため撤退戦を敷く中背後から突然襲われるということはなく、妖が入ってこないラインを境界線とし、民間人の救助を続けた。作戦室のある長野市も境界線内にあるため作戦室を移動させることにはならなかった。
完全に日が落ち真っ暗闇の長野市、幸いにも電力施設や浄水施設は被害にあわず不便のない夜を過ごすことが出来た。しかし現状は最悪である。周りを山に囲まれた長野市は他県に移動するためにはどうしても標高555m以上の場所を通過しなければ移動できないのである。つまり避難するためには妖との接触の可能性がほぼ100%であるということだ。今現在長野市に避難が確認されている民間人、自衛隊員を同時に避難するとなれば、誰かしらに被害が出るのは同然として、避難できる可能性すら薄い。
妖の数も問題とされる。最終的に各方面、師団規模約2000人の部隊を派遣したものの撤退を余儀なくされたと考えれば、2人の兵士が1匹の妖と同戦力と考えられる。つまりその戦力でも撤退を余儀なくされたと考えれば、アダマス一つにつき1000体以上の妖と考えると少なく見積もっても5万体もの妖が外を彷徨いているということになる。
他にも色々問題はある。今回発生したことによる民間人の政府への不信感、まだ避難が確認されていない人々、孤立状態へのストレス、目の前で家族を失ったものへのメンタルケア、食料問題、など挙げればキリがない。このような状況の中、避難が現実的ではないのならば日本中に配備されている自衛隊に救助を求めれば良い、という案により救助を求めるが難航していた。
約900万人、男性のうちダイア耐性度がG以上確認されている人数である。人口の約3割にしか耐性のないダイア耐性度、その大半は女性が占めており、それは自衛隊内部でも同じことが言える。95%を男性が占める自衛隊、更にいえば任務に当たるのは体力の勝る男性が常であり女性はほぼ現場で見受けられないのが現状であった。それによりアダマス近郊を警戒する隊員はダイア耐性があるものに限られ、自由に活動できる男性が極端に少ないのである。
今後「妖脱去事件」と呼ばれる今回の事が起こる以前から妖の活動が活発化していたため、多数の自衛隊員をアダマスに配備していた。脱去後、更に多くの隊員を派遣要請したため、長野市に取り残された人を救助しに行こうにも隊員が圧倒的に足りないのである。救助中妖と敵対することを考えれば中途半端な人数を送ると二次災害にもつながり困難を極めていた。
陸路はダメ、よって航空機による救助準備を開始したが民間人が都市一つ分取り残されているため、長時間の時間がかかりこれも現実的ではなかった。
2週間経過した長野市、一応の安全は確保され避難生活としてはそれなりの水準を保っているので民間人からの不満は表沙汰にはならないでいた。航空機による救助作業も順調とは言えずも少しずつ進められていった。
自衛隊員たちは万が一長野市内に妖が侵入してこないよう警備していた。この数日間で市外から自力で避難してくる民間人も確認されたためその場合の補助も目的であった。
そんな中避難してきた民間人からある共通する話を得られた。「不思議な力を持つ人々が私たちを助けてくれた」と、人により多少発言の差異はあるもののおおよそ纏めればそのような発言が得られた。性別を聞くも男だったり、女だったり、年齢層は成人から中には高校生まで幅広い。その不思議な力を持つ人物は1人ではなく、かなりの人数がいることがわかった。避難してきた民間人の様子を見れば、だれもが助けてくれた人に感謝しているようで、悪い印象はみられなかった。だが不思議なことに一部の部分のみ共通することがあった。誰も顔を見ていないのである。厳密に言えば頭の部分を。フードを被ったり仮面をつけたりと方法はさまざまであるが誰も顔を見ていないのだ。
避難生活を余儀せざるおえない現状政府からの支援物資や割り振られた施設の部屋でなければ生きていくこともままならず、それには戸籍の確認が必須であった。季節は冬、日の当たる昼間でも一桁までしか気温が上がらず、徐々に電気や水道の通らない地区が出てきていた。そのため安全が確保されている一部地区でも立入禁止区域になっており避難民は一箇所にまとめられていた。
つまり現状顔を隠している彼らは、妖が蔓延る中でも撃退する方法があり厳しい環境の中でも自力で生きていく力もある。しかし何らかの理由により顔を見せられないので、目にした民間人を救助しながらどこかで自給自足の生活をしているということだ。今現在避難している民間人が素顔を隠し外に出て民間人を助けている、という線も捨て切れないがいかんせん理由がない。そのため彼らが最も人に見られず、妖とも遭遇しない場所としては、安全が確保されている立入禁止区域が根城として1番可能性が高い。
避難を開始したもののすべての市民を救助するにはいまだ遠く、さらには妖を殺す方法も持ち得ていない現状。膠着した現状を打開するために、又は顔を隠している彼らから妖についての情報を得るために立入禁止区域の調査が開始された。幸いにも今は緊張状態が過ぎ去り警備にも空きができ始めていたので絶好の機会であった。
その日、日本は気付かされた。ダイアモンドとはナニであるかを。人類にとって毒となるものでも資源として応用されるものはいくらでもある。その性質を理解し危険と分かっていてもなお、そこにに有益な事柄があるのならばそれを存分に活用する。今回発見されたダイアモンドもそれと同じ。人によっては甚大な被害を与えるものの、適切な人が用い使用すれば私たちの生活をより豊かにしてくれる。
妖、ダイアモンド、アダマス、新しく確認されたこの三つ。それをどう用いていくはその時代に生きていく人次第。もちろん、活用しないという手もある。誰が考えてもイレギュラーなものであり、大きな混乱を世界にもたらしたが、それらは時間がたつにつれ日常に溶けていった。立入禁止区域を調査し確認されたなにかもそう、のちの研究により判明したなにかもそう。大きく時間を必要とする事はあれどいつかは日常に紛れていく。
ただ、今回の調査で発見されたなにかは「普段と同じ」と呼ばれるようになるのに20年ほど時を消費する必要があっただけ。ただそれだけなのだ。