サイド 長姉、末妹、王子 3
「「「魔族っ!」」」
カティ、クーリア、セレトが揃って同じ言葉を口にする。
ただ、その行動は同じではない。
セレトは、抜き身の剣の切っ先を老齢の魔族に向けて、いつでも動けるように体から必要以上の力を抜く。
クーリアは、手袋に描かれている魔法陣をいつでも発動できるように魔力を体全体に流しつつ、先ほどまで集まっていたということもあって、一気にやられないようにとカティ、セレトと距離を取る。
ただ、この二人の行動は、どちらかと言えば後手だろう。
初見の魔族ということもあって、どのような行動で、どのような攻撃をしてくるかまったく情報がないため、まずは様子見といったところか。
そんな中で、カティだけは一気に前へ出て、現れた老齢の魔族に詰め寄る。
この辺りの行動は経験値によるモノだろう。
カティはわかっているのだ。
魔族は人族よりも基礎的な能力が違う。
言ってしまえば、その能力を数値化すれば魔族の方が基本強いのだ。
もちろん例外はどこにだって存在する。
絶対ではないが、例外は例外であり、稀でごく一部でしかなく、カティ、クーリア、セレトの中に、その例外的存在は居ない。
だからこそ、カティは先手を選んだ。
――魔族は強い。
それを、実際に一対一で対峙して、敗北を味わって身に染みているカティだからこそ、策を用いて警戒される前、自分たちを侮って最も油断している初手に、最大火力で倒す、もしくは火力が足りないのなら初撃でなんらかの致命傷を与えるべきだと、理解したのだ。
「カティ姉さん!」
「なっ!」
驚くクーリアとセレトをよそに、カティは老齢の魔族との距離をある程度詰めると、片腕を横に大振りに振る。
端から見ればただ振っただけの、それだけの行動にしか見えない。
クーリアだけは、見逃さなかった。
同じ攻撃手段だからこそ、気付いたのだ。
カティが片腕を横薙ぎに振った瞬間、手袋の魔法陣が発動していたのを。
そこにカティの得意な魔法属性を加味すれば、何をしたのか容易に想像がつくだろう。
見えない攻撃――風の刃が老齢の魔族に向けて放たれたのである。
狙いは老齢の魔族の首。
カティは初撃で老齢の魔族を仕留めようとした――が、それが通じるかは別である。
風の刃は老齢の魔族に当たる直前で何かに弾かれて細かく分断され、老齢の魔族の後方の壁にいくつか切り傷を刻んだだけで終わった。
「ふむ。今のが魔法陣による攻撃か。スティスから聞いていた通り、無詠唱で発動も速くて見づらく、それがあるとわかっていなければ、最初は当たるじゃろう。しかし、魔法と比べて低威力というのは残念じゃ。この程度の結界すら超えられないとは……老骨であるワシならまだしも、若いヤツらの中には、肉体強度だけで一切傷を負わない者も居るだろうの」
考察を口にする老齢の魔族。
クーリアとセレトは、不意打ちすら効果がないのかと思うが、カティはそのまま行動をし続ける。
魔族との戦いは、実際に肌で感じてわかっているのだ。
生半可な攻撃は一切通用しない、と。
今の風の刃にはそれなりの魔力を込めていたので、防がれたことに僅かながらショックは受けていたのだが、今のが通じなければ別の方法を模索するだけと直ぐに頭を切り替えていた。
「とまらないで!」
カティがそう叫ぶ。
自分に、老齢の魔族に、向けてではない。
クーリアとセレトに向けて、だ。
今一気に形勢を決めなければ、時間をかけて不利になるのは老齢の魔族ではなく、自分たちの方だと言っているのである。
それが正確に伝わった訳ではないが、カティの様子からこのままではいけないと察したクーリアとセレトが、老齢の魔族に対して行動を起こそうと前に出た。
老齢の魔族は笑みを浮かべる。
「その姿勢は良いが、忘れておらんか?」
何を、と三人が思った瞬間――襲撃に遭う。
カティは槍を持つ男性に。
クーリアは両手に短剣を持つ女性に。
セレトは剣を持つ男性に。
襲撃者の共通点は、使用人のような衣服を身に纏っていること。
先ほど、カティが死亡を確認した三人の使用人が襲いかかってきたのだ。
突然のことではあったが、カティ、クーリア、セレトは、初撃はどうにかかわすことができた。
しかし、三人の使用人は攻撃の手を緩めず、カティ、クーリア、セレトは老齢の魔族に向かうことはできずに、三人の使用人への対応に手を取られることになる。
「お前たちの相手はワシではない。ワシの死霊魔法によって人形となったモノたちじゃ」
カティ、クーリア、セレトを見る老齢の魔族の視線は、三人の使用人を見るモノと特に変わりはない。
自身の持ち物を、道具を見る目。そのものだ。
「さて、どちらが優秀かの」
高みの見物を決め込む老齢の魔族。
そんな老齢の魔族を、カティ、クーリア、セレトは気にする余裕はなかった。
「くっ。思いのほか」
カティが嫌そうな表情を浮かべる。
対峙している男性使用人は、見た目十代でそこまで強そうにも見えないが、放たれる槍の速度が思っているよりも速いのだ。
熟練の動きではないが、速さだけが異常な槍突き。
それこそ、力だけで……見た目にそぐわぬ力の持ち主であるかのような速度である。
それは、剣を使っている男性使用人と対峙しているセレトも同様の感想を抱いていた。
「力任せの剛剣とは……今は少々つらいところですね」
そう言いつつも、セレトは体捌きだけではなく、剣も巧みに動かして、かすりもさせていない。
ただ、剣を持つ男性使用人は疲労した様子を一切見せずに剛剣を振るい続けるが、対するセレトは呼吸も少し荒く、汗も掻き始めている。
戦況は膠着状態と言えなくもないが、どちらが不利かは一目瞭然であった。
膠着しているのは、クーリアも同様である。
「……当たら、ない」
クーリアは手袋の魔法陣から黒い鞭を出して振るっていた。
というのも、クーリアの得意とする魔法属性は「光」と「闇」。
また、現在クーリアが使用できる光属性の魔法陣は、どれも強く光り輝くモノばかりである。
まだ陽が出ていない中で使用すれば、それは自分たちの存在を周囲に照らし出すようなモノなので、使用する訳にはいかない。
なので、闇属性の魔法陣でクーリアは対処しているのだが、その攻撃は短剣を持つ女性使用人に一切当たっていない。
女性使用人の動きが速過ぎるのだ。
それでも、女性使用人の動きは単調というか直線的であるため、動きの先を予測して攻撃を回避することはできていた。
男性使用人は力が強く、女性使用人は素早い、というのが特色として表れている。
このまま膠着状態が続くかと思われたが、そうはならなかった。
時間をかけるつもりはないと、カティが率先して動く。
そもそも、長引かせるのは本当に愚策なのが、今のカティの状態なのだ。
視界を覆い尽くすほどの砂塵を巻き起こして、人一人を支えながら逃走し、大きな傷を癒して、大した休憩も取れずにここまできたのである。
体力的な面もそうだが、魔力的にも余力は一切ない。
今対峙している男性使用人を倒したとしても、まだ老齢の魔族が残っているのだ。
最小消費で最大効果を発揮し続けなければいけない。
けれど、勝算がない訳ではなかった。
「賢者」と呼ばれていることもあって魔法や魔法陣に注目されがちだが、古代遺跡調査は頭脳だけではなく身体も必要なのだ。
それに、余力はないがこのまま避け続けているよりも、ある程度の消耗を覚悟の上で一気に決めた方がいいと、カティは判断する。
大きく呼吸をし、前へ。
「意表は突かれましたが、技術がなく、力任せな攻撃など、当たりません!」
カティは体捌きで繰り出される槍をかわしながら、男性使用人との距離を縮めていく。
男性使用人は槍の振るう速度をさらに上げるが、カティからすればまだ対応できる範囲に収まっているため、問題はない。
また、ここまで相手をして、カティにはわかったことがある。
相手が死人であることは、カティが確認したので間違いなく、意思のようなモノは一切ないということ。
操り人形そのものだ。
だからこそ、簡単なことで綻びが生じる。
距離を詰めながらカティは手袋の魔法陣に魔力を流し、ある程度縮まったところで発動。
水属性の魔法陣で水そのものを僅かながら生成し、対峙している男性使用人の手元にかける。
行ったことはたったそれだけだが、効果は充分にあった。
水に濡れてもまったく気にせずに男性使用人はカティに向けて槍を突き――すっぽ抜けるまではいかないが、手を滑らせて狙いを大きく外してしまう。
意思が、意識があれば、それはたとえ無意識であったとしても、自然と修正されるか対処されていただろうが、その元となるモノがない以上、ただ強く握っているだけではどうしようもないのである。
その隙を逃さず、カティは男性使用人に一気に肉薄し、一気に決めなければと先ほどは防がれた風の刃を放って男性使用人の首を落とす。
槍を持っていた男性使用人は糸が切れた操り人形のように倒れる。
「……ふう。意識もない相手に負ける。そんな柔な鍛え方はしていません」
大きく呼吸をして自分を落ち着かせるカティ。
その間に、クーリアの方も決着がつこうとしている。
クーリアもまた、カティと同様に身体も鍛えており、短剣を持つ女性使用人の素早い動きに対応し始めている上に、女性使用人の方も意思のようなモノがなく、素早いだけの動きしかしていないことに気付いていた。
いくら素早くとも直線的な動きだけしか行わず、その素早さを活かす動きを一切取らないのだ。
クーリアは、自分の油断や隙を作るための意図的なモノかと警戒していたのだが、女性使用人にそのような思考がないことを察したのである。
なので、反撃に転じた。
直線的な動きであれば、行きつく先に先回りすることは容易である。
また、黒い鞭は魔法陣で作り出したということもあって、ある程度自由に動かすことができた。
女性使用人が突っ込んでくる先で待ち構え、クーリアは黒い鞭を新体操のリボンのように振るって螺旋を描く。
女性使用人に避けるという思考はなく、そのまま突っ込んできて絡め取られ、ぐるぐる巻きにされて床に落ちる。
持っていた短剣が黒い鞭に食い込むが、粘性があるのか斬れるようなことはなかった。
クーリアは一気に間合いを詰め、女性使用人の胸部中央に手のひらを当てる。
「……零距離なら、光っても問題ない」
クーリアもここで一気に決めなければとわかっているため、魔力を大きく込めて光属性の魔法陣を発動。
女性使用人の胸部中央に当てていた手のひらから僅かな光が漏れると同時に、当てている部分が一気に延焼して焼け焦げる。
特に反応がないまま、女性使用人は眠るように体から力が抜けていき、動かなくなった。
無駄な消費を抑えるため、黒い鞭は女性使用人を解放して消える。
「……ごめんね。どうか安らかに」
それだけ言葉にして、クーリアは周辺も様子を窺う。
老齢の魔族は余裕の表れか、それとも自己の欲求を満たすためか、何かをすることもなく笑みを浮かべて様子を窺っているだけ。
カティは既に戦闘を終えて、無事な姿が見ることができたので、クーリアはホッと安堵する。
そこに、甲高い音が耳に届く。
反応したカティとクーリアが視線を向ければ、セレトが剣を持つ男性使用人と剣戟を繰り広げていた。
セレトとしても、男性使用人の剣を剣で受けるのは避けたい。
できるだけ音を立てたくないのだが、そうしなければやられてしまうからだ。
剣を持つ男性使用人も、既にやられた男性と女性の使用人と同じく力任せというか、複雑な動きや剣を活かした攻撃というのはしていない。
それでも、セレトは追い込まれていた。
男性使用人がそれだけ強い訳ではない。
セレトがそれだけ消耗しているのが原因である。
失った血と体力を回復しきる前の行動であったため、そのツケが一気にのしかかってきたのだ。
時間をかければ、周囲の状況に気を配る必要がなければ、どうにかできたかもしれない。
それができないと見てわかるからこそ、カティとクーリアは協力する。
カティとクーリアは剣を持つ男性使用人に向けて駆け出す。
その動きが見えたセレトは、その動きに合わせる。
カティとクーリアの接近に気付いたように剣が振るわれるが、その動きはどこか機械的なモノであるため、カティとクーリアであれば容易にかわすことができた。
かわすと同時に、カティはすれ違いざまに風の刃で男性使用人の片腕を落とし、クーリアはすれ違いざまに黒い鞭で両足を拘束する。
「はあっ!」
そこに、セレトが上段から剣を振り下ろす。
肩から胸にかけてざっくりと斬られた男性使用人は、もう動けないと膝から崩れ落ちた。
「……はあ……はあ……助かりました。ありがとうございます」
カティとクーリアに向けてセレトは感謝の言葉を述べるが、二人は気にしなくてもいいという態度だった。
それに、結局のところは序盤。
本番はこれからなのだ。
カティ、クーリア、セレトは、揃って老齢の魔族に視線を向けた。
老齢の魔族は満足そうな笑みを浮かべ、パチパチと数度拍手を送る。
「なるほど、なるほど。いやいや、良い実験結果を得られた。お主たちのおかげで、ただ能力を高めれば良いという訳ではないというのがわかったのは大きい。今後に役立てる情報じゃ」
「ふざけたことを!」
「……次はない」
「そのような暴挙を認める訳にはいきません」
カティ、クーリア、セレトは、いつでも飛びかかっていけるように身構える。
一対三と不利な状況に見えるが、老齢の魔族の余裕の姿勢は崩れない。
三人に見せつけるように、老齢の魔族は人差し指をピンと立てる。
「死霊魔法について教えようかの。この魔法はその名の通り、死体や霊といったモノを扱う魔法じゃ。では、ここで一つ質問しようかの」
聞く気も答える気もないと、三人は一気に駆ける。
老齢の魔族はそのまま口を開いた。
「死体とは、体の状態が完全なモノを指すのか? 損傷していても、それは死体だと思わないかね?」
三人はとまれない。
というより、老齢の魔族の話を聞く気はなかった。
だから、反応が遅れる。
「相手を殺すような攻撃をしても無意味じゃ。何故なら、元から死んでおるのだから」
老齢の魔族が、にたり、と笑みを浮かべる。
三人がそんな老齢の魔族に迫ろうとした瞬間、上から衝撃が与えられ、床に倒されて押さえ付けられた。
一体何がと視線だけ向ければ、倒したはずの三人の使用人が、損傷したまま自身を押さえ付けているのを目撃する。
「見事に引っかかったの。さてさて、死体にして色々と実験したいところじゃが、その前に聞いておこうかの。何が目的として、ここに現れたのかを……何、安心するが良い。たとえ死んでも、ワシが有効活用してやるからの」
「くっ」
悔しそうな声がセレトから漏れる。
カティとクーリアはどうにか拘束を解こうとするが、押さえ付ける力が強く、抜け出せない。
老齢の魔族がゆっくりと近付くが、その奥の寝室への扉が開き、姿を見せた者が待ったを入れる。
「ククク。手出しは少々待っていただけますか」
現れたのは、スティス。
老齢の魔族は動きをとめ、スティスに視線を向ける。
「スティス。なんじゃ、こやつらはお主の獲物か」
「ええ、その通りですが、獲物ではなく玩具です。このあと使いますので、それが終われば差し上げますよ」
ニタニタと、二人の魔族がほくそ笑む。




