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ヴァレードから同行を求められたニトは、特に抑揚もなく答える。
「いや、拒否する」
ただ、その答えは想定内だと、ヴァレードの態度は変わらない。
「まあ、当然といえば当然の答えですが、拒否される理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「別にこれといってないが、結局のところ、同行したいのはお前の趣味のようなモノだろ?」
「そうですね。否定はできません」
「なら、寧ろ許可される理由の方がないと思うが?」
「確かに。ですが、その答えですと、許可できるだけの理由があれば、同行してもいいということですか?」
「まあ、あれば、だがな」
「ふむ……」
ニトの言葉に、ヴァレードは考え込む。
『え? 理由があれば連れていくんですか?』
エクスが当然の疑問を発する。
「まっ、あれば、だがな」
ニトはそれだけしか答えない。
理由は、あると言えばある。
たとえば、魔王がどこに居るか、その場所を明かすか、そこまでニトたちを連れていく、といったところだろうか。
何しろ、これまでに遭遇した魔族からは、それらしい情報を一切手にしていない。
別になくてもニトは困らないが、あった方がいい情報なのは間違いなかった。
ただ、それを口にしないのは、わざわざ答えを言う必要がないからである。
ノインとフィーアもその辺りはわかっているため、口にはしない。
魔族を連れていくことになったとしても、少しでも怪しい動きをすれば即座に処せるように警戒しておけばいいだけだと考えている。
その時、先ほどの戦闘のこともあって、ノインは容赦しないだろう。
少しだけ時間が流れ、ヴァレードが口を開く。
「それでは、私は魔族ですし、強さもそれなりにあります。護衛として、というのはどうでしょう?」
「必要だと思うのか?」
ニトが即座に返す。
その言葉には少しも威圧が込められていないが、応じる気がないことはしっかりと伝わる。
また、もしここでヴァレードが「はい」と答えれば、その目は節穴だとしか言えないが――。
「いえ、必要ではないでしょうね。私としても言ってみただけです。これで受けてもらえるのなら、幾分楽かなと」
ヴァレードの目は節穴ではなく、護衛が必要ないと判断したのは、何もノインやフィーアが居るからではない。
フィーアが背負うエクスから、尋常では「聖属性」の力をヴァレードは感じ取っていた。
ヴァレードは、エクスに対して自分の命を絶てるだけの力を内包しているかもしれないと思う。
といっても、それを脅威と捉えるかは、また別問題だ。
どれだけ大きな力であろうとも、当たらなければ無意味だと、ヴァレードは知っている。
そうしてエクスを見ただけで見抜いたからこそ、ヴァレードの中でよりニトの存在が浮き立つ。
こうして対峙したからこそわかる。感じ取れる。
他の魔族と比べて、現魔王は圧倒的な力を有している。
その現魔王とどちらが強いのかと、ヴァレードは純粋に興味を抱いた。
だからこそ同行したいと、内から込み上げる欲求にヴァレードは素直に従い……答えを導き出す。
「ふむ。では、これ、というモノはありますが、その前に一つ確認したいことがあります。交渉材料の裏付けを取りたいのですが?」
「正直に答えるかどうかはわからないが、聞くだけなら阻むモノはないな」
「ありがとうございます。では、一つだけ。魔族を倒している理由は、やはり魔王さまを倒すことが最終目標だからですか?」
「最終ではないな。目標の一つではあるが」
「なるほど。……でしたら、魔王さまの下まで案内する、というのはいかがでしょうか? もちろん、魔王さまの下まで案内するまでの協力も惜しみませんよ。同行させていただけるのなら、何なりとお申し付けください、場合によっては、相手が魔族であっても助力しますよ。といっても、その必要性は感じませんが」
「同族が相手でも、ね。そこまですることなのか?」
「私にとっては、そうです。同族であるということに意味はなく、邪魔するのなら排除するのみ。私にとっては自分の興味が何よりも最優先であって、面白いと思えることを見たいだけなのです」
「まるで舞台を見ている客だと言いたげだな。内容が悪ければ、自ら舞台に上がってきそうで質が悪い」
「そんな! 自ら上がるなど! 私など、精々裏で画策するくらいです。表舞台に出られる器ではありませんよ」
謙遜するように言うヴァレードだが、その表情と態度は先ほどから何も変わっていない。
何を思い、考えているのか――感情の揺れ幅が見えないため、そのような気があるのかないのか、見ただけでは判別しづらい。
「……どうにも信用ならないね。まっ、元々信用も信頼もする気はないけどね」
ノインの言葉は、フィーアとエクスも同じことを思っていた。
ニトもそれは同じ。
けれど、ヴァレードの交渉は魅力的だ。
闇雲に魔族を探して魔王の居場所を吐かせるよりも楽なのは間違いない。
嘘という可能性もあるが、それは吐かせた情報も同じ扱いなので気にするところではない。
ニトたちからすれば、騙されたら騙されたで、それ相応の報いを与えてやればいいだけの話。
それに、ニトとしては、結局のところ魔族に対して何かしらを思っている訳ではないのだ。
魔王に行き着くための手段、でしかない。
案内してもらえるのなら、別に同行するくらいは構わないと思う。
ただ、ニトにも相手に突き付ける条件はある。
「まあ、連れていくのは別にいい。案内があれば楽だからな。敵対すれば殺すだけ」
ノインが、その時は私に任せな、と舌なめずりする。
「ただ、その前に二つ。要望を叶えてもらう」
「なんでしょうか?」
「まず一つ目は、その見た目だ。魔族だとわかる角をどうにかしろ。なんなら折ってやろうか?」
ニトがグッと拳を握る。
ノインが爪研ぎを始める。
フィーアは見ている。
エクスは出番か? と内心で高揚する。
「確かにその通りですね。同行するのであれば、礼儀作法のように当然のこと。ですが、大丈夫です。自分でどうにかできますので」
ニトたちは、少しだけ残念だと思った。
「では……」
ヴァレードが軽く手を振る。
それだけ変化が起こった。
魔族の特徴であり象徴でもある黒く歪な二本の角が、最初からなかったかのように消える。
「……どういう仕組みだ?」
ニトの問いに、ヴァレードは楽しそうな笑みを浮かべる。
「幻術で見えなくしているだけですよ。実際はここにあり、何も変わっていません。見えない、というだけです」
「ふ~ん」
中々やるな、とニトは内心で思うが、実際はそれどころの話ではない。
ノインはわかっているからこそ、内心で驚愕していた。
フィーアは幼さ故に、エクスは結局のところ物質であるが故に、幻術にかかっても仕方ない側面がある。
しかし、ニトとノインは違う。
ニトは無自覚だが、ノインは自分がそういう耐性が高いことを知っている。
それこそ、そこらのではなく高度なモノであったとしても、見破ることができるくらいに。
しかし、今目の前で変化してみせたヴァレードは、まったく違和感がないのだ。
人種そのもの。
魔族であると知っているからこそ、ヴァレードが魔族であると断言できるが、今の姿で現れたのなら、それこそ人種であると思ってもおかしくなかった。
それほどまでに、ヴァレードの幻術は完璧なのだ。
「……まったく違和感がないね」
「ありがとうございます」
少しだけ悔しそうに言うノインに、ヴァレードが一礼を返す。
「別に褒めていないよ!」
ふんっ! とノインは顔を逸らす。
ニトは、その姿がこれもツンデレの一種だろうか? と思えたが……口には出さなかった。
本能で危機を避けたのである。
代わりに――。
「いくらでも死を偽装できそうだな」
ニトの感想に、ヴァレードはニッコリと笑みを浮かべたまま。
肯定も否定もしない。
やったことがある、もしくは想定していたのだろうと、誰もが思った。
「妙な真似をすれば、念入りに殺すことにしよう」
「そうだね。それが確実だよ」
ニトとノインがそう結論を出す。
ヴァレードの表面上は何も変わらないが、少しだけ背中に冷や汗をかいていた。
「それでは、魔王さまのところまで案内するため、同行するということで」
「いや、まだいい」
「……え?」
それが同行の条件では? とヴァレードはニトを見るが、ニトは少し呆れた目を向けていた。
最初に言ったはずだ、と。
「姿を変えるのは一つ目。もう一つある」
「おお、そうでした。これは失礼を。同行できると、少々気が逸ってしまいました。それで、もう一つというのは?」
「今は他に行くところがあるから、案内はあとにしろ、ということだ」
「他に……それはどこでしょうか?」
「芸術祭だ」
現在、ニトの最優先はそこである。
「それは……楽しそうですね」
ヴァレードに異論はなかった。
―――
ヴァレードを加えたニトたちは、小国・ドフ国を越え、タリスト国に入った。
タリスト国は周囲の国々――特にグランイナイト王国に向けて侵略行為のような行動を起こしている。
そのため、国境の街道には関所が設けられていた。
ただ、それは周囲の国々が設けたモノで、タリスト国側ではない。
また、国境のすべてを把握している訳ではないので、出入り自体はやろうと思えばできる。
危険と隣り合わせではあるが。
人の手が入っていないところを使う以上、そこは無法地帯と言ってもいい。
自然環境が牙を剥くだけではなく、盗賊あるいは魔物など、ただの危険ではなく命の危険が蔓延している。
けれど、それは逆も言えるだろう。
危険が危険でないのなら、どこからでも出入りは自由ということだ。
なので、そういった危険が一切ないニトたちは、山を越えてタリスト国に入った。
ニトはノインの背に寝そべったまま、口を開く。
「……なあ、乗せてやれば?」
それが誰を指しているのかは、ニトの視線が物語っている。
ヴァレードだ。
「ふんっ! 嫌だね! 魔族の臭いが付いたらどうするんだ!」
「洗えばいいんじゃないか」
「そういう問題じゃないよ! それに、別に乗せる必要はないようだしね」
ノインもチラリと後方を見る。
駆けるフィーアの後方――ヴァレードは、ノインの速度に付いてきていた。
ただし、走っている訳ではない。
地面から少しだけ浮いていて、スゥーッと飛びながら付いてきていた。
「お気遣いなく」
ヴァレードは笑みを返す。
「ほら、アレもそう言っているし、問題ないよ」
「まっ、双方が納得しているのなら、俺から言うことはないな」
ニトはそう判断して、芸術祭に思いを馳せる。
そうして、ニトたちがタリスト国に入って最初に辿り着いたのは、ドフ国からタリスト国に入った際に最初に到達する――「オル」という町だった。




