18
一旦部屋の外に出るニト、キャメルたち。
求める聖剣は、確かにあった。
今のところは自称だが。
そう。その聖剣は「知性ある剣」であり、自己を確立している意識があったのだ。
なので、当初はそのまま話を行おうとしたのだが、聖剣が出会いからやり直したいと駄々をこね始め、果てはやり直してくれるまで何も喋らないと、妙な抵抗を示して実際に黙るというところまで進み、ニトとノインは面倒だと「……折るか」と脅迫のような提案をして、聖剣は恐怖を覚えた。
しかし、聖剣が即座に屈する前に光明が差す。
ニトたちが協力することになったキャメルは聖剣を求めており、必要であると説得したことで、一度我慢することになったのである。
これに調子に乗った聖剣が、気持ちの立て直しが必要だとさらに要求し、ニトたちの怒りをさらに買うが、一度我慢すると決めた以上は我慢すると、少し時間を置く事になった。
部屋の外で、ニトたちとキャメルは時間が来るのを待つ。
「……もう面倒そうだから帰るか」
ニトがそう提案した。
この場合の面倒とは、肉体的ではなく精神的に、という意味合いが含まれている。
ノインは賛成するように頷き、フィーアはどことなく苦笑を浮かべた。
そもそも、聖剣を求めているのはキャメルであり、魔族に対抗するためだが、ニトたちからすれば魔族が相手だろうが別に必要ないのである。
ただ、キャメルからすれば、ニトたち――戦力として期待しているのはノインだけ――と魔族の力は未知数であり、少しでも対抗する力を上げたくなるのは、別におかしな話ではない。
だからこそ、そのために聖剣はなんとしても欲しいため、キャメルはニトの提案に待ったをかけ、ニトというよりはノインに向けて待ってもらうように説得していると――。
『ん、んんっ。大丈夫だよね? 人と話すのは久し振りだけど、上手く喋れるよね? ……大丈夫、喋れる……大丈夫、喋れる……大丈夫、喋れる。漸く人が来たんだから、この機会を逃がす訳にはいかない。最初で最後かもしれないんだ』
そんな声が扉越しに聞こえてきた。
もう少し防音をしっかりして欲しいと思いつつ、ニトとノインがキャメルに視線を向けると、キャメルはサッと顔を逸らす。
なんとも言えない空気が流れるが、ニトたちとキャメルが外に出てからそれほど時間がかからぬ内に――。
『……どうぞぉ!』
どこか上擦った声で、入室が許可される。
ニトとノインはやれやれと息を吐き、キャメルが先頭で扉を開けて中に入ると、フィーアと共にあとに続く。
室内は先ほどとまったく変わっていないのだが、漂う雰囲気から感じられる神聖性が確実に高まっていた。
その高まりによって、台座に立てかけられている聖剣は、まさに聖剣であるという輝きが……あるように見えなくもない。
『……ほう。まさか、ここまでこれる者が居るとはな。だが、ここに来たということは、資格を有し、強さを見せたということに相違ならない。求める物は一つだろう。私は聖剣の中の聖剣である「エクスパーダ」。つまり、すべての魔を滅することのできる私を求めてここまできたということだな。しかし……世界はそれだけ乱れ、戦乱の世になっているということか』
聖剣からそのような言葉に耳に届く。
最後の方は哀愁を漂わせているような感じであった。
「「「「………………」」」」
口調が変わったせいか、誰も何も発さない。
『………………』
それは聖剣も同じだった。
妙な沈黙が流れるが、ニトたちとキャメルは聖剣から視線のようなモノ――チラッ、チラッと壁に体の大部分を隠しながら、こちらの様子を見ながらどんな返しがくるのかを待っているような感覚を覚える。
ニトは帰りたくなった。
ノインは帰りたくなった。
フィーアはなんとも言えない表情を浮かべている。
キャメルは興奮している。
だからだろうか。
ニトたちは話す気はなく、キャメルだけが反応を示す。
「すべての魔を……それは本当ですか!」
『食いつい……んん、ごほんっ。その通りだ。そこの乙女よ。見てわかるだろう? 肌で感じるだろう? この、私の剣身から溢れ出ている神聖性を。この神聖性を前にして、生き残れる魔の存在は居ない。それに私の剣身の鋭さも、他の追随を許さないだろう。資格を得て、強さを示したのなら、そんな聖剣の中の聖剣足る私を手に取る権利を得たということ……さあ、私を手に取り、勇者の道を突き進むのだ』
「おおっ!」
キャメルの中に希望が芽生える。
目にも力が生まれ、輝きが照らし出す。
だが、次の瞬間には落胆した。
「……手に取りたい。私にその資格と力があれば」
『……ん? んん? え? あれ? ないの? 資格と力? いや、ここに入ってこれたってことは、資格と力があるはずなんだけど?』
聖剣からの問いに、キャメルは申し訳なさそうに頭を振り、ニトたちを見る。
キャメルはわかっているのだ。
これまでにもここを調べることはあったが、その時は何も起こらなかった。
ニトたちが聖剣まで導いた起因であり、それを自分のモノとして言うことを、キャメルはしない。
いや、そのような不埒な真似はできないといった、矜持のようなモノがあるのだろう。
『……そう』
残念そうに言う聖剣の意識が、ニトたちの方に向けられる。
『……そっかあ。女の子じゃないのか。できれば女勇者がよかったなあ。男かあ……いや、待てよ。ここはあえて従順な聖剣であることをアピールして調子付かせ、外に連れ出してもらう。それで、まあ多少は力を貸してやれば、聖剣の中の聖剣である自分ならそれなりの活躍をさせてやれるはず。そうなれば、いずれ聖女に出会うだろうから、その時にでも「聖女の方が適正値は高いようです」とか適当な理由を付けてそっちにいけば……うん。完璧な計画だ、これ』
一人? 一本? 一振り? で納得する聖剣。
聖剣の言う男というのが自分だというのは、考えなくてもわかるニト。
だからこそ、ニトはその計画はそもそもが、前提が間違っているため、既に破綻していると思う。
そもそも、ニトに聖剣を持っていくつもりは一切ないのだ。
『それにしても、果ては聖女が持つ聖剣か……最高だな。聖剣冥利に尽きるというモノ。それに、勇者が持ったら敵の攻撃を防いだりとか斬ったりとか乱暴に使われるのは間違いない。その点、聖女であれば大切にしてくれそうだ。……よし。毎日磨いてもらうのはもちろんだが、偶に抱いて寝てもらおう。いや、これも強くなるためには必要なことだと言っておけば大丈夫だろう。うんうん』
口調に尊厳のようなモノがなくなり、欲望が声に漏れ過ぎていると思うニトたち。
さすがにキャメルも少し引き、内心では自分でなくてよかったと思っていそうである。
『……はっ!』
ニトたちのどうでもよさそうな視線と、キャメルの引いた態度で聖剣が気付く。
『……ごほんっ。で、では、そこな男よ。そなたは私を持つ資格を有しているようだ。さあ、勇者よ! 私を手に取り、共に世に平和を取り戻そうではないか!』
勢いでどうにかしようという感じの声の調子であった。
だからこそ、という訳ではなく、元からニトにその気はない。
「いや、必要ない。次の機会にでも期待するんだな」
そう言って、そのまま去ろうとする。
ノインとフィーアもあとに続こうとするが、キャメルは戸惑う。
「えっと……」
「魔族に関しては大丈夫だ。オーラクラレンツ王国に魔族が居たという話だが、その魔族はノインが倒している。だから、聖剣は別に必要ない」
「そうだね。あんなモノなくても、私の牙と爪で充分だよ」
キャメルは先ほど聞いた話を思い出し、そうだったのかと納得する。
不可能、とは思えなかったのだ。
フェンリルであれば、可能だろうと。
それに、自分には扱う資格とやらがない以上、目の前のある聖剣にそこまで固執する必要もなかった。
それなら、強力な味方となったニトたち共に一刻も早く王都に向かって姉妹と合流した方が、ここで扱えない聖剣に時間を使うより有意義ではないかと考えたのである。
ニトたちのキャメルの言動と行動に、自分にとっての不穏なモノを感じ取る聖剣――の行動は速かった。
『すみませんでしたー! 自分、調子に乗っていたといいますか、漸く人が訪れたことで気分が高まり過ぎていたといいますか、なんか変な言動でどうにか持って行かせようとしてました! 本当に、誠に、すみませんでしたー!』
即、手のひら返しで謝り出す聖剣。
もし胴体があるのなら、回り込むようにジャンピング土下座して行く手を塞ぎそうなほどの勢いがあった。
真剣。本気。熱意。
そのすべてが込められている声であった。
「いや、謝罪はいいから。次の機会に頑張って。じゃ」
ニトはそのまま去ろうとする。
『待ってください! ほんと、待ってください! 次の機会なんていつくるかわからないし、自分を持っていってください! お願いします! 持っていっていただかないと、自分ここから動けないんで! 外に……外に出たいんです! 青空の下で陽に焼けたいんです! 役に立ちますから! 立ってみせますから! 自分、最強の聖剣だという自負がありますから、きっとお役に立つかと!』
切実。願望。悲願。
そういった心の奥底から生じるようなモノが感じられる。
キャメルは持っていくくらいなら……と思うが、ニトはそれでは動かない。
「だから、次来たヤツに頼めば」
「あ、あの、外に持っていくくらいなら……。それに、魔族を相手に効果があるかもしれないし」
キャメルがそう提案してくる。
もっと強く言って欲しいと聖剣は思うが、余計な口を出すのは自らの首を絞めることになりかねないと思って口を閉ざす。
それは正解で、ニトは一考する。
普段であれば、それでも必要ないのだからと断るだろう。
魔族が相手だろうが、そもそもニトだけではなくノインにも必要ないモノなのだ。
しかし、今回は相手が何故か気にかかるキャメルである。
一考して、ニトは結論を出す。
「わかった。持っていこう」
「ありがとう」
『あ、ありがとうございます! 誠心誠意尽くさせて』
「尽くさなくていい。ただ、少しでもうるさくしたら、そこらの武器屋か鍛冶屋にでも売り払うからな」
『はいいいいいいっ!』
絶対に売られたくはない、という思いが込められた返事であった。
自分で自分は希少価値が高いということがわかっているため、武器屋ならまだしも鍛冶屋となると、どのように扱われるかを考えたくはないというか、容易に想像できてしまったのである。
ニトは一つ息を吐き、聖剣の下へ。
立てかけられている聖剣の柄を掴もうと手を伸ばす。
その光景は、さながら一枚の絵画のようだった。
この部屋に満ち溢れている神聖性のようなモノも合わさって、それこそ歴史の一ページとして語り継がれていきそうなモノに見えてしまう。
そして、ニトが聖剣の柄を掴み――ジュッ! という焦げる音と共に、聖剣を掴んだニトの手が焼けて、黒い煙が立ち昇っていく。
直ぐニトが聖剣の柄から手を放して、その手のひらを確認すると、黒々と焼け焦げていた。
「………………折るか」
『待って待って待って待って待って待って!』
「敵対行動ということだな?」
『違う違う違う違う! あ、あれ? おかしいな……もしかしてだけど、その……聖属性持ち、ではない?』
聖剣からの問いに、ニトは首を傾げた。
それはノイン、フィーア、キャメルも同様である。




