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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第二章 三姉妹の賢者
37/215

 オーラクラレンツ王国・南西部に、辺境と呼ばれるところがある。

 その一帯が辺境と呼ばれる理由は一つ。

 開拓されずに残っている、それこそ小国規模の広大な森が広がっているからだ。

 自然環境に考慮して残している、自然の恵みが豊富で、中には珍しいモノもある、という側面もあるにはあるが、一番の理由は出現する魔物にあった。

 この森の影響からか、ここにしか生息していない魔物が多く存在しているから……ではない。

 もちろん、そういう魔物も存在はしているが、ここで理由として挙げられるのは、その強さにある。

 森の浅いところ――浅層であれば、まだ問題はない。

 しかし、中層の深層に近い辺りからは、それこそ一変する。

 強大な魔物が姿を見せ始め、深層ともなれば、そこに凶悪さも加わった魔物が多く生息しているのだ。

 深層の魔物は、Sランク冒険者でも命を落としかねないレベルである。

 そのような魔物が存在している場所を迂闊に開拓して刺激を与えてしまえば、それこそどうなるか、どういうことを引き起こしてしまうかがわからない。

 今の環境は、絶妙なバランスの上に成り立っているのかもしれないのだから。


 愚かな者であれば、自分勝手な尺度で問題ないと判断して、手を出してしまうだろう。

 しかし、ここオーラクラレンツ王国側の、辺境と呼ばれる場所には、森から得られる資源と魔物素材によって大きく潤う都市があった。


 ――辺境都市・シウル。

 伯爵位と同等……いや、辺境を治めているということも加味すれば、その地位は伯爵よりも上と言ってもいい、辺境伯と呼ばれる上位の貴族が治めている都市がある。

 この都市の役割は大きく分ければ三つあった。


 一つ目は、森に余計な手出しをさせないための防犯である。

 どうしても森が魅力的に見えてしまうために、手を出そうとする者があとを絶たないのだ。


 二つ目は、もし森になんらかの異変が起こった場合の防波堤である。

 わかりやすく、もっとも可能性が高いモノで言えば、魔物大氾濫スタンピードだろう。

 他にも深層の魔物が浅層に現れるなど、といった場合に対処するために。


 三つ目は、豊富な森の資源や魔物の素材の貿易所である。

 この辺境都市・シウルは、森の浅層から中層までで得られる豊富な森の資源に、魔物の素材の売買が行われている場所で、常に大きな金額が動いていた。

 寧ろ、これが本命であるとも言える。

 結局のところ、一つ目と二つ目の理由は緊急時――つまり、滅多に起こるか起こらないかのモノでしかないのだ。

 日々の生活の方が大事になるのは当然だろう。


 ただし、この三つ目の理由によって、この都市が抱える問題は魔物だけではなくなった。

 資源と素材を求めて商人が集まり、輸出入を行っているのだ。

 金と金になるモノを狙って、辺境都市・シウルの周辺は盗賊が蔓延っていた。

 何しろ、いざとなれば隠れ場所としては有用な広大な森が近くにある。

 盗賊からすれば、絶好の稼ぎ場であろう。

 もちろん、そのような存在は辺境都市・シウル側も黙っておらず、幾度となく様々な対策が取られてきたが、減らしても減らない……次から次へと盗賊は現れ増えていた。

 盗賊の襲撃はなくならず、返り討ちや森に騎士や兵士、冒険者を派遣したとしても、見つかってやられたり、捕まるのは新参の盗賊ばかりで、名が通っているような古参の盗賊は残っている。


 この問題に関しては、未だ根本的な解決には至っていない。

 巨大な白狼と普通の白狼を連れた、黒髪の冒険者が現れるまでは。


     ―――


 辺境都市・シウルには出入りできる門が三種類ある。


 一つ目は、貴族用。

 貴族優先、というよりは、貴族だけが利用できる。


 二つ目は、商人用。

 出入りの商人があまりにも多いため、輸出入専用の門ができたのだ。


 三つ目は、通常用。

 その他、一般的な出入りで利用される門である。


 貴族用の利用は稀で、商人用は商人たちが常に列を為していた。

 それは通常用も同様で、観光で来た者もいれば、依頼で森に入っていた冒険者など、商人用ほどではないが、そういった者たちによって少しばかりは列ができていた。

 その列に、黒髪の冒険者――ニトと共に、人の何倍もある巨大サイズの白い狼――フェンリルであるノインと、そのノインの娘で普通の狼サイズのフェンリル――フィーアが並んでいる。

 周囲に居る者たちだけではなく、少し離れた位置で並んでいる商人たちも含めて、誰しもが注目していた。

 ニトとフィーアだけであれば、まだそこまで注目されることはないだろう。

 せいぜい、狼の従魔を連れている程度にしか見えないし、思えないからだ。

 しかし、そこにノインが居れば、まったく違ってくる。

 普通の狼とは思えない存在感に、その大きさも相まって、誰しもがもしやフェンリルでは? と思ってもおかしくない。

 もしそうなら……と、商人たちの中には邪な思いを抱く者も居る。

 それを見逃すノインではない。


「………………」


 そういう視線を向けてきた者には、ノインの殺意込み込みの鋭い視線が向けられることになり、その心の中に恐怖を刻まれることになった。

 何しろ、そういう視線は見た目で親子であるとわかるフィーアにも向けられていたのだから、ノインがそこで手を抜く訳がない。

 それなら、王都の時のようにノインが大きさを変えればいいだけかもしれないが、王都でサイズを変えたのは、フィーア救出まで目立たないようにするためで、救出された今となってはもう変える必要性がノインにはないのである。

 そもそも、フェンリルであるノインが、その他の有象無象に気を遣うつもりは一切なかった。

 それで良からぬ思いを抱いて行動に移した時点で、その者には地獄が待っているだけである。

 フィーアはフィーアで、母であるノインを見習ってか、周囲から向けられる視線を気にしていない。


 そんなノインとフィーアが注目される中、ニトは肩を落として、どこか悲しそうである。

 粗方殺意の視線を向けたあと、ノインはニトの様子を見て息を吐く。


「……まったく。絵の一枚あるなしで、ここまで変わるとはね」


 どこか呆れた言葉に、ニトが反論する。


「人生においての潤いとは、生きるための活力だ……潤いとなるモノがあるからこそ、今日頑張れたし、明日も頑張れると思える……それがないなんて……陽が出ていても暗い世界だ……」


「……それでも、落ち込み過ぎじゃないか? それに、売り切れていたのは、それだけ人気だったってことだと思うけどね。喜ばしいことじゃないか」


「それはそうなんだが、手に入れていない者としては全力で喜べない!」


 ああ! と頭を抱えるニトと、ノインは呆れた目で見ていた。

 ニトがこうなっているのは、ノインが言ったように、燃やされてしまったニトにとっての神絵師「ouma」のイリスの肖像画が、王都からここに来るまでの間に手に入っていないからである。

 王都からここまでの間にいくつかの町を経由しているのだが、どこも売り切れてなかった。

 そのこと自体は大変喜ばしいことだが、どこも追加補充されていなかったのだ。

 それなら他の絵を、と人によっては新たな出会いを求めるかもしれない。

 自分にとっての神絵師は特別だが、特別が一人とは限らないのだ。

 多くのモノを求めるのもまた人の性である。

 ただ、今回に限っては、そもそもイリスの人気は絶大であり、他の絵もすべて売り切れていたため、新たな出会いは発生しなかった。


「……とりあえず、あれだな」


「なんだ?」


「こういう求めるモノがあるかどうかを早く確認したい時に列に並ぶと……さっさと進めとイライラするな」


「私は気にしないが、暴れると余計に入れなくなるんじゃないか?」


「そうだな。だから、俺との会話に付き合ってもらうぞ」


「別に構わないけど、それでどうにかなるのか?」


「なるんじゃないか? 会話していたら、思いのほか時間が経過していた、なんてのはよくある話だ」


「まっ、それで気が晴れるのなら、付き合ってやるよ」


「よし。では、絵について」


「それは勘弁だよ……別の話題にしな」


「そうか? 絵についてならどこまでもいけるんだが……」


 ノインが辟易とした表情を浮かべたので、仕方ないとニトは諦める。

 王都を出発からここに来るまでの間に、ノインは迂闊にもニトにその話題を振ってしまい、数時間饒舌に語られるといった経験をしていた。


「それだったら、フィーアがどれだけ可愛いかを」


「……どっちもどっちって言葉、知っているか?」


 ノインの提案を一蹴するニト。

 そのまま何気ない会話を始め、その様子をフィーアがニコニコと見ているが、周囲は違っていた。

 人語を喋る狼ということでノインがフェンリルであると断定して、商人が並んでいる列の方で欲に塗れた目を向け始める者が多く現れ始め――ノインに殺気を向けられて、刻まれた恐怖によって泡を吹いて倒れるというオチまで行われることがしばらく続く。


     ―――


 辺境都市・シウルに入るための列は思いのほか早く進み、ニトたちの順番となった。

 門番の前に、ニトたちが並ぶ。


「えっと……」


 困惑する門番。

 それも仕方なかった。

 泡を吹いて倒れる商人たちというやり取りで、目の前に居るのがフェンリルだと理解したからだ。

 もちろん、悪いのというか、倒れるのは商人たちの自業自得だと門番は思っている。

 ただ、フェンリルなんて存在と、これまで対峙したことはないため、たとえ定型文であったとしても緊張で上手く言葉が出てこない。

 ただ、門番にとって救いがない訳ではなかった。

 助けを求めるように、門番はニトを見る。


「じゅ、従魔、ですか?」


 どうにかそう絞り出す門番。


「そうだ。今、ギルドカードを……」


 そう言いながらギルドカードを取り出して門番に渡す。

 フィーアの従魔登録に関しては、ここに来るまでの町で済ませている。

 門番がギルドカードを確認している間に、ニトはノインに視線を向けた。


「やっぱり、これまでの町と同じように怖がられるな。やめれば、その大きさ」


「ふんっ! なんで私が怖がられるからって小童共に気を遣わないといけないんだ。怖がられた方が、寧ろ余計な手間をかけずに済むよ」


「欲に塗れた要らない馬鹿を呼び寄せて、結局余計な手間になると思うが?」


「手間じゃないよ。それに、ご飯代を稼がないといけないからね」


 そういうのも獲物カテゴリーなのか、とニトは思った。

 確認を終え、会話を聞いていた門番は苦笑いである。

 できないとかではなく、その後始末とか大変そうだな、と思ったのだ。


「まっ、そういうのは潰してもいいのが多いから別に気にしないが、あんまり関係ない周辺に被害は出すなよ」


「わかっているよ。それぐらいの配慮ができないとでも? というか、ニトに言われたくないね」


「は? なんでだ?」


「床を踏み抜いて壊したと思うが?」


「あれは……あれだよ。必要なことだった」


 うんうん、と頷いたニトは門番に視線を向ける。


「それで、さっきからこっちを見ているが、もう確認はいいのか?」


「え? あ、はい。大丈夫です。ただ、わかっているとは思いますが」


「従魔が何かやらかしたら主の責任ってヤツだろ。大丈夫。わかっている。手出しされなければ、こちらから何かを仕掛けるような真似はしない」


「お、お願いします。こちらも可能な限り協力しますので」


 ギルドカードをニトに返しながら、門番は一礼した。

 門番の口調が懇願するようなモノだったが、それも仕方ないだろう。

 もちろん、先に手を出した方が悪いのだが、それでもフェンリルが中で暴れるようなことになれば。一体どれだけの被害が出るのか想像つかないからだ。

 だからこそ、従魔の主であるニトに、しっかりと手綱を握っていて欲しいのである。

 なので、そういうことが起こった場合、まずは自分たちで対応しようとせずに、警備関係に連絡して欲しいという意味も込めて、協力しますと言ったのだ。


「まっ、そんな暇があったらな」


 そう言って、ニトは辺境都市・シウルの中に入っていき、ノインとフィーアがそのあとに続いていく。

 ニトたちを見送ったあと、これは只事ではないと判断した門番は、同僚を呼んでここを代わってもらい、上司へと報告に向かう。

 また、ここまでのやり取りを見ていた者たちによって、ニトたちの存在は辺境都市・シウル内で瞬く間に広まることになる。


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[一言] すでにトラブルの臭いがプンプンだぜ!
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