23
時は少しだけ遡り、魔族の命令を受けた魔物たちがニトに襲いかかる。
魔族にとっての精鋭である魔物たちは、どれもが元から強い魔物であり、隷属の首輪による命令であったとしても、最適解の行動を起こす。
半ば本能のような形で、ニトに対して個々で挑んでも無駄だと悟る。
それを踏まえて、隷属の首輪という強制支配による影響で己の意思というモノが存在していないからこそ、自分たちが多種であろうとも関係ない。
つまり、連携を取る。
魔物たちの中でもっとも目立つ巨体であるサイクロプスが、パーティでいうところの盾役として最前面でニトと対峙した。
また、サイクロプスの巨体を活かして、その後方に陣取る他の魔物たちの姿は見えづらい。
そのことを利用して、サイクロプスがある程度ニトに近付けば、他の魔物たちはその背から一斉に飛び出し、そのままニトに襲いかかる。
サイクロプスもまた、その手には棒状の巨大な鉄塊が握られており、ニトに向けて力の限りで振り下ろす。
同時に魔物たちも一斉に攻撃を繰り出しているため、ありとあらゆる方向から――ニトの前方の視界を埋め尽くすような密度の攻撃が迫る。
通常であれば、後方に下がって視界を広げてから対処すればいい。
魔物たちが後方に回っていないからこそ、下がれば取れる行動の幅が広がるのだ。
それに、襲いかかっている魔物たちはどれもが高ランクということもあって、どの攻撃も脅威そのもので、容易に相手を殺すだけの威力が込められている。
安全を確保しつつ、反撃に転じるのは基本だろう。
そんな襲いかかってくる魔物たちに向けて、ニトは散歩でもするように気軽な感じで前に出る。
歩んだ先に、なんの障害も存在しない、と。
「……一斉攻撃か。くだらん」
そう呟くニト。
端から見れば同時に見える攻撃も、それを行うのが単数であろうが複数であろうが、コンマ何秒など深く掘り下げていけばまったく同時はありえない。
時間差、あるいは誤差は確かにあるのだ。
それを体感できるかどうかである。
もちろん、その上で完全なる同時が絶対にないとは言い切れないが、それこそそれは奇跡レベルの話だろう。
ニトからすれば、魔物たちの同時に見える攻撃はどれもがずれていて時間差があり、そこを利用して攻撃してくる順に一体ずつ殴り飛ばしていく。
ただ、この場合の殴り飛ばすは魔物自体を、ではなく、その一部だけ。
主に頭部、偶に胸部といったところであり、確実なのはニトの一撃でどの魔物も死亡していること。
ニトが歩いたあとには、ぐらりと倒れる魔物の死体だけが残された。
ほんの少し歩いただけ。
ほんの少し時間が経っただけ。
それだけで、魔族にとっての精鋭である魔物たちは全滅した。
「な……な……な……」
魔族は直ぐに受け入れることができず、信じられないと目を見開いて、ただただ同じ言葉を口にするだけで精一杯だった。
「お、おお!」
「……気付いたら魔物たちが」
ウォルクはその光景に興奮したかのように拳を握り、なんという強さだと目をキラキラと輝かせている。
イリスは鉄仮面の奥で驚いているような呟きを発した。
『………………』
ニトが一瞬で魔物たちを片付けた光景を見た冒険者ギルドマスターは、両腕を上げて喜びを表現している。
おそらく、ニトの肩書が冒険者だから、だろう。
周囲に居た者――ボコられていない側の人たちは、ふぅ~……と安堵していた。
強い方の魔物たちが片付いたことに、ではない。
ニトの注意を聞いて、娘フェンリルに余計なちょっかいをかけないと選択したことで、ニトと敵対しなかったことに安堵したのだ。
下手をすれば、強い方の魔物たちを瞬間的に片付けるような力が自分たちに向けられていたのである。
助かった、もしくは、余計なことをしない選択をした自分を自分で褒める、といった思いだった。
「………………」
娘フェンリルは、弱い方の魔物たちを掃討しつつ、ニトを見ていた。
その目は単純に、すごい! とキラキラしたモノである。
表面には見えていないが、内面はウォルクと同じく興奮しているのかもしれない。
当のニトはそんな周囲の様子は気にせず、上空に視線を向ける。
空中では未だノインとゴールドレッドドラゴンが戦闘中だった。
互いに円を描くようにぶつかり合いながら、空に火花を咲かせている。
(……もう少しかかりそうだな。見た感じ、俺が相手にしたブラックレッドドラゴン……いや、普通のレッドドラゴンよりも弱そうなのにまだ生きてるってことは、ノインは手加減でもしているのか? 怒り、殺意は魔族だけに向けられているから、そういう相手以外には優しいとか?)
これまでのことを思い出すニト。
(……いや、それはないな。もしそうなら、飯類を買った時にもっとこっちに気を遣っていたはずだ)
否定するニト。
まっ、その内下りてくるだろ、と他に視線を向ける。
見るのは、エリオルの方。
エリオルは特別製スケルトンを相手に奮闘を続けていた。
「……手伝おうか?」
「いや、大丈夫です! 剣さえ届けばなんとかしますので!」
「そっか。頑張れ」
応援だけしておいた、という感じのニト。
ニトとしては、ついでというか、ノインの方は少し時間がかかりそうに見えたので、その時間潰しに、という意味合いが強い。
だから、無理にという訳ではなかったため、応援だけで済ませたのだ。
それに、ニトはエリオルと特別製スケルトンの戦いを見て、大丈夫だろうとも思っていた。
確かにエリオルは防戦一方だが、上手く戦っている。
エリオルが特別製スケルトンを倒すのは難しいが、それは特別製スケルトンの方も同じ。
技量の差とでも言えばいいのか、エリオルは相手を倒すのではなく自分が倒されないような戦い方を徹底しており、愛剣が届くまでの時間稼ぎを行っている。
今は武具の性能差でどうにか戦いに、特別製スケルトンの方が少しばかり優勢なだけなのだ。
エリオルの愛剣が届き、その性能差がなくなってしまえば、結果は論じるまでもないだろう。
という訳で、ニトは他に構うべきところがないため、魔族に視線を向ける。
「………………まだ戻ってきていないのか」
息を吐きたくなるニト。
魔族は、精鋭である魔物たちが瞬間的に殺されたことに対して、まだ立ち直っていなかった。
なので、そのまま無遠慮に近付き、声をかける。
「おいっ! さっさと正気に戻れ。お前には聞きたいことがあるんだ。夢を見続けたいのなら、俺の問いに答えたあとにしろ」
そう声をかけるニトが、自らが使用している防御陣の障壁前に立っている姿を見て、魔族は正気に戻る。
そうだ。ワシにはこれがあったのだ、と。
「ケ、ケヒヒ……」
魔族から笑い声が漏れる。
ニトが障壁よりも前で足をとめたため、それ以上は進むことができないと思ったのだ。
自分は絶対安全圏に居る、命が脅かされることはない、と余裕を取り戻した。
何しろ、この障壁はこの魔族が持つ自衛手段の中で最堅であり、まさに最終防衛ラインなのである。
自分自身に相手と戦うだけの直接的な力はないが、相手の方も自分を害することができないと安堵したのだ。
「なるほど……なるほど……想定外の強さ。さすがは迷宮踏破者ということですか」
魔族が余裕の笑みを浮かべ、ニトを見る。
その目の中に、ニトに対する恐れは一切なかった。
自分の安全は確保されていると思っているからこそ、相手を恐れるようなことにはならなかったのだ。
「特別製のスケルトンとゴールドレッドドラゴンだけでは、ここからこの国、いやこの王都ですら滅ぼすのは難しそうですので、ここは諦めて大人しく退散することにしますか」
「俺が逃がすとでも?」
「強がる必要はありません。それは無理なのです。ケヒヒ。この障壁は数度であればドラゴンブレスすら防げるだけの強度がある……つまり、ワシを傷付けることはできない、ということです。しかし、ご安心を。今直ぐ王都を滅ぼすのは無理ですので退散して……出直すことにします。出直して……さらなる戦力を整えて戻ってくることにします。この国を滅ぼすために。ケヒヒヒヒ……」
魔族の笑い声は、まるで勝利を得たかのようなモノだった。
反応を示したのは、ニトではなくウォルク。
「貴様! ここから逃げられると思っているのか?」
「ええ、もちろん思っています。たとえこの王都の全戦力をもってしても、この障壁は破れませんので、悠々と退散されてもらいます」
「くっ」
魔物たちが倒された時とは打って変わって、悔しそうに唸るウォルク。
障壁が数度でもドラゴンブレスを防げるのなら、そのドラゴンブレスと同等の威力を数度……いや、一度でも発揮するのは、一体どれほどの力が必要なのか想像もできないからだ。
このまま逃げるのを許してしまうのか、とウォルクが悔しさから拳を強く握る。
そんな中、ニトは障壁の強度を確認するようにコツコツと指で叩く。
「……ふむ。大層に言っているが、この程度か」
一つ頷き、ニトが軽く殴るように拳を握る。
ニトの発言と行動に、いや、そんなまさか……と、不安が過ぎる魔族。
障壁が壊されたらもう立ち直れないと、いやいやと頭を振り出した。
でも、ニトはとまらない。
「よいしょ」
なんの力も入っていないかけ声と共にニトは拳を前に突き出す。
――バリィン! と激しい割れる音と共に障壁は砕け散り、その反動が伝わったのか、障壁の元である防御陣も真っ二つに割れる。
「ああああああああああ……」
魔族が絶望の叫び声を上げ、そのまま膝をつく。
そんな魔族の行動に、障壁の強度は本当であり、ということは今放たれた軽いパンチはドラゴンブレス以上の威力があるのかと、ウォルクは驚きの視線をニトに向ける。
そこまで強いのか、と。
その間に、ニトはもう行動を起こしていた。
とりあえずじゃまだと言わんばかりに魔物たちの召喚陣をすべて踏み壊していき、膝をついている魔族の下に向かって、これ以上余計なモノを出されて相手にするのは手間だと、収納袋も奪って放り捨てる。
収納袋が便利なアイテムなのは確かだし、そのまま自分の物にしてもよさそうだが、既にニトはそういう能力を持っているため必要なかった。
ニトはそのまま魔族の胸倉を掴んで持ち上げ、片手で往復ビンタ。
「おら、しっかりしろ。聞きたいことがあるって言ってるだろうが」
「………………ぶっ、いや、やめ、殺さ、ないで、くれ」
喋り出してもビンタをとめなかったのは、たんに勢いである。
ビンタをやめ、呆れ顔でニトは口を開く。
「は? 何言ってんの、お前。ここまでのことをしておいて、生きられるとでも?」
ニトの言葉に、オーラクラレンツ王国の誰もがその通りだと頷いた。
「それに、お前の生き死には興味ない。俺が知りたいことを口にすればいいだけだ」
「は、話すから、助けてくれ」
「なんで俺が。それに、別にお前だけが知っているという訳じゃないから、話さないなら話さないで、別のヤツに聞くだけだ」
「そ、そんな」
「俺が知りたいことは二つ。まず、お前たちの王である魔王はどこに居る? どんなヤツだ?」
「……」
口を噤む魔族。
言えないのか、言いたくないのかはわからないが、どちらにしろ、魔族に話す気はなさそうだった。
(まっ、それならそれで、別にいいか)
口にしたように、それならまた別の魔族と会った時に聞けばいいだけだ、とニトは諦める。
なので、もう一つの方を聞くことにした。
「それじゃ、もう一つ。できれば、こっちはしっかりと話して欲しいモノだな」
寧ろ、こちらの方が本命であると言いたげなニトの様子に、魔族はごくりと喉を鳴らす。
ニトは懐から一枚の紙を取り出した。
それは、ニトがリーンの町で手に入れたイリスの肖像画。
書かれている画風が現実的表現ではなく仮想的表現の――俗に言う漫画絵的表現でイリスが描かれていた。
著者名も書かれていて、「ouma」と記されている。
「この絵を描いた『ouma』という人物に心当たりは? 宰相として動いていたのなら、憶えているだろう?」
そう尋ねるニトは真剣そのものだった。
真剣故に、その他には目が向けられていないように見える。
場合によっては、意識を一つのことに集中し過ぎて、他のことに対しては隙だらけとも言えた。
そういう風に見えたからかはわからないが、そこで魔族の中にちょっとした反抗心が生まれる。
その肖像画がニトにとって大切そうに見えたからこそ、どうにかしてやろうと思ったのだ。
自分の自慢の道具が壊されたことによる復讐心。
魔族は口を開こうとして……歪な笑みを浮かべる。
「燃えろ」
いくらこの魔族に戦闘能力がないとはいえ、それは魔族基準としてであり、魔力がないとか、魔法が使えないとか、そういうことではない。
魔法で小さな火を起こすくらいはなんてことはないのだ。
ニトは回答に集中していたのと、既に魔族は心が折れていたと思っていたので反応が一瞬遅れ、肖像画は一瞬で燃え尽きてしまう。
「………………」
燃え尽きてしまった肖像画を見て驚きに目を見開くニト。
そんなニトの様子を見て、魔族は歪に笑う。
「ケヒヒヒヒ! その反応を見るに、本当にそんなくだらない絵を大切にしていたのですか? たかが一枚の絵を! それが燃えてしまって……ケヒヒヒヒ! 愉快! 愉快です!」
誰にだって、触れてはならないこと、言ってはいけない言葉がある。
魔族は、それを口にしてしまった。
もう引き返せない。戻せない。
魔族は、ニトの逆鱗に触れてしまったのだ。
「くだらない……たかが……だと」
ニトはキレた。




