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化け猫は歩く、聞く、そして  作者: 秋川 秀人
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第一章 三話目 仁と魚屋

化け猫になった目的を果たすために、今日も町を散策するが、仁の話を聞いて以来足取りが重い。

一体僕はどうすればいいのだろう。

考えても考えてもわからないまま今日もまた仁に会いに魚屋に行った。


魚屋の前に着いた時、仁は誰か見かけない人と話していた。

紺のスーツを纏い、綺麗な身なりをしている男だ、手にしていた紙を仁に渡して、丁寧なお辞儀をした後その場を去っていった。

仁は真剣な顔で、スーツの男から手渡された紙に目を通す。

紙に目を通す仁の表情はどこか暗い、彼は僕には気づかずそのまま店の中へ戻っていった。

僕はそのまま彼の後をついていつも通り座敷に座った。

僕が来たことにやっと気づいた仁はいつも通りの笑顔に戻り、ご飯を持ってきてくれる。

今日は茹でた魚と蒸し野菜のサラダのようだ、美味しそうな見た目に突然お腹が空いた僕は我慢できずに貪りつく。


「お前は本当にいつも美味しそうに俺の作った飯を食ってくれるな。うちの親父は飯を作るのは下手くそだったから、小さい頃から俺がずっと飯を作ってたんだよ。美味いのも納得だろ?」


仁は僕を見て笑う。


やがて僕がご飯を食べ終わって座敷に横になると、いつも通り仁が話出す。


「このお店ももうお終いになるかもしれねぇな。」


…一体どういうことだろうか。


「この近くに大型スーパーが建つらしくて、さっき責任者がご丁寧に挨拶しにきてくれたんだ。」


ああ、さっきのスーツを着た男のことだろうか。

でもどうしてこのお店のお終いにつながるのだ。


「この辺りは老人が多くてさ、長時間歩くのが大変だから、いろんな店をわざわざ巡って買い物をするのも一苦労だろうし、そもそも重い荷物を家まで持って帰るのが苦しいって人も沢山いる。でも大型スーパーだったら一つの店で全部の食材を買えるし、希望すれば家まで食材を届けるサービスもしてるらしいぜ。」


…なるほど。わざわざ魚屋にまで来ず、スーパーで買い物をする人が増えたら商売上がったりというわけか。


仁は座敷に大の字に寝転びながら続ける


「俺だってじいちゃんばあちゃんに無理してほしくないから、そういうスーパーができるのが悪いことだとは思わねえよ。でもさ、俺が守ろうと思った親父の店がなくなるかもと思うとどうしても、な。」


気のせいかもしれないが、仁の目には涙が浮かんでいる気がした。

この前この魚屋がいかに仁にとって大切なものか聞いたばかりだ、彼の気持ちは僕もよくわかる。


「まぁでも、うん、これも受け入れなくちゃいけねぇのかな。もし魚屋をやめたら俺は一体何になるんだろうなぁ。」


仁はいつにもなく弱気だ。


「すいません。」


その時店から声がかかる、どうやら客がいるようだ。


「はいよ!」


仁は目をゴシゴシと拭き、急いで店に戻った。

僕はそれに続いて、やりきれない気持ちのまま店を出た。


---


先程の仁の顔が忘れられないまま、住宅街を散歩していたら見事な桜のもとに集っている主婦たちの会話が耳に入ってきた。


「ねぇ、今度大型スーパーができるらしいわよ。全国的に有名でデリバリーとかのサービスも充実しているところらしいわ。」


「ほんとに!?この辺りにスーパーがないのちょっとだけ不便だなと思ってたからすごく嬉しい。」


「お隣のおばあちゃんももう重いもの持つのが大変っていってたから配達サービスがあるの教えてあげなきゃ。」


彼女らはスーパーができる喜びを語っている。


…もちろん、彼女たちの言い分もわかる。

でも、それによって悲しい思いをする人がいることを彼女らは少しでも気づいているのだろうか。


僕はいたたまれない気持ちになって、咲いた桜の花びらを愛でる暇もなくその場を去った。


---


再び魚屋に戻ってくると、また仁は誰かと話をしていた。

今度は腰の曲がったおばあさんのようだ。


「困るよ!たしかにスーパーが出来たら楽にはなるだろうけど、そこの魚が仁さんとこのより美味しいわけがないし、何よりアタシたちは仁さんとお話ししたくて毎日魚屋来てるみたいなとこもあるんだよ?」


「…お言葉はありがたいですが、もう閉めどきなのかなと思いまして。元々このお店は、父の死が受け入れられなかった俺が意地になって続けてきたものですから…。」


仁は無言で俯く。


「…そんな……。とにかくどうか思い直しておくれよ。仁さん…。」


「…すいません……。」


その言葉を聞いて、おばあさんは同情するような、でも納得できないような顔で仁さんをしばらく見つめた後、静かに店から離れていった。


俯いたままの仁の元へ行くと、僕に気づいた彼が僕を優しく抱き上げる。


「ああ、また来てくれたのか。…なぁ、俺は本当に、一体どうすればいいんだろうなぁ…」


仁はまた、泣きそうな顔で僕を見つめていた。

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