21
レイノール王国の王都まで続く街道を、馬よりも圧倒的な速度で駆けていく存在が居た。
それも一つではなく、二つ。
ノインとフィーアである。
ノインの背には、移動時のお決まりのポジションとしてニトと、魔族が相手ということでニトたちが協力することにした相手――キャメルが乗り、フィーアの背には古代遺跡のある町――レリクアで手に入れた聖剣が携えられていた。
聖剣は知性ある剣であり、対魔族用にキャメルが求めた武器である。
しかし、その能力が強く……非常に強く……いや、強過ぎたために、誰しもが手に持てるモノではなく、この場に居る中で持てるのはフィーアだけであったが、キャメル自身は持てなくとも協力者が持てるというのは非常に僥倖であり、姉妹に聖剣を手にした報告をするために、合流を目指してレイノール王国の王都に向かっていた。
『あの~、一つよろしいでしょうか?』
聖剣が声を発する。
対象として、なんとなくだが自分に向けられていると判断したニトが口を開く。
「どうした? 揺れで吐きそうなのか?」
「ああん? まさか、私の娘の背が気に入らないとか言い出すんじゃないだろうね?」
ノインが聖剣を睨む。
眼光だけで無条件に謝りたくなる聖剣。
『いえ、そのようなことは決して!』
「……まあいい。だが、もし、娘が嫌がるようなことをすれば……火山の火口に捨てるか、大海の底に沈めるか、好きな方を選ばせてあげるよ」
『どちらも嫌ですー』
泣きそうな声でそう答える聖剣。
既に心は折れていた。
「勝手に話を進めるな。まだ何も言っていないだろ。それで、聖剣。何が言いたかったんだ?」
ニトがノインを宥めつつ、改めてそう尋ねる。
『そう! それです! それなのです!』
「どれだよ」
『その「聖剣」と呼ぶことです。できれば……名前で呼んで欲しいといいますか……その、その方が仲間みたいだなって……』
恥ずかしそうにそう言う聖剣。
頬を赤らめて照れているのかもしれないが、生憎と剣なので実際に見ることはできない。
ニトたちはどこか呆れているように見え、それはノインの背に乗っているということで緊張しているキャメルも、この時ばかりは同じような表情を浮かべていた。
「名前、ね」
ニトはそう呟き、ノインを見る。
視線に気付いたノインは思い出すように考えたあと、首を振った。
次いでニトはキャメルを見る。
キャメルもニトの意図に気付き、同じく思い出すように――。
「……え? あれ? えっと……なんだったかな……ここまで出かかっているのに……」
緊張状態がまだ続いているのか、キャメルは思い出せずにいた。
だから、ニトはそのまま伝える。
「名前、あったか?」
『ありますよ! 自分の名は――』
聖剣が泣きそうな声でそう叫び、そのまま自分で名を言おうとした時、ニトに向けて念話が飛ばされる。
(確カ、『エクスパーダ』ダッタト思イマス)
「『エクスパーダ』?」
念話を飛ばしてきた相手であるフィーアを見るニト。
しかし、それに一番反応したのは他ならぬ聖剣である。
『そう! そうなんですよ! いやあ~、なんだ、知っていたんじゃないですか! 知らない振りをして実は知っていたってヤツですか? ドッキリってヤツですよね、これ。自分、騙されましたよ。これはアレですかね? 仲間になった歓迎とかですか? そして、後々酒の肴の話として、あいつはこうだったとか、こいつはああだったとか、比較して盛り上がるヤツですよね』
「……いや、ドッキリではなくて本当に知らなかったから」
面倒そうにニトがそう答え、そのままフィーアを指し示す。
「フィーアが念話で教えてくれただけだ。喜んでいるのなら、それはフィーアに言え」
『さすがです! もう一生付いていきます! 自分の使い手があなたさまでよかった! あっ、ご主人さまと呼んだ方がいいですか? それとも、マスター? 主君というのもいいかもしれないですね! いや、やはりお嬢さまというのも捨てがたく……』
聖剣の上機嫌に、フィーアはどう反応すればいいのかわからず、苦笑を浮かべる。
それを見逃すノインではなかった。
「……鬱陶しくなったら直ぐ言うんだよ。即処分するからね」
(ハイ)
『処分だけは! 自分はどちらかと言えばお店で売れないアイテム枠なので、末永く使っていただきたく存じます!』
ゲームの中にはそういうアイテムもあったな、と思い出すニト。
ただ、フィーアと聖剣を気にかけた場合、ニトの中で優先されるのはフィーアの方だ。
「折って欲しい時は俺に言え」
(ワカリマシタ。気遣イ、アリガトウゴザイマス)
『……えっと、前も言っていましたけど、冗談ですよね? え? 折れない……ですよね?』
聖剣としては、自身の強度に自信はある。
それこそ、使い手次第では他の聖剣すら斬れるだけの鋭さと強度を持ち合わせていると。
しかし、それでもやはりと言うべきか、そんな自信は捨ててしまえ、と自分の中の何かが叫んでいるような気がした。
「試してみるか?」
『いえ、結構です!』
なので、聖剣は即座にお断りをした。
「そっか。それで、なんだったか……そうそう。名前呼びね。『エクスパーダ』と呼んで欲しいってことか?」
『はい! 長ければ、「エクス」でも構いません!』
聖剣は嬉しそうな声色でそう言う。
ニトたちとしては、聖剣という存在自体は他にもあるようだし、わざわざ聖剣を聖剣と呼んで余計な面倒を受けるのもなんなので、「エクス」と呼ぶことにした。
ただ、これは王都に辿り着くまでの雑談の一つでしかない。
他の国に比べて国土は狭い方で、ノインとフィーアの速度は馬車を軽く凌駕しているが、それでも王都までは少しばかり時間がかかる。
なので、その間に会話による暇潰しを行っていたのだ。
会話の中には、真面目なモノも含まれている。
「とりあえず、王都に着いてからはどうするかな」
「待ち合わせ場所は決めているから、そこに向かうわ」
まだ少しばかり緊張が抜け切っていないキャメルが、ニトの言葉にそう返す。
「いや、そっちではなく、こっちの方だ」
そう切り返したニトが指し示すのは、下――ノイン。
「フィーアはともかく、ノインはこのまま中に入るとまずいだろ。目立つのは間違いなく、情報が魔族に届けられるだろうな」
「なんだい! また小さくなれってのか! もうごめんだね!」
「わかっているよ。だから、王都が近くなったら、まずは俺とキャメルで中に入って、キャメルの姉妹との合流を果たす。その間に、ノインとフィーアで王都の外から魔族の気配を探ってもらうのが妥当だろうな」
できるだろ? とノインに視線で問えば、ノインは問題ないと鼻で笑う。
キャメルとしては緊張が抜け切っていないのもあるが、協力してもらうという立場であるため、間違っていない限りは余計な口出しはしないといったところであった。
それに、実際のところ、キャメルがきちんと見た戦闘は、フィーアが戦闘能力検査で戦った部分だけであり、総戦力的な意味では理解できていない。
フェンリルである以上、魔族とも渡り合えると確信を持っているが、それだけである。
ただ、キャメルの中で、ニトは未だにノインの従者的ポジションであるため、ニトと二人で行動するのは少しばかり不安があった。
ニトは自分がどう思われているかなんとなくではあるが察している。
しかし、説明しても信じないだろうな、と考えて違うと否定するのをやめた。
その代わりという訳ではないが、聖剣――エクスが尋ねてくる。
『あの~、そういえばという感じなんですが、聞こえていた話的に魔族を相手取るのはわかりました。ただ、その背景的なのがよくわからなくて、よければ教えていただけませんか? 聖剣的に、どういった意図で振るわれるのか気になるのです!』
どことなく、エクスの声色は真剣だった。
聖剣としての矜持のようなモノが感じられる。
ニトとしては、今回聖剣を求めて動いているのは自分の事情ではないため、知っていても口にしない。
キャメルに向ける視線で、お好きなようにと任せる。
「……わかったわ。楽しい話ではないわよ」
そう前置きして、キャメルは聖剣を求めた理由をエクスに教える。
キャメルとしては、ニトたちには既に教えているし、秘密にしなければいけない相手が他に居ないからである。
何しろ、エクスには魔族を倒してもらわないといけないので、これでやる気になってくれるのなら……という期待も少しばかりあった。
そして、聞き終わったエクスは――。
『……ふっ……うぐっ……うっ……ぐす……自分、悲劇に弱いっす。つらい経験をしてきたんですね、キャメルの姉御』
「あ、姉御?」
頬が引きつくのを感じるキャメル。
思ってもみない反応だったのだろう。
『任せてください! 聖剣として、そんなヤツらは自分がズバズバッと斬ってやりますから! まあ、自分はただの聖剣なので、実際に斬るのは使い手であるお嬢さまだけど。自分の意思で動けないのがもどかしい!』
いや、やる気になってくれるのは嬉しいのだが、キャメルは少し落ち着いて欲しいと思う。
『それにしても、隕石を降らせる魔法陣ですか。アレが今まで残存していて、しかも世間的に切り札となっているとは驚きですね』
体があればうんうんと頷いていそうな雰囲気で、エクスがそう言う。
キャメルも含めたニトたちの中に「……アレ?」と疑問符が浮かぶ。
最初に反応したのは、直接関わっているキャメル。
「知っているの! 隕石の魔法陣のことを!」
前のめりで尋ねたために、キャメルはノインの背から落ちそうになるが、ニトが服を掴んでとめたので落ちることはなかった。
「落ちると危ないぞ」
「ご、ごめん。ありがとう。で、でも、隕石の魔法陣のことを知っていると……いや、よく考えてみれば、どちらも最古の時代のモノ……その製作者が同一であっても不思議は……同一? え? つまり、聖剣だけでなく、魔法陣まで製作したということ?」
ノインの背から落ちないように気を付けながら、キャメルはエクスに問う。
『そうです。といっても、自分や魔法陣だけではなく、様々なモノを作り出していましたよ。色んなところから製作依頼の注文が届く度に、自慢するように教えてきましたから。まあ、製作依頼に関しては、気に入ったモノしか作らないと、中には断ったモノもありますが。隕石の魔法陣は、確か……どこかの国の女王さまから、浮気した夫を懲らしめるために大きな鉄槌を与えたいとお願いされて製作したモノだったはず』
「………………は? 国と国の争いや、争いそのものを終わらせるためとかではなく?」
『いえ、まったく。そもそも、そんな理由で動いたり、何かを製作するような人ではなかったですね』
「……知りたくなかった」
がっくりと項垂れるキャメル。
歴史なんて紐解けばそんなモノがいくつも転がっているだろ、とニトは思ったが、キャメルの落胆振りを見て、さすがに追い打ちになるかもしれないと口にすることはなかった。
『ですが、砕けても問題ないですよ。それ、追跡機能が付いていますので』
「……は?」
エクスの言葉に、キャメルがキョトンとして――。
「はあああああっ! 何それ!」
『えっと、追跡機能というのはバラバラになってもその位置を知ることができるということで』
「それはわかるわよ! 本当に、追跡できるの?」
『はい。魔力を流せば、反応があります』
キャメルが欠片を取り出し、魔力を流す。
欠片から光の線が一本発生し、これから向かう王都の方に伸びていく。
「本当に追跡が……待って。一本? 三本ではなくて?」
隕石の魔法陣の欠片は三つあり、三姉妹がそれぞれ持っている。
本来であれば、本体と欠片二つに反応して、三本の線が発生するはずなのだ。
それが一本しかないということは、既に自分が持っている欠片以外は、既に本体と一つになっているということを指し示していた。
「……そんな、既にこの欠片以外は奪われて」
キャメルが驚愕を口にした時、ノインがニトに声をかける。
「……ニト」
「ん? どうした?」
「どうやら邪魔者が居るようだよ。しかも大量にね」
ノインが獰猛で好戦的な笑みを浮かべた。




