第162話 訳柄⑧
「おぉ、レオディン。」
「久しいな。」
目を細めた初老の男性は“バルリック・マハーナ”という名前だ。
レオディンの旧友であり、ダイワにおける王宮魔術師の統括責任者を務めている。
かつてはラダン兄上の教育係でもあった。
そうしたマハーナに、
「お主も此度の騒動に荷担しておったのか?」
レオディンが尋ねる。
「いや。」
首を横に振ったマハーナが、
「何も聞かされておらんかった。」
「教えられたのはラダン様が国王を名乗られた後だ。」
「事前に把握しておれば、ライザー先王にお伝えするなり、直接お止めするなり、できたであろうに…。」
眉間に軽くシワを寄せた。
こうしたところで、
「お城に居るのは貴方だけなの??」
「守兵とかは?」
“リーシア姉上”が質問なされ、
「ラダン様は、私以外の戦闘員は兵舎や自宅に戻しておられます。」
「他に残っているのは料理人や給仕などです。」
そのようにマハーナが答える。
「まるで私達が訪れるのを知っていたかのようね。」
訝しがられる姉上に、
「先刻、モナイ伯爵、いえ、現在は元でしたな。」
「まぁ、なんにせよ、あの男に仕えていた1人の部下が、こちらに瞬間移動して来て、ラルーシファ様や南方のことを、ラダン様に伝えました、」
マハーナが説明した。
「第三陣にいた者かしら??」
「だとして。」
「ラルく……、ラルーシファ陛下に敬服しておらず、兄上に密告したという事よね?」
こう分析なされる姉上へと、
「いえ。」
「ラダン様に退位なさるよう勧めておりました。」
「本人は〝怒りを買って殺されても構わない〟と覚悟を決めて参ったのでしょう。」
「結局、ラダン様は、危害を加えることなく、その者を地元に帰してあげておられます。」
「そうして、リーシア様あたりのお考えで今日中には乗り込んで来るだろうと読まれ、兵士などを城からお出しになられました。」
「つまり、ラダン様には、もはや争う気がないのです。」
そのようにマハーナが語る。
「命を賭してラダン殿下に訴えかけたという者には、ラルーシファ王陛下より褒美を授けるがよろしいかと。」
「必ずや探し出して。」
こう提案した“ルファザ侯爵”に、僕は「ええ」と頷く。
そうしたところで、
「父上と母上は??」
「御無事なの?」
姉上が新たに訊かれた。
すると、
「その件も含めてラルーシファ様と二人きりで話しをなされたいそうです。」
「ラダン様は御自身の部屋におられます。」
マハーナが僕に述べる。
何処からともなく風が吹いてきだしたなか、
「罠、じゃないでしょうね??」
姉上が警戒なされた。
「ラダン様は、肉親で殺し合うのを望んでおられません。」
「どうか、信じてさしあげてください。」
頭を下げるマハーナに、
「分かった。」
「兄上にお会いしよう。」
僕は応じる。
こうして歩きだそうとしたら、
「ラル君。」
「兄上の“戦闘スキル”は貴方よりも上よ。」
「それと、“武具強化”という“レアスキル”も使えるから、気を付けて。」
「ここに至ってまで兄上を疑いたくはないけれど、念の為。」
姉上が危惧なされた。
そのような姉上はもとより皆を少しでも安心させるべく、
「はい。」
「了解しました。」
穏やかに微笑んで返した僕は、ただ独り、建物内へと進む…。
▽
誰もいない[一階エントランス]を、僕は歩く。
なんだか不気味なくらい静かだ。
料理人や給仕などの“非戦闘員”は自室にでも籠っているのだろうか?
自然と緊張が高まってしまった僕は、息を長く〝ふぅ――〟と吐き、自身を落ち着かせた。
こうして、階段を上っては廊下を進む、というのを何度か行なったところで、兄上の部屋に近づく。
開けられているドアの前で、僕はストップした。
兄上は、1つだけ閉めていない窓から外を眺めておられる。
[武器]や[防具]は装備しておらず、深紅色を基調とした王族らしい服装だ。
カーテンが風になびいているなか、ふと振り向かれた兄上が、
「やぁ、ラルーシファ。」
どこか悲しげな表情を浮かべられた―。




