ちょいアフター 2
「ああ。まったくもって興味がない」
ニトは、イリスが目的ではないとハッキリと言った。
「別に、特に何かを思うことはないが?」
イリスの素顔を見ても、なんの変化もない。
それこそ、イリスを見るニトの視線は、他の者たちに向けるモノと何も変わらなかった。
特別ではなく、無理している訳でもなく、隠している訳でもなく、心に小波すら立っていない。
ただただ、その者にとっての自然体のまま。
それは、イリスにとって初めての経験だった。
自分の素顔を見せれば、家族以外は誰しもが何かしらの反応を示すのに、ニトにはなかったのである。
そんな初めての経験だからこそ、イリスはニトが気になっていた。
それがどういう思いなのか、どういう形になっていくのかは、まだ決まっていない。
ただ、これまでイリスは、その容姿を幼い頃から「美しい」と誰からも言われてきた。
それで増長しなかったのは立派だと言えるが、今でも周囲から言われ続け、そういう認識を持たれているのなら、それは本人にとっても自尊心となっていてもおかしくない――というよりは、既に自尊心であり、自身の魅力の一つであるとイリスは認識している。
ニトの態度はそれ真っ向から否定しているように捉えてもおかしくないため、今イリスがニトに対して思うことは――自分を美しいと言わせたい、という思いだった。
そのためには、いつまでも隠しているのは違うかもしれないと、イリスは鉄仮面を外して行動することが今後増えていくことになる。
―――
王都の様々な場所に、「ouma」という画家の情報提供を呼びかける立て札が設置される。
その立て札を一読した者は、大抵その場で話し合う。
誰か知っているかとか、あの人物は違うだろうかとか、一時かもしれないが、国を挙げてということもあって大きな話題になる。
とある少年冒険者は、鍛錬中だった。
ある日、そのルート上に人垣ができていたため、興味本位で様子を窺うと、その立て札があったのだ。
周囲の人たちと同じように一読したあと、自身の中で思い当たらなかったため、関係ない話だと気にすることなく、鍛錬に戻る。
何しろ、少年冒険者は、そういうことを気にする暇がなかった。
今は強くなるために、ただ前だけを向いて――目標とした人物の背中だけを追っているのである。
―――
とある少年冒険者が走り去った場所にある立て札を見ている者が居た。
その者はそれなりに……いや、かなり有名である。
通り名もあるほどで、その名は「光剣」。
Aランク冒険者で、つい先日、自分のパーティと、Aランク冒険者「全弓」が率いるパーティと共に、迷宮「内剛外柔」から脱出を果たした。
その足で王都まで直ぐ戻り、そのまま冒険者ギルドに向かい、「イリスの婿取り」の参加辞退を告げる。
既に一時中止になっていたこと、その理由である王城騒乱の話を聞いて驚きはしたものの、当事者の一人が黒髪の冒険者だとわかると、やっぱりな、とすんなりと納得を示した。
ついでとばかりに、ギルド職員による参加強要をぶちまける。
そのギルド職員は、ギルドの信用を落とすだけではなく、この忙しい時に面倒事を……と怒れる冒険者ギルドマスターがどこかに連行していった。
どうなったかは、別に知る必要のないことだろう。
それに、「光剣」には別に気になる、気にしなくてはいけないことがあった。
立て札を見ていた「光剣」に、声をかける女性が現れる。
「ま、待った?」
声をかけられた「光剣」が視線を向ければ、そこに居たのは「全弓」の妹である。
普段の冒険者としての装いではなく、女性らしいお洒落な装いで、今日という日のための気合の表れか、ほんのりと化粧も――。
初めて見る姿に、「光剣」は緊張感が一気に増す。
そんな「光剣」も、その装いは普段とは違って、相手によく見られようと、どこかお洒落に着飾っている。
「い、いや、今来たとこ」
「そ、そう……」
そこで少しだけ沈黙が入ったあと、「光剣」が口を開く。
「そ、それじゃ、行くか」
「う、うん」
二人は並んで王都の雑踏の中に消えていく。
今日は、二人の初デートである。
ちなみにだが、最初だけでも見ておきたいと、双方のパーティメンバーが近くでその様子を窺っていたのだが、当の二人は緊張し過ぎて周りが見えておらず、ニマニマとした視線が向けられていることに気付くことはなかった。
―――
オーラクラレンツ王国・王都・ヴィロール。
王城騒乱のあと、ここにある名物が誕生した。
それは、「案内人」と呼ばれる人物。
これからどうしたらいいのか、分かれ道はどちらに進めばいいのか、何か大きな決断をしたい時、案内人を頼って相談すれば道を示してくれる、と言われるようになっていく。
ただ、的確な答えをくれる時もあれば、曖昧な答えの時もある。
それでも、一人で抱え込むよりはよく、誰かに頼って話すことで解決することもあるのだ。
また、不思議な力でも働いているかの如く、案内人に相談すると上手くいくことも何故か多かったため、頼る人は多かった。
ただ、不思議なことに、案内人はそれ自体が職業ではない。
本人もそう呼ばれることに困惑している。
何しろ、そもそも別の職種に就いていて、そちらが本業なのだ。
その本業とは、王城の門番。
王城騒乱時に活躍にした、ある冒険者に道を示したことがきっかけで、そう呼ばれるようになった。
そんな門番の兵士にして案内人の彼を頼る者が、今日も現れる。
「色々対策は考えているが、どうすれば確実にニトが再びこの国に来るか、道を示して欲しい」
「ウォルク陛下。何度も言っていますが、それは自分に相談することではないと思うのですが?」
彼を頼る者は多岐に渡る。
―――
オーラクラレンツ王国内にある町の一つ、リーン。
最近、魔物大氾濫が起こり、無事に乗り切ったことで平和となった町である。
ただし、局所的にはまだ平和とは言えない。
魔物大氾濫の影響は大きく、後始末を行うだけでも関係各所が一時的に大忙しであった。
その局所の一つ――冒険者ギルド・リーン支部のギルドマスターの部屋。
そこでギルドマスターは頭を抱えていた。
元々書類仕事は苦手というか面倒と感じているのに、魔物大氾濫による後処理の書類が山のように積み上がっているのだ。
寧ろ、この忙しさによる過労を狙っていたのではないかと、ギルドマスターは馬鹿な考えをしつつ、どうにか書類を処理していく。
そんな中、書類を処理する手がとまれば、決まって思い出すのは魔物大氾濫の事と、それに関係している一つの報告。
それは、魔物大氾濫時に主要都市へと送り出した使者と護衛の冒険者たちが、隣町から冒険者ギルド経由で報告を入れてきた時のこと。
冒険者ギルド間は、特殊な魔道具によって即時連絡を入れられるようになっている。
といっても、距離の制限があってどこでもとはいかず、使用するために必要な魔力が膨大で、使用者もギルド内で限られているため、気軽に使えるようなモノではない。
その連絡で、ギルドマスターは魔物大氾濫が既に終了したことを伝えたのだが、使者と護衛の冒険者たちから、途中で魔族と魔物たちに襲われたのだが、そこに黒髪の冒険者が現れて、全部片付けてフェンリルを伴って、おそらく王都に向かったという報告を聞く。
……は? と、ギルドマスターは一瞬思考停止した。
黒髪の冒険者の容姿を詳しく聞けば、作戦会議中に乱入してきた者であることを、ギルドマスターは思い出した。
もう少し調べて、ここ――リーンで登録した冒険者であり、名がニトであることがわかる。
正直なところ、ギルドマスターは最初信じていなかった。
何しろ、使者と護衛の冒険者たちの話によると、その場にいた魔物たちを瞬殺し、フェンリルと助け、そのフェンリルが倒したかと思えば、共に王都に向かったらしい、である。
揃って幻覚でも見たんじゃないか? とギルドマスターは思うのだが、その魔物たちの死体が森の中にあるから確認すればわかると言うので調べた結果、森の中にかなり荒らされてはいたが、大量の魔物の死体を発見した。
信じられなかったが、証拠がある以上信じるしかないとギルドマスターが思ったところで、ついでとばかりに、その時ニトが門を跳び越えてリーンを出て行っていたという報告も入る。
――登録してから大したというか、数えられるだけしか依頼を受けていない、Fランク冒険者が?
訳がわからないと、ギルドマスターはニトについて考えることを放棄した。
けれど、世の中の情勢はそれを許してくれない。
そう日を置かずに、王都・ヴィロールにある、国内の冒険者ギルドの本部からの連絡で、王城騒乱と関係者の中にニトが居ることがわかり、当然ニトがリーンで冒険者登録をしたことは調べられているため、リーンに滞在していた時のことを詳しく調査して報告しろというお達しが伝えられる。
一体ニトは何者で、何をしたんだと、ギルドマスターは深く頭を抱えた。
ギルドマスターの忙しい日々は、まだまだ続く。
―――
そして、リーンはこのあと、ちょっとした観光名所になる。
というのも、王城騒乱は隠せるような内容ではないために広まっていき、その関係者であるニトのことも広まったのだ。
一介の冒険者が魔族から王族を救う。
戯曲として語られてもおかしくない出来事であるため、英雄的行動だと受けとめられたのだ。
そのニトが宿泊し続けていた宿「恵みの森亭」は、特に大盛況で、ニトが利用していた部屋に泊まりたいという者まで現れるくらいである。
また、「英雄への挑戦」と銘打って、リーンの門を跳び越えようとする挑戦が行われ、そこにエリオルの姿があったとか……。




