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夢夏  作者: 五月雨黛、花蝶水月
総集編、過去。その一歩は未来の為に
13/16

いつだって幸せが壊れるのは唐突で

 高校2年、夏休み。

 8月のある日の午後。

 太陽がじりじりとコンクリートを焦がし、陽炎を作っていた日だった。


「行ってきます。

 うわ、暑い……」


 空気も暑く、玄関を出たばかりの僕の頬を熱風が撫でる。

 帽子は被らなかった。

 目的地は駅前の本屋。

 注文した新刊の小説が今日、届いたのだそうだ。

 楽しみだなぁ。

 後は、参考書でも買っておこう。




 数時間後、本屋からの買い物の帰り。

 本屋からの帰り道でよく通る横断歩道。

 その先にはスーパーがある。

 ついでに、母に買う物は無いか電話で確認しようとしていた時だった。

 片手には参考書と、楽しみにしてた小説の新刊の入った袋。

 もう片手にはスマホ。

 家でクーラーを効かせて掃除機でもかけているのか、母が出たのは数コール後だった。


「あ、もしもし母さ――――」


 その時だった。

 ()()が、僕の足元を小走りで横切った。

 目的は分からない。

 車や人の隙を縫う様に悠々と歩く歩道の先にいる黒白の猫だろうか。

 母親と手を繋いでいなかったのか。

 子供は無邪気な顔で楽しそうに、嬉しそうに横断歩道に出てしまっていた。


 咄嗟だった。

 訳も分からないまま飛び出したのは僕もだった。

 本当に死ぬ気なんて無かった。



「――――危なっっ!!」


 目の前にはもう、車が来ていた。

 暴走でも赤信号でもなく、ただ少しスピードが出ていただけの車。


 キキキキイイィィィーーーーーーーッッ


 耳に強く響く急ブレーキの音。

 よく見えてしまった顔面蒼白の運転手。

 運転手の手は強ばっているのか、カーブする余裕は無さそうだった。

 同時に、少しだけ時間が遅く感じた。


 僕はスマホと本の入った袋から手を離し、咄嗟に子供の小脇を両腕で持ち上げ、抱き上げる。

 突き飛ばした所で、位置的な問題で結局僕らは轢かれてしまうだろう。


 それでもせめて腕の中の()()()だけは。


 子供の頭とお尻を僕の手と腕で庇う様に抱く。


 ドンッ

 ガシャンッ


 衝撃、強い揺れ。

 頭から全身の至る所が、硬くて熱い物にぶつかる感覚。

 僕の手もきっと沢山何かにぶつかった。

 熱い、痛い。まるで焼ける様だ。

 当然、全身は擦りむけた事だろう。

 耳鳴りが止まない。

 目を閉じてるのに、平衡感覚を失った。

 足も熱くて痛い。

 頭や顔が熱い。瞼が炙られる様だ。


 どこか遠くで悲鳴が聞こえる気がする。


 僕の感覚がある内に、なんて考える余裕はもう一欠片も無かった。


 僕が庇った()は無事かな。

 無事だと良いな。

 生き残ったとしても、トラウマが出来ちゃったかもしれない。

 だから、せめて意識が無いと良いな。

 そしたら僕の(みにく)くなった姿も見る事はないだろうから。



 僕が轢かれた瞬間を電話越しに聞いていた母さんは運が悪かった。

 母さん、僕が親不孝な子供でごめんなさい。


 あれ、熱かったのに、寒い。

 寒さを感じるのと同時に意識が遠のく。

 痛かったのに、徐々に痛みが遠のく。

 痛みが遠のくと同時に力が抜けていく。




 このまま死にたくない。

 水乃ちゃん。

 僕が死んだら、水乃ちゃんを一人にしちゃう。

 水乃ちゃん。

 せめて君に僕の想いを伝えたかった。



 水乃ちゃ――――――……



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