19
焼け焦げた手のひらを回復魔法で治し、問題ないか握ったり開いたりといった確認をしつつ、ニトは聖剣に問う。
「……それで、結局これはどう捉えればいいんだ? 敵対したということでいいのか?」
『平に! 平にご容赦を! そのようなつもりは一切ありません!』
聖剣が全力で謝る。
「……本当にそんなつもりがないという感じだが、理由は教えてもらえるんだろうな? 確か、聖属性持ちかどうかを言っていたが、それが今回のこと、資格にも関わってくるのか?」
ニトが問い詰めるような視線を聖剣に向ける。
その目に親睦の類いは一切ない。
敵対している者に向けて、といったモノでもない。
ただ、聞いているだけ。
それは、聖剣からすれば、最後通告のように感じられていた。
下手をすれば、返答次第で一発アウト。終わり。
自分は最強の聖剣であり、折ることなど不可能――何の手も出せないはずなのだが、何故か危機感は一向に薄れず、増すばかりであった。
聖剣に体があれば、ニトから向けられる視線を受けて、ごくりと喉を鳴らすところだろう。
なので――。
『ごくりっ』
聖剣は言葉にした。
「よし。折られたいようだな」
『待って!』
「待って?」
『待って、ください!』
「待ってください?」
『待って、くだ……さいませんか?』
「待てば折っていいってことか?」
『それはどうか勘弁していただければ! きちんとご説明させていただきますので!』
「わかった。まずは説明を聞こう」
『ありがとうございます!』
決して覆ることのない主従関係が構築された――ように見える。
聖剣が説明をするというので、ニトだけではなくノインとフィーアも聞く態勢を取った。
また、何故自分が扱えないかの説明でもあるため、キャメルもどこか興味がありそうに聞き耳を立てる。
『えっと、どこから話せばいいのか』
「どこからと言われても、こちらは何も知らないからな。最初からだが、その前に一つ確認したい」
『なんでございますか?』
「なんかウザいから変に畏まるな。それで確認したいことだが、握っただけで焼けるとか、お前は本当に聖剣なのか?」
『心外です! それは心外です! 自分、聖剣です! 正真正銘、最強の聖剣です! ですが、その……えっと……なんと言いますか』
「なんだ?」
『その……能力が高過ぎる……高くなり過ぎたと言いますか、聖属性持ち……それも相当強い聖属性持ちじゃないと、対抗できずに触れただけ燃やしてしまうようになってしまって……』
どうしてそうなったのか意味がわからない、と首を傾げるニトたちとキャメル。
聖剣が自分の誕生について説明する。
―――
最強の聖剣・エクスパーダ。
その製作に関わったのは――。
―――
「ちょっと待て」
ニトが待ったをかける。
『はい。なんでしょうか?』
「いや、ちょいちょい言っているが、自分で『最強の聖剣』って言うのはどうなんだ? そもそも、他の聖剣があったとして、全部と比較した訳ではないだろ?」
『比較したのかはわかりません。少なくとも、自分の意識がこうして芽生えてからは、他の聖剣と出会ったことはないですね。ただ、自分を製作した者がそう言っていたのです。「お前は、最強の聖剣だ」と』
なんだそれは、とニトは思うが、普通の者が手に持てないくらい内包している力が強過ぎるのなら、確かに最強と言ってもいいかもしれないと改める。
まあ、その辺りも話を聞けばわかるかもしれないと、ニトはまず聞くことにした。
―――
最強の聖剣・エクスパーダ。
その製作に関わったのは、二人の人物。
一人は魔法・魔道具に関する研究者。
一人は鍛冶師。
どちらもその分野における天才であった。
最強の聖剣・エクスパーダの元となる素材を用意したのは、研究者の方。
そもそも、聖剣を聖剣として足らしめているのは二つの要素がある。
一つは、「神鉄」と呼ばれる金属によって造られた剣であること。
もう一つは、「聖属性」という浄化の力が強い特殊な属性の力を宿していること。
この二つの要素によって、聖剣は聖剣と呼ばれているのだ。
つまり、何かというか、聖剣と呼ばれる剣がどういうモノかとわかっているということは、造り出すことが可能だということである。
当時、その天才は主に新たな魔法開発・魔道具を製作する研究所に所属しており、研究の一環として聖剣を造ることにした。
ただ、その天才は天才足る所以によって、普通の聖剣を造るだけでは満足しない。
現存している聖剣のどれよりも……いや、後世に遺るモノ、造られるモノよりも優れた聖剣を造ろうとした。
しかし、そう簡単にできるモノではない。
「神鉄」は金属としてこの世界最高峰であり、純金属ではこれ以上は存在しないとさえ言われている。
「聖属性」もそこらに散らばっているようなモノではなく、希少も希少――数ある属性の中で、その属性を持つ者、または宿している物の数は他と比べてかけ離れるほどに少ないと言われていた。
それでも、時代が時代だったのだろう。
その天才はどちらも手に入れることができたのだ。
研究所の力もあったかもしれない。
けれど、このままでは駄目だとも思っていた。
既存の方法でも、既存のモノを超えることはできるだろう。
しかし、その天才が造りたかったのはただ超えたモノではなく、大きく超えたモノ――過去、現在、未来において、最強と言われる聖剣を造りたいのである。
なので、その天才が思うままに色々弄った。
純金属では限界があると、聖剣の元である「神鉄」を軸にして、様々な金属と掛け合わせた合金を製作する。
それでは足りないと、大量の魔力を含ませたりもした。
その中にはもう一つ必要な「聖属性」を宿している物質も含まれていて、一つで足りなければ二つ、それでも足りなければ、もっと……と足りないモノを数で補ったりもする。
普通であれば、破綻するだろう。
いや、間違いなく破綻する。
それに、意識していようが無意識だろうが、これまでの何かしらの積み重ねがあるからこそ、新しい何かが生まれるのだ。
「神鉄」に代わる合金だろうが、「聖属性」を重ね合わせた強力なモノだろうが、そう簡単にできはしない――のだが、そこら辺が問題にならないのが天才である。
その天才からすれば時間はかかったという認識だが、他の者たちからすれば遥かに早い、それこそ不可能を可能にしたという認識レベルのモノができてしまう。
――「神鉄」を超えた合金と、これまでにない、ありえないほどの「聖属性」の力を宿している素材……「神聖水」を。
あとは、この二つを掛け合わせた剣を打つだけ。
聖剣を造る上で外せない部分で、もっとも重要だと言えなくもない。
生半可な者ではそもそも打てず、一流と呼ばれる者でも完成度が高いモノはできないだろう。
この天才も、簡単な小道具くらいであれば問題なく作れたのだが、剣ともなるとさすがに畑違い過ぎた。
そこで登場するのが、鍛冶師の天才である。
研究所を魔法建築で建てた人物でもあり、魔法・魔道具の天才には伝手があった……というよりかは、類は友を呼ぶと言うべきか非常に馬が合う。
お互いが、数少ない友の一人なのだ。
最強の聖剣を造るという目的を聞き、それは楽しそうだと鍛冶師の天才は持てる技術をすべて使い――至高の一振りを完成させる。
また、それだけでは面白くないと思ったのか、鍛冶師の天才が製作している間に、その天才は魔道具による人工知能を開発して組み込んだ。
それが、知性ある剣でもある、最強の聖剣・エクスパーダの誕生であった。
ただ、完成したことで一つの問題が起こった。
それぞれが単独であればどこにも問題はなかったのだ。
しかし、掛け合わされたことで全体が相乗効果による大幅な増幅が起こり、形を得て知性を宿したことでさらに強まった。
強まり過ぎた。
結果――勇者や聖女といった「聖属性」持ちの代表格のような存在よりも高い「聖属性」持ちでなければ、触れただけで焼き尽くしてしまうような浄化力を持つ聖剣となったのである。
つまり、扱える者が居るかどうかわからない代物ができてしまったということだ。
これは二人の天才にとっても想定外だったのだが、それはそれ。
戦闘職ではないので振る機会はないし、できたのが最強の聖剣ということに変わりはないため、二人の天才はまったく気にしなかった。
もちろん、この二人であれば強過ぎる効果を弱めることもできたのだが、それは敢えてしない。
強過ぎる。大いに結構。
それでこそ、最強の聖剣と呼称できるのだから、と。
ただ、持ち運びが不便であるため、納めれば効果を抑える鞘だけは造っておいた。
あとは、最強の聖剣を問題なく扱えるだけの「聖属性」持ちかどうかと、十全に振るえるだけの戦闘能力を持っているかどうかを調べるための検査装置を用意して、その奥に最強の聖剣・エクスパーダを安置する。
そこで、二人の天才は最強の聖剣造りは終了だと判断して、次なる目標へと向かうことになった。
―――
「……で、今に至る、と」
ニトが確認するように言うと、聖剣にはめ込まれている青い玉は頷くように明滅する。
『はい。安置されてからも度々製作者の二人は様子見にというか、最高の出来だと言いながら、それを肴に飲んで騒いだり、誰かを連れて来ては持てるかどうかを試したりといったこともしていて、それはもう楽しそうだったのが印象的ですね。思い返してみると随分と前のような気がするなあ……あれ? ちょっと気になったのですが、今はいつ頃ですか?』
その時のことを懐かしみ、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出した聖剣が、そう尋ねてくる。
ここは言ってしまえば閉鎖空間なため、時間の感覚が狂ったのだろうとニトは思う。
ただ、ここができてからどれくらいの時が流れたのかを尋ねられても、異世界出身であるニトにはわからない。
それがわかっていそうなキャメルに、ニトは視線を向ける。
自分がこの聖剣を持てない理由が判明し、それなら納得だと頷いていたキャメルは、視線を受けて少し考えてから答える。
「そうね……正確なところまではわからないけれど、少なくとも数千年は経過していると言われているわ」
『数千年っ! そんなに経っていたなんて……』
どことなくショックを受けたような聖剣。
想定していた以上の時間が経っていたのだろう。
そんな聖剣をよそに、ニトは別のことを考えていた。
目の前の聖剣を造ったのは、なんというか色々と迷惑なことを起こしていそうなタイプのような気がしていたのだが、それではない。
ここに入るきっかけとなった、魔法陣の紋様が上昇していくのが「聖属性」持ちかどうかと、そのあと戦った戦闘能力を調べるための魔物型魔道具――検査装置のことだ。
造り自体は、ニトも見事と言う他なかった。
腕が確かなのは間違いないと確信もしている。
ただ、そこで疑問なのが、「聖属性」持ちの検査装置の結果であった。
聖剣の言葉が真実であるのなら、聖剣を持てるだけの「聖属性」持ちがニトたちとキャメルの中に居たということになる。
しかし、キャメルは以前受けていて駄目だった。
ニトも実際に触れてみて、違うということが判明したのだ。
と、なると……と、ニトはノインを見て……ないないと頭を振る。
その行動を見ていたノインは何故かカチンときたのだが、その行動の意味を直ぐ理解した。
さすがに、と言うべきか、ノインは自分に「聖属性」の力があるとは欠片も思っていないし、そう確信もしている。
そして、ニトとノインの視線が、フィーアに向けられた。




