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辺境都市・シウルを出発したニトたちは、いよいよオーラクラレンツ王国を出ることになった。
次に向かう先は、オーラクラレンツ王国の南西に位置する国、レイノール王国。
国土面積に関していえば、それほど大きくはない。
寧ろ、小国クラスであった。
それでもレイノール王国がこの場所において国として存在している――それこそ、隣国に世界一の強国と呼ばれるオーラクラレンツ王国があっても、属国とはなっていないのには訳がある。
他国との交渉が上手いや、王家が優れているとか、その辺りのことを理由として述べる者も居るだろうが、誰しもが知る最大の理由は、レイノール王国には古代遺跡が多く存在しているからだ。
元となる最古があり、その最古を調べる文明が生まれ、それが廃れて、また調べる文明が生まれ……と繰り返される内に、多くの古代遺跡が残ることになった――というのがこの国というか、この場の歴史であった。
もちろん、既に風化、もしくは人為的なことで崩壊しているのもあるが、その数は現存している方が多く、また未だに見つかっていないのもあると言われている。
そうして、古代遺跡を調査、研究した結果として、新たな魔法の発見や新しい魔道具が作り出されたり、既存の魔道具の効率が上昇したりと、その恩恵は国内だけではなく世界全体へと広がっていた。
そういったことがあるからこそ、レイノール王国は一つの国として存続できているのだ。
ニトたちがここ――レイノール王国に向かった理由は……特にない。
元々どこかに、という目的すら持っていなかったのだ。
言ってしまえば、適当に進んだ先が辺境都市・シウルであり、そこから一番近い国が、レイノール王国だったというだけのこと。
また、辺境都市・シウルで数日間過ごしたが、後半は常にモラルスが共に居た。
なので、色々と会話も行い、その中でレイノール王国についても聞き、近いということと、古代遺跡が面白そうだ、と向かったのだ。
レイノール王国には、辺境都市・シウルから街道が通じているので、そこをそのまま進めばいいだけ。
途中で国境としての門もあるが、そこは既にニトたちに対するオーラクラレンツ王家からの通達が届いていたため、何事も起こらず通される。
駐在の兵士たちが慌ててレイノール王国に入国したという報告を行ったくらいの、小さな混乱は起こったが。
ただ、そこで終わった訳ではない。
ニトたちは街道をそのまま進んでいくのだが、その街道上ですれ違う者たちや、街道で繋がっていることで立ち寄ることになる村や町でも、混乱というか、騒動は必ず起こっていた。
けれど、その渦中に居るのは決してニトばかりではない。
というより、主にノインとフィーアが渦中である方が多かった。
それだけ、フェンリルという存在――というのも少なからずあるだろうが、何よりもノインの大きさは目立つのだ。
ノインは能力で小さくなることはできるのだが、面倒だとならないし、そもそもその気が一切ない。
なので、大抵の場合は恐れられ、近寄ろうともされなかった。
それは問題ない。
煩わしくないと、寧ろ喜ぶ方だ。
ただ、稀にというか、身のほど知らずの者が現れ、強そうだから守らせてやる、売れば高そう、はく製にすれば見栄えしそうなど、理由は様々だが、乱雑に扱う物に対するような無遠慮さでノインを寄越せと言ってくる。
そういう時、無礼には無礼を返していた。
断ってもしつこく迫ってくる上に、無理矢理にでも手に入れようと襲撃を起こそうものなら――その結果は言うまでもないだろう。
ニトたちがそれでも村や町に寄っていくのは、野宿にはない快適な寝床を求めてというのもあるが、メインはそこにしかないような料理である。
郷土料理とでも言えばいいのか、そこでしかないような料理、食べ方というのがあるところにはあるのだ。
もちろん、ニトの「アイテムボックス」の中には辺境都市・シウルで購入した料理がたんまりと溜め込まれているが、それはそれ、これはこれ、の精神である。
また、これに至っては、ノインが満足するモノであれば感謝というか、恩恵のようなモノがあった。
特に、きちんと対応してくれたところに関しては、礼には礼を返している。
魔物の数が多いことに困っていれば、その数を減らし――強い魔物が近くに居るとなれば、瞬殺しに行き――と、魔物関連ではあるが、その場に居る者たちでは対処が難しいことを解決していった。
その場合、出発する時は辺境都市・シウルの時と似たような状況――多くの見送りが居ることが多かったのは、それだけ感謝しているということの表れだろう。
そして、ニトたちはレイノール王国内を自分たちのペースでゆったり進んでいき――古代遺跡があるという、「レリクア」に向かっていく。
その情報は、辺境都市・シウルで食事中の会話の一つとして、モラルスから提供されたモノ。
レイノール王国内に数ある古代遺跡の中で、辺境都市・シウルから向かった場合に一番近く、街道を進んでいけば辿り着く町だと教えられたのである。
魔族に関する情報があればそこに向かうつもりだったが、今はそういった情報がなかったため、物見遊山的な気持ちでニトたちはそこに行くことにしたのだ。
そういう気持ちであるため、急いでいない。
ノインとフィーアは散歩でもするようにゆったり進み、ニトはノインの背に乗って、再び手に入れた神絵師「ouma」の絵を眺めていた。
そうして、そろそろ古代遺跡のある町――レリクアが見えてきそうというところで、ノインがニトに声をかける。
「ニト」
「なんだ?」
「このまま行くと、なんか余計なモノが現れそうだよ」
「余計なモノ?」
―――
街道から少しばかり外れた場所にある森。
そこから旅衣装に身を包み、ローブに付いているフードを目深に被っている者が飛び出してくる。
体格的に女性だとわかるのだが、顔は見えない。
その女性は駆けており、何かから必死に逃げているように見える。
次いで、男性三人が森の中から飛び出してきた。
その風貌はいかにも盗賊といったモノで、既に抜き身の剣や槍を手に持った武装状態である。
事実、彼らは盗賊だった。
「くっ。しつこい!」
チラリと後方を確認した女性が、盗賊三人の姿を捉えて悪態を吐く。
「待ちやがれ! 俺たちのアジトの場所を知ったんだ! 逃がさないぞ!」
「ここら辺は俺らの縄張りだ! 地の利はこっちにあるから諦めな!」
「へへっ! 中々美人じゃねぇか! こうして俺たちを煩わせた責任は、その体で返してもらおうか!」
欲望を丸出ししている者も居るが、確かなのは女性を捕らえようとしているということだ。
もしくは、最悪殺すことを目的としている。
というのも、女性はレリクアに急いでいたのが、その途中で近道だと森を突っ切っている最中に、偶然――運悪くと言うべきか、盗賊のアジトを発見してしまい、そこを見つかってしまったのだ。
そこから逃走を図り、今に至っている。
ただ、女性からすれば盗賊たちがしつこいのと、思いのほか体力があるということで、ここは仕方ないと割り切って迎え撃つことにした。
相手は盗賊。
そこに慈悲はなく、今まで逃げていたのも、三人相手にやる自信がないとかではなく、今は先に進むことを優先していただけで、偶然見つけたアジトに関しては冒険者ギルドなどに報告は上げるつもりでいた。
「これで――」
女性が駆けながら、服のポケットから手袋を取り出して嵌める。
その手袋には魔法陣が描かれていて、女性が手袋に魔力を流すと、魔法陣が輝き出す。
「終わらせる!」
女性が街道上で盗賊三人に向けて振り返り、手袋の魔法陣をさらに輝かせて、勢いよく地面に手を付く。
パリッ! と魔力が地面に流れるような紫電が手を付いたところを中心に走ったかと思えば、盗賊三人付近の地面がいくつも隆起する。
その先端は槍のように尖っていて、盗賊三人の脚部を貫く。
「「「ぐっ! がっ!」」」
ダメージを負って倒れる盗賊三人。
三人共が脚部を大きく損傷してしまい、もうこれ以上追うことはできないだろう。
いや、歩くことすら困難である。
その様子を見て、女性はホッと安堵の息を吐く。
実際のところ、限界が近かった。
盗賊のアジトを発見してからここまで走り続けていたことで体力の限界が近く、魔力も有限なのだ。
あとは、相手が盗賊である以上、このまま見過ごす訳にはいかない。
町に連れていけばいくらか報酬は出るだろうが、女性にそんな余裕はなかった。
トドメを刺そうと前に出て――。
「おいおい、情けねえな。たかが女一人に」
「ですが、なんか妙なことを仕掛けたようだから、警戒した方が」
「ばーか。あれは、予め手袋に魔法陣を描いて、その魔法を発動させている、魔道具のようなモノだ。威力も大したことないのがほとんどだ。実際、三人は死んでねえだろ。そういうのがあるとわかっていたら、対処はそう難しくない」
森の中から盗賊がさらに五人現れた。
その姿には、余裕が見える。
この状況を察している辺り、アジトに居た盗賊なのだろうと窺えた。
今から駆け出しても、レリクアに着く前に体力は尽き、盗賊に捕まってしまうだろう。
(……まだ、ここで……こんなやつらにやられる訳にはいかない)
女性はポケットの中に手を突っ込み、その中にある何かの欠片のようなモノを握り締めた。
その姿には覚悟があり、何がなんでも生き延びてみせるという強い意志が見えている。
そして、後手に回るのは危険だと判断した女性が動こうとした時、巨大な狼が街道を駆けてきて、その足をとめた。
―――
『………………』
場に沈黙が流れる。
女性も、盗賊たちも、誰も何も発しない。
突如として現れた巨大な狼――ノインの姿を見て固まってしまったのだ。
何しろ、発している気配からして、そこらのモノとは格が違う。
多少ではなく、圧倒的に。
どれだけ鈍い者でも気付いてしまうような圧迫感が、この場を支配していた。
誰もが、迂闊に動けば死んでしまう、一言でも発してしまえば殺られてしまう、と死の予感を抱く。
「………………」
ノインも言葉を発しない。
ただ、ジッと見ているだけ。
この場にはフィーアも居るのだが、女性と盗賊たちはノインに視線を固定されて気付いていない。
フィーアは女性と盗賊たちを興味なさそうに見ていた。
そこに、声が響く。
「いや、なんで黙ったまま? 何か行動しろよ」
ノインの背から飛び降りたニトである。
ニトが現れたことに、女性と盗賊たちが驚きを露わにした。
まさか、従魔なのか! と信じられない思いなのだ。
それでも何も言わないのは、未だノインの圧から解放されていないからである。
「いや、不思議な感覚だからね」
え? 喋るの? と、ニトとフィーア以外の全員が思った。
「不思議って何が?」
「少し前に一掃したモノを再び見ると……なんかイラつくね。片付けたはずなのに、と」
目に怒りが宿るノイン。
盗賊たちを盗賊だと既に認識しているのは、優れた感覚によって女性とのやり取りを聞き取っていたからである。
その情報はニトにも伝えていたため、ニトはノインが何にイラだっているのかを理解することができた。
「掃除のあとにゴミを見つけたようなモノか。まあ、好きにすればいい」
「そうだね。どこかスッキリしないし、好きにさせてもらうよ」
ノインが牙を剥き出しにして、盗賊たちに向けて殺意を飛ばす。
それだけで、盗賊たちは全員泡を吹いて倒れた。
「殺意を向けただけで……情けない」
呆れたような息を吐くノイン。
ニトとフィーアも同じ気持ちだった。
この盗賊たち、どうしたものか……と考え始める前に、ノインの意識が盗賊たちに向けられたことで、動けるようになった女性がニトたちに向けて構えを取る。
「肌で感じる強さ……まさか、もう追手が!」
女性の手袋に描かれている魔法陣が輝き出す。
意味がわからない、とニトたちは揃って首を傾げた。




