第170話 漸進⑥
“リーシア姉上”が、
「マハーナ、いいわよ、兄上の棺を発注しに出掛けて。」
「よろしく頼むわね。」
そのように“王宮魔術師の統括責任者”に声をかけられた。
「かしこまりました。」
「それでは、一旦、失礼させていただきます。」
お辞儀した“バルリック・マハーナ”が[広間]から去りゆくなか、
「ラルーシファ陛下。」
「恐れながら、よろしいでしょうか?」
ふと窺ってきたのは、50代後半の男性である“家令”だ。
背丈は高めで、スラッとしている。
“七三分けのオールバック/眉/瞳”はライトブラウンだ。
名前を“ハウラー・ダント”という。
ちなみに、“スチュワード”は、全使用人の長なので、地位基準は第一位となる。
第二位が“バトラー”だ。
ただし、スチュワードは、[王室]や[上級貴族]の所にしか存在していなかったりする。
これら以外の貴族などの[邸宅]では“バトラー”がトップになるらしい。
なお、家令というのは、屋内使用人はもとより、庭師などの屋外使用人や、会計などを、管理するのが務めだ。
そうした“ダイワ王城のスチュワード”が、
「こちらを。」
右の“掌”を差し出す。
下に左手を添えて…。
家令が右手に乗せている物に、
「え??!」
「“宝物庫の鍵”じゃない?」
「何故、貴方が??」
姉上が驚かれる。
「“ラダン前王”が、急遽、職人に作らせた合鍵でございます。」
「純正品は、既に、王姉殿下を通じて、陛下がお持ちでしょうが……。」
「先刻、前王より、合鍵をラルーシファ陛下にお渡しするよう、預かっておりました。」
このように説明してくれたスチュワードに、
「そっか…。」
「分かった。」
「ありがとう。」
お礼を述べた僕は、鍵を受け取った。
……、さて。
お城には、例の[四つの兵舎]から、それぞれ半数ずつが訪れている。
合計で100名だ。
彼ら彼女らは、“ルシム大公”や“ルファザ侯爵”の兵達と[王城]の警備を交代してもらう。
こうしたなか、上半身を起こした“妹のエルーザ”が、大きく欠伸した…。
▽
[お庭]にて。
“僕とエルーザの祖父”が、
「では、明日、改めてお伺い致します。」
丁寧に会釈する。
「はい、お待ちしています。」
そう応えた僕に、
「陛下。」
「これまで言いそびれていたのですが、私にも敬語は不要です。」
「どうぞ、ご遠慮なく、家臣として扱ってください。」
侯爵が返す。
これを、
「じゃぁ、今後は、そのように。」
承知する僕だった。
そこから、大公と侯爵が、順次、お抱えの兵士たちと共に【テレポート】する。
地元に帰るため……。
お見送りを済ませ、建物内に入ったところで、
「あ!」
足を止めた僕は、
「ラバスのお手洗い、どうしよう?」
“マンティコア”に視線を送った。
目が合ったラバスが首を傾げるなか、
「また暫くの間は外で済ませてもらうしかないか。」
こう呟いた僕に、
「一つ、ございますよ。」
「二百年ほど昔の国王が、御自身の“従魔”のために設置させた物が。」
家令が教えてくれる。
「え??」
「そうなの?」
瞼を〝パチクリ〟させた僕は、
「ご存知でしたか??」
姉上に尋ねてみた。
すると、
「いいえ、初耳だわ。」
「まぁ、お城は広いから、私とかでも立ち寄ったことのない場所が幾つかあるしね。」
「使用人達や、城兵であれば、いろいろと分かっているでしょうけど。」
そう姉上が説明なされた。
「ベルーグは?」
僕が“隻眼将軍”に確認してみたら、
「一応、把握しております。」
このように答える。
〝へぇー〟と僕が理解を示したところ、
「取り敢えず…。」
「行ってみましょう♪」
姉上が面白がられた事によって、皆でそこへと向かう。
……、結果。
割と豪華なトイレだった。
▽
夜になっている。
あれからは、新しい[勅書]を何十枚も準備した。
国内の有力者たちで、僕の味方に付いてくれるに違いないメンバーに、現状を報せるため。
とかく。
自室の[ベッド]で仰向けになっている僕は、両親や兄上のことを思い浮かべている。
こうしたところで、涙が自然と流れてきた。
それまで張り詰めていた緊張の糸が緩み、三名が亡くなった実感が湧いた事で。
つい泣いてしまった僕を心配したのか、専用の[寝床]にいたラバスが、近づいてきた。
そんなマンティコアの鼻筋あたりを両手で撫でながら、
「大丈夫だよ…。」
「うん、大丈夫。」
僕は伝える。
自分に言い聞かせるかのようにして―。




