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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
43/215

サイド 「メルサと『麗しき深緑』」

 それに随伴するように女性が騎乗している馬が三頭、辺境都市・シウルに向けて街道を駆けていた。

 大型馬車の御者も女性で、三十代前半ほどで、商人のような服装を身に纏っている。

 事実、その女性は商人で、王都から様々な物を仕入れて、辺境都市・シウルに戻るところであった。

 ――「メルサ・ヘンドゥーラ」。

 辺境都市・シウルで一、二を争うヘンドゥーラ商会の商会長であるモラルス・ヘンドゥーラの妻である。

 メルサもまた商人としての能力が高く、目端が利き、目利きも一流であるため、王都まで出向くことが度々あった。

 その際、王都~辺境都市・シウルの間にある町や村にも寄って、行商も行っている。

 行きで足りなければ、帰りで足していき、必要な物資を販売していく。

 メルサの行商で大いに助かっている村は少なくなかった。

 ただ、王都から辺境までの往復ともなれば時間もそれ相応にかかるし、この世界には魔物が存在しているだけではなく、他にも積み荷を狙う盗賊も現れるため、道程には護衛が必須である。


 その護衛として用いられているのが――冒険者パーティ「麗しき深緑」。

 Bランク冒険者で、既に「弓将アロー」という呼び名を持つ女性エルフがリーダーを務め、他に戦士、剣士、魔法使い、斥候の四人を合わせた女性五人組で構成されている、活動拠点が辺境都市・シウルの冒険者パーティである。

 リーダーの女性エルフ以外はまだCランクであり、パーティとしてのランクもCランクではあるのだが、その実力は高く、Bランクになる日もそう遠くないと冒険者ギルドから期待されている。

 何より、「麗しき深緑」は全員見目麗しいため、周囲からの人気も非常に高い。

 そうなると余計な手出しがされそうだが、辺境都市・シウル内においては、それは起こらなかった。

 というのも、「麗しき深緑」はヘンドゥーラ商会に所属している専属の冒険者パーティであるため、もし迂闊に手を出そうものなら、ヘンドゥーラ商会を敵に回すことになる。

 辺境都市・シウルで、そんな勇気を持つ者は居なかった。


 馬車と並走している馬に騎乗しているのは、「麗しき深緑」の中で、リーダーである女性エルフと、女性戦士、女性斥候である。

 この三人が周囲を警戒しつつ馬を走らせ、残る女性剣士と女性魔法使いは、馬車の中の後方にある空いた場所で待機していた。

 馬車後方には商品を積み込む時に使用される扉があり、今はそこを開けて、女性剣士と女性魔法使いは後方を警戒している。


 王都と辺境都市・シウルまで、これまで何度もこうして往復しているということもあってか、誰の表情にも緊張感は見られない。

 何度も経験しているからこそ、それは繰り返しということなので、少なからず余裕が生まれる。

 なので、警戒しつつも会話を楽しむといったこともできるのだ。


「ねえ、どっちだと思う?」


 不意という訳ではないが、思い出したかのように女性剣士が女性魔法使いに尋ねる。

 女性魔法使いは、視線は周囲を窺いつつ、口だけは女性剣士に向けて開く。


「どっちって、何が?」


「イリス姫の婿取り。『光剣』と『全弓』。私は『光剣』だと思う」


「どうだろうね。単純にAランクだからとかでは決めなさそうだけど。それに、今後候補は次々と現れるでしょうから、その二人が選ばれるかどうかはわからないでしょ……まあ、私は『全弓』を推すかな」


「ああ、好きそうなタイプだもんね」


「違うとは言わないけど、きちんと総合的に考えての結論よ。その二人なら、『全弓』ってだけ」


 実際のところはもう結果は出ているのだが、メルサと「麗しき深緑」の一行が王都から出発した時は、ニトが現れる前であったために、まだ現状は知らないのである。

 女性剣士と女性魔法使いの二人は、そのまま警戒しつつ会話を繰り広げる。

 内容は主に王都で新たに発見した物や、どこの料理が美味しかったなどの雑談へと変わっていく。

 それは御者台に居るメルサまで聞こえているのだが、それを注意はしなかった。

 二人が警戒を怠っていないとわかっているからである。

 何しろ、本来なら雇用主と雇用された側として一線が引かれるような関係性だが、既にこれまで何度も行動を共にしており、心を許せるような関係性まで深まっているのだ。

 なので、メルサからすれば、二人の会話はBGM代わりのようなモノ。


 そのままメルサと「麗しき深緑」の一行は辺境都市・シウルに向けて、森の中にある街道を進んでいく。

 王都から辺境都市・シウルに向かう街道の中で、ここが一番近かった。

 そして、あともう少しで辺境都市・シウルの外壁が見えそうな位置まで辿り着きそう、というところで、リーダーの女性エルフが声を張り上げる。


「……警戒! このまま突っ切る!」


 馬車も馬も速度は緩めない。

 寧ろ、上げていこうとする。

 女性エルフがわざわざ声を張り上げて注意を促す事態だと、誰しもが思った。

 何しろ、辺境都市・シウルの周辺は盗賊発生率が高い。

 商人の馬車を狙って、よく現れるのだ。

 ただ、気になることもある。


「どうした、リーダー! いつもなら迎撃だろ!」


 女性エルフの馬に近寄って、女性戦士がそう声を飛ばす。

 答えは、別のところから届く。


「追って来ているんじゃない! 既に囲まれてるっ!」


 女性斥候の答えに、女性戦士に聞き返す。


「どういうことだ?」


「前方に集まっているとか、追って来ているとかじゃなく、取り囲んでいるってことは、罠の可能性が高い! いや、それ以前に、取り囲まれるまで気付けなかったことが問題!」


 追加でそう答えた女性斥候は、投擲用のナイフを手に取る。

 女性エルフもいつでも放てるように弓を構え、女性戦士も言われて緊急事態だと察して斧と盾を構えた。

 身構えたのは、他も同じ。

 女性剣士は双剣を、女性魔法使いは杖を構え、メルサも手斧をいつでも手に取れる位置に置く。


 そこで、進行を阻止するように、前方の周囲にある木が次々と倒れ、激しい音と共に街道を封じる。

 馬だけであれば、そのまま跳び越えるといった手段も考慮できたかもしれない。

 しかし、馬車は不可能だ。

 間違いなく横転する。

 そのため、強行は得策ではなく、とまるしかない。

 そこで、メルサと「麗しき深緑」の一行がそこでとまるとわかっていたかのように、周囲の森から一人、二人ではなく、少なくとも十数人の盗賊が馬車を取り囲むようにして現れる。


 女性エルフは、現れた盗賊たちを見て警戒を強めた。

 あまりにもチグハグだったからだ。

 現れたのは、確かに盗賊である……その見た目的には。

 どこか粗野な風貌であるし、装備も間に合わせようのような統一感は一切ない。

 ただ、それでも、女性エルフの目から見て、おかしな部分がいくつかあった。


 装備というか、防具はどこか薄汚れているのだが、わざと汚しているような感じを受ける。

 手に持つ武器も真新しいというか……そう、欠けている部分が一切なく、盗賊が持つような粗悪品には見えない。

 しかも、誰か特定がそうなのではなく、全員が、そうなのだ。


 また、Bランクだからこそと言うべきか、一流の強さを持っているからこそ、わかることがある。

 女性エルフは、現れた盗賊たちの身のこなしが異常、もしくは似つかわしくなく、どこか洗練されているように感じていた。

 普通ならば、盗賊はそこまで強い訳ではない。

 Bランク、いや、Cランクであれば、数が揃えば面倒というだけで、個々で見れば大したことはないのがほとんどである。

 例外は、本当に例外なのだ。

 しかし――。


(……不味いな。どいつもこいつも強い。下手をすれば、Cランクレベルの強さだ)


 盗賊たちの強さを肌で感じ取り、そう判断する女性エルフ。


(それに、あいつ……)


 盗賊たちの中でもっとも年長で、顔に傷のある四十代ほどの盗賊は、自分と同レベルかもしれないと、女性エルフは感じ取っていた。

 おそらく、あれがリーダーだ、と判断する。

 このままでは不味い……後手に回るのは危険だと、女性エルフは流れるような自然な動きで弓に矢を番えて放つ。

 空気を裂く音と共に、放たれた矢が顔に傷のある盗賊に刺さる――前に、別の盗賊が斬り落とす。

 そうなることはわかっていたのか、女性エルフは気にした様子も見せずに、もう一度弓矢を構えた。

 いや、少しでも弱みを見せる訳にはいかない、と考えたのだ。


「それ以上近付けば、近い者から射殺す!」


 先ほどのは牽制で、次は本気で殺すと、女性エルフは殺気を交らせて語気を強める。

 女性エルフのその様子から、メルサと「麗しき深緑」の他の者たちは思っているよりも危険な状況だと理解して、いつでも動けるように身構えた。

 対する盗賊たちは、「ヒュー」と口笛を吹く者が居たり、肩をすくめたりといった、どこか相手を揶揄する行動を取る。

 盗賊たちはわかっているのだ。

 個々の強さならわからないが、数で勝っている自分たちの方が有利である、と。


 顔に傷のある盗賊が、女性エルフに向けて口を開く。


「……運が悪かったと諦めるんだな」


 その言葉を合図にして、盗賊たちが一斉に襲いかかる。

 女性エルフは言った通り、一番近くに居る者に対して矢を射り、そのまま直ぐに矢を番えて連射した。

 これで少しでも数が減ってくれればと願うのだが、やはり普通の盗賊と思えない連携で矢を避けたり、わざと防具で受けたりと、被害を最小限まで落とす。


 その間に、周囲から盗賊たちが迫り、他の者たちに襲いかかる。

 女性戦士は盾で上手く攻撃を受けつつ反撃を行うが、数人に取り囲まれて防戦一方に近い。

 その近くでは、女性斥候が速度を活かして攻撃を回避しつつナイフを投擲したりといった行動を取るが、満足できるダメージは与えられていない。

 女性剣士は馬車から飛び出し、後方から迫る盗賊たちに向けて斬りかかり、そのまま剣戟を繰り広げる。

 女性魔法使いは馬車の近くを陣取って援護の魔法を放つが、盗賊たちは魔法を警戒しているのか、念入りに対処しているために効果は薄い。

 メルサは手斧を構えているが、今のところはそこまで盗賊は迫っていない。

 ただ、いつでも動けるように周囲の様子を窺っている。


 メルサと「麗しき深緑」の一行は奮闘していると言えた。

 ただ、同時にこれ以上は見込めない。

 普通の盗賊ではないというだけではなく、数まで違うとなると、ここから巻き返すのは難しいだろう。

 何より、「麗しき深緑」の中でもっとも強い女性エルフは、近付かれるのと同時に近接武器――弓から長剣に切り替えて戦闘を行うが、顔に傷のある盗賊とやり合うだけで精一杯だった。

 拮抗している、と言ってもいい。

 けれど、拮抗では駄目なのだ。

 総戦力で盗賊側が勝っている以上、状況打破には繋がらない。


 だからこそ、女性エルフはどうにかできないかと思案する。

 体力が残っている――動ける内に動かないと本当に手詰まりになってしまう。

 思案は直ぐ終わり、女性エルフはやり合いながらメルサと仲間たちに向けて視線と意思を飛ばす。

 運頼りになってしまうが、これしかない、と。

 これまで培ってきた絆によって、全員がその視線の意味を理解する。


 顔に傷のある盗賊は、何かを察した。


「こいつら、何かするぞ!」


 顔に傷のある盗賊が警戒を飛ばすが、既に遅い。

 メルサと「麗しき深緑」の一行は行動を起こしていた。

 女性魔法使いが馬車から飛び降りるのと同時にメルサが馬車を走らせ、前方が倒れた木々で防がれていようが関係ないと一気に加速し――直前で曲がらせる。

 だが、速度に対して馬車は曲がり切れずに横転。

 メルサは直前に手斧で手綱を切って馬を逃がし、自身も馬車から飛び降りていた。

 横転した馬車に向けて、同じく馬を全速力で走らせる女性斥候。

 メルサと「麗しき深緑」の一行の中で、もっとも年若く、身軽で速いのは女性斥候なのだ。


「必ず……必ず助けを呼ぶから!」


 そう叫ぶ女性斥候。

 その先は言わないというよりは、言葉にできない。

 言えば砕けてしまいそうだから。


「逃がすな!」


 顔に傷のある盗賊の命令で、盗賊たちが女性斥候と馬の邪魔をしようとするが、メルサと「麗しき深緑」の他の面々がそうはさせないと力を振り絞って盗賊たちとやり合う。

 その行動によって、女性斥候と馬は無事に横転した馬車のところまで辿り着き、横転した馬車を踏み台にして、馬が倒れた木の部分を跳び越えて駆けていく。

 馬が駆ける音で女性斥候が脱出したことを知り、メルサと「麗しき深緑」の他の面々は少しだけ安堵する。

 女性斥候なら、きっと無事に逃げおおせてくれるだろう。と。

 あとは、女性斥候が呼んだ援軍が来るまで耐えればいいだけ。


 ……耐えられる、とは誰も思っていない。


 けれど、絶望の表情を盗賊たちに見せるのは癪だと、メルサと「麗しき深緑」の他の面々は、これで勝ったと勝利の笑みを浮かべる。

 対する盗賊たちは……やることは変わらないと、特に変化はない。

 顔に傷のある盗賊が息を吐く。


「はあ……逃げられたか。ここからな。どちらにしろ、さらに周囲にも目を光らせている。もし、それでもどうにかシウルに辿り着こうが……こちらもそこまで時間をかけるつもりはない」


 状況は何も変わっていない、と顔に傷のある盗賊は女性エルフに向けて襲いかかり、他の盗賊たちも襲撃を開始した。


     ―――


 顔に傷のある盗賊が言ったように、倒れた木々を抜けた先にも盗賊たちは居た。

 だが、女性斥候はとまらない。

 とまる訳にはいかない。

 一心不乱に駆け抜け、辺境都市・シウルに向かう。

 相手は盗賊なのだ。

 あの場に残ったメルサと「麗しき深緑」の他の面々がどうなるかなど、女性斥候にだってわかっている。

 それでも、辺境都市・シウルに望みを懸けるしかないのだ。

 辿り着けば、何かが変わるかもしれないと。

 変わらない……とは今は考えない。

 だから、女性斥候はとまらなかった。

 たとえ矢で射られようとも、馬がとまってしまえば終わりだと、自らの体を使って馬を守りながら突き進む。

 それに、辺境都市・シウルに近付けば近付くほど、人の目は増えていく。

 盗賊が姿を見せれば問答無用で討伐対象なのだ。

 女性斥候は懸命であったために気付かなかったが、追う盗賊たちはいつの間にか姿を消していた。


 そして、女性斥候は満身創痍ながらも辺境都市・シウルに辿り着き、門番に「盗賊による襲撃」とだけ告げたあと、詳しく聞こうとする門番を振り払って、雇い主でもあるモラルスの下へと向かい、泣きながら事情説明を行う。


 女性斥候は知らなかった。

 メルサと「麗しき深緑」の他の面々も知らない。

 盗賊たちは、その行動の結果がどういうことになるのか知らなかった。


 馬車の積み荷にあった物が、ある人物にとってどれだけ必要であったかを。

 どれだけ渇望していた物であったかを。


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― 新着の感想 ―
[一言] あーあ…もうカウントダウンは始まっちまったんだぜ!
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