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化け猫は歩く、聞く、そして  作者: 秋川 秀人
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第二章 一話目 学生と猫

僕はまた、夢を見ていた。


僕はどこか懐かしい気がする家の中にいて、壁にかかっている下手くそな絵を見上げている。


「この絵が気になっているのかい?」


そばに居る誰かが僕に言った。


「この前貰った絵に額をつけて飾ってみたんだ。すっごく上手な絵だと私は思うよ。この絵を描く時に真面目に必死に頑張ってくれたんだと思うと嬉しくて嬉しくてね。」


僕は絵を見つめながら思う。

僕にはどれだけこの絵を見ても、ただの子供の下手くそなお絵かきにしか見えないなぁ、と。


そして僕は目を覚ます。


目を覚ますとそこは仁の店に置いてある僕専用のクッションの上だった。


現世にきてからもう数ヶ月が経っているだろうか、咲いていた桜はとっくに散り、葉はいっそう緑を輝かせ、日差しは僕の真っ黒な体に充分すぎるほどの熱を注いでいる。


なんとなくの同情の気持ちからしばらく仁のことで手一杯だったが、仁が悩んでいたことから解放された今、僕は自分の目標を達成することを急いでいる。

なんとなく忘れていたが僕にだって時間制限がある、いい加減何か僕が化け猫になってまで生きたいと思っている手がかりだけでも見つけたいところだ。


そう思い、毎日のように町を散策して、すれ違う人々の会話を盗み聞き、情報を集める日々を過ごしていたが一向に事態は進展しない。

さて、これからどうしようか。


その時ふと、店に来ていた客の会話が耳に入る。


「…んでさ、あの通りの少し奥に入ったところに行くとこじんまりとはしてるけど神社があんだよ。しかもそこはただの神社じゃなくって、なんと猫を祀ってる神社らしいぜ?」


「ほぉ、なかなか珍しいな。今度行ってみるよ。」


…猫を祀る神社、か。

その神社に何があるのかはわからないが、お祈りすれば猫の神様が手がかりすら見つけられずに魂を消されそうな僕に救いの手を差し伸べてくれないだろうか。

藁にでもすがる思いで、僕はその神社に向かった。


---


暑い夏の日差しにうんざりしながら僕は目的の神社にたどり着いた。


なるほど、今まで行ったことがなかったわけだ。

神社は相当奥まっていて知っている人じゃないと辿り着けないのじゃないかと疑うような場所にあった。

猫を祀っているだけあって本来狛犬が座っているはずの場所には大きな猫が座っていた。

ふん、さしずめ狛猫と言ったところだろうか。

僕は狛猫を横目に賽銭箱の前まで行き、そっと目を閉じ神に願う。


神様、どうか僕が魂を消されないように少しでも手がかりをください。


その瞬間あることに気がついた。

猫の天国を統べているのが現世に来る前にあった王様であるのならば、猫の神様というのは彼のことを指しているのではないだろうか。

もしそうであれば彼も何も僕のことを知らないだろうから飛んだ無駄足なんじゃ…。

ブンブンと頭を振りその思考を吹き飛ばす。

こんなネガティブな思考になるのも、きっと夏の暑さに頭がやられているせいだろう、と思い僕は境内にある日陰を見つけそこで少し休むことにした。


…いつの間にかまた僕は眠っていたようだ。

目を開くと僕の隣には学生服を着た高校生くらいの少女が座っている。

彼女はスケッチブックを開き、狛猫を熱心に見ながら何かを描いている。

僕は気になりスケッチブックを覗く、どうやら彼女は狛猫をスケッチブックに模写しているようだ、それもずいぶん上手い、狛猫と絵をなんど見比べてもほとんど違和感がないくらいだ。


その技量に感動した僕は、しばらく彼女が絵を描く姿を眺めていた。


それから10分ほど経ったであろうか、少女が鉛筆を置き、スケッチブックの猫と狛猫を並べて見比べる。

何かを描き加えようとしたのか、右手は鉛筆を探して僕の近くをうろついている。

その右手は僕の背中に乗り、少女は違和感からこちらを見る。


「ぅわっ、起きてたんですか?ご、ごめんなさい、私、あの、いつもここに絵を描きに来てて、それでちょうどここが日陰だったから、ここに座って絵を描こうと思って、それで君の隣に…」


別に僕の隣に座ろうが好きにしたらいいのに、それくらいでわざわざ猫に対して謝るなんて、なんというか、相当内気?謙虚?な性格のようだな。


少女はやっと鉛筆を掴み、狛猫の絵の隣に恐らく彼女のサインであろうものを書き加えてスケッチブックを閉じる。


その時少し離れた場所から声がした。


「おや、今日の絵はもう描けたのかい?」


声がした方向を見ると、神主の格好をしたおじいさんがこちらに近づいてきていた。


「ぁ、は、はいっ!」


「そうかいそうかい、もしよかったらお嬢ちゃんの絵を見せてもらってもいいかな?」


「あ、はい!そんなに上手ってわけでもないんですけど、それでもよければ…」


少女は俯きながらスケッチブックを神主に手渡す。

神主はスケッチブックをペラペラとめくり、感嘆の声を上げる。


「これで上手じゃないなんて、お嬢ちゃんそれは謙遜しすぎってもんだよ。こんなに上手い絵をおじちゃんは見たことないよ。」


神主は目を丸くして言った。


「いえ、本当に私より上手い人なんてたくさんいますから…」


少女はまた俯きながらボソボソと言った。


「いや、お嬢ちゃんは自分より上手いと思ってる相手がたくさんいるのかもしれないが、僕が今まで見た絵の中では一番丁寧で上手だよ。」


神主は笑いながらいう。


「…そうですか、ありがとうございます…。」


少女はまだ俯いているが、少しだけ嬉しそうな表情をしている、ように見えなくもない。


「それじゃあ私、絵も描き終わったしそろそろ帰ります。」


「はーい、暑いから気をつけて帰るんだよ。」


そう言って少女は神社から出て行ってしまった。

残された神主は僕に気付いて話し始める。


「おや、かわいい猫さんじゃないの。日陰でお休み中かい?ここは猫さんたちのための神社だから近くに来たらいつでも休憩しなね。」


神主は優しい笑みを浮かべながら続ける。


「さっきの子はよくこの神社に来てくれてる子でね、いつも神社にあるものや景色の絵を描いてるんだよ。とはいえ、あんなに上手な絵を描いてるとは思わなかったなぁ。あの子もきっと猫さんのことが好きだろうからよかったらまた来てあの子の話でも聞いてやってくれね。」


そういって神主はまたどこかへ行ってしまった。


僕はぼんやりと考える。

仁の人生の話を聞いている時、少しだけ僕は何か思うところがあった。

仁にとって生きる意味はきっと、父の魚屋を守ることや誰かに料理を作って幸せにすることだったんであろう。

僕ももしかしたらまだ何か守りたいものがあったり、誰かに何かをしてあげるために生きたがってるのかもしれない。

…無闇に当たりを探すより、誰かの人生や生きる意味についての話を聞いて、何か思い当たることがあることを祈る方がいいのかもしれないな。


僕はそう思い、しばらくはこの神社に通うことにした。

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