023 順調にみえる旅路
阿知良たちは、九十八階層に到着するとすぐに睡眠を取っていた。もちろん、案内役にいくつもの質問を投げかけて安全を確認したうえでのことだ。
そして、スマホにセットしたタイマーで午前四時に起きる。睡眠時間は長すぎず短すぎずの約七時間。体力の回復はそれなりにできているが、問題となるのは食料が無いことだ。
「案内役、ここから九十八階層への道に近くて、栄養満点の梨を手に入れられる場所はどこだ?」
『栄養満点の梨はそこら中にあるからね、九十八階層への道の途中にもあるよ』
「それの一番近いのは、ここからどれくらいの距離がある?」
『一・二キロくらいだね』
「早速行こう、道を案内してくれ。皇、阿知良武器の用意を頼む」
アウストラロピテクス・ゴブリニスの好物と説明があったわけだし、梨の木の近くに敵がいてもおかしくはない。そう考えて十分に注意しながら森の道を進む。
森の中は意外と明るい。見上げても太陽のような光源はないし、九十九階層のように壁が光っているわけでもない。どこから光が照射されているのか、高く茂る木の枝の下でも十分な明るさがある。
下草も少なく敵が隠れられる場所もそう多くはない。
それでも油断は禁物だ。四人は武器を構え、周囲を見回しながら慎重に進む。とはいえ、その歩みは決して遅くはない。
「そろそろ一キロくらいは進んだよな?」
「案内役、栄養満点の梨はどこ?」
『二十メートルくらい先さ』
「あ、あれそうじゃない?」
枝に生る実を発見して、余真紘は拳銃で指す。近寄ってみると、梨の実はかなり大きい。直系二十センチくらいはあり、一人で一個を食べろと言われると少し困ってしまうサイズだ。
「ゴブリニスがいないね。案内役、近くに敵はいる?」
『木の上に五匹いるよ』
尋ねてみれば、具体的な数まで答えてくれる。端的な言葉の身であるため詳細な位置までは掴めないが、注意を向ける方向が分かるだけでも全然ちがう。
「いた! 右の木に三、左に二!」
「案内役、ゴブリニスに襲われずに梨を四つ採ったうえで通り抜けることは可能か?」
『それは無理な要求だよ!』
「じゃあ、梨を採らなかったら、襲われずに通り抜けることは可能か?」
『それも難しいだろうね』
「じゃあ、撃つぞ」
敵の場所が分かっているならば、先制攻撃あるのみである。二十メートルくらいの距離ならば、荷電粒子機関銃を当てるのは大して難しいことではない。照準を合わせて引き金を引くだけで、荷電粒子ビームが超音速で対象めがけて飛んでいく。
枝の上を動いているゴブリニスが重なったところを狙って打てば、一発で二匹を仕留めることも可能だ。
阿知良が右の三匹のうち二匹を落とすと、皇も左の一匹を撃ち落とす。
残った一匹ずつが枝を飛び降りてくるが、単純な動きならば狙い撃つのも特に難しい技術が必要ではない。二発ずつ撃って、ゴブリニスはあっさりと肉塊と化した。
「結構いっぱい生ってるね」
「一個がでかいからなあ。ゴブリニスも量はあまり要らないんじゃないのか?」
梨の木は一本だけではない。周囲を見回すと、巨大な実をいくつもつけてたわわとなっている枝はそこかしこにある。
その中から取りやすそうな枝を選び、一つ取ってみる。
「どれどれ、食ってみるか」
「ちょっと待って。栄養満点の梨ってのは、これで合っている?」
『合っているとも!』
案内役の口調は何故か時々変わる。ツッコミも入れずに四人は梨に齧り付く。
「美味しい!」
「え? これが梨?」
「むう、このしゃくしゃくとした歯触りに、爽やかな甘み。なんといってもこの香りだよ! 大自然をぎゅっと濃縮したような……」
「お主、そんなキャラだったか? っていうか、油断しすぎだ」
悦喜破顔して食レポを始めた皇に、神玲は冷ややかな目を向け、改めて安全確認が最優先だと注意する。
「おい案内役、近くに敵はいるか? ここから最も近い敵の位置を教えろ。こちらに気付いているか?」
『南東に百八十メートル、気付いてはいないようだね』
「じゃあ、急いで食べてしまおう。それに、昼食用にもう一つずつ捥いでいこうか」
神玲の方針に特に意義もない。昼食用に捥いだ梨をそれぞれリュックに入れると、男子二人はものすごい勢いで梨を食べていく。果汁たっぷりの大きな梨を食べていれば手も顔もベタベタになるがそんなことはお構いなしだ。もっとも、汚れることについてはゆっくり食べても急いでも大した差はないだろう。
「案内役、九十八階層の水場はどこ? 地上への道の近くにある?」
『九十八階層には三か所あるけれど、そのうちの一か所は地上への道、九十七階への階段のすぐ脇さ』
詳細な道順も聞けば十キロも歩かずに着くという。九十八階層には階段がいくつもあり、その先では『金の聖杯』『白金の匙』など高級品を取得できるという。そのすべてを集めようとしたら二十キロほど歩き回ることになるらしいが、彼らにそんなことをするつもりは毛頭ない。貴金属や宝石類などよりも、この迷宮から無事に脱出することの方が重要なのだ。
案内役に聞きながら敵との遭遇を避けつつ進み、三時間ほども歩けば九十七階への階段に到着した。
「おー、水だ」
階段に向かて左側、十メートルほどの岩壁から水がじゃばじゃばと湧いて出てきている。その下は直径十メートルほど水溜まりから小川が流れて行っている。
安全確認をした後に、岩壁から湧き出る水を水筒やペットボトルに詰めると小川で手や顔を洗う。さらに空になった弁当箱も小川の水でゆすいでおく。洗剤はないが、食べかすを捨てておくのは大事である。腐臭を漂わせて敵を招くことは避けるべきなのだ。
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