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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
54/215

14

 宿屋に戻り、ニトは自身が取った部屋の扉を無遠慮に開ける。

 といっても、それは形ばかりというか、そういう風に見えるだけ。

 実際は鋭い感覚によって、室内の状況は把握していた。


 ――だから、なんでもない、何事もないように扉を開けて、中に入る。

 ニトは室内に入って真正面を見ていた。

 それなりに広い室内には、机、椅子、ベッドがあり、入口とは別の扉の先にはトイレにシャワーと、宿泊においてあった方がいいと思うものが置かれている。

 床には絨毯が敷かれているので、ここが他の一般的な宿屋とは違うということを主張していた。

 ニトの視線の先にあるのは、窓。

 陽は落ち、闇に染まって、今が夜だと視覚に伝えてきた。


 そして、ニトの喉元にはナイフの切っ先が突き付けられている。

 ナイフを持つ手を辿れば、ニトの斜め後方に立っている赤髪の女性の姿が見えた。

 その目と態度は、ニトに動けば刺すと伝えている。

 ニトとしては脅威でもなんでもないし、ナイフくらいでは刺そうとしても刺さらないというか、そもそもそうなる前にどうとでも対処可能なのだが、そうしなかった。

 ノインにも言った、赤髪の女性に何かを感じ取っていることで、体というか、本能の部分でそうすることを拒否したのである。

 なので、口を開くことにするニト。


「もう動けるようだな」


「そうね。丁重に扱われたようで、武器も何も……本当にどれも取り上げられていなかったから、起きて問題なく動けたわね」


「そうか。丁重に扱った礼がこれか?」


「あなたが誰で何者かわからないもの」


「今のところは、あんたを盗賊から守って、ここまで丁重に運んだ人物ってところだな」


「そうね。その点に関しては感謝しかないわね。でも、それであなたが味方だとは限らない」


「そうだな。別に味方になったつもりはない」


「つまり、私にとっては、あなたが敵かもしれないという可能性があるということよね? だったら、こういう行動を取るのは自然な流れだと思わないかしら?」


 赤髪の女性の言葉に、少しだけ考えるニト。


「……なるほど。確かに、そちら目線だとそう見えてもおかしくないな」


「わかってもらえたところで聞きたいのだけれど、あなたは敵かしら?」


 赤髪の女性が、ニトに対して見定める、もしくは見極めるような視線を向ける。

 ニトはその視線を気にした様子もなく肩をすくめた。


「さてな。そもそも、何をもって敵とするのか、その基準がわからないことには答えようがないな」


「それもそうね。それなら……あの巨大な狼は何? いえ、何と問うのは違うわね。気絶する前の記憶が確かなら、喋っていたし、明らかに普通のというか……そんなことができる狼種となれば、フェンリルくらいしか思い付かないのだけれど、そこのところどうなのかしら?」


「ああ、そうだ。それと、どうやらあいつしか見えていなかったようだが、娘も一緒に居るからな。そこを蔑ろにすると怒る……どうした?」


 見ずとも、赤髪の女性の変化を肌で感じ取っていたニト。

 赤髪の女性は驚きの表情を隠しておらず、手に持つナイフも少し揺れる。


「どうしたも何も、フェンリルは伝説上に語られているような生物で……寧ろ、あなたはどうしてそんな平然なのか、不思議なくらいね」


 そう言われてもな、とニトは内心で思う。

 ニトからすれば、ノインは子煩悩の大きな狼という認識でしかなかった。

 あと、移動の時、楽というか、絵を見ながら進めるな、と。


「となると、あなたはさぞかし高名な人物、もしくは高ランク冒険者といったところかしら?」


 そう問う赤髪の女性の声には、どこかそうあって欲しいと、願望のようなモノが含まれていた。

 だが、残念ながらと言うべきか、その願望は叶わない。

 少なくとも、目に見える部分では。


「残念だが、別に高名でも有名でもないし」


 ニトはそう言うが、実際のところはオーラクラレンツ王国では既に有名になりつつある。

 特に王家の覚えが大きいだろう。


「冒険者のランクはFだ」


 これはその通りなのだが、Fランクなのは訳がある。

 本人が望んでいないというか、これで構わないと思っているのと、ランク制度の仕組みが関係していた。

 というのも、基本的に冒険者ランクは、冒険者ギルドで受けた依頼の成否によって決められる。

 もちろん、それ以外の部分も関係しているが、成否がもっともわかりやすく、大きな割合を占めているのは間違いなかった。

 そのため、婿取りでのダンジョン制覇はそもそも依頼には含まれておらず、オーラクラレンツ王国での魔族退治でもニトが上がることを拒否し、辺境都市・シウルの盗賊退治はモラルスからの依頼だが、あれは冒険者ギルドを介していないため、ランクに関わっていないのだ。

 なので、ニトの冒険者ランクはFのままなのである。


「……嘘でしょ?」


「嘘を吐く必要性がないな」


 赤髪の女性が反応できない速度でニトがギルドカードを取り出して、赤髪の女性から見えるような位置に手を上げた。

 ギルドカードには、しっかりと「F」が表示されている。


「……冗談、ではないわよね?」


 自国の冒険者であればその存在は直ぐに知れ渡るが、赤髪の女性に思い当たる人物は居ないので、他国の高ランク冒険者だと思っていたのだ。

 しかし、実際に蓋を開けてみれば、Fランク冒険者であるという表記。

 赤髪の女性としてはとてもではないが信じられないし、そんな訳がないと思ってしまう。

 その一因は、間違いなくノイン。

 フェンリルが共に居て、Fランクはありえない、と。


「冗談も何も、ここにしっかりと表記されているが」


「そうよね……偽造?」


「偽造だったとして、Fランク表記にする必要性はないと思うが」


「……そう、よね」


 ますます意味がわからない、整合性がないと、赤髪の女性は困惑する。

 これまでの歴史の中で、ギルドカードの偽造はもちろんあった。

 けれど、どれもが出回っていない。

 というのも、見た目がそれっぽく、素人目には騙せても、正規の場所できちんと確認されてしまえば、一発で偽造だと発覚するからである。

 あとは、そもそもギルドカードの発行はそれほど難しいモノではないため、手間と労力を考えた場合、どう見積もっても割に合わないため、偽造は存在しなくなったのだ。 

 それに、もし偽造であったとしても、Fランクはない。

 大抵は元より大きく見せるのが常だからである。

 フェンリルも共に居るのなら、それこそFランク表記にする意味がないのが普通だろう。

 なので、赤髪の女性は目の前の人物が、ギルドカードに表記されている通りのFランク冒険者でしかないと結論を出す。

 そうなってくると見え方も変わってくる。


 ――目の前の人物はフェンリルを使役しているのではなく、フェンリルに使役されている、小間使いのような存在なのだろう、と。


 それなら、赤髪の女性の中で話も変わってくる。

 今は警戒してナイフを喉元に突き付けているが、相手は冒険者とはいえ初心者、下手をすれば成り立てであり、戦闘能力を比べれば自分の方に軍配が上がる――と思ってしまう。

 その思い込みのような考えが、態度に表れてしまう。

 安心するように息を吐き、ナイフを握る手の力がほんの少し緩む。

 そんな赤髪の女性の些細な変化――油断にニトは気付き、自分がどう判断されたのかを察して、それは不用意ではないかと思う。

 何しろ、ギルドカードのランクが、そのままその人物の強さを表している訳ではないのだから。

 その判断は迂闊であり、早計である。


 赤髪の女性からすれば、普段はそのようなことはない。

 本来は賢く、ここまで直ぐに判断を下すようなことはなかった。

 それでも迂闊にも早計してしまったのは、焦っているから。

 抱えている事情によって拭いきれない焦燥感が生まれて、思考が狭められていることに、本人も気付いていないのだ。

 また、その事情は常に思考の大半を占めているため、他のことに割く余裕も少ない。

 ニトとしては否定を口にしてもよかったのだが、このままの方が話は早そうだと何も言わなかった。


「……まあ、いいわ。もう一つ正直に聞かせてくれるかしら? あなたが味方でも敵でもないとして、それなら、どうして私を助けたの?」


「さてな。俺にも理由はわからん。今のところは、気紛れ、といったところが正しいだろうな」


 ニトの返答に対して、赤髪の女性はニトを見極めるようにジッと見る。

 嘘、とは思えなかった。


 そして、赤髪の女性はこれまで得た情報を合わせて、最終的な結論を出す。

 赤髪の女性は、ニトが何をしようとも独力で制圧できると判断を下し、警戒を解く。

 ニトの喉元にあったナイフを外し、そのまま距離を取るが、部屋から出ようとはしなかった。

 といっても、それで完全に、というところまで思考能力は落ちていない。

 もし敵であっても対応できるとしたまでで、少なくとも表に見えている部分に関してだけは、という話である。


 内心の警戒心はそのままに、赤髪の女性はニトに向けて口を開く。


「本当に助けただけなのね。改めてお礼を言った方がいいかしら?」


「気紛れだから、気にしなくていい」


「……そう。まあ、過剰なお礼というのも気に障る場合があるわね。それで、あの盗賊たちは?」


「門番に引き渡したが、問題は?」


「ないわね」


「なら、これがその代金だ」


 ニトが盗賊を引き渡して手にした分の硬貨を渡そうとするが、赤髪の女性は拒否の態度を表す。


「さすがにここまでされて、それを受け取る訳にはいかないわ。少ないかもしれないけれど、手間賃としてそのままあなたのモノにしてもらえる?」


「まあ、そういうことなら」


 別に断る必要もないので、そういうならとニトは出した硬貨を懐に仕舞う。


「それで、ここはどこなのかしら? 見た限り、それなりに上等な宿屋のようだけど」


「レリクアにある宿屋だな」


「レリクア……私の目的地もここだったから好都合だけど、気を失っていた私を連れて、よく入れたわね」


「実際に盗賊を引き渡したからな。話を信じてくれただけだ。ただ、もしあんたが本当に盗賊のアジトの位置を知っているのなら、それを教えて欲しいそうだ」


 ニトはそう答えるが、赤髪の女性の印象は少し違う。

 Fランク冒険者の言葉だけでは、たとえ信じたであろうとも、少なくとも裏が取れるまで、それこそ自分が起きるまで中に通すことはないだろうから、実際はそこにフェンリルの口添えもあったのだろうと思った。

 フェンリルを敵に回すのは得策ではないと考えて。

 ただ、そのおかげと言うべきか、ベッドの上で目覚めることができたのだから文句はない。


「……わかったわ。あとで私の方で報告を出しておくとして……それで、この部屋は? 私一人で取った宿泊部屋、ではないわよね?」


「ああ、なんでも多くの人が訪れているらしく、今は同室でしか取れていない。明日には一室空くらしいから、そこを予約している」


「確か、新しく発見された古代遺跡……ダンジョンだったかしら。それの影響ね。なら、今日だけとはいえ、私は身の危険を覚えた方がいいかしら?」


 赤髪の女性が、わかりやすく自分の体を守るように抱き締める。


「いや、必要ない。俺は厩舎でノイン、フィーアと共に寝るからな。ここに来たのは、様子見に来ただけだ」


 ニトはまったく気にしていないと、その目と態度は、そういう興味はまったくないと表している。

 それはそれでどうなのだろう、とまったく手応えのない反応に、赤髪の女性の少しだけムッとした。

 ただ、本当に確認に来ただけだと、ニトはそのまま出て行こうとするが、その前に赤髪の女性が待ったをかける。


「もう一つ。名前、教えてもらえるかしら? 私は……メルよ」


 あえて言うなら勘のようなモノで、偽名だな、とニトは思った。

 しかし、追及はしない。

 何か引っかかる部分があって助けたが、それだけのこと。

 そこまで興味はないのだ。


「ニトだ」


 別に隠すつもりもないし、何より一度ギルドカードを見せているので、そのまま正直に名乗り、ニトはそのまま部屋を出て行き、ノインとフィーアのところへと戻った。


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