第48話 派生②
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私は、レイッジー・ティミドパーソ。
長い事、大公家での調理を勤めてきた男だ。
今から約三年前には、“料理長”に抜擢されたほどである!!
むっふん!
これは余談かもしれんが、私は “マッシュルームヘア/眉/瞳/鼻髭”がライトブラウンだ。
なお、40代後半である。
あと……、太っているのは否めない。
そんな私の日々は、順風だったのだ。
“大公の孫娘”が訳の分からん調理を行なうまでは…。
あの[館]にて、誰もが瞬く間に“カラアゲ”なるものに魅かれていった。
料理人達までもが、だ!!
10歳の嬢ちゃんが作ったものを絶賛するなど、実に嘆かわしい。
ただ単に媚びているだけだろッ!
このように憤慨した私ではあったが、試しに食べてみた……。
まぁ、なかなか、ではある、な。
…………。
それからというもの、あの小娘は、“フライドポテト”や“スクランブルエッグ”など、珍しい品を次々と開発しだした。
これらを、全員が褒め称えたのである…。
まったくもって不愉快だ!!
もはや我慢ならなくなった私は、大公に辞職を願い出た。
きっと、私を引き止めたうえに、厨房で好き勝手に調理する孫を注意してくれるだろう、と期待して。
だが、
「ふむ。」
「よかろう。」
「これまで大儀であった。」
私の目論見に反して、あっさりと認められてしまったのだ。
〝は?〟と固まる私に、〝ん??〟と大公が首を傾げる。
その結果、
「いえ。」
「なんでも、ございま、せん。」
頭を下げた私は、館を去るしかなくなった……。
こうして、故郷に帰るべく、冒険者が護衛する“乗合馬車”を利用したのである。
野山には賊や魔物が現れて危険なため、戦闘に慣れていなければ一人旅など愚の骨頂だからだ。
ちなみに、“ユニコーン車”もあるのだが、値段が高いので、やめておいた…。
そんなこんなで、一ヶ月ほど掛けて[港町スブキィ]に辿り着いたのである。
そこは、私の弟が、父親から譲り受けた[料理店]だ。
祖父の代から続いており、“上質”を意味する[リヌボ]という店名である。
……、さて。
“オールバックの巻き毛/眉/瞳/鼻髭”がライトブラウンの弟は、筋肉質だ。
年齢は私の三つ下で、40代半ばである。
弟の“ロガン”は、あくまで経営者であって、調理には携わっていない。
こうした店舗で、私は、“監修役”として働くことにした。
[大公家の元料理長]という看板を出したら、それまでよりも客足が伸びたのである!
面白いぐらいに!!
しかし…。
ある日、突然、どん底に叩き落されてしまったのだ。
何故だか誰も寄り付かなくなり、閑古鳥が鳴く始末。
町を調べた店員らによれば、“大公家御用達”を謳う所が存在しているらしい。
(バカな?!)
(大公家だと??)
動揺した私ではあったが、あそこの長男が赴任しているのを思い出し、すぐに冷静さを取り戻す。
こうして、弟を伴い、偵察に向かったのである……。
建物には、[チキュウビストロ・ルワーテ]という店名に、[大公家御用達]といった“紋章つき”の、看板が、それぞれ設けられていた。
「一週間ほど前、ここを通ったときには、気づかなかったが?」
ふと述べた私に、
「あぁ。」
「“大公家御用達”に関しては〝新規で開店する直前に付けた〟そうですよ。」
「しかも、それだけでなく、殿下ご本人が演説なされたのだとか…。」
このように弟が告げる。
(なッ??)
私が絶句してしまったところ、
「それよりも、兄さん。」
「お客がチラホラ集まりだしたので、僕たちも並びましょうよ。」
「どれも絶品みたいですからねぇ~。」
「急がないと売れ切れちゃうかもしれませんよ?」
心躍らせるかのようにして弟が語った。
「お前……。」
「〝わくわく〟してないか??」
そう訊ねたら、
「ま、まっさかぁー。」
あからさまに視線を逸らしたのである…。
昼飯にはまだまだ時間があるというのに、ほんの数秒で長蛇の列ができた。
おそらく、早めに仕事を休憩した者らが、競うようにして訪れたのだろう。
我々は前のほうに陣取れたので、すんなり入れたのである。
……、テーブル席にて、献立を見たところ、見覚えのある品が書かれていた。
なかには私の知らない調理も幾らかある。
私が館を離れてから、あの嬢ちゃんが追加したのであろう。
とりあえず、私は、確認のために“カラアゲ”を注文してみた。
弟は“チーズフォンデュ”なるものだ。
暫くして、配膳されたものを食してみる。
(これは、間違いない!!)
(そして、相変わらず美味…。)
「ん゛ん゛ッん゛ッ!」
本音を打ち消すように咳払いした私の正面で、
「なんですぅ? この料理ぃ~??」
「こんなの初めて食べましたよぉー♪」
弟が至福の表情となった。
……、忌々しい!!
とは言え、背に腹は代えられん。
私は、近くにいた店員に、
「少しいいかね?」
声をかける。
「はい??」
側まで寄って来た“リスの獣人”に、
「ちょっとした質問だが……。」
「この店の調理法は、全て、大公の所の小むす…、あ、いや。」
「大公殿下の孫娘であらせられるアシャーリー様に教えていただいたのでは?」
こう尋ねてみたら、
「なんで、それを??!」
目を丸くした。
「やはり、か。」
納得して、
「ここだけの話し、我々は“リヌボ”を営んでいる兄弟だ。」
そのように伝えた私を、
「あ。」
「もしかして、大公家の元料理長?」
“店員のリス”が窺う。
軽く頷いて肯定した私は、
「お願いだ。」
「ここの責任者に会わせてくれ。」
真顔で頼んでみる。
やがて潰れかねない我らの店を守るには、この考えしかなさそうだったので―。




