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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
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 辺境都市・シウルにある大宿「黄金の杯亭」。

 大宿というだけあって、馬車も数台置いておける場所があり、馬が休める獣舎も完備していて、内部は非常に広く、分割もされている。

 分割といっても、問題が起こらないようにと、二つに分けられているだけだ。


 一つは、大衆向け。

 値段もそこまで高くなく、少しばかり贅沢しようと思った時に手が届くくらいの料金である。

 また、食堂の味も良く、大衆浴場があるため、行商が体を休めるために宿泊することが多い。


 もう一つは、貴族向け。

 所謂高級――スイートルームのような部屋が区分けされた場所にあり、浴室も個室が用意されているため、辺境都市・シウルに立ち寄る貴族がよく利用している。

 また、貴族が相手となると礼儀作法にも精通していなければいけないため、高級室専属の従業員も居た。


 宿屋というジャンルに絞れば、「黄金の杯亭」は辺境都市・シウル内で一番の宿屋だと言えるだろう。

 モラルスにここを紹介されたニトたちは、獣舎の方も実際に確認して、ノインとフィーアが問題なく休むことができるくらいに広いとわかり、大衆向けの方で数日宿泊することにした。

 だが、実際は既に用意されていたのである。

 というのも、フェンリルが辺境都市・シウルにきたという情報は「黄金の杯亭」側も既に手に入れており、それなら宿泊はここでしかできないとわかっていたのだ。

 なので、フェンリル用に場所空けしていたのである。

「黄金の杯亭」側も、フェンリルを宿泊させたという、ある種の箔が付くので歓迎したという訳だった。


 ただ、困惑したのは獣舎担当の従業員。

 これまでフェンリルの世話をしたことは当然なく、いやいや無理無理と首を強く振って否定する。

 何しろ、相手をするのはフェンリル。

 相手の命を簡単に刈り取れるのは間違いなく、余程の馬鹿でない限りは、手出しをしようなんて思わない。

 そんな相手にもし粗相があれば……というか、その可能性がもっとも高いのは自分ではないのか? と獣舎担当の従業員は思ったのだ。

 獣舎担当の従業員は、助けを求めるようにニトを見た。


「は? 別に問題は起こさないよな?」


 ニトがノインに確認する。

 ノインはニトに対して納得いかないという表情を向けた。


「少なくとも、ニトよりは問題を起こさないと思うけどね」


「なら、どこにも問題はないな。俺も問題を起こすような感じではないし」


 だから安心しろ、とニトとノインは獣舎担当の従業員に向けて、ニッコリと笑みを浮かべる。

 フィーアは苦笑を浮かべ、獣舎担当の従業員はどこか嘘っぽいと感じていた。

 だからといって、獣舎担当の従業員が断れる訳もないので受け入れるしかない。

 そんな獣舎担当の従業員に向けて、ニトが注意事項を伝える。


「あっ、飯は従魔用とかそういうのではなく、食堂とかで出ているのを大盛で……でいいよな?」


「小童たち基準の大盛では全然足りないね」


「なら超大盛……いや、好きなだけ食べさせればいい。金はあるから。いざとなれば稼がせればいいし。とりあえず、こっちと同じのを出しておいて」


「しっかりとした味付けで頼むよ」


 ベロリ、と舌舐めずりをするノイン。

 獣舎担当の従業員はかしこまりましたと、食堂にすっ飛んでいく。

 ノインとフィーアが満足する分を用意するとなると、料理人の方も大変だろうな、とニトは思う。


     ―――


 そして、翌朝。


「……なんだ、これ?」


 辺境都市・シウルで数日足止めのため、今日の予定でも決めようかと、ニトがノインとフィーアが宿泊していた獣舎の方に行くと、その前に多くの人――「黄金の杯亭」の従業員と宿泊客たちが集まって騒いでいた。

 ここに宿泊客が居るということは、馬車の馬を引き取りに来たとか、そういうことなのだろう。

 どちらが先に発見したかはわからないが、従業員たちが宿泊客たちを落ち着かせようと必死である。

 何事かとニトが遠目に確認すれば、獣舎の入り口近くで十数人ほどが山積みにされているのが見えた。

 誰がどう発見したとか、山積みになっているのがどういう者たちなのかはわからないが、誰がやったのかは考えるまでもないだろう。

 山積みになっている者たちに共通しているのは、誰しもが黒色の衣服を着ていること。

 闇夜に乗じて動いていたと思われるが、陽光が降り注ぐ今となっては滑稽にしか見えない。

 その近くにたくさんの武具を集めたように置かれているため、襲撃者だろうという推測は立つ。


 狙いはノインとフィーアだろうな、とニトが思っていると、獣舎に誰も入らないように入口に陣取っていた獣舎担当の従業員がニトの姿を見つけ、こちらに来るように手招きする。

 事情を聞くために、ニトはそちらに向かう。


「……あれ? お一人ですか? 従業員は?」


「いや、俺だけだ」


「なら、入れ違ったのかもしれません。あれが見つかって直ぐ、従業員を呼びに向かわせたのですが」


 獣舎担当の従業員が見ていたのは、山積みされた者たち。

 朝の餌やりとかを行う時に発見したのだろう、とニトは思う。


「そういうのには会ってもいない。なら、入れ違いだろ。それで、これはどういう状況だ?」


「見た通り、フェンリルさまを狙って襲撃がありました。ですが、フェンリルさまがすべて撃退したようで……」


「まあ、そこら辺どころか、大抵のヤツなら数を揃えてもどうしようもないだろ。それこそ、王都の全兵力くらい用意しないと、相手にもならないだろうな。それで、他の馬とかに被害は?」


「ありません。獣舎の中に被害はないので、外でやり合ったのだと思います。ただ、近場で戦闘があったということで落ち着かせるために、別のところに連れて行っています。フェンリルさまたちはそのままここで眠っていますが」


「まあ、他のところに被害はないなら別にいい。それで、『黄金の杯亭』としては、この件はどうするつもりだ?」


「まだ話し合っていると思います。ただ、敷地内で襲撃を行ったのですから、このまま黙ってはいないとか……宿の信用にも関わってきますから」


「だろうな。まっ、情報提供者には困らないだろうから、好きにすればいい。ノインとフィーア――フェンリルたちもそこまで気にしていないと思うし。とりあえず、入っていいか?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 獣舎担当の従業員が獣舎の扉を開け、ニトを中に入れる。

 獣舎の中は、のんびりと揃って寝そべっているノインとフィーアしか居なかった。

 ノインが閉じていた目を開けて、ニトを確認する。


「……ニトか」


「なんか眠たそうだな」


「中途半端に起こされたからね。まったく……夜は寝るものなのに、呼んでもいないのに真夜中に起こしに来るなんて、自己中心的で不躾な小童共だったよ」


「だから今眠らせてやっているなんて、お優しいことで。生かしてもいるみたいだし」


「それは仕方ないよ。実際にやったのは私ではないからね」


 それなら、とニトは眠っているフィーアを見る。


「……随分と気持ちよさそうに眠っているな」


「丁度いい運動になったようだよ。その分、私の方はただ起こされただけで、妙に目が覚めてしまってね」


「ああ、あるな、そういうの。なら、今日はこのままここで寝ておくか? 外だと騒ぎになっているし、さすがにそんな状況で襲撃は行わないだろ」


「そうさせてもらうよ。外に出て、昨日みたいにうるさいのを相手するのも面倒だしね」


 そう言って、ノインはフィーアを守るような姿勢で眠り始める。

 ニトは音を立てないようにそっと獣舎を出て、獣舎担当の従業員にこのまま眠るようだと告げてこの場をあとにし、暇潰しがてら宿を出て都市内の散歩を始めた。

 


     ―――


 ニトは辺境都市・シウル内を散歩する。

 といっても、特にこれといった目的を持っての散歩ではない。

 足が向くまま、気の向くままに、である。

 結局のところ、予約した絵が入荷するまでの時間潰しでしかない。

 ただ、ニトの心中には、ある種の期待があった。

 リーンの町でぶらついて神絵師「ouma」の絵と出会ったように、再び運命の出会いが起こらないかと、少しばかりそういう思いがない訳ではない……いや、出会いたいのだ。

 数多の神が存在しているように、神絵師もまた、数多存在しているのだから。

 それに、今ニトは潤いが足りない状態である。

 落ち着きはしたが、未だ何かのきっかけで短い導火線に火が点き、爆発してもおかしくなかった。

 けれど、早々に起こらないからこそ、運命の出会いなのだ。

 それに、そういう時ほど……というのは、様々な状況で割と起こるモノ。


 ――今回が、そうだったというだけ。


 ニトが大通りを歩いていると、粗暴そうな男性が真正面に姿を見せて、ニトが気にせず進んでも避けようともせず、そのまま立ち塞がる。

 粗暴そうなその男性は、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、ニトを格下のような見下した目で見ていた。


「俺に用か? こっちは別に用はないから、さっさと退け」


 粗暴そうな男性は、からかうように「ヒュー」と口笛を吹く。


「随分と調子に乗っているようだな。運良くフェンリルなんて大物を従魔にして、気が大きくなっているのか? もしそうなら、その体に教えてやらないとな。なあ、お前らもそう思うだろ?」


 それが合図なのか、四方八方から、似たような粗暴な感じの男性たちが現れて、ニトを取り囲む。

 この者たちの姿を一言で表すのなら――冒険者崩れ、だろうか。


「フェンリルはこの場に居ないんだ。もう少し従順な態度を心掛けた方がいいんじゃないか?」


「そうそう。大人しくな」


「それでなくても、俺たちは生意気なのを見かけると殴りたくなるんだからよ!」


 ははは! その通り! と周囲の冒険者崩れが高笑いを上げる。

 そこで、何事が起こりそうな事態だと気付いた者たちが様子を窺い出す。

 中には、冒険者崩れたちの姿を見て、逃げるように駆け出す者も居た。


 そんな周囲の人たちの様子を見つつ、ニトは思ったことを口にする。


「鏡って知っているか? 生意気なのを殴りたいのなら、鏡を見ろ。そこに映っているヤツを殴ればいい」

「「「ああっ!」」」


 笑みを引っ込め、怒りを露わにする冒険者崩れたち。

 そのまま怒りの勢いそのままに襲いかかろうとするが、そこに馬の嘶きが響き、駆け込んできた馬車が近くでとまる。


「はっ! 運がよかったな。旦那の到着が遅ければ、そのままボコっていたところだ」


 冒険者崩れたちの中の一人がそう言う。

 何言ってんだ、こいつ、とニトが思っている間に、馬車からでっぷりとした恰幅のいい四十代ほどの男性が降りてくる。

 非常に仕立てのいい服を身に纏い、指にはこれ見よがしにと、ゴテゴテとした金の指輪や宝石の装飾指輪がいくつも嵌められていた。


 そんな男性が、ニトを見て口を開く。


「……こいつがそうか」


「はい。そのようで」


 最初にニトを足止めした冒険者崩れが、そう答える。

 ニトを見る男性の目は、それこそ路傍の石を見るようなモノ。

 お前に興味はない、と言っているようだった。


「なら、お前がFランク冒険者のニトだな。用件は一つ。従魔契約を解いてフェンリルを寄こせ。私の方がお前より有効活用できるのだからな」


 殊更「Fランク」という部分を強調した男性。

 ニトは呆れ顔を浮かべる。


「は? 何言って、というか、誰だ? お前」


 ニトの表情と言動が気に入らなかったのか、男性は苛立ちの表情を浮かべた。

 すると、冒険者崩れの一人が誉め称えるように言う。


「こうして会えたことを光栄に思うんだな。この方こそ、この辺境都市・シウルにおいて一番の商会――『ジャーラ商会』の会長である『ゲイル・ジャーラ』さまだ」


 その言葉に気を良くしてか、己が勝者であるとでもいうように、どこか誇らしげな表情と態度を浮かべる男性――ゲイル。

 ニトの脳裏に昨日出会ったモラルスが浮かび、比べて……とてもではないが目の前のゲイルが一番には見えなかった。


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