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超グラートは意味がわからない。
ヴァレードが、やるべきことを終えたと言い、この場の空気感とでも言うものがガラリと変わったからである。
先ほどまでは、狙いがある。手段もある。それに伴って希望がある。しかし、届かない。一歩どころではなく、どうしようもないところまできているかもしれない。それでも、足掻く。わかっていても、足掻く。足掻き続けた先で希望が灯ると信じて。だが――と、重い空気だったはずなのだ。
それは、超グラートからすれば心地のいいモノだった。
しかし、今はもう違う。
重さはなくなり……ノインたちが発するのはのほほんとした、どこか牧歌的……戦い、争いとは無縁の空気が既に漂っている。
そう。もう戦いは終わったのだ、と態度に表れていた。
だが、超グラートからすれば何も終わっていない。
戦いは続いている。続くのだ。
確かに、超グラートからアルザリアは取り出されたが、その強さは何も変わっていない。
アルザリアを魔王足らしめんとした強大な力の大半――ほぼすべてと言ってもいいだけの力は、既に超グラートに吸収されているため、その強さは何も変わっていない。
だからこそ、超グラートはこう結論を出す。
「……なるほど。絶望で現実を直視」
言い切る前に超グラートの頬が殴られ、その威力に耐え切れずに超グラートは地面に殴りつけられた。
それが強烈であるとその場でバウンド――した瞬間、蹴り飛ばされる。
地面と平行に飛んでいき、地面に落ちると同時のゴロゴロと転がり続けて大きく土埃を舞い上げた。
「――ぐっ! 一体、何が」
腕の一振りだけで舞い上がる土埃を払い、超グラートは自分を殴った相手を見る。
「……何?」
超グラートの視線の先に居たのはニト。
「き、貴様! 攻撃でき――」
たのか! と超グラートは続けようとしたが、一歩前に出ると同時に片膝を着く。
意識は理解していなかったが、体の方は正直だったのだ。
殴り一発。蹴り一発。それだけで、片膝を着いてしまうだけのダメージを受けているのだと。
それで、超グラートも自分が受けたダメージの大きさに気付く。
「ば、馬鹿な! たったこれだけで、これほどのダメージを受けるだと! この我がっ!」
今の己は人の姿形を取ってはいるが、内部は軟体生物に近く、普通の身体ではないのだ。その強度や弾力も強く、斬っても繋がり、打たれても通じず、分裂してもくっ付く。並大抵のダメージが通らないのである。
それでもニトからの攻撃でダメージを受けたのは、並大抵ではなかったというのもあるが、それ以前に超グラートが反応できなかったことの方が大きい。
身構えて受けるのと、そうでないとでは雲泥の差である。
また、一度変異した影響によって心臓ではなく核が存在し、肉体がどれだけやられようとも、その核がやられない限り、超グラートは死なない。
だが、先ほどのニトの攻撃はダメージが通るほど強烈であり、その核に届いた――いや、正確には打撃の衝撃が強烈過ぎて核まで届いたのだ。
直接的ではなかったために核は無事であったが、衝撃だけで片膝を着くだけのダメージを受けたのである。
アルザリアからの攻撃すら凌いだのに――と超グラートは信じられなかった。
「あ、あり得ない! アルザリアとやり合っている時よりも、今の我は格段に強くなっているのだ! それが……なのに……」
動揺が強い……強いが、そんな超グラートの脳裏に過ぎるのは、アルザリアが発した――自分よりも強い者は居るという言葉。
「まさか……ヴァレードではないのか! 貴様なのか! 貴様が! アルザリアよりも!」
超グラートのニトを指差すが、当のニトは――。
「おいっち、にー……さん、しー……ご、ろく……なな、はち……」
準備運動をしていた。
今の一発が甘かった……というよりは、いつも通りの攻撃だったのである。
いつも通りの攻撃をしたあとに、あっ、そういえば、普通の敵ではなかったな、と気付き、力を存分に振るうために準備運動を始めたのだ。
それに、これまで防御ばかりであったため、攻撃の方が鈍ったかもしれない、とも。
そんなニトの代わりに、ヴァレードがその通りですよ、とニコニコとした笑みを超グラートに向ける。
超グラートがそれに気付いた様子はないが、既にニトがアルザリアの言っていた者であると――確信に変わっていた。
「……ない……認めない……認めないぞお! 最強は我なのだあ! 我よりも強い者など存在しない! 存在を許してはおかないのだ! オオオオオオオオオオ!」
受けたダメージと確信によって、心乱れた超グラートが声を張り上げるのと同時に、その身に魔力を漲らせていく。
それがどれだけ濃密であるか、強大であるかを見せるように、超グラートの体から邪悪さを感じさせる黒い魔力を噴出させて、両手を上に向ける。
邪悪な魔力が両手に集まっていき、両手のひらの先――超グラートの頭上に黒い球体を作り出した。
「ハハハハハッ!」
笑い声を上げる超グラート。
黒い球体は両手のひらに集まった邪悪な魔力を吸い出していき、その大きさを巨大なモノへと変えていく。
初めは両手で掴めそうだったサイズが、どんどんと大きくなっていき――人と同じ大きさ、となっても留まらずに大きくなっていき……人の倍、いや、数倍となっても留まらず、十倍近くにまで超巨大化する。
「ハハハハハッ! これでどうだ! 世界すら破壊する力を食らうがいい!」
超巨大な黒い球を、ニトに向けて放つ。
避けられる、とは思っていない。
大きさの話ではなく、立ち位置の話だ。
超グラートは打算的に位置を把握し、ニトが避けないと判断した。
何しろ、避ければ、そのうしろに居るのはノインたちである。
先ほどまでニトが守っていたからこそ、ここで守らないという選択はしないと――どうにかしようとする。しかし、どうにもできずに纏めて葬ることができる、と考えたのだ。
迫る超グラートの超巨大な黒い球。
しかし、ノインたちは意に介していない。
逃げようともしておらず、空気感は何も変わっておらず、セクレがアルザリアを守るように動き、リーストが逃げようとして無理だと諦める程度だ。
そこで、ニトの準備運動が終わる。
「良し。ほっ、と」
天に向かってアッパーカットを放つ。
それが超巨大な黒い球を打ち上げ、そのまま上空の彼方へと消えていく。
「……あれは、どこまでいったんだい?」
「どこまででしょうか。何かにぶつかるまでどこまでも飛んでいきそうですが」
ノインとヴァレードが上空を見ながら口を開く。
超巨大な黒い球はこの星を飛び出し、隕石とぶつかって消滅したがそれを誰かが知ることはない。
超グラートは、ポカンと口を開けた。
己が作り出した、世界すら破壊する力を込めた超巨大な黒い球が、なんでもないように打ち飛ばされたからだ。
何しろ、ニトにダメージが一切ないのは見ればわかる。
「……ば、馬鹿な……そんな馬鹿な!」
超グラートはそう言うしかなかった。
あり得ないと断じたいが、己の行為と結果を直に見たため否定はできない。
否定はできないが、それがイコールで受け入れた、という訳ではないのだ。
だからこそ、言わずにはいられない。
「あ、あり得ない! わ、我は『最強の魔王』の力を手にしたのだぞ! そ、それなのに!」
「力を手にした、か……一つ、言っておく」
ビシリ、とニトが超グラートを指差す。
超グラートはビクリ、と反応して一歩後退するが、それは無意識によるモノである。
本能の部分で恐れを抱き始めていた。
そんな超グラートの様子を気にせず、ニトは口を開く。
「いいか。お前が『神絵師』の力を奪って手にしようとも、それは結局紛い物でしかない。同じ技術を手にしようとも、思考ができようとも、違うのだ。まったく同じモノを描いても……違う。まったく違う。『神絵師』の力を得ようとも、『神絵師』にはなれない」
「な、何を言うかと思えば、『最強の魔王』の力を得ようとも、『最強の魔王』にはなれないだと! 当たり前だ! 我は『最強の魔王』を超えた存在なのだからな!」
虚勢を張る、という言葉が似合うように、超グラートが声を張り上げた。
対してニトは首を横に振る。
「いいや、それは違う。超えてなどいない。真似事では駄目だ。真似事のままでは駄目だ。まずは己を出すことで一歩を踏み出せ」
「いいや! 超えているのだ! 我は『最強の魔王』を!」
それを証明してみせる、と超グラートが体に力を入れ、先ほど以上の邪悪な魔力を漲らせる。
そんなニトと超グラートの様子を見ていたノインとヴァレードは――。
「……なんだろうね。なんかこう、話が噛み合っていないような気がするね」
「奇遇ですね。私も同じように思っていました」
揃って首を傾げた。
「……まっ、今更何を言ってももう遅い。お前は万死に値する行為をした。これが原因で不調になったらどうする? スランプに陥ったらどうしてくれる? 故に、死をもって償え」
ニトはそう断言した。




