25
「……月が私の故郷だとでも言うつもりですか!」
そんな言葉を発しながら、イリスが目覚める。
最初に視界に捉えたのは、ウォルク。
ウォルクに起こされたことを直ぐ理解する。
「えっと……私は……」
「気絶していたのだ、イリス。あの者の殺意にあてられて、な。だが、もう大丈夫だ。すべて終わった」
気絶? 殺意? ともう少しで何か思い出せそうだと、イリスは周囲の様子を窺う。
既に魔物の姿はどこにもなく、大多数の者たちが動いていない。
生きているようには見えるので、気絶しているだけだろうとイリスは思う。
起きている者は少数。
ウォルク、エリオル、冒険者ギルドマスターと見ていき、ニトを見て、思い出す。
まくし立てるように一気に話し出したあとのことがまったく記憶にない、と。
(それと、今、彼のうしろで白い狼さんたちが動いていて、そこから悲鳴が聞こえてくるけど……気にしない方がいい気がするのは何故? 触れない方がいい気がする。……それより、あの白い狼さんたちとじゃれあいたい。大きい方にギュッと抱き着きたい)
魔族の顛末の方は回避して、ノインと娘フェンリルに癒しを求め始めるイリス。
これもある意味本能による危機回避と言えなくもない。
「……大丈夫か? イリス」
不安そうに覗き込むウォルク。
もこもこ天国の妄想から戻り、イリスは居住まいを正して笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫です」
「それか。それならよかった」
ホッと安堵したウォルクは、それで体の抜けたと椅子に深く座り直す。
「ふう~……これから色々とやらなければならないことが多いが、まずは今できることとして、問いかけに答えよう。聞こえてきた内容だと、魔族……いや、魔王がどこに居るかと、イリスを描いた画家の一人『ouma』について、だな?」
ニトにそう尋ねるウォルク。
今の距離だと受け答えが面倒だろうと、というか自分が面倒なため、前に出るニト。
一瞬、エリオルと冒険者ギルドマスターがピクリと反応するが、直ぐにニトの意図を察して、とめるようなことはしなかった。
ニトは声が届く距離まで近付いてから、口を開く。
「その通りだ。何か知っているか? 知らないなら知らないで構わない」
「ふむ」
ニトの肯定に対して、ウォルクは思い出そうと思考を始めた。
少しだけ、間ができる。
話し声が途絶えたことで、王城内は未だ混乱の最中であることを証明するように、どこか遠くの方で慌ただしい音が聞こえてきた。
ニトは他のことには興味がないと大人しく待ち、イリスと冒険者ギルドマスターはフェンリルに興味があるのか、魔族を苦しめているノインと娘フェンリルの様子を見ている。
エリオルは魔族を苦しめている様子が見える位置に居て、「ほお」とか「ふむ」とか何やら勉強になると頷いていた。
その時――。
「エリオル第一騎士団長!」
謁見の間の外から声がかけられる。
呼ばれたエリオルが視線を向ければ、騎士数名が大層な剣を抱え持って待機していた。
「えっと……これはどういう状況でしょうか?」
代表格の騎士が、謁見の間の内部の様子を見て戸惑う。
謁見の間は半ば崩壊しているようなモノなので、悲惨な状況なのは間違いない。
魔物の死体も数多くあり、騎士たちのからすれば、ノインたちも魔物である。
ただ、流れている空気というか、雰囲気はもうすべて終わったあとの穏やかな状態のため、困惑したのだ。
愛剣を受け取るのもそうだが、ここは自分が説明すべき、それと、下手にちょっかいを出されてフェンリルの怒りを買うのはよろしくないと、エリオルは率先して騎士たちの方に向かう。
そうしている間に、ウォルクの思考は終わった。
「残念だが、満足がいく答えは出せないが」
「それでも構わない。何かしらの指針にはなるかもしれないし、聞かせてくれ」
「いいだろう。まず魔族、魔王の居所に関しては、余もわからぬ。今のところ、魔族は世界各地に突然現れて騒動を起こしている。その結果の方も魔族が倒されるか、その場に居た者たちが全滅するかのみ。捕らえたということもないため、どこからという情報はまだない。いや、全体的に情報が少ないのだ」
「やはりそうなるか」
わかっていたかのように頷くニト。
「また、魔王の存在も示唆というか、居るということはわかっているのだが、その姿も明らかになっていない」
「居るとわかっているのに?」
「倒された魔族の中に魔王の存在を訴えていたのが居たのだ。だが、魔王はこれまで表に出てきていない。もしくは、既に現れたところは誰もが死んでいるという意味での全滅なだけかもしれないがな」
「そうなると、魔王がどれだけの力を持っているのか、現状で判断はできないな」
「魔族の中で一番強いのだけは間違いないだろうな」
魔王の力を推し量る基準になるか――とニトとウォルクは、ノインと娘フェンリルにやられている魔族を見て……いや、ないな、と首を振る。
そうして、ニトは結論を出す。
「となると、やはり魔族のことは魔族に聞くのが一番か。アレから聞こうとは今でも思わないけど」
「それに関しては余も同意見というか、同じ気持ちだ。なら、別の魔族を捜しに行くのか?」
「そうなるな。当てはないが……まあ、どちらにしろ、世界各地は巡るつもりだったし、その中で見つかるだろ。その時にでも捕まえて聞けばいいか」
うんうん、と頷くニト。
ウォルクとしても、魔族の情報がなく、どこに現れるかがわかっていない以上、今はそうするしかないと思っていた。
ただ、気になることがない訳ではない。
「……ここまで話しておいて今更だが、そなたの目的は? もしや」
「ん? 決まっているだろ。魔王、それと魔族を倒すことだ。今のところはな。そう依頼されて、そのために動いている」
「依頼?」
「ああ。女神からな。信じるかどうかはどうでもいいし、隠すつもりもない」
普通であれば、頭のおかしな……と考えてもおかしくない。
実際に神の姿を見た者は居ない、もしくは明言していないだけだが、その声を聞いた、もしくは、聞いたとされている者は居た。
その代表格となるのは、「聖女」と呼ばれる存在や、「神託」という能力を持っている者であり、それらを擁する宗教国家は今も存在している。
信じる、信じないは個人の自由。
ウォルクとしては信じている。
でなければ、「神託」という能力は存在しないはずだから、と。
それに、とウォルクはニトを見る。
ニトがどこまで強いのかを推し量ることはできないが、少なくとも一国……それも世界一の強国と言われる国の危機をなんでもないように退けるだけの力があることだけは、ウォルクもわかった。
それだけの力を持っているのだから、それこそ「神の使徒」だと言われても納得できてしまう。
依頼、という部分は気になるが、ウォルクはニトの言葉を信じることにした。
「そうか。それならついでに聞いておきたいのだが」
「なんだ?」
「魔王、魔族の存在は、この世を乱すと聞いている。それは事実か?」
「そうだな。女神からは、世界のバランスが崩れていて、修復して欲しいとお願いされている。その一因が、魔王、魔族の存在だと」
「そうか。真実か。そうなると、国を挙げて動く必要があるが……」
ウォルクがチラリと視線を向けるのは、謁見の間の扉の方で騎士たちから愛剣を受け取ってそのまま状況の説明を行っているエリオルと、未だにノインと娘フェンリルの様子を窺っている冒険者ギルドマスターの二人。
「それはあとで相談するとして、もう一つの方……イリスを描いた画家の一人、確か『ouma』についてだったな」
「ああ」
肯定するニト。
ただ、その態度というか、受ける印象は先ほどまでとは明らかに違う。
魔王、魔族の話の時は、仕方なくとか、そこまでの興味はないとか、わからなければそれでいいやとか、やる気がないとかそういうことではなさそうだが、そこまで熱心という訳ではない雰囲気だったが、今は前のめりというか、目が輝いているというか、この話をしたかったというか、熱意の量がまったく違っていた。
そういう態度を見せられると、寧ろ困ってしまうウォルク。
「すまないが、情報らしい情報はない。でき上がりはすべて確認したが、その場に同席した訳ではないのでな」
「……まあ、そうだよな」
一気に意気消沈するニト。
ただ、ウォルクの答えに納得はしている。
というのも、イリスの肖像画は数多く描かれている。
しかも、今出回っているのはどれも今のイリスの姿。
つまり、一度に多くの出入りがあったということで、その中で特定の人物だけを憶えているというのは難しいだろう。
印象が強くなければ、記憶は薄れていくモノだ。
それでなくても、あっという間に思い出せなくなる時だってある。
それに、ニトが情報を求めている人物の絵は、王城などの著名な場所にでかでかと飾られているのではなく、露天商が販売している数多くの中の一枚なのだ。
ニトのように神絵師認定しているならまだしも、そうでなければ、憶え続けているのはより難しい。
なので、ある意味、ニトの予想通りの答えであった。
そんなニトの態度を見て、さらに申し訳ない気持ちになるウォルク。
自国を救ってくれた者に対して、さすがに何も返しきれないのは……と考え始め、ウォルクはイリスを見る。
「イリス」
「……え? あ、はい。どうかされましたか?」
どうやらフェンリルを見るのに夢中で、話を聞いて、聞こえていなかったようである。
なので、ウォルクは苦笑を浮かべつつ、簡潔に尋ねることにした。
「イリスを描いた画家たちの中で、『ouma』という者に憶えはないか?」
「画家……『おうま』、ですか?」
顔を少しだけ上げ、顎付近に指を当てて考え始めるイリス。
どこか可愛らしく見える仕草に見えなくもないが、鉄仮面がすべてを台無しにしている。
「それって、『ouma』というサインの画家ですか?」
空中に指で「ouma」と書き、イリスはそのまま話し続ける。
「その方でしたら、確か、他の方たちのどこか写実的なのとは違って抽象的というか、とても可愛らしく描いていただいた方ですが、その方がどうかしたのですか?」
「「……え?」」
ニトとウォルクが、まさか、という感じでイリスを見る。
イリスの表情は鉄仮面で見えないが、発せられる雰囲気は確信しているモノだった。
娘の記憶力がすごい! 余の娘は世界一! と内心で喜びつつ、ウォルクは尋ねる。
「イリス、憶えているのか?」
「はい。私を描いていただいた大体の方は描いた絵と共に憶えています。楽しい時間でしたから」
「そうだったのか。それで、『ouma』については」
「表面的と言いますか、描いていただいている時に少し話した程度で、どういった容姿の方かというだけで、そこまで詳しく知っている訳ではありませんよ?」
「それでも構わない。何しろ、まったく情報がないからな。わかることだけ教えてくれ」
「わかりました。出身やどこに居るとかはわかりませんが、赤髪の十代後半……それこそ私と同年齢くらいの女性でした。可愛らしいというより、落ち着いた物腰の綺麗な女性といった印象の。描いている時の真剣な目付きがより印象的で忘れられません。私にわかるのはそれぐらいです」
ということらしい、とウォルクはニトを見る。
「赤髪……女性……大人……」
接した時間は僅かだが、その中で一番集中しているのではないか? とウォルクは言いたくなる。
それくらい、ニトは真剣に憶えようと必死な姿だった。
それこそ、魂にでも刻むかのような、そんな凄みを感じさせる。
だから、ウォルクは思わず聞いてしまった。
「そなたにとっては、それほど重要な情報なのか?」
「ああ。神絵師『ouma』には、将来の俺の嫁を描いてもらいたいからな」
「「………………は?」」
ウォルクとイリスは、揃って首を傾げた。




