第9話 交錯するもの①
玉座には父上が腰掛けている。
また、この場には、母上/兄上/姉上/妹に、宰相を始めとした各大臣なども揃い踏みしていた。
「これより“抜剣の儀”を執り行なう。」
「将軍よ。」
国王である父に声をかけられ、
「はッ!」
会釈した“ガーテル・シア将軍”が、僕の方へと歩いて来る。
その両手には、横向きにした[幅が広めの剣]を乗せていた。
間違いなく[ムラクモ]だろう。
柄と鍔に鞘は、全体的に白いものの、金の装飾が所々に施されている。
40代前半で“オールバックみたいな髪/眉/瞳/顎鬚”が茶色いガーテル将軍が、僕の右斜め前で片膝を着く。
こうした流れにて、
「ダイワの初代以降、誰も抜けなかった神剣である。」
「故に、失敗しても構わぬ。」
「気楽に試してみよ、ラルーシファ。」
父上が優しく微笑んだ。
それに反するかのように辺りには緊張感が漂っている。
このような空気を察しながら、
「はい。」
頷いた僕は、双方の手で柄を握り締めた。
〝すぅ はぁ〟と呼吸して、おもいっきり右から左へと引っ張ってみる。
個人的には〝どうせ無理だろう〟思っていたんだけれど…、予想を覆して簡単に抜けた。
しかも、力を込めすぎていたので、勢い余った僕は、左側面を床に叩き付けてしまったのだ。
一瞬の間を置いて、四方から〝おぉ――ッ!!?〟といった“どよめき”が起きた。
なお、僕の真後ろでは、控えていた教育係たちがザワついている。
正面では、おもわず立ち上がったらしい父が、目を丸くしていた。
そうしたなかで、唖然としていた将軍が我に返り、
「大丈夫ですか??!」
「ラルーシファ殿下!」
倒れたままの僕を心配してくれる。
上半身を起こしつつ、
「あ、うん。」
「まさかの展開に驚いちゃったけど、平気だよ。」
こう答えた僕に、
「天晴である!!」
「ラルーシファよ、初代は〝ムラクモを抜いた者にのみ所持を認める〟との言葉を遺しておられた。」
「これに従い、国宝たる神剣は、たった今より、そなたの私物と致す。」
「生涯、大事にせよ!」
父上が告げた。
その勅を受け、跪いた僕は、
「“神剣ムラクモ”の名に恥じぬよう、より一層に精進いたします。」
丁寧に御辞儀する。
これによって、[玉座の間]に拍手が響き渡った……。
▽
僕は廊下から[自室]へと向かっている。
背後では、“王宮魔術師のレオディン”と“ハーフエルフのリィバ”が、大はしゃぎしていた。
普段は冷静な“片目のベルーグ”に“細長眼鏡のマリー”も少なからず興奮しているみたいだ。
通常運転なのは“獣人のユーン”だけだった。
余談かもしれないけれど、ムラクモは既に僕の[アイテムボックス]に収納してある。
部屋のドアを開けながら、
「ちょっと休ませてもらえる?」
僕は皆を窺った。
それに対して、
「あぁー、左様ですな。」
「慣れない儀式に挑まれたのですから、心理的にお疲れになったのでしょう。」
「寧ろ、ここまで付いて来てしまい、申し訳ございませんでした。」
「では…。」
「我々は、これにて、失礼いたします。」
レオディンを中心に、全員が深々と頭を下げる。
「じゃあ、またね。」
手短に述べた僕は、入室するのと共に扉を閉めていった……。
▽
急ではあるけど、宴が開かれる運びになったらしい。
夕刻の[広間]に、主だった顔ぶれが集合している。
ただ一人を除いて。
「ラダン兄上がいらっしゃいませんが…、どうかなされたのですか??」
僕が素朴な疑問を投げ掛けてみたところ、
「いささか体調を崩したようで、寝ておるらしい。」
「明朝あたりまでには良くなるだろうから、それほど案ずる必要はなかろう。」
このように父が教えてくれた。
「……、風邪でしょうか?」
僕が首を傾げたら、
「いぃ~えッ!!」
「きっと、悔しさが一周まわって、落ち込んでいるのよ!」
「かつて失敗した“抜剣の儀”に、弟が成功したもんだから!!」
そう姉上が憶測する。
「口が過ぎるぞ、リーシア。」
父上に諫められ、
「あー、その…。」
「私も含めて、初代の国王以外に抜けた人なんていなかったわけだし……。」
「つまり〝兄上は気に病むことなんてない〟って話しよ。」
このように主張した姉上が、
「逆に、ラル君は堂々としてなさい。」
「何ひとつとして悪くないんだからね。」
「単純に〝あなたは凄い〟って事よ。」
何故だか僕を励ました。
イマイチ意味が分からないままに、
「はぁ。」
なんとなく応えた僕の右隣で、
「ラルにぃさま、すごい! すごぉい!!」
妹のエルーザが瞳を輝かせる。
およそ三年前とは違って、それなりに理解できているようだ。
「あなた、そろそろ。」
母上が穏やかに促したことによって、
「うむ。」
[金の杯]を掴んだ父が、起立した。
「皆の者!」
雑談している人々を静かにさせた父上は、
「約五百年ぶりに神剣が抜かれたのを祝して、今宵は大いに楽しんでくれ。」
「乾杯。」
グラスを軽めに突き出す。
父上に続き、参加している人達が[銀の杯]を〝かんぱぁーい!!〟と掲げる。
それを機に、宴会が始まった。
…………。
ちなみに、こちらの世界の料理は、あまり美味しくない。
そのような事は、これまでの僕であれば思わなかったんだけど…、日本人だった頃の記憶が甦ってからというもの、ガッカリしがちになっている。
なにせ、スープは“じゃが芋”か“トウモロコシ”をすり潰してお湯で溶かしたものだし、野菜は茹でただけで、パンは割と固めだからだ。
焼かれた肉や魚などには、塩と胡椒が振りかけてあるだけでしかない。
要は、どの調理のレパートリーも味付けが極端に少ないのだ。
いずれにせよ。
地球の和食に洋食が懐かしくて仕方がなかった。
特に“白米”と“味噌汁”が恋しい。
そうした思いを馳せている僕は、我が身に危険が迫っている事など知る由もなかった―。