サイド 三姉妹 長女 3
小爆発連鎖による大爆発によって空に広がった大煙が晴れていく。
カティはそこから視線を外せない。
隕石の古代魔法陣に対抗する手段を捜索しつつ、もしもの場合――魔族と対峙した時のことを想定して考えていた。
カティが得意としている魔法の属性は、「水」と「風」。
これを活かすのがもっとも効率が良く、最大威力も高まりやすい。
そして、この場所――大きな湖があるからこそ、取れる手法。
所詮、魔法で生み出せる水量は、魔力消費具合と比べれば、割に合わないとしか言えない。
大気中の水分も関係しているだろうが、ほぼ無から有を生み出しているのだから、ある意味当然と言えば当然だろう。
そこに、元々全体的な能力値、総魔力量も上であろう魔族が相手となると、魔力使用が主体の戦闘方法なら、余計な魔力消費は避けたいところだった。
なので、カティが利用したのが、大きな湖である。
豊富な水源があるからこそ、大雨のような水針を形成できたのだ。
また、魔力を流すだけで起動する魔法陣だからこそ、本来なら超絶技巧である魔法の二重、三重同時行使も可能であり、大雨のような水針に速度と爆発性を加えることができたという訳である。
これが、カティがこの場でできる最大火力だった。
ただ、大雨のような水針を常時展開するなど、魔力消費はそれなりに大きい。
消費した分は、疲労という形でカティに襲いかかり、魔族と対峙していたことと、編み出した手法が通用するかどうかという緊張感も相まって、成功すると同時にさらに大きく襲いかかる。
「はあ……はあ……」
口での呼吸は疲労の表れだが、速く回復しようという意思の表れでもある。
乱れた呼吸を少しずつ整えつつ、カティは視線を逸らさない。
強い視線だが、その目には、どこか上手くいっていて欲しいという願望のようなモノが垣間見える。
そして、空に広がる大煙が晴れ――そこに魔族の姿はなかった。
「……やった……の?」
そういう実感がない、と感じさせる呟きだった。
魔族を相手にして、確かにこの手段で対抗しようとしたが、それでもこれで倒せるとまでは、カティはそこまで甘い想定ではなかったのだ。
だからこそ、目の前の光景がどこか信じられない、という風に見える。
次いで、これで終わり? 隕石の魔法陣に対抗する手段が必要なくなった? いや、そもそも隕石の魔法陣はどこにある? もしかして、一緒に砕けた? とカティの脳裏には問いかけが次々と駆け巡って過ぎていく。
実感が得られないため、カティの思考がもう少し続くと思われた――その時。
――パチパチパチ。
拍手音がカティの耳に届く。
ただ、それは勝利を祝うようなモノではなく、どこか下に見ているというか、その頑張りは無駄だったと揶揄するような音だった。
カティが自らしている訳ではない。
駆け巡っていた思考が一気に霧散して、カティは拍手音が聞こえた方に視線を向ける。
そこは、大きな湖の中央付近。
そこに、魔族は悠然と居た。
拍手をする姿に、傷付いた様子は一切見られない。
「ククク。お見事、と言っておきますよ。よく考えられていました。実際、私以外の魔族であれば、倒すまではいかなくても、勝敗を決するような、あなたが生殺与奪の権限を得てしまう状況になっていたかもしれませんね」
魔族が笑みを浮かべる。
その笑みは歪で、相手を褒めるためのモノではなく、残念でしたと伝えるようなモノに見えた。
「……どうやって」
カティはそう口にする。
どこかショックを受けていて、そう問いかけるのが精一杯のようだった。
ただ、実際は違う。
ショックを受けているのは事実だが、そこまで大きくではなかった。
無傷ということに思うところはあるが、元々今のでやれるとまでは思っていない。
だからこそ、次の行動に移ることができるのだ。
カティはショックを受けたように見せつつ、内では体力、魔力の回復に専念し、いつでも次の行動を取れるように、魔族の一挙手一投足に意識を向けていた。
魔族は得意げに語る。
「なんてことはありませんよ。何やら私に対して用意していたようですので、それなら速度を上昇させた水の針程度で私をどうこうできる、とそんな甘い想定をしているとは思えませんでした。なので、そこに何かしらの手段を加えていると思いまして、その瞬間を見極めて回避しただけです。実際、水の針程度では私に傷一つ付きませんので、一気に下降して突っ切っただけですよ。爆発はそのあと水の針同士がぶつかって起こっただけ。もっとも、爆発に関してもいざとなれば魔力で障壁を張れますので、どちらにしても無傷なのは変わりませんが」
カティを見る魔族の目と態度は何も変わらない。
劣等種族と見下したまま。
無駄な努力でしたね、と暗に物語っている。
カティとしては、腹の立つ言動と態度であった。
それでも怒りに身を任せないのは、それでは駄目だと思っているのもあるが、まだ手段は残されているからだ。
最初の手段が潰れただけ。
まだやれることは残っていると、カティは息を整え、僅かだが回復した魔力を水面の魔法陣に流す。
何しろ、魔族が居る場所は水面上なのだから。
「そうですね。ですが、それがいつまでも続くとは思わないことですね! 精々、今だけ自慢していればいい!」
カティが魔力を流すと水面の魔法陣が輝き出し、今度は湖の水面が大きく動く。
一部が渦を巻き始め、その中心が竜巻のように舞い上がり、人一人を容易に掴み潰せそうな巨大な手を形成する。
「なるほど。先ほど重ね合わせていたことといい、魔法陣というのは、意外と汎用性は高そうですね」
納得するように一つ頷く魔族。
余裕な態度は一切変わらない。
それはもはや、元からカティを敵とすら認識していないかのようだった。
(悔しいけど、これが人と魔族の歴然とした差……いいえ、私との差。正直に言えば、まともにやり合えば手も足も出ませんが、まだ手段は残している。……大丈夫。倒してみせる!)
決意を宿した目を浮かべるカティは、水で形成した巨大な手を、標的となる魔族を掴むように大きく手を開いて差し向ける。
一直線に進むその速度は、見た目の大きさと違って素早い。
カティの右手袋の風属性の魔法陣の効果が既に含まれているためだ。
となると、掴まれればどうなるかは考えるまでもないだろう。
魔族は、動かずに待ち構えていた。
何をしようとも無駄だと思っているのが、その態度に表れている。
カティは、それが油断だと仕掛けた。
差し向けた巨大な水の手は陽動で、本命は魔族の足元。
水面の魔法陣の効果を高め、その範囲を絞って、魔族の足元の水面から数多の水の手を出現させて、一気に掴もうとした。
もちろん、風属性で速度を上昇させ、掴んだ瞬間に爆発する効果を加えている。
意表は突けた。
今から反応しても、逃れる前に掴める……はずだったのだ。
しかし、その結果は、数多の水の手が魔族に辿り着く前に、その形を保つことはできないと、溶けるように形を失って湖と一体化する。
差し向けていた巨大な水の手も、同様の結果を辿っていた。
「……え?」
カティはそう呟くしかできなかった。
一体何が? と内心でこの結果の原因を探る。
しっかりと意識して動かしていた、魔力も途切れていない、複数の魔法陣同時発動による干渉の不和も起こっていない。
なのに、水の手はすべてが消え失せた。
原因がわからずに、カティは動揺が走って硬直してしまう。
敵が居る状態でそれは致命的だとわかってはいるが、硬直してしまっていると認識できないほどに、カティの思考は判明しない原因を問いかける言葉で埋め尽くされていた。
原因解明への導きは、魔族からもたらされる。
「ククク。そんなに困惑して大丈夫ですか? それでは、気付くモノも気付きませんよ?」
明らかに、何を知っているような物言いだった。
それがきっかけとなってカティも気付く。
「……魔力が、魔法陣に流れていない」
正確に言うのであれば、両手袋の魔法陣にはカティの魔力が流れているのだが、水面の魔法陣の方にはカティの魔力が流れていなかった。
いや、流してはいるのだが、戻ってきているというか、弾かれているのだ。
それが示すことは一つ。
水面の魔法陣には、カティとは違う魔力が流れているということである。
それも入り込む余地がないほどの密度の魔力が。
この場でそれほどの魔力を持つ者は、一人しか居ない。
カティの目が、魔族へと向けられる。
魔族はカティが答えに辿り着いたと確信した。
「……一体、どうやって」
「ククク。何も、魔法陣を使用する相手とやり合うのは初めてではありません。あの二人との戦いは中々面白かったですよ。欠片を持ったあなたたちが逃げ切るための時間を稼ごうと必死でしたから。もっとも、確かに時間は稼げましたが、それだけでしかありませんけどね」
両親のことを言われ、頭に血が上りそうになるカティ。
「ですが、魔法陣というのは中々興味深かったですよ。多少なりとも調べる程度には。これはその結果」
水面の魔法陣が、もはや隠す意味はないとでもいうように、さらに輝きを強める。
その反応はカティが魔力を流した時以上なのだが、ただし、輝きは明るいモノではなく、どこか暗いモノであった。
「仕組みや起こる事象、つまりこれがどのような魔法陣であるかを理解しておく必要はありますが、魔法陣発動において、その効果は発動者に優先権があるというだけで、あとから割り込む――乗っ取れないこともないのですよ。まあ、乗っ取るのに必要な、上乗せ分の魔力量は桁違いになりますが」
「そんなことが……」
カティからすれば、それは知らない知識だった。
だからだろうか。
動揺が表面に、表情に表れてしまう。
その表情が見られて、魔族は愉悦に塗れた満足そうな笑みを浮かべた。
「信じられませんか? こうして結果も出ているというのに。まあ、劣等種族同士であれば不可能な魔力量ですから、気付かないのも無理はありません。いえ、並大抵の魔族も同様なので、仕方ないと表現を変えてもいいでしょう。ですが、私は並大抵の魔族ではなく、優れた魔族ですので、それに気付き、こうして乗っ取ることができるということです」
自身が如何に優れているかということを主張する魔族。
そんな馬鹿なことが、とカティは思いたかったが、それは魔族の仮定でもなんでもなく、現実として起こっているのだ。
現実を認めるのに、カティは僅かな時間を要した。
それは致命的。
今は戦闘中なのだから。
「検証は終わりましたので、あとは欠片を渡してもらいましょうか」
水面の魔法陣の輝きがさらに増す。
カティは咄嗟に後方に向けて跳ぶが、その反応は遅れてしまっていた。
水面の魔法陣から、水で形作られた鋭利な棘が飛び出して、大輪の花のように咲き誇る。
ただし、その大きさは、湖の一部を埋め尽くすほどに巨大だった。
飛び出した棘の一部がカティの左脚と左脇腹をかすめる。
ただ、速度と威力が高過ぎたために、それはかすめるというよりは、どちらかというと抉れると表現すべきモノだった。
けれど、カティにとって負傷は大した問題ではない。
問題なのは、そこの棘が服の一部を破き、そこから隕石の古代魔法陣の欠片がこぼれ落ちたことだ。
「しまった!」
抉れて痛みが走る体を無理矢理前に動かし、こぼれた欠片を掴もうとするカティ。
それを許す魔族ではなかった。
「ククッ」
笑みをこぼしながら、魔族が指先をくるっと回しながらさらに魔力を注ぎ、カティに狙いを定める。
棘がさらに膨張し、さらに鋭さを増してカティに向かう。
カティは引き返すこともできず、もう少しで欠片を手にするというところで、体中の至るところが鋭利な棘に突き刺される。
その内の一本が、左手を貫いていた。
瞬間、左手袋に描かれている魔法陣が、鋭利な棘に流れている魔族の魔力に反応、反発して、突き刺さっている鋭利な棘を爆発させる。
その爆発は周囲の鋭利な棘も巻き込み、連鎖爆発を起こして、カティは咄嗟に服に魔力を流すが、爆発の影響をもろに受けて森の中へと突っ込むように吹き飛んでいった。
魔族は考え込む素振りを見せる。
「……ふむ。これは予期していませんでしたが、私の流す魔力量が多過ぎたため、耐え切れずに反発した、といったところでしょうか。もしくは、突き刺した場所が位置的に描かれている魔法陣に直接であったために誤作動した、という辺りが濃厚ですね」
瞬間的なことでありながら、考察する魔族。
それでもやるべきことはやっておくと、水面の魔法陣の上に転がっている欠片を魔力で包み、自らの下へ持ってくる。
「それにしても、あそこまで吹き飛んでしまうと、生死を確認しにいくのが面倒ですね。……まあ、欠片も手に入りましたし、生きていようとも脅威、いえ、気にかけるまでの存在ではありませんから、放っておいても構いませんか。それよりも、少し離れた場所に妙な建物が見えましたが……そちらの方を確認しておいた方がいいかもしれませんね」
欠片を手にし、もうここに用はないと、魔族は空を飛んでこの場から去っていく。
輝きが失せた魔法陣はその形すら消え、大きな湖は気休めのように吹く風に撫でられて、静かに水面を揺らしていた。
―――
爆発音が響き、カティは目を覚ます。
次いで体中を駆け巡る激しい痛みで意識がハッキリした。
「……ここは?」
木にもたれるように倒れていることを自覚し、カティは周囲に視線を向ける。
なんてことはない森の中。
前方の木々には、何かが強くぶつかってできたような跡が残っていて、そこだけ妙な非現実感がある。
「私は……」
そこで、思い出す。
破れた服の一部を探り、隕石の古代魔法陣の欠片がなくなっていることを確認すると、悔しさや憤りなどがないまぜになった感情を抱いて、抑え切れずに地面を強く叩いた。
それでさらなる痛みが体中を駆け巡るが、構うものかと何度も叩く。
痛みと引き換えに、カティは少しばかりの冷静さを取り戻す。
「生きているのは、これのおかげね」
カティが上着の胸元を少しだけ引っ張り、内部をのぞき込む。
そこには、服の内部に描かれている魔法陣があった。
その効果は防御力を高めるモノ。
爆発の瞬間にカティが服に魔力を流したのは、本能的な行動であった。
それが、こうして一命を取りとめたのである。
(傷に関しては回復の魔法陣があるけど……時間は少しかかりそうね)
それでも生きているのだから、と視線を上げれば、空に向かって上がる黒い煙が目に付いた。
「……あれは……まさか!」
考えたくはないが、と思うが考えてしまう。
森が燃えている様子がない以上、何が燃えているのかと考えれば、カティの脳裏に浮かぶのは隕石の古代魔法陣を発見した研究所。
あの魔族なら研究所を発見してもおかしくない、とカティは思う。
もしそうなら、これで隕石の古代魔法陣に対抗する手段を失ったかもしれない。
そのことが、カティに重くのしかかる。
(戦いに負け、欠片は奪われたでしょうし、果ては研究所も破壊されてなんの成果も得られぬまま――)
心が折れそうに――。
バチン! とカティは自ら両頬を挟み込むように叩く。
「しっかりしなさい! カティ・マヒア! こうして生きているのだから、まだやれることはあるはず! まだ私は、終わっていない!」
自ら叱咤し、鼓舞して、カティは少しずつ少しずつ、それでもしっかりと立ち上がった。




