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「え? いやいや、なんで入れると思ったの? ここ、城だよ? 王が住まう城だよ? ふらっと来て、どうも、という感じで頭下げられても入れるような場所じゃないよね? それくらいはわかるよね? それとも、誰かと約束とか、紹介状とか、そういうのあるの? ……ん? ない。ないのか……よくそれでもいけると思ったね」
「……なんか、すみません」
王城の門を守る兵士の一人にとめられるニトとノイン。
呆れ顔の兵士に、ニトはさすがに自分に非があるとわかっているのか、申し訳なさそうに頭を下げた。
あとは、下手に暴れて余計な騒ぎを起こして目的達成できないのは困る、と。
ノインはそんなニトの様子を見て、少し笑みが零れている。
「でも、こう、いけるだろ? と。なんかこのままいけば入れるんじゃないか? と思って」
「うん。それで入れたら、門番、必要ないよね? ここにこうして門番が居るってことは、普通は入れない場所だって思うよね?」
「今冷静になって考えてみると……そう思う」
「うん。わかってくれて嬉しいよ。それじゃ」
「それじゃ……どうやったら入れます? 中に用があって、どうしても入りたいんだけど?」
「……は? いや、無理無理。言ったように、約束の確認、もしくは紹介状がなければ、入城させることはできない」
門番の兵士はぴしゃりと告げる。
正直言って、これは困ったな、とニトは思う。
「そこをどうにか」
「諦めろ」
門番の兵士は端的にそう答えた。
こうなってくると、いよいよ実力行使しかないだろうか? とニトは考える。
ここに魔族が居るのなら、気付かれる前に、騒ぎになる前に、スニークミッション的に全員ぶん殴ればいいのでは? と力業による解決方法が脳裏に浮かぶ。
ニトの考えている様子に不吉なモノを感じ取ったのか、門番の兵士が手に持っていた槍を構える。
「……怪しいな。入城の目的はなんだ?」
「………………」
さすがに、魔族に話を聞くため、と口にして入れてくれるとはニトも思わない。
正直に言っても通用しないだろうし、どうしたモノかと考えていると、門番の兵士の方から解決案が提示される。
「どうせ貴様も姫さまにお目通りしたいとか、そういうことが目的だろう?」
「え? ああ……うん。そう、それそれ」
とりあえず、そのまま流れに乗ってみることにした。
「なら、今は無理だとわかっているはずだ。姫さまは婿取りの最中。提示された五つの宝物を集めた者にしか会うことはない」
その話、どこかで聞いたような? と引っかかりを覚えたニトは、もう少し詳しく聞こうとするが、その前に門番の兵士がビシリと敬礼する。
ニトに、ではない。
「ごくろうさまです!」
「おつかれさまです」
ペコリと頭を下げて、眼鏡をかけた知的美人が横を通り過ぎて入城していく。
「………………いやいや、待て待て。なんで今普通に通した? 門番だろ。とめろよ」
「何を言っている。あの人はこの城に勤める文官の一人だ」
「いや、それでも普通は調べ……」
そこまで言った時に、門番の兵士を見ていたニトはピンとくる。
「はっはあ~ん。さては……惚れているな?」
「ばっ! いや、おま! そ、いや、え? あっ、その……な、何を言う!」
「いや、動揺し過ぎ。全然隠せていない」
「は、はあ? 隠せていないとか、そんな訳ないし! いや、別に隠すようなことなんてないけどね!」
ニトから目線を外し、口笛を吹き出す門番の兵士。
若干呆れた目になるニト。
「………………」
「………………やっぱ。バレるよな、これじゃ」
はあ……と、項垂れる門番の兵士。
「寧ろ、隠す気がないレベルだな」
「……実際、同僚たちにはバレているよ。でも、不思議と彼女には気付かれていないというか……それがいいのか悪いのかはわからないが。それに、彼女は文官たちの中で優秀な部類と聞いている。何人か部下も持っているし、一介の門番でしかない俺からすれば本当に手の届かない存在なんだ」
諦め交じりの表情を浮かべる門番の兵士。
その姿を見て、ニトは再びピンとくる。
「それはわからないだろ。手が届くか届かないかなんて、実際に伸ばしてみないとわからない」
「……確かに、そうかもしれない」
「なんだったら、協力しよう。中に入れてくれるのなら、色々調べてきてやるよ。どういうのが好きとか、何をもらったら嬉しいとか、な」
「本当か! それなら好きなだけ入ってくれとでも言うと思ったか! だが、励ましの言葉は素直に嬉しい。ありがとう。だがしかし、そういう情報は既に同僚たちから教えられているよ!」
まあ、気持ちがバレているのなら、そうだろうな、と思うニト。
「なら、代わりに気持ちを告げてやろう」
「結構だ! それに、俺にだって門番としての誇りはある。協力は嬉しいが、ここを通す訳にはいかない」
「わかった。なら仕方ない。普通に入れないのなら、さっき言った手段――五つの宝物ってのを集めるか」
そう判断するニト。
元々ニトはこの国の姫の肖像画を見て、リーンを出た。
それはニトにとっての目的の一つであり、そういう場となれば王城内に居る人たちも大勢が集まるだろうから、そこでノインに直接確認してもらえばいい。
丁度いいと言えば、丁度よかった。
「それで、その五つの宝物ってのはどんな宝物なんだ?」
「内訳は幅広く周知されているはずだが……知らないのか?」
「知らない」
「……その身形なら冒険者だろうから、ギルドで聞けば教えてくれるはずだ。ダンジョンに入る必要があり、今はその五つの宝物関係で探索許可制となっているのから、そこで許可をもらうといい」
ダンジョン? と思うニトだが、門番の兵士はそれ以上言う気はないようだ。
おそらく、冒険者ギルドで纏めて聞いた方が、話が早いのだろう。
(という訳で冒険者ギルドに行くが、それで構わないか?)
⦅……まっ、仕方ないね⦆
自らを落ち着かせるように、ノインが息を吐く。
焦ってミスをする訳にはいかない、といった感じである。
それに、ここは王城の門前。
長々とここに居ると余計な注目を集めかねないので、ニトは門番の兵士から冒険者ギルドの場所を聞き、ノインと共にそちらに向かう。
―――
冒険者ギルドは大通り沿いにあった。
ニトとノインからすれば来た道を戻る形だったが、特に気にした様子はない。
まあ、そういうこともあるだろう、くらいに思っている。
そうしてニトとノインが辿り着いた冒険者ギルドは、三階建ての大きな木造の建物だった。
しっかりとした造りだけではなく、最近リフォームでもしたのか真新しく、木の香りがほのかに感じられ、重厚な造りの扉の横には「冒険者ギルド・オーラクラレンツ王国本部」と書かれている看板が掲げられている。
ここが、オーラクラレンツ王国内にある冒険者ギルドを取り纏めているのだ。
そのため、如何にも冒険者といった風貌の者たちが数多く出入りし、盛況であると示すように賑わっている。
また、周囲にある建物と比べても敷地面積が倍以上はあるので、その力というか、どれだけ栄えているかがわかるというモノだ。
実際、冒険者ギルドは国の枠に囚われずに各国・各町に点在しているし、各国本部のギルドマスターやランク上位の冒険者、もしくはそのパーティとなれば、比例するように周囲への影響力が増していくのだから、そういう認識でもあながち間違ってはいないだろう。
冒険者ギルドは、世界をまたにかける一大組織なのだから。
ニトが重厚な扉を開け、ノインと共に中に入る。
視界に映るのは、整然とした内部の造りと多くの冒険者たちの姿。
入って正面にあるのは受付カウンターが並び、受付嬢たちが冒険者たちを相手に笑みを絶やさずに対応している。
冒険者たちに寄せられる依頼は詳細が紙に書かれ、入って右にある巨大ボードにランク分けされて貼り付けられていた。
そこから自分に合った依頼の紙を取り、受付カウンターに持って依頼を受ける。
今も多くの冒険者がボードの前で依頼を受けるかどうか悩んでいた。
それと、入って左にあるのは常設の酒場である。
といっても、まだ夜には早い時間であるため、利用している者たちの多くは普通に食事を取っているのだが、少ないながらも既に飲んでいる者たちが居るのは、やはり冒険者特有といったところだろうか。
といっても、ニトには、ノインには関係ないこと。
そのまま正面を進み、空いている受付カウンターに向かう。
ニトの接近を察して、受付嬢がニッコリと笑みを浮かべる。
「ようこそ。冒険者ギルド・オーラクラレンツ王国本部へ。ご用件はなんでしょうか?」
「五つの宝物について聞きたい。それと、それに関連するダンジョンについても」
「……かしこまりました。こちらをご覧ください。ご説明させていただきます」
受付嬢の笑顔が、どこか作り物めいたモノに変化する。
おそらく、何度も行われているやり取りで、無意識に自然とそうなってしまうのだろう。
ニトの受付嬢の変化に気付きはしたが、特に気にした様子は見せずに説明を受ける。
――イリス・オーラクレンツ姫の婿取り。
「世界一の美姫」と評されるイリス姫。
実際、その姿を見た者は一瞬で心を奪われてしまうと伝えられ、その美しさは下手をすれば大きな争いに発展してもおかしくないと言われている。
それでも大きな争いが起こっていないのは、イリス姫が世界一の強国と言われているオーラクラレンツ王国の姫だからだ。
争いを起こしてイリス姫を手に入れようとしても、返り討ちに遭ってしまうのがオチであるため、大きな争いは起こっていなかった。
その代わりという訳ではないが、パーティなどでイリス姫を見た各国の王子・貴族からの求婚はあとを絶たない。
これに悩んだのが、イリス姫の父親であり、オーラクラレンツ王国の王「ウォルク・オーラクラレンツ」。
父親として、娘の将来を心配したのだ。
自分が無事な間、もしくはこの国が世界一の強国である間は、イリス姫の美しさに心奪われた者たちの中に居るであろう、手に入れるためには過激な手段を講じる者からも守ることができる。
しかし、それらがなくなった場合は?
誰が? どうやって? 娘を守っていけるのか、と。
だからこそ、娘を守っていけるだけの強さを持つ者を、ウォルク王は求めた。
もちろん、その他にも人格などの求める部分や、イリス姫の気持ちなどもあるが、まずは強さがなければならないという思いなのだ。
今行われている婿取りは、そのための前提条件――つまり、イリス姫を守れる強さを求め、示してもらうために行われている。
それが、五つの宝物を集めること。
五つの宝物を集める場所は王都近隣にあるダンジョン。
地下五十階まであり、十階ごとにボスモンスターが存在している。
集めるのは、そのボスモンスターの素材。
地下十階 ―― ミノタウロスの頭部にある角
地下二十階 ―― オオコウモリの両羽
地下三十階 ―― ゴールドゴーレムの内部にある核
地下四十階 ―― リッチの持つ杖
地下五十階 ―― レッドドラゴンの心臓
以上の五つの宝物。
この前提条件をクリアすることで初めて婿となる資格を得られ、その資格保有者の中から婿が選ばれる。
婿取りに参加する者は多い。
何しろ、貴族とか、そういうのは関係なく、五つの宝物を集めればいいのである。
また、その手段もそこまで規制していない。
純粋にダンジョンに潜って集めるもよし。手に入れた者から購入してもよし。
ただ、そうなってくると、集めたところで奪おうとする者も現れるが、そういうのを跳ね除ける強さが求められているのだ。
それに、もしイリス姫の婿となれば、それは同時に王族入りであり、ウォルク王と王妃の間にはイリス姫しか子が居ないため、次の王と目されることになる。
「……という訳でして、数多くの方が様々なことを夢見て参加されています」
受付嬢は、そう締めくくった。
貼り付けられた笑みの中に満足そうな部分が垣間見えているのは、きちんと言い切ったことで満足感を得られているからだろう。
けれど、ニトとしてはもう少し知りたいことがあったため、口を開く。
「それで、この五つの宝物を集めれば王城に入ることができるのか?」
「王城に入る? え、ええ、入れると思います。歓迎されると思いますので」
「思います? ますので? ……もしかして、まだ一人も?」
「はい。実際のところ、まだ一人として五つ集めた方は現れていません。ですが、それも時間だと思いますが」
「そろそろ集めそうなのが居るってことか?」
「はい。この王都・ヴィロールを拠点としている冒険者パーティ『極光の輝き』を率いるAランク冒険者『光剣』と、同じく冒険者パーティ『刺し穿つ閃光』を率いるAランク冒険者『全弓』が、既に四つ集めています」
「それは隠さなくていいのか?」
「構いません。どちらも隠している訳ではありませんし、ダンジョン地下四十階以降を攻略中なのは広く知られていますので」
知られてもどうにかできるだけの強さを持っているのだろう、とニトは思う。
伊達にAランクではないということだ。
襲撃されても跳ね除けることができるという自信があるのだ。
それに、先ほどの説明の中で、そういう強さも求められていることがわかっている。
ある意味、明言することはパフォーマンス、もしくはアピールに繋がっているのだ。
自分ならイリス姫を守ることができると。
「ふーん。その五つを集めるのが一番早そうだな。五つの宝物を集めれば、ここに提出すればいいのか?」
「はい。そうです」
「わかった。集めてこよう」
「では、五つの宝物集めに挑戦ですね。では、現在ダンジョンはその関係で探索許可制になっていますので、その許可の登録は冒険者ですとギルドカードに記載されます。カードはお持ちですか?」
「持っているけど、何か規制とかはあるか?」
「いえ、そういうのはありません。探索許可制なのは、どれだけの人数が婿取りに参加しているのかを把握するためですので」
それが一番の理由だが、もちろんそれだけではない。
ある程度行動も把握されるため、婿に必要なその他の部分にも影響してくるのだが、それをわざわざ言う必要はない。
というより、言ってしまえば意味をなさないのだ。
それでも、なんとなく察することはできる。
ニトもそういう部分があるだろうことは察したのだが、特に気にしなかった。
王城に入れれば、それでいいのである。
なので、ニトはギルドカードを取り出して受付嬢に登録をお願いするが、そこでふと思い出す。
「ついでに、これの登録も」
ノインを指差してそう言う。
⦅これとはなんだ、これとは⦆
ノインから念話で抗議されるが、ニトは無視した。
ギルドカードを受け取った受付嬢はニトのランクが一番下のFであることに成否ではなく生死の方で大丈夫だろうか? と思わなくもなかったが、それでも駄目だという規制はないため、ノインの従魔も含めてダンジョンへの探索許可を登録する。
受付嬢から受け取ったギルドカードには、「探索許可:〇」という一文が刻まれていた。