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あの願いを叶えるために  作者: ナハァト
第一章 美姫の婿取り
22/215

18

 本来この場は、五つの宝物を集めた者がイリスに相応しいかどうかを見定めるために設けられたモノだった。

 しかし、今は違う。

 刻々と状況は変化し続け、今や戦いの場となり、この国の命運を決する場となっている。

 何しろ、国王と姫、騎士団長の一人、多くの貴族と、一つの国の主要人物たちがほぼほぼ出揃っていると言っても過言ではないのだ。

 もしこの全員が死亡すれば、国内が一気に混乱するのは間違いない。

 冒険者ギルドマスターも居る以上、その余波は冒険者ギルドにも届く。


 その上、敵は魔族。

 当人に戦闘能力がない一人だけとはいえ、強固な防御の術や様々な道具を持ち、配下の魔物たちを次々と召喚し続けている厄介な存在である。

 しかも、宰相の姿に化けていたということもあって、既に国としては宰相を失った――失っていたということでもあった。


 謁見の間で変化している状況を脳内で分析しつつ、ウォルクは今後の展望についても考える。

 状況は、見ただけであれば絶望的であった。

 オーラクラレンツ王国側でまともに戦える者は少なく、魔族側は魔物が次々と現れ続けている。

 それなら、オーラクラレンツ王国側も援軍を呼べばいい。

 簡単な解決方法だ。

 ……できれば、だが。

 というのも、ここは謁見を行う場ということもあって、室内全体の豪華さ、強固さの高さに相まって防音性も高く、扉を閉めてしまえば室外に音は漏れない。

 その扉は五つの宝物を入れてきた時に閉められ、開けようにも召喚された魔物たちによって遮られて不可能。

 声を張り上げても意味はないため、援軍の期待はできない。

 全員で一斉に向かえば多大な犠牲は出るだろうが、あるいは……とウォルクは考えて、いや無理だろうと首を振る。


 目の前の魔族がそれを許すとは思えなかった――が、そんなウォルクの思考を読んだかのように、魔族が口を開く。


「ケヒヒ。随分と悩んでいるな、ウォルク。お前はこの国の王だろう? 命令すればいい。突撃して援軍を呼べ、とな。もしかすると、死なずに扉を開ける者が居るかもしれないぞ。宰相として、そう進言してやろう。いい見世物になりそうだ」


 ウォルクの内心に激しい怒りが燃え上がるが、それを表に出すことはしなかった。

 自身を落ち着かせるように大きく一息吐き、視界を広くする。

 状況は、今のところ均衡状態だった。

 エリオルが守勢に回ることで特別製スケルトンとどうにか戦い続けることができていて、魔物たちの方もそこまで強いという訳ではなかったために減ってはいないが増えてもいない。

 このまま時間が過ぎれば、時間がかかり過ぎだと様子を見に来る者が居るかもしれないが、問題はそこまでこの均衡が続くかどうかである。


 言ってしまえば、そこまで戦っている者たちの体力がもつかどうかなのだ。

 消耗すればするだけ、危険度が増していく。

 できればそうなる前に、何かしらの解決策を編み出さなければ、とウォルクは思考をとめずに、魔族が会話を望むのであれば、それに付き合うことで何かしらの糸口になればと付き合うことにする。


「宰相としてとは言ってくれる。元からお前が、魔族が宰相であったとは思えない。なり変わったのだろう? この国の宰相であるオイドと」


「ケヒヒ。その通りだ、ウォルクよ。今からだと、大体半年くらい前にワシがオイドを殺し、そこからなり変わっていたのだ」


「半年、か」


 血が滴りそうなほど固く拳を握るウォルク。

 ウォルクにとって、オイドは口煩く言われることもこれまで何度かあったが、共に長年国のために尽くしてきた戦友と言ってもおかしくない関係であった。

 その死に気付かなかっただけでなく、なり代わっていても気付かなかった己の不甲斐なさと悔やむ気持ちに、直ぐにでも何があっても目の前の魔族を殺してやりたいという気持ちが、ウォルクの心中を大きく占有していく。

 この会話はエリオルの耳にも届いていたため、ウォルクと同じように心中で悔やむ。


「そう。お前はまったく気付かなかったな、ウォルクよ。愚かな王だ、お前は。これではオイドも報われないと思わないか?」


「それに関しては返す言葉もないが、殺したお前が言う言葉でもないな」


「ケヒヒ。いやいや、気付かなかった愚かな王より、この半年間を共に居たワシの方が立派ではないか?」


「共にだと? 何を……」


 そこでウォルクは気付く。

 魔族がペンダントを外して、今の姿になった――オイドの姿から戻ったことを。

 ウォルクは先ほど魔族が千切って捨てたペンダントを見る。

 ペンダントトップに嵌められている赤い宝石がキラリと光った。


「気付いたか? ケヒヒ。戦闘能力がない分、ワシの能力はそちらの方に特化している。能力の名は『道具作成メイキングツール』。防御陣も召喚陣も収納袋も、すべてワシのお手製だ。もちろん、そこのペンダントも。嵌められている宝石は力作で、死者の肉体を触媒にして作成した魔導具だ。その効果は……言わなくてもわかると思うが?」


「死者すら愚弄するか、貴様は! 貴様の死を、オイドへの手向けとしてやる!」


 激昂するウォルク。

 もし武具を装備していれば、それこそ怒りのままに襲いかかってもおかしくないほどである。

 ギリギリのところで理性が働いて、己を抑えることができていた。


「できもしないことを口にするモノではないぞ」


「やってみせる……人の力を舐めるなよ、魔族」


「ケヒヒ。ワシが人を舐めていると言いたいようだが、それは違うぞ、ウォルクよ。魔族の中において、ワシほど人というモノを警戒している魔族は居ない。直接戦えば、ワシなんて簡単に死んでしまう。だからこそ、策と能力を駆使して……この国を滅ぼすのだ」


 魔族が歪な笑みを浮かべる。


「ウォルクよ。既にこの国の滅亡への針は進んでいるのだ。最後の時はもうじき訪れる。ワシのこの手によってな。想定ならもう少し時間があったのだが……ケヒヒ。早まったのだ。いや、お前たちが自ら早めてしまったのだ。ケヒヒヒヒ」


 魔族の愉快そうな笑い声が謁見の間に響く。

 ニトとノインを除いた全員の緊張感が、否応なしも増していく。

 周囲の者たちの多くは早くこの場から退散したいと思っている。

 そのためには魔物たちの中を突っ切って扉に向かわないといけないが、それは我が身可愛さから選択肢にも入っていない。

 もしかして自分だけは見逃してくれるかもしれない、という楽観的な考えを持つ者も居るのは居るが、体は正直で未だ恐怖にすくんで身動きは取れないのが実情であった。

 ただ、恐怖と極限状態のため、無闇に騒がないのは近衛騎士たち、それと周囲の者たち中から戦える術を持っている者たちにとっては、それだけでありがたいと言えるだろう。

 余計な気を回さずに戦える――というより、そちらに割く余裕はあまりないのだ。

 何しろ、純粋に戦闘能力という観点からすれば、まともなのは冒険者ギルドマスターと近衛騎士たちだけで、戦える術を持っている者たちは別に戦闘職という訳ではないのだから。


 余裕がないのは、エリオルも同様である。

 特別製スケルトンを相手に均衡を保つだけで精一杯だった。


 ニトとノインは、もう少し魔物を倒すペースを上げた方がいいかな? と考え始める。

 やり過ぎてノインの正体が魔族にバレるのはまだ避けたいが、少しくらいなら、と思う。


 そんな中、内心は不安で一杯だろうが、それでも姫として毅然とした姿で様子を見守っているイリスを、ウォルクはどうにか逃がそうとも考えていた。

 いや、この場合は、イリスだけでも生かしたい、生き残って欲しい、だろうか。


 そこに、魔族が口を開く。


「ケヒヒ。お前の考えていることはわかるぞ、ウォルク。娘を生かしたいのだろう? それと、ある程度時間が経てば、援軍が来るかもしれないと考えているな。だが……だがなあ、こうも考えられないか? ウォルクよ」


 魔族が満面の笑みを浮かべる。


「ワシの方も少しばかり時間が必要だった、と」


 ウォルクの目が見開かれる。

 確かにその可能性はある、と思ったのだ。

 なら、そうしなければいけない理由を考え始めた時……ウォルクの視界に入るのは、魔族の背後に置かれている五つの宝物。

 そこで思い出すのは、婿取り参加者をふるいにかけるため、五つの宝物を集めた者だけと面接を行うと提案したのは、宰相であるオイド――魔族であった、と。


「そうそう、その実はワシの狙い通りに動いていたと気付いた時の表情を見るのが好きなのだ。だからこそ、こうしてわざわざ種明かしのような会話をしているのだからな。ケヒヒヒヒ」


 心底愉快だと、笑い出す魔族。


「なんとも滑稽だと思わないか? ウォルクよ。何も疑問を持たず、言われるままに集めた五つの宝物が、実は国を滅ぼすためのモノだったというのは……これほど無様なこともあるまい?」


「貴様はぁ!」


「ケヒヒヒヒ! この時間で、この五つにワシの魔力を馴染ませることができた! これで漸く素材として使うことができる! さあ、この国の終わりの時間の訪れだ! ウォルクよ!」


 魔族が杖で五つの宝物を順々に軽く叩いていく。

 叩くたびに杖から魔力が流されて、魔法陣を描いていく。

 五つの宝物は呼応するように輝き出し、台座から浮いて、予めそこに行くと教えられていたかのようにスムーズに移動を開始。

 逆五芒星の頂点にそれぞれ陣取ると、五つの宝物を加えた巨大な幾何学模様の魔法陣が空中に描かれる。

 魔法陣の大きさはそれこそ人の何倍も大きく、そこから現れるモノがそれだけ巨大であると示しているかのようだった。


 強く光り輝き出す五つの宝物。

 その輝きは徐々に大きくなっていき、その形すらも変えていった。

 リッチの杖がその質量を増して骨格を作り出し、ゴールドゴーレムの核が生物の頭脳となって、レッドドラゴンの心臓が生物に命を宿してその身に纏う魔力の源となり、ミノタウロスの角とオオコウモリの両羽が、生物として特定の方向に存在性を導いていく。


 形を変え、在るべき場所へ移動する五つの輝きに覆い被さるように巨大な幾何学模様の魔法陣が上から下へ移動して肉を与えれば、そこに居たのは――元々の存在感の違いから心臓の影響を強く受けた結果のドラゴン。

 ただし、ただのドラゴンではない。

 人を容易に丸呑みできそうなほどに巨体であり、高さも謁見の間の天井ギリギリまであった。

 その姿形は、歪に曲がった二本の角が頭部から前方に突き出され、背中から生えた両羽はその巨体よりも大きく、溢れる魔力は威圧となって周囲に振り撒かれている。

 また、その体表の鱗はゴールドゴーレムの影響からか金属のようになっていて、頭部は金色の割合が多く、体の方は赤色の割合が多くなっていた。


「ケヒヒ。さしずめ、『ゴールドレッドドラゴン』か。ここは窮屈ではないか? 思う存分広げるといい」


「グガアアアアアッ!」


 理性があるのか、魔族の言葉に従ってドラゴン――ゴールドレッドドラゴンが咆哮を上げると、自身の周囲に高密度の赤い魔力玉をいくつも出現させて、周囲一帯に向けて一斉照射。

 赤い魔力玉が謁見の間の壁に触れた瞬間に大爆発を起こす。

 それは四方の壁全体が標的であり、周囲に居る者たちは狼狽えながら騒ぎ、ウォルクやイリス、エリオル、冒険者ギルドマスターも回避行動を取る。

 激しい爆発音と衝撃音が響き――。


「グガアアアアアッ!」


 ゴールドレッドドラゴンの咆哮が再度響いたかと思えば、その口から金色交じりの灼熱のブレスが天井に向けて放たれる。

 輝く赤い閃光が天井を焼き焦がして消し飛ばし、謁見の間に陽光が降り注ぐ。


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