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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
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 このまま大通りの真ん中で話すのもなんですので、と「ヘンドゥーラ商会」という看板がかけられている商店の店先へとニトたちを移動させた。

 男性はここで少々お待ちくださいと商店内に入っていくのだが、その代わりにその商店の女性従業員が男性に指示されて冷えた果実水を持ってくる。

 ニトだけではなく、ノインとフィーアの分まで。


「商会長からです」


 しかも、そこらにあるような器ではなく、綺麗な装飾が施されたコップに大皿と、人によってはどこか他とは違うということを感じさせるモノだった。

 といっても、ニトは気にせず、自分を落ち着かせるために飲み始める。

 気にしていないというのはフィーアも同じだが、ノインは少しだけやるもんだと思いつつ、果実水を飲み始めた。


 そのまま、時間潰しだと果実水を持ってきた女性従業員に、この商会のことと先ほどの男性について尋ねる。


 ――「ヘンドゥーラ商会」。

 辺境都市・シウルにおいて、この商会を知らない者は居ない。

 何しろ、辺境都市・シウル内で一、二を争う商会なのだ。

 他にはないレンガ造りの四階建ての建物だからというだけでなく、扱う商品も日用品から雑貨、武具までと様々で、ここで手に入らない物はないとまで言われている。

 まさに大商会であり、このヘンドゥーラ商会が辺境都市・シウル内で一番の商会だと推す者の方が多い。


 その商会長の名は「モラルス・ヘンドゥーラ」。

 鋭い観察眼と先見の明を持ち、決して商機を逃さない商才を持ち、堅実な商売を行い、人格者としても名が通っているため、多くの者から――それこそ、商人たちからも信頼されている。

 その中には辺境都市・シウルを治める領主――辺境伯も含まれており、ヘンドゥーラ商会は辺境伯が懇意にしている商会でもあった。

 所謂「辺境伯御用達」である。


 時折、ノインやフィーアをもふもふしたいという目で見ていた女性従業員からそういったことを聞いている間も、ニトたちは注目の的となっていた。

 話しかけようとする商人たちの姿もちらほら見えるが、ノインが殺気を飛ばす前に、ヘンドゥーラ商会の店頭で女性従業員が対応している姿を見ると、これは手を出してはいけないとでもいうように自ら去っていく。

 その様子を見て、ニトが女性従業員に言う。


「……随分と、影響力がある商会のようだな」


「え? あ、はい。辺境都市・シウルで一番の商会ですので」


 自慢するように胸を張る女性従業員。

 この商会の存在、そこに勤めていることが誇りだとでも思っていそうだと、ニトは女性従業員の様子を見て思う。


「ですので、普通は手出ししません。いえ、できません。先ほどのやり取りで皆さまはヘンドゥーラ商会長が招いたお客さまだとわかっていますから。それに手を出そうモノなら、ヘンドゥーラ商会を敵に回すことと同義です。そのような真似をする商会は、この辺境都市・シウルの中には……まあ、あるにはありますが……それでも、普通は手を出そうとすら思わないでしょう」


 一部歯切れが悪い部分はあったが、商人たちは言い寄ってこないのは楽だな、とニトは結論を出した。

 そこで、ノインが気付く。


「……ニト」


「なんだ?」


 ジッとニトを見るノイン。


「……どうやら、正気に戻ったようだね」


「失礼なヤツだな。俺は元から正気だ」


「先ほどまで我を忘れていたかのような行動を取っていた者とは思えない言動だね」


 やれやれ、と大皿に注がれている果実水を飲み始めるノイン。

 もうお役御免だと、あとのことはニトに任せる気のようだった。

 と、そこで女性従業員が控えるように下がれば、男性――モラルスが戻ってくる。


「お待たせして申し訳ございません。どうしても片付けておかなければいけない仕事がありましたもので」


 ノインは話す気はないと大皿から顔を上げず、ニトが口を開く。


「もう大丈夫なのか?」


「はい。一段落つきましたので。お気遣いありがとうございます」


「そうか。早速予約をしたいが構わないか?」


「ええ、構いませんよ」


「予約するのは俺にとっての神絵師『ouma』だけだ」


「かみえ……いえ、なんでもありません。それにしても、一種類だけですか?」


「そうだが、それが関係あるのか?」


「いえ、そういう訳ではないと言いますか……そうですね。正直に言えば珍しい方ですね。イリスさまの肖像画を買われるお客さまは、基本的に全種類を買われていく方が多いですので」


 モラルスは、ニトもそうだと思っていたので、表には出ていないが内心では少し驚いていた。

 予想が外れたからである。

 ただ、モラルスがそう思っていても仕方ない。

 もちろん、価値観は人それぞれだが、イリスの肖像画は種類豊富で、販売している物はどれも複製品の量産品であるため、直筆や原版などといった何かしらの付加価値要素がなければ、一般的に単体でそこまで価値があるモノではないからだ。

 また、世の中には種類があるからこそ、完全収集コンプリートしたいと思う者も居る。

 モラルスは、ニトはそれだろうと思っていたのだ。


「それは絵師の方ではなく、描かれている人物の方の人気だろうな。だが、俺にとっては描かれている人物ではなく、絵師の方が重要というだけだ」


「なるほど。わかりました。では、この……『ouma』という画家が描かれたモノを取り置きさせていただきます。それで、代金の方ですが、証書を渡して先払いでも受けていますがどうされますか?」


「先に払っておく」


 ニトはモラルスに代金を払う。

 すると、そうすることがわかっていたかのように、モラルスは既に受領した旨が書かれている証書を用意していて、それをニトに渡す。


「確かに」


 証書を確認して、ニトは一つ頷く。


「入荷次第、そちらをお持ちいただければ、お渡しできますので」


「わかった。ああ、ついでに、どこかいい宿を紹介してくれないか? 高級でも構わない。そこらの宿だと休めない連れが居るからな」


 ニトがノインに視線を向ける。

 心得ていたと言わんばかりに、モラルスは直ぐに一つ頷く。


「それでしたら、『黄金の杯亭』という大宿がよろしいかと。フェンリルさまでも休める大きな獣舎がありますので。そこは私の友が経営をしていますので、口利きもできますが」


 控えていた女性従業員に、辺境都市・シウルの案内地図を持ってきて欲しいと告げるモラルス。

 ニトは、一つ息を吐く。


「地図で場所を教えてもらえるのは助かるが、口利きまではしなくていい、というか、やり過ぎだと思うが? 俺はいってしまえば、絵を一枚予約しただけの客でしかないからな。そこまでやると、俺と知古を得ること以上の何かがあると、余計な勘繰りを入れることになる」


「わかりました。確かに、いきなり少々踏み込み過ぎてしまったかもしれません」


「そうだな。それに、結局のところ、俺自身を表するモノは、Fランク冒険者ということしかない。あんたがそこまでするような者ではないと思うが?」


 ニトがギルドカードを取り出し、「Fランク」と書かれている部分をモラルスに見せる。

 それでも、モラルスの表情は変わらない。


「肩書きがその人のすべてを物語っている訳ではありませんよ。少なくとも、私はこの目で見て、耳で聞いて、ここまで店を大きくできた直感を信じていますので」


「そうか。自分で判断しているのなら、勝手にすればいい」


 ニトがそう判断したところで、案内地図が持ち込まれ、モラルスから行き方を教えてもらう。

 モラルスが大宿と言っていただけのことはあって、今居る大通りとは別の大通り沿いにある宿であった。

 確認すれば、早速向かおうとニトたちは出発する。


「では、入荷の連絡は宿に届けさせますので、数日お待ちください」


「わかった」


 そうして出発したのだが、ニトたちは商人たちに言い寄られることなく、宿屋「黄金の杯亭」まですんなりと行くことができた。

 モラルスの影響力は随分と強いようだ、とニトは思う。


     ―――


 辺境都市・シウルにおいて、ヘンドゥーラ商会よりも高く広い建物は一つしかない。

 ここを治める領主である辺境伯が居るところだ。

 辺境伯の住居も兼ねたその場所は、言ってしまえば堅牢な砦。

 硬い壁に囲まれ、鉄製の門には重装備の門番。

 五階建てで、高いところにある窓のいくつかには、何かを設置できる台のようなモノが置かれている。

 外観だけで言えば、要塞と言い換えてもいいだろう。

 少しばかり物々しいのも仕方ないのだ。

 何しろ、辺境を開拓した際の名残と言ってもいい場所で、森から溢れ出てくる脅威と対峙できるように作られた過去と経験がある。

 当時の厳しさを物語るような傷もちらほら見えるが、きちんと修繕されている箇所もあり、どっしりと構えた印象が受けられた。

 また、内部もしっかりと作り込まれており、頑丈な柱に壁、窓も厚みがある。

 敷かれている絨毯は質のいいモノだが、花瓶などの調度品は最低限の彩りしか飾られていない。

 豪華絢爛ではなく質実剛健が、ここの主の趣味なのだと見るだけでわかる。


 そんな建物の一階奥に、辺境伯の執務室があった。

 調度品は建物全体と変わらず最低限だが、執務机と椅子にはどこかこだわりが感じられる、所謂アンティーク調のモノが置かれ、そこで五十代ほどの男性が書類仕事を行っている。

 深い緑色の短髪に精悍な顔立ち、今でも鍛錬は欠かしていないと鍛えられた体付きの偉丈夫。

 仕立てはいいが、どこか活動的に見える衣服を身に纏っているのは、書類仕事よりも体を動かす方が性に合っているということの表れだろう。

 この男性が、辺境伯である。


 そして、執務室の中にはもう一人――老齢の執事が控えていて、辺境伯にある報告を行っていた。


「……は? フェンリル、だと? しかも、親子の?」


 辺境伯が書類仕事から上げた顔には、訝しむモノがあった。

 それは嘘偽りなどではなく、真実なのか? と。

 ただ、これは別に老齢の執事を信じていない訳ではなく、突拍子過ぎてもう一度確認したいという意味での法だ。

 老齢の執事は、間違いではないと一つ頷く。


「報告を出した門番だけではなく、他にも至るところから目撃証言が挙げられています。同時に、商人たちの気絶報告も」


「……どうせ、気絶したのは欲と目先の利益しか見えない馬鹿な商人ばかりだろ?」


「はい」


「なら、それは気にしなくていい。というか、少しは考えればわかるモノだろ。フェンリルは幼体でも最低Aランクの魔物だぞ。下手に手を出して怒りを買えば、滅ぶのはこちらだと……それで、本当に野良ではなく、従魔なんだな? 親子揃って」


「はい。そちらもギルドカードで確認したので間違いないそうです。ですが……」


「なんだ? 何かあるのか?」


「主の方がFランク冒険者であったと」


「……」


 なんとも言えない表情を浮かべる辺境伯。

 それは老齢の執事も同じであった。

 椅子に背を預けた辺境伯が、一息吐く。


「……それだと、どこかの馬鹿が余計な手出しをしそうだな」


「そうですね。心当たりはありますので、懸念事項と言えます」


「それならいっそのこと、私の名で保護を……待て。フェンリル……Fランク……まさか、それは」


 何かに思い当たったかのように、辺境伯は老齢の執事を見る。


「はい。私も同じことに思い当たりました。当人への確認を行っていませんので推測の域を出ませんが、間違いなく昨日ウォルク陛下、それと冒険者ギルドからお達しのあった人物かと思われます」


 老齢の執事の言葉に、辺境伯は昨日届けられたいくつかの報告を思い出す。

 魔族による王城騒乱が起こり、それが既に解決していること。

 また、王城騒乱解決に多大なる貢献をした、フェンリルを連れたFランク冒険者・ニトが訪れた場合に、その動向を報告すること。

 それと、接触するかどうかは個人の自由だが、下手をするとすべてが壊滅する場合があって、オーラクラレンツ王家を敵に回すかもしれない、という内容である。

 同じような報告が、冒険者ギルドからも届けられていた。


 それらを思い出し、辺境伯は真っ先に思い浮かぶ疑問を口にする。


「だが、報告が届いたのは昨日だぞ。王城騒乱からもそれほど日は経っていないし、いくらなんでも速過ぎないか? ここは辺境だぞ。王都からどれだけ離れていると」


「ですが、フェンリルの足であれば、それも可能なのでは?」


「……否定はできないな。まあ、何かを仕出かした訳ではないし、無理に接触する必要はないようだから、報告通り動向だけ追っておいてくれ。特に今は、接触して面倒事を起こしそうなヤツが一人居るからな」


「かしこまりました」


 辺境伯からの命令を遂行するためか、老齢の執事が執務室を出て行く。

 その姿を見送ったあと、辺境伯は大きく息を吐いた。

 できれば、何事も起こらないように、と泡のような希望を願う。


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