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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
81/215

24

 時は遡り――場所は王城、王都ではなく、離れた位置にある広い平原。

 そこで行われているのは……戦いと呼んでいいのかどうか怪しい戦い。

 というのも、一方的な展開が繰り広げられていたのだ。

 この場に居るのは、五千近くの魔物の軍勢と、その軍勢を率いる筋骨隆々の魔族――ヴィーズ。

 対するのは、たった一人の男性。

 普通であれば、男性一人の方は何もできずにやられるだろう。

 それが冒険者でいうところの最高のSランクであったとしても、真正面からぶつかれば高い確率で死亡するだろうし、何かしらの奇跡によって生き残ったとしても、無事と言えるような状態でないのは間違いない。

 何しろ、ヴィーズという強力な、明らかに戦闘特化と言える者が居るだけではなく、魔物の軍勢の方もまた、数を揃えるだけの最下級レベルばかりではなく、所謂キングクラスやクイーンクラスといった最上級のモノから、魔法や種族特性を使いこなすモノまで幅広く揃えられていた。

 総戦力だけではなく、様々な相手にも対応することができると言っても良く、一国を相手にしても充分渡り合えるだろう。

 もしこれと人が戦うというのであれば、倍以上の数が必須であり、それこそ冒険者Sランクといった超常と言えるような存在の力も必要である。

 少なくとも、一人で対するというのは、誰が見ても無謀、無鉄砲、命知らずの類いなのは間違いない。

 ――対している男性がニトでなければ。


「グワアアアッ!」


 全身を質のいい鎧で覆ったオーガキングが、鉄塊とでも表現する方が正しそうな大剣をニトに向かって振るう。

 キングオーガ自体が3mはあろうかという巨体であり、その体躯に合わせたサイズの大剣であるため、それはもう一種の範囲攻撃と言ってもいい。

 また、体付きも筋骨隆々であるため、振るわれた大剣の威力は推して知るべしだろう。

 けれど、ニトには通じない。

 頭上から振り下ろされる大剣をなんでもないように掴み、そのまま大剣ごとキングオーガを持ち上げて、地面に叩き付ける。

 そのまま前へ進みつつ、周囲から襲いかかってくる魔物たちを一発殴るだけで倒し、キングオーガの頭部を踏み付けて倒す。

 と、同時に「アイテムボックス」の中に収納する。

 ニトに襲いかかっていた魔物たちも同様の結果を辿っていた。

 このような行動を取っているのには、もちろん理由がある。

 魔物の数が多いため、倒したモノを放置するとそのまま障害物となるため、倒した瞬間に収納しているのだ。

 また、「アイテムボックス」はその特性上で、生物――正確には意思ある生物は収納できない仕組みなため、収納できない=倒せていないということになる。

 もちろん、ニトは一発で倒すつもりで放っているが、絶対はない。

 ニトの一発を食らった中に、想定以上の防御力や精神力によって、耐える者も居る……かもしれないのだ。

 なので、収納できなければ生きているという判断基準にも使えるため、とりあえず一発放ったら瞬間的に収納するように心がけていた。

 あとはまあ、ここで倒した魔物を大量に収納して売り払えば、ノインとフィーアのご飯代を充分賄えるだとうという思惑もある。


「ガアアアアアッ!」


 今度は通常のとは五回りは大きさが違うサイの魔物がニトに向かって頭部前方にある巨大な角を突き刺すように突進してくるが、ニトは特に避けるといった仕草はせず、そのまま迎え撃つように拳を放つ。

 普通であれば突き刺されたり、吹き飛ばされたり、轢き殺されたりするが、ニトの放った拳はサイの魔物の巨大な角を砕き、そのまま頭部を殴り飛ばすと同時に、「アイテムボックス」に収納された。

 また、ニトが倒す気になってからは、今のところ一発を耐えられた魔物は居らず、それは小型だろうが大型だろうが、弱かろうが強かろうがまったく関係なく、ニトもこの行動に一切の迷いと躊躇いがないため、その殲滅速度は非常に速い。

 ここで魔物の軍勢にとって不幸だったのは、最大はもちろんニトに遭遇したことではあるが、他にもいくつかある。

 ニトは結局のところで一人であるため、戦闘が起こっている場所が局地的なのだ。

 そのため、ニトが戦っている周辺ならまだしも、そこより前と左右の奥の方は一切何が起こっているのか見えずにわからないので、逃走という選択を取ることがなく、ニトの戦っている姿が見えるまで近付かれる頃には遅かった。

 異常なまでの殲滅速度にとってあっという間に近付かれて倒される。

 それに、いざ逃げようとしたところで、状況がわからないままに立っているだけの存在が壁となって時間がかかり、逃げ出したところで抜ける前にニトに追い付かれて倒されていた。

 魔物の軍厭ってこのような状況になったのには、ヴィーズも関係しているのだ。

 この魔物の軍勢の長はヴィーズである。

 そのヴィーズが魔物の軍勢に下した命令は「ヤツを殺せ」であり、それ以降に退却、撤退指示を出さなかったのだ。

 そのため、一斉に逃げ出せばいくらかは生き延びていたかもしれないが、完全に逃げ時を失ってしまい、気付いた時にはニトに倒されるという結末をどの魔物も辿ることになった。

 当のヴィーズは既に倒され、ニトの「アイテムボックス」の中に収納されている。

 進行上に居て、何か特別な――記憶に残るようなこともなく、ニトからすればそこらの魔物となんら変わりなく一発で終わっていた。

 そのことすら他の魔物に伝わることがなく、それほど時間はかからずに、ヴィーズと魔物の軍勢は壊滅する。

 その跡は、ニトが倒した瞬間に「アイテムボックス」に収納していたということもあって、特に血痕もなく、すべて一発であったこともあって戦闘痕のようなモノもなく、それこそここで戦いがあったなど、魔族と魔物の軍勢が居たとは思えないような綺麗さであった。

 さすがに少しばかりは異常を察して逃げ出した魔物も居るには居たが、ニトは追うようなことはしない。

 殲滅中に、勘のようなモノが働いたのだ。

 俗に言う、嫌な予感というヤツである。

 自分にとって大事なモノに、何か悪いことが起こるような気がしたのだ。

 なので、ここでの戦いが終わると、ニトはノインから降りた場所まで戻り、ノインが進んでいった方向をしっかりと確認してから、駆け出す。

 およそ人が出せるような速度ではない速度でニトは進んでいく。

 ノインと同等……もしくはそれ以上の速度だったのは、それだけ嫌な予感を気にしてのことだ。

 別れた場から王都まで、ノインがかかった時間よりも早く、ニトは辿り着く。


(……ここでも魔物の軍勢か)


 王都が襲撃されている様子を見て、ニトはどうしたモノかと考える。

 手を出すかどうかだが、遠目に見ても抵抗はしているようなので、直ぐやられる心配はなさそうだと判断した。

 速度を緩めることなく突き進み、適度な距離で跳躍。

 門の壁に着地して、そのまま駆け上がって門を跳び越え、王都内にある家屋の屋上に着地。


「て、敵襲……か?」


 王都を囲む分厚く高い壁の上の居る兵士――レイノール王都軍の一人が、疑問形でそう口にする。

 魔物かと思ったのだが、屋根の上に居るのが人だったからである。

 ニトは気にせず、周囲の気配を確認。

 直ぐにノインの気配を察知して、王城に居ることがわかると同時に再度駆ける。


「門はくぐるモンだあ~!」


 そんなダジャレのような兵士の言葉が聞こえたかどうかはわからない。

 何しろ、兵士から見て、ニトはあっという間にその視界の中から消えたからである。

 ニトはノインの気配だけに向かって進み、王城の門も同様の手段で越え、王城も障害物感覚で跳び越えた。

 そこでニトが見て捉えたのは、中庭の風景。

 ノインとフィーアによる魔族を相手にした空中戦と、何やら同じ人同士が争っている地上戦。

 空中戦の方は大丈夫だろうと判断して、ニトは地上戦を見て、キャメルが倒れていることに気付く。

 今手助けするなら地上戦の方だろうと、その場に向けて下りようとして――見てしまう。

 ニトから見て、女性の一人がやられそうになり、庇われ、その拍子に一枚の紙が飛び出したのを。

 それが絵だと、ニトは視界に捉え、瞬時に気に入って記憶に焼き付けようとする。

 けれど、その行為は邪魔された。

 一人の男性がその絵を斬り裂いたのである。

 その瞬間、ニトの心の中で絶叫が起こり――怒りに染まり、キレた。


     ―――


 突然現れたニトに、キャメルは驚きを隠せない。

 驚愕の表情を浮かべる。

 何しろ、ニトは魔族と魔物の軍勢のところに自らの意思で残ったのだ。

 キャメルからすればそこは死地であり、もう二度と会えないと思っていた。

 そんな人物が現れたのだから、驚きしかない。

 ただ、現れたことに対する驚きが強く、ニトが無傷であるとか、血の一滴すら付いていないとか、その辺りを気にする余裕は一切なかった。

 また、ニトの着地音は衝撃も含めて大きかったため、死人は気にせず動いているが、カティたちは死人の相手をしつつも、一体何事、何者だとニトに注意を向ける。

 どっちの味方か、敵か、で対応は大きく変わるからだ。

 なので、地上戦で一番自由に動けているがダルトであったため、まず声をかけたのがダルトだった。


「なんだ、お前は? 何を言っている?」


 ダルトは気持ちよく戦っていたのだ。

 じわじわと追い詰めつつも、殺せる時はさくっと殺すつもりでいたダルト。

 それはダルトにとっての楽しみであり、その邪魔をされたのだ。

 心情を表すように、発した言葉には怒りが含まれている。

 故に気付かない。

 いや、気付きようがない。

 自らの行動によって、何を、誰を、敵に回してしまったかということを。

 ただ、まだその時ではない。

 キレているニトではあるが、まだ辛うじて理性は残っており、ありえないだろうが、万が一の可能性があるために、ニトからすれば知らぬ情報なので、まずはそこを確認しなければならなかった。


「一つ、確認したい……」


 ニトの目はダルトに向けられているため、問いかけられている対象が自分であると、ダルトはわかる。


「今、お前は絵を斬り裂いたが、その絵を描いたのはお前か?」


 は? こいつは何を言っているのだ? とダルトは単純に疑問を抱いたが、どうでもいいことだと正直に答えてしまう。


「そんな訳ないだろう。だが、先ほども言ったがお前は誰だ? 邪魔をするなら……いや、いい。どうせ死ぬのだからな」


 自分の剣か、死人の剣か、魔族によってか、それとも……と。

 だから、ダルトは気にしなかった。

 これがニトの中でのボーダーラインであり、越えてはいけないモノであったことを。

 ニトの中で、破棄も含めて絵を自由にしていいのは描いた本人だけなのだ。

 描いた者がそうして欲しいと望んだのならまだしも、他者が勝手にいじる、もしくは破棄することは許せなかった。

 なので、もしダルトが描いていたのであれば、絵を斬ったことは我慢はするが許せそうとは思えたのだが、違うのであれば許容範囲外である。

 よって、ここで完全に、ニトはダルトを怨敵認定した。


「そうか……なら、お前は敵だ! 俺にとっての怨敵だ! 決して許すことはできない! ああ、許容もできない! 見逃すこともできない!」


 ニトがダルトを指し示す。


「絵とは、描いた者の心を写し出す鏡! 描いた者が描いたモノに対して、どう見えてどう思っているのかを写し出している! お前が斬った絵は、まさにそれだ! 描いた者が描いたモノに対してどう思っているのかを、正確に表していた!」


 力説するように強く拳を握るニト。


「しかも背景! 俺の心に届く背景だった! 是非とも、俺の望む世界の背景を描いて欲しい! それほど素晴らしい背景だったのに!」


 それをお前は! とニトがダルトを強く睨む。


「知らないだろうから教えてやる! 確かに、絵においてキャラクターは大事だ! まさに主役! 花形! もっとも注目される部分であり、最重要な部分と言ってもあながち間違いとは言い切れないだけの力がある! しかし、しかし、だ! だからといって、他が重要ではない訳がない! その中の一つが背景だ!」


 ニトから発せられる圧力――というよりは声量が一段階上がる。


「大きな建造物から、手に包めるような小さな小物まで、描かれるモノはキャラクターと同じく千差万別、多種多様であり、各絵師によって描かれる独自世界は人を魅了してやまない! 描き方によっては、そこにあるかのような錯覚すら起こす! それに、背景とキャラクターは切っても切れない関係でもある! キャラクターだけではわからない、そのキャラクターがどういったキャラクターなのかを、さらに深掘りするのに必要なのだ!」


 思いのままに叫ぶニト。

 空気を読まずに今も動いている死人たちが、こうなってくるとどこか滑稽に見える。


「他にも、背景はそこで何が起こったか、そこがどういう場所なのかを表している! それに、だ! 背景はキャラクターを支える縁の下の力持ちなだけではない! 単独でも主役になれるだけのスペックを兼ね備えているのだ!」


 そこで大きく息を吸うニト。


「そして! キャラクターが歩んできた人生を物語っているのなら、背景は過ごしてきた世界を表している! いや、世界そのものを描いていると言っても過言ではない!」


 天を仰ぎ、言い切るニト。

 そのまま視線が下がり、ダルトに戻る。


「つまり、お前がした行いは、世界を壊したことと同義! そんな暴挙が許される訳がない! よって、今ここで下す! 絵を――神絵を斬ったことは死をもって詫びろ! ――というか」


 ニトに注意を向けていた者、ニトを直接見ていた者――誰しもが、そこでニトの存在が、姿が一瞬ブレたように感じ見えた。


「何を動いていやがる! 大人しく話を聞け!」


 話の邪魔、集中できないと、ニトの怒りを感じられる声と同時に、死人たち全員が居た場所から吹き飛んでいった。

 なんてことはない。

 大人しくしない死人たちにムカついたニトが、誰も見えない――瞬間的な動きでまとめて殴り飛ばしただけである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 周囲の死人「変態だ、変態がいる、意味が分からない」 ニト「話を聞け!」 周囲の死人「しらんがな!」
[一言] わかってはいたけど、やっぱりニトくんの中では『絵』というのはすごく特別なものなんだなぁ……。普段とは別人だもん
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