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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
44/215

「申し、訳……ございません。……強い盗賊に、襲われ……て……」


 息も絶え絶えな状態で現れた女性――女性斥候は、それだけ言うと気を失いそうになる。

 だが、伝えることはまだあると気力を振り絞るが、既に限界近くで呼吸だけで精一杯だった。

 モラルスは現れたのが女性斥候であると直ぐに気付き、店内に向かって「回復薬を直ぐに!」と大声で指示を出す。

 ただ、その内心は事態の深刻具合を測っていた。

 何しろ、冒険者パーティ「麗しき深緑」と共に居るのは、自身の妻であるメルサ。

 ここに居ないということは逃げられなかったということだ。

 虚偽、夢、幻、なんでもいいが、女性斥候の傷付いた姿は、否応なしに現実であると突き付けてくる。

 まずは現状の把握が第一だと、モラルスが自分を抑え付けていると、女性斥候の体が温かい光に包まれた。

 満身創痍であった女性斥候の体がみるみる内に癒えていき、あっという間に全快する。


「……え、え? これは」


 女性斥候は突然のことに戸惑うが、体は正直だ。

 全快したことで気力が充実していき、会話する力も直ぐに戻る。

 それが、ニトの狙いだった。


「傷が癒えて意識がはっきりしたな?」


「え? は? えっと、あなたが私の傷を」


「そんなことはどうでもいい」


 周囲の意見としては、満身創痍から一気に回復させるだけの、常識ではありえない強い回復力の魔法について色々と聞きたいが、ニトの雰囲気がそうはさせない。

 迂闊に声をかけてはいけいない存在が、そこに居た。


「いいから続きを話せ。盗賊に襲われて、どうした?」


「あ、は、はい。えっと……」


 ニトの勢いに押されるまま、女性斥候は簡潔に起こった出来事を口にする。


「……なるほど。商品の方が狙いのようだな」


 ニトがそう口にするのと一緒に、話の内容を聞いていたモラルスも同じ結論を抱くが、同時にそれならそこに居た者たちは……と、考えたくはないが、覚悟だけは固めていく。

 あとはこの事態に対して冒険者ギルド辺りに依頼を出すのが通例だが、幸いと言っていいのか、モラルスには依頼を出せる心当たりがある。

 只者ではないと勘が告げた人物――ニトに直接依頼すればいい、と。

 モラルスは早速依頼しようとして、女性斥候はそこで傷を癒してもらった礼を言っていないと言おうとして……できなかった。

 それは周囲に居る者たちも同様である。

 誰しもが、重い枷で縛られたかのように体が動かなくなった。

 そうなった理由は、ニト。

 ニトから発せられている圧力によって――正確には、その余波のようなモノだけで身動きが取れなくなっていた。

 また、あまりにも強い圧力であったため、それが怒りによるモノだということを本能で理解する。


「………………ノイン」


 ニトがそっと呟くに言うが、不思議と誰の耳にも届いた。

 ノインとフィーアは状況を気にせず食事を続けていたが、ノインは呼ばれて頭を上げる。


「話は聞こえていたよ。協力して欲しいのか?」


「ああ。俺よりもノインの方が、気配察知が優れているからな。逃がす訳にはいかない」


「やれやれ……まっ、食後の運動というのもいいかもね」


 そう答えるノインの表情は、どこか嬉しそうだった。

 ニトから優れていると言われたことが関係しているだろう。


「話からおおよそを推測して……とりあえず、その場にはもう居ないようだね。その周囲で動いているのもたくさん居るから、どれかまではわからない。ただ、その場に行けば、匂いで追えるよ」


「それで駄目なら、手あたり次第か?」


「手あたりでも問題ないけどね」


「寧ろ、それくらいでないと運動にならないんじゃないか」


 ニトとノインは笑みを浮かべ合い、もうここに居る意味はないと行こうとする。

 フィーアも食事をやめて、共に行く。

 ニトはもう限界だった。

 落ち着ているように見えても、実際は小さなきっかけで爆発するような状態である。

 それなのに、予約してまで確実に手に入れようとした物が手に入らなくなるという、酷く残酷な方法で、再び絶望を与えられてしまった。

 寧ろ、ここで暴れなかったことが奇跡なのだ。


 そこに、声がかけられた。


「お、お待ちください!」


 どうにかこうにか絞り出したような声で、モラルスがニトたちを引き留める。

 相手が色々と世話になったモラルスだからこそ、ニトたちは足をとめた。


「なんだ?」


「か、会話の内容から察するに、これから件の盗賊を捜して潰すということで間違いありませんか?」


「そうだが? なんだ。無理だと言いたいのか?」


「いえ、そのようなことは決して言いません。ただ、もし妻が……それと冒険者パーティ『麗しき深緑』の者たちが生きていれば……」


「……まっ、それくらいなら構わない。誰が誰とかわからないが、とりあえず連れてこよう。ただ、期待はするなよ」


「ありがとうございます。それと、可能であれば盗賊を生け捕ってもらえないでしょうか?」


「盗賊だろ? わざわざ生かすのか?」


「噂があるのです。一部の貴族と繋がっている盗賊が居る、と。状況的にその噂の盗賊の可能性が高いですし、それにもしもの時は……その時の感情を向ける相手が必要ですので」


 グッと拳を握ってそう言うモラルス。

 モラルスは噂と言ったが、その内容にはどこか確信を得ているような、そんな雰囲気をニトは感じ取っていた。


「それくらいなら別に構わない」


「ありがとうございます。それと、この件が終わり次第、一つ依頼を出してもいいでしょうか? 話を聞いていただけるだけでも構いません」


「まあ、何をお願いしたいのかはわかるが、あとで聞くだけ聞いてやる」


 そう言って、ニトはモラルスに向けて軽く手を振り、ノイン、フィーアを連れて一気に駆けていく。

 その姿は、モラルスを含めたこの場に居る者たちの視界から瞬く間に消える。


「……よろしくお願いします」


 たとえその姿は見えなくても、モラルスは願いを込めるように、ニトたちが駆けていった方向に向けて深々と頭を下げた。

 頭を上げると、モラルスは自分にもできることはあると、行動を開始する。


     ―――


 辺境伯の命令により、直下の騎士や兵士だけでなく門番に至るまで、基本的にニトたちへの過剰な干渉は禁止されている。

 ニトたちが辺境都市・シウルから出ようとした場合、何か犯罪を起こしたのならまだしも、通常時に何かを言うようなことはしない。

 なので、ニトたちはすんなりと辺境都市・シウルの外に出ることができて、スムーズに件の場所――襲撃が起こった場所に辿り着く。

 女性斥候の話からでもそうだが、街道上に木々の葉が妙に残っていたり、切断された木々が街道外に隠すように置かれていたりと、少なからず偽装工作が施されていたため、そこが襲撃場所だとわかった。


 グルッと周囲を見て、ニトは口を開く。


「ここで間違いようだが、わかるか?」


 鼻をヒクヒクとさせるノイン。


「……血の臭いはするが、大量ではなさそうだ。死んだ小童は居ないのかもね」


「まあ、相手が盗賊で、女性しか居ないとなると、どういうつもりで生かすかは推測するまでもないな」


「ふんっ。そこらの獣と変わらないね。でもまあ、血の臭いで追えるよ」


 ノインが断言すると同時に、同じように鼻をヒクヒクさせていたフィーアも頷く。


「そうか。なら、案内を頼む。俺に絶望を与えた礼を返してやる」


「やれやれ。私が運動する分くらいは残しておいて欲しいが……無理そうだね」


 再び怒りを身に宿らせるニトを見て、ため息のような息を吐くノイン。

 そして、ニトたちは血の臭いを辿って追う。

 一直線に――敵に向けて――。


     ―――


 メルサと「麗しき深緑」の一行を襲撃した盗賊たちは、アジトに向けて進んでいく、

 その人数は女性斥候を追っていた者たちも合流して、優に二十人は超えている。

 そんな大所帯が森の中の進んでいる姿は非常に目立つ。

 何より、その盗賊たちの中には馬車があった。

 メルサが逃がした馬は再び捕らえられ、馬車を引いている。

 どちらも目立つ要素だが、それで襲われるようなことはなかった。

 いや、実際には魔物が現れて襲いかかる時もあるにはあるが、そもそも森の浅層の魔物は盗賊たちから敵認定されておらず、一蹴されている。

 戦闘能力だけではなく、数も違うために問題にすらなっていない。

 森の中に潜む他の盗賊たちも手出しはしてこなかった。

 というのも、この盗賊たちはここで長く活動し、人数だけではなく個々の戦闘能力も他の盗賊とは違って高いため、手を出せば返り討ちに遭うことを知っているからだ。

 所謂、辺境都市・シウル周辺で活動している盗賊たちの中で、未だ捕らえられていない古参の一つが、この盗賊たちであった。


 そんな盗賊たちが目立つ馬車をわざわざ持っていくのは、それが狙いであったからで、その馬車の中には、縛られて身動きが取れないメルサと「麗しき深緑」の一行が放り込まれている。

 妙な動きを起こさないようにと、見張りとして盗賊二名も同乗していた。

 メルサと「麗しき深緑」の一行は多少の怪我は負っているが無事――なのだが、盗賊たちのアジトに着けば、その身の保証はない。


 ただ、盗賊たちの進行速度は、馬車に合わせてそれほど速くはなかった。

 というのも、森の中ということもあって馬車の速度が非常にゆっくりであるため、それこそ人が横で共に歩める程度の速度しか出ていない。

 だからこそ、収穫である馬車を守りながら進むといったこともできていた。

 そんな馬車の一番近くで歩いている男性が、この盗賊たちのリーダーであり、顔に傷があるのが特徴である。


「……」


 顔に傷のある盗賊は思案顔を浮かべている。

 周囲への警戒に関しては他の盗賊たちがやっているので、考え事に集中できていた。

 そこに、別の盗賊が声をかける。


「一ついいですか?」


「なんだ?」


「今回の狙いは積み荷だけですよね? あの女たちは必要ないのでは?」


 声をかけてきた盗賊の表情には、どこか不満が見てとれた。

 メルサと「麗しき深緑」の一行との戦闘は、何も無傷で終わった訳ではない。

「麗しき深緑」の一行が傷を負っているように、盗賊たちの方も傷を負った、もしくは負っている者は居て、持ってきていた回復薬だけでは足らず、完全に治すためにはアジトまで戻らなければない状態である。

 声をかけてきた盗賊は、まだ傷を負っている者と親しかったことを、顔に傷のある盗賊は思い出す。

 だからこそ、その傷を負わせた者たちを連れていくことに苛立っているのだろうと。


「……そうでもない。確かに依頼されたのは積み荷だけだが、あの女たちにも使い道はある。ヘンドゥーラ商会長の妻をゲイルに渡せば、ヘンドゥーラ商会に対して有効的に使ってくれるだろう。それでジャーラ商会がシウルで一、二を争うのではなく、文字通りの一番になってくれれば、こちらとしても今後がやりやすくなる」


「そうですね。間接的にですが、ヘンドゥーラ商会にはこれまで随分と邪魔されてきましたから。ですが、それだと冒険者の女共は必要ないのでは?」


「命令とはいえ、こんな辺境まで来て、長い間盗賊の真似事をさせられているからな。色々溜まっているだろうし、はけ口は必要だろう?」


「そういうことですか。確かに必要ですね。ありがとうございます、隊長」


 声をかけてきた盗賊は、顔に傷のある盗賊に向けて軽く敬礼をする。

 ただ、その仕草は確かに軽かったが妙に慣れているモノだった。

 顔に傷のある盗賊は、苦笑を浮かべる。


「隊長はやめろ。今は盗賊らしく、頭と呼べ」


「失礼しやした、お頭」


「ふっ。口調まで盗賊のように言わなくていい」


 顔に傷のある盗賊は、冗談を言い合ったかのように笑みを浮かべる。

 それは声をかけてきた盗賊も同じであった。


 しかし、実際のところ、この盗賊たちは自らが言っていたように、盗賊の真似事をしているだけに過ぎない。

 その本質というか、この盗賊たちの正体は、とある侯爵の私兵で構成された、辺境都市・シウルに送り込まれている特殊工作専門の秘密部隊で、主な目的は盗賊行為と、他の盗賊たちの情報を調べることであった。

 盗賊行為は辺境都市・シウルの防備に対する信用を落とさせるために行い、辺境伯を失墜させるための一役を担っている。

 他の盗賊たちを調べているのは、辺境伯を失墜させたあとに、とある侯爵の名の下で就任する男爵と共に、今は放置している周辺の盗賊たちを一斉排除する予定だからだ。

 その結果として、男爵が名声と共にスムーズに辺境都市・シウルを掌握させる腹積もりである。


 そのような役目を与えられているため、この部隊の存在は一部の者――とある侯爵含む数人しか知らず、その中には、辺境伯を失墜させたあとに就任予定の男爵と、ジャーラ商会の会長であるゲイルが居る。

 この秘密部隊がヘンドゥーラ商会の荷馬車を襲撃したのは、男爵とゲイルの指示によるものであった。

 また、ゲイルのジャーラ商会が辺境都市・シウルで一、二を争う商会にまで大きくなったのは、男爵とゲイルがその立場を利用して他の商人、商会の情報を得て、ジャーラ商会にとって不利益となる存在を、強奪、殺人と手段問わずにこの秘密部隊を使って排除してきたからである。


 だが、今回はそうならないだろう。

 何しろ、この秘密部隊は手を出してはいけないモノに手を出してしまったのだから。

 男爵は王家からの報告を、もっと気にかけるべきだったのだ。

 わざわざ、下手をすれば壊滅するかもしれないと、注意されていたのだから。


 そして、絶望を与えられ、怒りを身に宿す者が舞い降りる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王さんや側近は馬鹿なのレベルだな。普通敵対して滅ぼされたくなければ通達の一つもするだろ(笑)
2021/12/24 04:38 退会済み
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