第163話 真相②
「失礼します。」
頭を下げた僕は、入室した。
幾つかの窓から見える空は、不安を掻き立てるように雨雲が濃くなっていきつつある。
遠くで雷の音が聞こえた。
五歩ぐらい進んだところで、こちらに全身を向けられた“ラダン兄上”に、
「また背が伸びたみたいだな。」
穏やかに声をかけられた僕は、
「あ、はい。」
その場で足を止め、
「まぁ、少しだけですけれども。」
こう答える。
数秒の沈黙が流れ、
「悪かったな。」
「内戦を引き起こしてしまって。」
兄上が切り出された。
「あ、いえ、その…。」
なんと返していいか分からず困る僕に、
「嫉妬したんだよ、俺は。」
「お前に。」
辛そうに兄上が述べられる。
「神法を備えていて、ムラクモを抜き、そのうえ閃光まで扱えるようになったのを知り、不安に苛まれた。」
「父上がラルーシファに王位を継承なさるのではないかと疑心暗鬼になって、ラノワマ宰相に相談した結果が、これだ。」
「……、ラノワマは、ライニル叔父上と繋がっていた。」
「そうして、あの二人に何かと吹き込まれ、謀反を起こしてしまったという訳だ。」
「今にしてみれば、我ながら情けない。」
「しかも、叔父上が最初から俺を利用するつもりだったことに気づけなかったのは、一生の不覚!」
ご自身の両拳を強く握り締めた兄上が、全容を語られていく…。
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北に隣接する[スコーリ王国]が攻め込んで来るというのは、やはり嘘だった。
しかしながら、それを信じ、軍を率いた兄上は、ライニル叔父上の城に入られたそうだ。
一旦、ここで宿泊なされた際に、ライニル叔父上が数人の家臣に“ガーテル将軍”の寝込みを襲わせた。
念の為、【麻痺】の魔法で動けなくしてから、殺したらしい。
翌朝、お抱えの魔術士によって、ラノワマ宰相が、【瞬間移動】してきたそうだ。
そこから、叔父上と宰相の二人がかりで言いくるめられた兄上は、父上に反旗を翻してしまった。
兄上としては、父上を捕まえた後、国外に追放なさる予定だったらしい。
ところが、王城に辿り着いてみたら、誰もいなかったそうだ。
伴っていた兵士らに全ての部屋を確認させたところ、両親は寝室のベッドに並んで仰向けになっておられたらしい。
枕もとには手紙が置かれており、これによって、お二人が[猛毒]を飲まれて自害なされたのが判明した。
命をもってして、ラダン兄上を更生させるべく……。
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「それじゃ、父上と母上は、もはや、この世に。」
僕が半ば呆然としたところ、
「ああ…。」
「“王家の墓”に埋葬した。」
眉間にシワを寄せた兄上が、
「俺の所為で、すまない。」
俯かれる。
…………。
(何か話さなきゃ。)
ふと思った僕は、
「ラノワマ宰相も兄上の敵に回っているのですか??」
「あと、ライニル叔父上の動きは?」
そのように伺った。
顔をあげられた兄上が、相変わらずカーテンが風になびいているなか、
「ラノワマは、東方の完全制圧に専念している。」
「アイツにしてみれば、俺は、娘の嫁ぎ先だからな。」
「こけられたら困るんだろう。」
「まだ俺の事を支持してくれている。」
「ライニル叔父上に関しては、分からない。」
「王領の周り……、中央区を押さえてから、乗り込んでくるつもりなのかもな。」
こう教えてくださる。
「成程、です。」
「あの…、取り敢えず、投降なさってください、兄上。」
「絶対に死なせたりはしないと、お約束しますので。」
そのように僕が伝えると、軽く息を吐かれた兄上が、
「いや。」
「俺は、もう、疲れた。」
「それに、両親や、産みの母に、謝りたい。」
「簡単には許してもらえないかもしれないけど。」
「ラルーシファ……、逃げるみたいで申し訳ないが、旅立たせてくれて。」
このように告げられた。
「何を仰せになられているんです??」
「兄上、まさか?」
嫌な予感がしたタイミングで、外が光り、続けて、さっきよりも大きな雷鳴が轟く。
「リーシアたちに、よろしくな。」
泣きそうに、でも、優しく、微笑まれた兄上が、
「後は任せた、ラルーシファ。」
「国を、頼んだ。」
背面で窓から身を投げられる。
「!!」
「兄上――ッ!!!!」
おもいっきり走ったのも虚しく、僕は、届かなかった―。




