ルシフェル
深い森の中で2つの影が対峙している。一つは、ルシフェル・アルベルトという少年の物だ。
ルシフェルは、アルゼイン王国の貴族、アルベルト家の三男である。彼はら本来ならこのような森にいる身分ではない。
だが、家族やアルゼイン学園という貴族か実力者でなければ入ることの出来ない場所で虐げられている彼からすれば、この森がもっとも落ち着くのだった。
もう1つの影の持ち主は鹿だった。鹿の足には、打撲した後がある。
「恐がるなよ。もう大丈夫だからな。」
ルシフェルは、薬草を鹿の傷痕に当て、足に巻き付ける。このまま、巻き付けて置けば明日には治るだろう。
「フェル、何してるの?」
ルシフェルが声の方を向くと、少女がいた。青髪をショートカットにしていて、吊目が印象的だ。
「アイラ!」
「ちょっと!静かにしないと驚いちゃうでしょ?」
この少女は、アイラ・ワトソン。アルベルト家と同じく名門のワトソン家の長女だ。ルシフェルの幼馴染であり、許嫁でもある。
「で、何してたの?」
「この子の手当てをしてたんだ。家に連れ込んだら叱れるから、せめて少しでもって思ったからさ。」
ルシフェルが鹿の頭を撫でると、鹿は嬉しそうに鳴いた。高品質の薬草であるため、もう効き目が出始めているようだ。
「ほんとフェルは優しいわね。そういうとこ、好きよ。」
「からかうなよ。」
ルシフェルは、顔を赤く染めながらそう言った。実際にはアイラはからかっているわけではなく、本心なのだがルシフェルがそれに気付くことはない。鈍感なのである。鈍いのは、自己肯定感が低いからだろう。
「からかってるわけじゃないのに。まあ、いいわ。それより、聞いたわよ。あなた今回も試験で最下位だったって。」
先ほどまでとは違い、腰に手をやり、高圧的な態度を取り、ルシフェルの耳を引っ張る。
「痛い!痛いよ、アイラ!引っ張るなって!」
ルシフェルは、何とかアイラの手から抜け出す。
「ほんと荒いんだから。」
「何ですって!?」
「な、何でもないよ!」
アイラの冷たい笑顔から何とか誤魔化し、バレないようにため息を吐く。普段のアイラは可愛い女の子なのだが、怒るととても怖いのだ。
「全く、もう!しっかりしなさい!」
「わ、わかったって!」
「でも、本当に大丈夫なの?フェリタシル大会で優勝しないと退学になっちゃうんでしょ。」
アイラは、先ほどまでとはうって変わって、神妙な顔つきで言った。声からアイラがルシフェルのことを本当に心配しているのがわかる。
フェリシタル大会。アルゼイン学園が主宰する大会だ。
この大会では、アルゼイン学園に入っていない者でも人間だけでなく、エルフや、獣人が参加することができる。
さすがに人間族と敵対関係にある魔族は参加することは出来ないが。
ルシフェルは、戦闘試験と筆記試験で最下位だった。これで最下位を取るのは、10回目だ。
どうして学園に入れたのか、ほとんどの人が気になることだろう。実はここ、アルゼイン学園ではどんなに無能でも貴族であれば入ることができるのだ。
ルシフェルは、親の七光で入学したと言っても過言ではない。
「その話はやめてよ・・・。」
「いいえ、やめないわ!退学になるって意味がわかってるの!?勘当よ、勘当!」
アルゼイン学園を退学になる。これは、家と縁を切ることを意味する。平民になった元貴族の扱いはひどい物らしい。
「戦闘試験は自由参加なんだから参加しなきゃ良かったのよ。どうせ、第七王子に追い付きたいとか考えてたんでしょ。」
「・・・なんでわかるんだ?」
「幼馴染なんだもの。当たり前でしょ。」
第七王子、アラン・アルゼイン。彼はルシフェル、アイラと幼馴染だった。今、アランは学園トップの成績を誇り、戦闘試験では相手を完膚なきまでに叩き潰すため、狂戦士の異名を持っている。
いつからか、アランは人を寄せ付けないようになっていた。それは、ルシフェルやアイラにも例外ではなかった。
「いつから変わったんだろうな。ずっと一緒だって思ってたのに。」
「アランは、王子なんだから仕方ないわよ。早く行きましょう。日が暮れちゃうわ。」
「あ、うん。そうだな。」
アランは空を仰いだ。アランも同じ空を見ているのだろうか。蒼すぎる空は、ルシフェルを笑っているようだった。