サイド 三姉妹
レイノール王国の伯爵位、マヒア家の屋敷が突如として燃え落ちたという悲劇が起こった。
話は瞬く間に周辺一帯に伝わるが、その原因は様々な憶測だけが飛び交う。
主に語られている憶測は、古代魔法陣の解明において大爆発が起こったというモノであった。
マヒア家の誰の姿もないということが、憶測をさらに加速させる。
魔族襲撃という真実は、誰も気付かなかった。
―――
両親が魔族の相手を請け負ったことで、逃亡に成功したマヒア家の三姉妹。
マヒア家は用意周到だった。
何かしらあった時の非常用は用意してある。
屋敷から脱出した三姉妹は、隠れ家とでもいうべき場所を目指していた。
ただ、そういう場所は隠し通せないというか、偶然の産物で見つかっていてもおかしくない。
なので、そこが無事だったことは、喜ぶべきことなのだ。
屋敷から一日ほど進んだ先にある小さな山の麓。
何もなさ過ぎて誰も訪れないような、そんな場所にある一見では気付かないように隠されている洞窟の中。
光り輝く魔法の球体が浮かび、暗がりを照らす。
「……お父さん……お母さん」
ここまで無我夢中で来たからこそ、どうにか心を保つことはできた。
逃げ切ることだけを考えていればいいからだ。
けれど、一度休んでしまえば、別のことを考えてしまう。
気がかりを思い出してしまうのだ。
三姉妹の三女――クーリアは、自分たちを逃がすために魔族と対峙した両親のことを思い出して、泣き出してしまいそうな心を守るように丸まっている。
「………………」
それは、三姉妹の次女――キャメルも同様で、両親のことを思っていた。
ただ、露わになっている感情はクーリアとは違う。
そこにあるのは、怒り。憤り。
魔族に対する怒りと、両親を残して逃げ出すしかできなかった自分の弱さへの憤りであった。
それは苛立ちへと変わり、キャメルは少しでも発散しようと地面を蹴る。
そこに、洞窟の奥から長女――カティが姿を現す。
その手には三つの袋があり、キャメルとクーリアの一つずつ渡していく。
「とりあえず、奥にあった金と保存食は三等分にして分けたから、当面はこれで大丈夫だと思う。あと、もしものために用意していた偽のギルドカードも入れておいたから、今後はそれを使うようにね」
カティが念のための注意事項のようにそう伝える。
キャメルは袋の中を確認するが、クーリアはまだ落ち込んだままだった。
その様子を見つつ、カティは思い出したように口を開く。
「あとは、あの魔族が諦めるとは思えないから、もしこの状態がしばらく続くとなると、何かしらの生活手段を考えた方がいいかも……」
それは、キャメルとクーリアに向けてというよりは、自問自答するかのようなモノだった。
思考を始めるカティに、キャメルが口を開く。
「……両親がどうなったかもわからないのに、随分と冷静ね」
普段はカティに対して、キャメルはこんな憎まれ口のようなことは言わない。
仲のいい三姉妹なのだ。
それでも今そんな口を利いてしまったのは、苛立ちを抑えられなかったからで、抑えられなかったことに対して、さらに苛立ってしまうという悪循環に陥っていた。
ただ、カティはキャメルの憎まれ口を気にした様子はない。
キャメルの精神状態をわかっているからだ。
「状況が状況だけに、誰かが冷静でいないといけなくて、それが私というだけよ。それに、しばらくは憎まれ口であったとしても、あなたたちの声も聞けないとなると……寂しいわ」
「……どういうこと?」
キャメルが眉根を寄せて、カティに尋ねた。
話が聞こえて居たクーリアが顔を上げて、カティを見る。
「どういうことも何も、あの魔族の狙いは何? この古代魔法陣の欠片。数は三つ」
カティが両親から託された古代魔法陣の欠片を、服のポケットから見えるように取り出す。
キャメルとクーリアも同様に取り出して手に持った。
「これをあの魔族に渡す訳にはいきません。なら、こうして一か所に集まっているのは危険でしかないわ。ここからは別行動を取るべきよ。少なくとも、あの魔族に対抗できる方法を得るまでは」
「そうね。私も同意見」
カティの意見に、キャメルは賛同を示す。
けれど、クーリアは違っていた。
「……い、一緒じゃ駄目なの?」
カティは駄目だと首を振り、キャメルは口を開く。
「クーリア……悔しいけど、今の私たちではあの魔族に対抗できない。何もできずにやられるのがオチね。カティ姉が言うように対抗手段が必要なのよ。でも、今はその手段の片鱗すら見えない以上、逃げ隠れながらでも模索するためには時間が必要。その時間を稼ぐためには、バラバラな方がいい。……一人が補足されても、まだ他に二人居るもの」
「……でも、こうして逃げ切れた以上、もう大丈夫なんじゃ」
「その考えは早計ね。相手は魔族なのだから、この欠片を手にするために何をするかわからない。それは言い換えれば、何をしてもおかしくない、ということ。下手をすれば、この国の人たちを皆殺しにしてでも手に入れようとする……かもしれない」
それは可能性の話。
しかし、誰も否定はできない。
そんなのは無理だと一蹴できない存在が、魔族なのだ。
「……それなら、復元能力があるから壊すのは無理でも、どこかに隠して行動するのは?」
クーリアがそう言いながら、カティとキャメルを交互に見る。
答えは、否、だった。
カティがその理由を告げる。
「確かに。それも一つの方法だと思うわ。でも、それだと必要な時に取りに戻ることになってしまう。その時に、その時間があるかわからないわ」
「……必要な時?」
「この欠片が魔族の手に渡ると危険だけど、あの魔族を倒せる方法を手にすれば、招き寄せることもできるということよ。それに、可能性は低いけど……」
そこで口を噤むカティ。
何故なら、言葉にしたように、それは可能性の話でしかない。
ゼロではないというだけで、どちらかといえば希望的観測でしかなく、確証はどこにもないのだ。
だから言葉にはしない。
ただ、この三姉妹は「賢者」と称されるくらいには賢さがある。
キャメルとクーリアは、何かしら察していた。
「いえ、なんでもないわ」
結局言葉にはせずに、そう締めくくるカティ。
口に出して違っていたら……そう考えるだけで、先の言葉が出てこなかったのだ。
だから、この話はやめて、先へと目を向ける。
「これからのことだけど、まずは私たちだけで対応しなくてはいけません。他の、誰の手も借りずに」
「……迂闊に誰も信じるな。たとえ王族であったとしても。お父さんが言っていたことだよね?」
「その通り。でも、冷静に考えてみれば、確かにその可能性はあるわ。私たちが古代魔法陣の解析を行っていることは元々有名だから、魔族が現れるとするならもっと前に現れているはず。それなのに今現れたのは、あの古代魔法陣が最古かもしれないと知っていたということ。そのことを知っているのは、実際に解析を行っていた私たちと、解析経過の報告書を提出している王家と協力者の方たちだけ。つまり、ごく一部の者だけ」
そこで一呼吸置き、カティは断言する。
「その中に、あの魔族と通じている者が居る」
そこに否定の意見は出なかった。
同時に、理解もしている。
誰がどこでどう繋がっているのか、わからないのだ。
魔族に通じている者が居るとして、それが誰か――個人だけとも限らない。
だからこそ、三姉妹の父――ケールは、迂闊に誰も信じるな、と言ったのだ。
カティの言葉はさらに続く。
「厄介なのは、その中に王族が入っているということね。迂闊に姿を見せれば、あらぬ嫌疑をかけられる可能性が高いわ」
「それはあるかもね。でも、王族だけじゃなくて、他の協力者も侯爵や伯爵だって居るし、大商人だって居る。誰であろうとも、迂闊な接触は危険ね。何がどう転ぶかわからない」
キャメルの言葉に、同意だとカティが頷く。
そこで、クーリアが口を挟む。
「……でも、今王族は、王位継承で兄と弟が争っているって聞いたけど? もしそうなら、こちらに構う余裕なんてないんじゃ?」
「いえ、もし王族、もしくはその関係者があの魔族と繋がっているのなら、寧ろ積極的に関わってくると思うわ。最初は何かの役に立つかもしれないという考えだったかもしれないけれど、今はもう状況が違うもの。どれほどの規模の隕石かはわからないけれど、小さくても隕石が降るのは、どれだけ小さく見積もっても切り札レベル。……間違いなく手に入れようとしてくるわ」
「……そうだよね。だからこそ、お父さんも念押しで警告していたくらいだし」
納得がいったのか、何度も頷くクーリア。
「やっぱり、不用意に誰も信用するなってことね。私たちでどうにかするしかない、と……」
そう言って、キャメルが考え込む。
今後の行動をどうするか、模索しているようだ。
それはクーリアも同様である。
ただ、考え出してから、そう簡単に答えは出ない。
そもそも、未来がわからない以上、こうすればいいという答えはないようなモノだ。
信じて、進むしかない。
そのための指針を求めて、キャメルはカティに尋ねる。
「バラバラに行動するのはいいとして、カティ姉はどうするつもりなの?」
「私? まあ、別に隠す必要はないわね。あの魔族への対抗策はまだ思い付かないけど、もしもの時……古代魔法陣が発動した時のことを考えて、私は問題の古代魔法陣を発掘した遺跡に向かうつもりよ。これだけ危険性の高い古代魔法陣があったのなら、その対抗策も同じ遺跡にあるかもしれないわ」
「確かに。古代魔法陣への対抗策があるのなら、念のためにあった方がいいのは間違いない。……そういうことなら、私は北東にある遺跡に向かう。あまり信憑性がないというか、言い伝えのような話だけど、そこに聖剣があるらしいの。もし本当にあるのなら、それこそあの魔族に対抗できるかもしれない」
カティとキャメルが自らの行動について口にした。
クーリアもまた、カティとキャメルの今後を聞き、自らの今後の行動を決める。
「……カティ姉さんとキャメル姉さんが古代魔法陣と魔族に対抗する術を模索するのなら、私は王都に行こうと思う。王都にも隠れられる場所はあるし、何より情報が一番集まるのは王都だから。そこで、誰が味方で誰か敵かを見定めてみようと思う」
クーリアの行動を聞き、カティとキャメルは必要だと判断する。
結局のところ、自分たちだけでできることには限界があるし、進めていく内に味方が必要な時もくるだろう。
その時、協力してくる味方は誰なのかの判断も重要なのだ。
また、王都の隠れ場所というのに、カティとキャメルは思い当たるモノがあった。
ああ、あそこか、と。
そこは、名義上は偽名を使用しているため、マヒア家が一切出てこない家。
絶対とは言えないが、それでも他のところよりはマシであり、姿を見せなければ、しばらくは大丈夫だろうと、カティとキャメルは判断する。
それに、そこは集合場所としても利用できるのだ。
「なら、私とキャメルも調べ終えたら、一旦そこに向かって集合するのはどう? 共有は大事だと思うわ」
「そうね。私もそれでいい」
頷き合う三姉妹。
それぞれが必要なこと、重要だと思うことを選択した。
その行動が事態解決へと繋がると信じて。
これからは、三姉妹にとって逃亡ではない。
反抗、前進、邁進――そういった類いの行動である。
互いの成功と無事を信じて、三姉妹はそれぞれ行動を開始した。




