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ニトが超グラートに襲いかかる。
といっても、勢い良くということもなく、超グラートに向けてゆっくりと歩を進めるといったモノ。
対して超グラートは、その姿に言いようのない不安を抱く。
まるで、己に死を運ぼうとしているように見えたからだ。
だからこそ、近付けさせまいと――。
「く、来るなあ!」
邪悪な魔力を漲らせ、中断を一切挟まずに邪悪な魔力波を放ち続ける。
超グラートの抱く不安を体現するように、ニトに着弾するまでに数百発が放たれた――が、ニトはなんでもないように片手で払い続けて一発も当たらず、うしろにも通さない。
ニトはそのまま前に進み続け、超グラートとの距離を縮める。
超グラートは無意識だった。
無意識で、下がっていた。
ニトが近付くのを本能が恐れ、警鐘を鳴らし、理性が判断する前に体を下がらせていたのである。
だが、後方を確認せずに下がっているのだ。
しかも、意識すらしていないため、注意も散漫。
超グラートは地面から少し出ていた石に躓き、バランスを崩して尻餅をつく。
「は?」
超グラートは何が起きたのかわからない。
けれど、それは一瞬であって、直ぐに己が躓いて尻餅をついたのだと理解し、激しい恥辱を抱く。
大魔王である己がこのようなことで、と。
「くっ!」
どこに向ければいいのかわからない、恥辱からの怒りを抱きつつ立ち上がる。
その視線には、手を伸ばせば届く距離まで縮めたニトが居た。
「下がるのはもう終わりか?」
「下が……は? 何を言っている! 我が下がったとでも?」
無意識下――本能によるモノなので、超グラートは己の行動に気付いていない。
超グラートからすれば、邪悪な魔力波をさらに強くしようと踏ん張ったところ、運悪く足をとられた――というような認識に置き換わっていた。
「まあ、なんでもいいか。どうせ、お前はここで終わりだからな」
ニトが殴りかかる。
超グラートも反応してカウンターの拳を放つ――が、今の超グラートの体は軟体生物のようなモノであるからか、軟体生物が硬いモノにぶつかって弾け飛ぶように、超グラートのカウンターの拳から腕もニトの拳によって弾け飛んだ。
まあ、軟体生物でなくとも、ニトなら同じことはできるのだが。
そのままニトはもう一撃を与えようとするが、その前に超グラートが動く。
ニトの攻撃によって弾け飛んだ超グラートの体の一部が、逆再生するように修復していった。
軟体生物のような体であるからこそ、可能な芸当。
魔力を消費することになるが、即座に修復できるのだ。
再生に消費する魔力も、今の豊富な魔力量を持つ超グラートからすれば些細なモノ
「だからどうした」
ニトはそう呟きながら拳を何度も放って、超グラートの胸部、腹部、腕、足、頭部――と弾き飛ばす。
通常であれば、間違いなくこれで死んでいる。
だが、超グラートはそれでも修復させてみせた。
「む、無駄だ! 我を倒すことなどできない!」
少し言葉に詰まるが、これで死ななかったことで、超グラートは内心で少し自信を取り戻していた。
そうだ。己には力だけではなく、この体があるのだ、と。
「……どうせ、アレだろ? 人の体ではなくなって、心臓とかもなく、その代わりに核が存在し、それが破壊されない限りは――とかだろ?」
ニトに即座に看破され、超グラートの頬がピクリと動き、取り戻しかけた自身が砕け散りそうになる。
ギリギリ耐えられたのは、核がどこにあるかなどわかる訳がないということと、核は常に移動しているために捉えることはできないという思いがあったからだ。
というよりは、移動させるしかないのである。
何しろ、ニトの攻撃による衝撃によって核へと伝わり、ダメージを受けた、と認識させられてしまう。
そのため、ニトの攻撃による衝撃から守るため、移動を繰り返してその都度距離を取って衝撃が届かないようにしているのだ。
だが、超グラートは核という言葉に反応してしまった。
ニトにはそれだけで充分な答えである。
「……これでやれていないってことは、体内を移動しているってところか?」
超グラートは危うく声に出しそうになった。
どうしてそこまでわかるのだ! と。
しかし、ニトからすればなんてことはない、前世の記憶があるのだから、それくらいは読めるのである。
「まあ、移動していようがどうでもいいがな。全身弾き飛ばせばどのみち終わりだ」
ニトの拳を振るう速度がさらに上がり、超グラートの全身を、瞬く間にバラバラに弾き飛ばす。
肉片、とでもいうべき塊がいくつも地面に落ちる。
「さて、どうだろうな。こういうヤツは妙にしぶとい時があるのが相場だが」
言葉とは裏腹に、だろうか?
ニトに緊張とか警戒といった様子は見えない。
これでも修復してこようが、これで終わりだろうが――どちらでも構わないと悠然と待つ。
どちらかは――直ぐにわかった。
バラバラに弾け飛んで肉体が浮かび上がり、空中で一つに集まる。
ただ、すべての肉片という訳ではない。
ある程度の大きさのモノが集まって、人の形を作っていき――足りない部分は修復されるようにして、超グラートとなる。
「ぐっ! まさかこんな――」
超グラートが口を開いた瞬間――超グラートの目の前に拳を構えたニトが現れる。
「思いのほかしぶといのか、それともさっきのはさすがに雑過ぎたか」
再びニトが拳を振るう。
超グラートは咄嗟に顔を守るように両腕でガードするが、その両腕を弾き飛ばしつつ、
頭部も同じように弾き飛ばす。
それで終わらず、全身を殴って超グラートの体を先ほどよりも細かく弾き飛ばした。
しかし、結果は変わらない。
肉片が集まって超グラートへと変わる。
ニトも変わらずに超グラートが元の姿に修復されると同時に弾き飛ばしていく。
それが数度行われたのに、超グラートが修復すると同時にニトに向けて口を開く。
「いい加減にしろ! 無駄だとわからないか!」
それがどこか虚勢のように見えるのは、虚勢を張っているからである。
何しろ、何もできずに一方的にやられていないのは確かであり、ニトに徹底的にボコられていることに変わりはないのだから。
「無駄とは思わないな。気付いていないのか?」
「な、何を?」
「お前、ハッキリとわかるくらいに魔力を消耗しているぞ。どうやら体を戻すのに魔力を使うようだな。これなら、別に核をどうこうしなくても良さそうだ」
ニトに体を弾き飛ばされながら、超グラートは己の状態に気付く。
確かに、ハッキリと魔力量が減っていたのだ。
もちろん、総量から考えればまだまだ修復は可能であるが、無限ではないのでいずれ尽きる。
そうなれば修復できず、それでさらに細かく――粉々のようになってしまえば、さすがに核が砕かれて終わりだろう。
それまでにニトをどうにかできれば問題ないのだが、ニトが戦えるようになってからは一切の攻撃が通じず、ここまで徹底的にやられていて、尚且つ当のニトにはここまでのことをしておいて一切の疲れが見えない。
――超グラートは恐怖を覚えた。
死を身近に感じる。
超ではなくただのグラートが初めてアルザリアと対峙した時に抱いたモノと似たようなモノを抱く。
――絶対的な存在。
最早己はどうしようもなく、このまま何度もバラバラにされ続けて、超グラートが己の終わりを悟った――その瞬間、脳裏を過ぎったのは、絶対的な存在であったアルザリアを取り込み、負けなかったということ。
そこで視界に映ったのは、ニトの後方――地上に散らばる己の肉片と、満身創痍のノインたち。
肉片は元が己の体の一部ということで動かすことができ、ノインたちの強さは世界的に見ても上位なのは間違いない。
(……力が足りぬなら、足せばいい。粒揃いの上、特にヴァレードは総合的にはアルザリアを上回っている。今は消耗しているとはいえ、その力が我のモノになれば……)
算段がつけば、実行するだけ。
ニトによって再度バラバラに弾き飛ばされながら口を開く。
「まだ終わりではないようだなあ!」
超グラートが地上に散らばっている肉片を動かし、ノインたちの下へ強襲させる。
ノインたちを肉片で覆い、己に取り込ませようと。
その光景を見たニトは――。
「まっ、そうするだろうな、と思っていた。ただ、それにしたって迂闊じゃないか? 気が緩んでいるように見えるかもしれないが、別にお前への警戒を解いてはいないぞ。誰もな」
呆れながら言う。
そんなのは当たり前だ、と。
超グラートからすれば意表を突いたようなモノであったが、ノインたちはただ覆い尽くそうとしてくるだけの肉片を避ける。
しかし、ノインたち以外――気を失っているアルザリアを抱き抱えたセクレと寝そべっているリーストは避けられない。
(まずはあれらか。ないよりはマシ――)
「忘れていないか? もしかして、俺以外なら対処できないとでも思ったか?」
――瞬間。アルザリアを抱き抱えたセクレとリーストを覆おうとした肉片が細切れにされる。
行ったのは、フィーア。
エクスで細切れにしたのだ。
けれど、細切れにしても動くかもしれない、と念には念を押して、フィーアは細切れになった肉片に、エクスを押し当てる。
――ジュッ! と肉片は一瞬で燃え尽き消えた。
『……あの、お嬢さま。自分、これでも聖剣。剣なので、押し当てるのではなく斬って頂ける方が、その、望ましいと言いますか』
エクスからフィーアに要望が伝えられるが、フィーアは気にした素振りは一切なく、強襲してくる肉片をすべて斬って押し当てて焼失させた。




