エピローグ 2
闇ギルド「黒棺」が支配していた国・タリスト国は、グランイナイト王国を含む周辺国に吸収されるように分割されて消えた。
しかし、タリスト国に住んでいた者は、それで悪くなったとは誰も言わない。
闇ギルド「黒棺」に支配されていた頃は、それだけ酷かったとも言える。
そんな中、闇ギルド「黒棺」が一掃される際に行動を共にした、グランイナイト王国の諜報員であるジェームズは、グランイナイト王国が手にした元タリスト国の領土の中にある町――オルの町へと訪れていた。
魔族との戦いが落ち着き、世界には平和が訪れたが、争いがなくなる訳ではない。
世界規模や国家間の大きな戦いは早々起こらないが、とある国のとある組織の下部組織が、別の国の似たような組織と敵対して、それなりの争いに発展する――場合もあるのだ。
大規模な争いは早々起こらないが、小規模な争いは起こりやすい。
といっても、ジェームズがここに現れたのは仕事ではない。
有給休暇である。
それも長い。溜まりに溜まった分を使って。
世界が落ち着いたからこそ、今がその時なのだ。
ジェームズがここに来たのは、長い諜報活動を経て、ここに居る人たちとそれなりの縁ができているため、顔を見に来た――といったところである。
知り合った人々と挨拶を交わしていく。
その中には、闇ギルド「黒棺」が崩壊・消失するきっかけとなった少年と母親も居り――。
「……これはまた、随分と賑わっていますね」
母親の方が営む小料理屋が繁盛している。
少年はそのお手伝いをしていて、忙しそうにしていた。
小料理屋の中の壁にはとある絵が飾られているのだが、今はそれ以外にも同じ人物が描いた多くの絵が飾られている。
そこには些細なモノかもしれないが、確かに平和があった。
ジェームズは満足そうに笑みを浮かべる。
しかし、そんなジェームズに話しかける者が居た。
「ジェームズさま」
「……」
ジェームズは答えない。
その代わり、嫌そうな表情を浮かべる。
合わせて、声をかけていたのが同僚であるとも理解していた。
「……知っているとは思いますが、私は有給休暇中なのですが?」
「はい。それを邪魔する形になってしまい、まことに申し訳ございません。ですが、大臣からジェームズさまでなければ解決できないと」
「……はあ。わかりました。とりあえず、大臣と物理的な話をしたいですし、一度戻ることにします」
「申し訳ございません。ですが、アレでも有能ですので、できるだけご容赦を。ただ、半殺しくらいまでなら全然構わない、というのが私たち側の総意ですので、あとはジェームズさまの判断にお任せします」
「結構。では、用意していただきたい物があります」
「なんでしょうか?」
「最近、歳のせいか拳の威力が弱くなったように感じていますので、ナックルのような補助できる物を」
「かしこまりました。棘付きを用意させていただきます」
後日。グランイナイト王国の王城内で、激しい戦いが起こった。
―――
芸術の国・イスクァルテ王国は、国王や貴族だけではなく国民も含めて非常に歓喜していた。
何しろ、開催した芸術祭が大成功と言ってもいい内容だったから――というのもあるが、「魔族大侵攻」において、これだけ早く片が付いたのは、芸術祭で多くの国から人が来ていたから――という側面もあって、イスクァルテ王国はオーラクラレンツ王国と同様に世界的な立場を上昇させた……ということは歓喜とは関係ない。
いや、無関係という訳ではないが、歓喜することの起因の一つになっているのは間違いないだろう。
それは、芸術祭が再度開催されることが宣言されたからだ。
ここは芸術の国。そう呼ばれることは、この国に住まう者の誰にとっても誇りである。
だからこそ、芸術祭が今回限りにならなかったことを喜んでいるのだ。
といっても、次回の芸術祭は直ぐではない。
数年後。今度はじっくりと時間をかけて、国内の美術館の数を増やし、もっとたくさんの芸術品を集め、王都内だけではなく町から町への行き来の環境整備を行い、多くの人を呼べるようにする、とこれから行うことは山のようにある。
ただ、それによって、これからイスクァルテ王国が、大きく活気付いていくことになるのは間違いなかった。
―――
イスクァルテ王国が活気付く――と、当然のように忙しくなる者が居た。
芸術祭において警備を纏め上げて、展示された芸術品をすべて守り切った者。国からの信頼も厚い――トレイルである。
そんなトレイルに、王城内にある一室が与えられた。
――「芸術祭関連全般統括室」。
トレイルはその室長に任命され、その権限は芸術祭に関することであれば最上位――下手をすればイスクァルテ王国・国王ですら、迂闊に口を出せない役職に就いたのである。
だからこそ、こうなるのは自然な流れかもしれない。
「………………」
室内にある執務机の上を、トレイルは無言で見ていた。
「………………はあ~~~……」
深い息がトレイルから漏れる。
何しろ、執務机の上に置かれているのは、塔のように聳え立つ書類の山。
その高さはオーラクラレン〇王国の国王の執務室に置かれている量よりも多いかもしれない。
というのも、統括となれば警備だけではなく全体を見なければいけないのだ。
そして、次回の芸術祭に向けてイスクァルテ王国全体が動いているのである。
今目の前にある分だけで終わりではない。
「……やりますか」
見ていても減らない、と動き出すトレイル。
それでも、優秀であるが故に、なんだかんだできてしまうのがトレイルであり、そのせいで仕事が次々と放り込まれて終わりは見えない。
といっても、さすがにトレイル一人で行っている訳ではない。
トレイルを慕う部下が多く居り、その部下たちも優秀である。
仕事をし過ぎると、その部下たちにいい加減休んでくださいと、トレイルは度々強制休暇を取らされることになった。
ただ、休みは休みで、トレイルは何をすればいいのかわからない。
何かしらの趣味を見つけるまで、少しばかり時間がかかった。
―――
「魔族大侵攻」によって魔族が滅んだ訳ではない。
魔族と言っても戦いを好まないのも居り、参戦しなかったのも居るのだ。
といっても、そこまで数が多い訳ではない。
しかし、魔族として大黒柱を失ったのも事実。
大魔王はもう居らず、魔王もまた力を失ったため、最早その人物を魔王とは呼べなくなった。
頼れる存在は、次代の魔王。
それを選出しなければならない――のだが、残っている魔族の大多数は、その強さ云々は抜きにして、戦いを好まない者が多い。
また、大魔王が行ったことを教訓として、強さだけで選べば今度こそ魔族は滅びることになるかもしれないと、次代の魔王の選出は難航――しなかった。
「……は? なんで私が?」
まず、困惑であった。
想定外過ぎたのである。
「いや、他にも居るでしょ? 私より優秀なのが……」
いくつか候補を挙げてみるが駄目だった。
特に、自分にとってのライバルの名も口にするが却下される。
通用しない、というよりは、そのライバルが既に根回しを終えていたのだ。
外堀は埋められていたのである。
といっても、ライバルからしても押し付けた訳ではない。
次代の魔王として――今なら無暗に攻めず、残った魔族たちを纏め上げることができる、と思ったからこそ、推薦したのである。
まあ、そのライバルを次代の魔王に――という声がない訳ではないが、そのライバルはやることがある、と決して首を縦には振らなかった。
その結果で――。
「……はあ。なんで私が」
リーストが次代の魔王となって、残る魔族たちを引っ張っていくことになる。




