第二章 二話目 神主と学生
しばらく神社に通うことにした僕は今日も例に漏れず神社にやってきた。
鳥居を潜り周りを見るともうすでに少女は絵を描き始めている。
少女は相変わらずの集中力で僕が来たことに気づいてはいない。
僕は彼女が絵を描き終わるのをしばらく待つことにした。
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彼女が鉛筆を置き、僕に気づく。
「あれ、昨日の猫ちゃんですよね?」
口を開いた彼女に対して僕は気持ち頷く。
「わっ!猫ちゃんが返事してくれた…。…なんて偶然か。」
まあ普通猫が自分の言っていることを理解できるとは思わないだろうし、当然の反応だ。
彼女は続けて口を開く。
「…私ね、絵を描くの好きなんだ。」
うん、それは見てて分かる。
好きじゃないものにはあんなに集中できないだろうな。
「それでね、私、将来は芸術家みたいな絵を描いてそれをみんなに見せるお仕事で生きていきたいなって思ってるんだ。」
ふむ、お前はなかなか絵が上手いようだしいいんじゃないだろうか。
「でも私のお父さんとお母さんはね、私には安定したお堅いお仕事について欲しいって言ってるの。普通の大学を出て普通の恋愛をして、普通に幸せになってほしいんだって。」
彼女はまた俯きながら口を開く。
「…私ね、自分にあんまり自信がないから、親にはまだ絵を描く仕事になりたいって言えてないの。親の言うことにも一理あるのはわかってるから。」
彼女はしばらく黙った後続けて言う。
「でもやっぱり絵を描く仕事に進む夢を捨てられなくってさ、でもそろそろ進路を選ばないといけない時期だから、あーあ、どうしようって毎日考えてるの。」
彼女はゆっくりと顔をあげ、境内にある木々が風に揺られる姿をぼんやりと眺めている。
「毎日悩んでるのって辛くってさ、それでその辛さを軽くするために毎日絵を描いて自分の気持ちを誤魔化してるの。今絵を描くのに忙しいし、考えるのはまだ先でも大丈夫だよ。って。でも、これじゃきっとだめなんだろうね。」
そう言って彼女は口を閉ざしてしまった。
その時後ろから声が聞こえる。
「お嬢ちゃん、今度大きな絵のコンクールがあるのを知ってるかい?」
「キャッ!」
突然の声に少女は驚いて大きな声をあげる。
お前そんな大きい声出せたのか。
振り返ったらそこには神主が立っていた。
「ふふ、すまんね。おやしろの掃除をしていたんだが、偶然お嬢ちゃんの話が聞こえて、つい口を出しちゃったよ。」
神主は悪戯に笑いながら言う。
「い、いえ、お恥ずかしいところを見られてしまいました。」
少女は照れて下を向く。
神主はその様子を見て優しく言う。
「それでね、さっきも言ったけど今度絵のコンクールがあるらしいんだよ。お嬢ちゃんはせっかく絵が上手だし、応募してみたらどうかな?もし最優秀賞なんか取っちゃったらご両親もきっと喜ぶだろうよ。」
少女は少し考えてから口を開く。
「え、えっと…。でも、私コンクールに作品を出すような実力はないし…。最優秀賞なんて絶対取れませんよ…。」
神主はその声を聞いて真面目な顔になる。
「お嬢ちゃん、謙遜をするのは美徳かもしれないが、謙遜しすぎるのは良くないことだよ。お嬢ちゃんの絵は誰がどうみてもとても上手だ。応募するだけしてみてもいいんじゃないかい?」
少女は思うところがあったのか、神主の顔を見て口を開いた。
「…私が応募してもいいんですかね?」
「ああ、いいに決まってるじゃないか。」
「…そっか。」
少女は小さく笑う。
「実は私、そのコンクールのこと知ってたんです。でも私なんかが応募するもんじゃないかなって思ってたんですけど…。うん、最優秀賞なんて取れるとは思えないけど、それでも試しに、お試しで応募してみようかな。」
少女は少しだけ目をキラキラさせながら言った。
「うんうん、その調子。せっかく毎日絵を頑張って描いてるんだからもっとみんなに見せてあげた方がいいよ。」
神主は相変わらず優しい笑顔で答える。
「神主さん、ありがとうございます。私やってみます。それで、もし、万が一、絶対あり得ないと思うけど、最優秀賞が取れたら私お父さんとお母さんに絵を描く仕事になりたいって話してみます。」
少女はついに覚悟を決めたようだ。
「ああ、悔いの残らないようしっかり頑張るんだよ。」
「はい!」
神主は満足そうな顔で少女を見ていた。