第2話 万感
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ラルーシファ殿下が引いていらっしゃる事に気づいた儂は、冷静さを取り戻して、〝コホンッ〟と咳払いした。
いや、まぁ、正直なところ、恥ずかしは残っておる。
かなりいい歳じゃというのに、まるで童かのように小躍りしてしまったからのぉう。
もはや年長者の威厳など何処にもない。
そんな儂の名は、レオディン・セル―ロ。
ダイワの[王宮魔術師]にて[言語学博士]である。
かつては諸国を旅して回り、魔法の研鑽を積んでおった。
今から10年以上前に、寄る年波には勝てなくなり、故郷であるダイワ王国で隠居生活を過ごすようになったのである。
ある日のこと、この国の陛下に依頼され、王宮魔術師として城で暮らす事になった。
なんでも、既に仕えていた我が旧友が、儂の帰郷を知り、国王に勧めたらしい。
ちなみに、その者は、王宮魔術師の統括責任者であり、第一王子の教育係になっておる。
ま、気立ての良いやつじゃ。
……、さて置き。
城に住み込むのは人生が窮屈になりそうで、最初は断ろうかと思っていたものの、とある伝説について確かめたくなり、結局は話しを受け入れることにした。
儂が探求したかったのは、【神法】である。
〝ダイワ王国の初代陛下と近衛衆が使っていた〟と言われておるが…、およそ五百年に亘って扱える者が存在しなくなった。
このため、いつしか〝神法は誰かしらが創作した虚構だ〟とされるようになり、真偽の程が定かではなくなっている。
子どもの時から【神法】に憧れを抱いておった儂は、〝城であれば何かしらの記録が残っているのでは??〟と考えて、王宮魔術師になったという訳じゃ。
しかし……。
どれだけ調べようとも、詳細の殆どが分からんかった!
〝やはり神法などは嘘じゃったか〟と諦めるようになった折に、ラルーシファ殿下によって再現されたのである!!
そりゃあ、もぉう、興奮せずにはおられんに決まりきっとるじゃろうがあ――――ッ!!!!
…………。
すまん。
また我を忘れてしもうた。
それにしても…、将来を有望視されておる第一王子や、魔法を極める素質ありと評価されている第一王女ではなく、第二王子が神法を操ったのは意外である。
いや、ラルーシファ殿下は、悪い御仁ではない。
寧ろ、優しい方であらせられる。
ただ、これが“玉に瑕”というか“仇になりかねない”というか……、〝人の上に立つには適していない〟〝器ではなかろう〟など、陰口を叩かれている状況だ。
じゃが!
それも終わろうというもの!!
なにせ、ラルーシファ殿下は、【神法】の継承者なのじゃからぁあ―ッ!!!!
し、か、も。
これに関する師匠は…、儂じゃ!儂じゃ!儂じゃ!儂じゃあ――いッ!!!!
ハッ!
いかん!!
またしても気分が昂ぶりまくってしもうた。
……、反省。
現在――。
「取り乱してしまい、たいそう失礼いたしました。」
頭を下げた儂に、
「あ…、う、うん。」
殿下が微妙な反応を示される。
(これは、もう、心の距離が出来てしまったに違いない。)
そう危惧していたら、
「ねぇ? レオディン。」
「まほうって、“つえ”がないと、つかえないの??」
「しんぽうは、ひつようなかったけど?」
殿下が不意に質問なされた。
幼いながらにも、こういった点に気づかれるとは、割と聡明なのかもしれない。
断言するには、まだ尚早じゃろうが……。
「いえ、そういう訳ではございません。」
「まず、魔法陣を構築するには、落ち着いていなければならないのです。」
「例えば、実戦を想定した場合…、敵に襲われて焦りが生じると、完成させるまで無駄に時間が掛かってしまいます。」
「魔法陣の構築が遅くなってしまったら、相手に余裕で攻撃されてしまい、最悪、死にかねません。」
「それらを踏まえて……、“魔法の杖”は、術者の精神状態がどうであれ、魔力を流し込んでいくなかで詠唱さえできれば、魔法陣を容易く作り上げられるのです。」
「言うなれば、こうした杖は“魔法の安定装置”みたないものですじゃ。」
このように説明したところ、
「へぇー、なるほどぉ。」
と理解なされたのである。
それなりに難しい内容だった筈じゃが…、やはり、ラルーシファ殿下は、同年代の子供に比べて知能が高いのかもしれん。
こういった分析を行なっていたら、一階の[外廊下]より、
「お待ちなさぁ――――いッ!!!!」
そのような声が聞こえてきた。
儂と殿下が視線を送ったところ、走って逃げる第一王女を、60歳ぐらいの女性が追っていたのである。
第一王女の教育係の1人である彼女が、
「今日という今日は、ほんっとうに許しませんからねぇえッ!!」
更に怒鳴った。
大方、第一王女が悪戯したのじゃろう。
恒例的に。
まさに“おてんば姫”であらせられる。
にしても……、あの教育係、よく全速力で駆けられるものじゃ。
体は細いほうだというのに、どこからあのような活力が出るものやら??
若者に負けず劣らずの強靭さである。
…………、単に意地と気合いなだけかもしれんのう。
まぁ、儂には、到底、無理じゃろうな。
年齢からして身が持たん。
そういった意味でも、〝ラルーシファ殿下の担当で良かった〟と、つくづく感謝する儂じゃった―。