46
ニトたちに何かしらの狙いがあることは、超グラートも気付いていように、セクレとリーストも気付いているというか、それがアルザリア救出であることは知っている。
しかし、それがどのような手段を用いて行われるかまではわからなかった。
今の超グラートに小さな傷を一つ付けるだけでも困難である、とそんな手段があるかどうか懐疑的である。
何しろ、先ほどまで戦っていたニトとヴァレードでは駄目だったのだ。
取り込まれたアルザリアを救出することはできなかった。
確かに、ニトとヴァレードの他にもノイン、フィーア、マルルが合流して数は増えたが、この場合における数は絶対ではなく、個の強さが重要になってくる。
セクレとリーストから見て、確かにノインたちは強いが、それでも超グラートとやり合うのは無謀としか思えなかった。
けれど、セクレだけはニトたちに賭けてみようという心境を抱いている。
アルザリアが認めた最強の者が居るし、気に食わないがこういう時は何かしら起こしそうなヴァレードも居るから――というのもあるが、他にも超グラートとリーストと違い、これまでのニトたちの情報を得ていることも関係していた。
これまでにおける戦いの中で敗北はなく、何よりニトたちは狙っていることが失敗することを恐れていない……いや、失敗しない――成功することが既に確定、確信しているように見えていたのだ。
なので――。
(……手段はわかりませんが、アルザリアさまを救出するのを諦めていないのは立派な心掛けです。そして、それは私も同じこと。これから何が起こるのか――何をしようとしているかはわかりませんが、私もいざという時は――)
セクレは何も逃すまいと繰り広げられている戦いを凝視して、必要かどうかはわからないが、その時のための準備を静かに始める。
―――
基本となる部分は先ほどまでと変わらない。
ニトが超グラートからの攻撃を防ぎ、その間に別の者が攻撃を行う。
それはノインたちが来たとしても変わらなかった。
けれど、その密度は先ほどまでと違う。
超グラートからの放たれる乱打をニトが受けとめている間に、そのニトの脇をノインの前足が通り過ぎ、超グラートの体を打つ。
確かな衝撃を与え、立てていた爪が突き刺さるが――それだけ。
超グラートにダメージが入った様子はなく、寧ろ、そのまま反撃でノインの前足を骨ごと砕こうと肘打ちが落とされる。
ニトが割り込もうとする前に、ヴァレードが入り込んで超グラートに蹴りを放つ。
それで超グラートの体自体が横にずれて、肘打ちは空振った。
ならば別の手段で、と超グラートはそのまま殴りかかるが、それはニトがとめる。
同時に、フィーアによる風属性とマルルによる火属性による魔法の援護が行われ、ニト、ノイン、ヴァレードは咄嗟に超グラートから距離を取った。
風属性と火属性の魔法が組み合わさり、超グラートの周囲に燃え上がる竜巻が発生したからである。
轟々と燃え上がる竜巻が周囲の温度を上げ、さらに中と外を一気に燃やし尽くしていくが――そう時間を置くこともなく、内部からの圧力を抑え切れないように、燃え上がる竜巻は散り散りに弾け飛んで消えた。
そこに居るのは、無傷の超グラート。
燃え上がる竜巻によるモノや、ノインの前足、ヴァレードの蹴りと攻撃に対する影響は一切見られない。
「……相当に面倒な相手だね、あれは」
「……(こくこく)」
「敵性魔族の情報を上方修正……上限未知数。確定するにはまだ情報が足りません」
数度やり合い、ノイン、フィーア、マルルはそう判断した。
それに対して、ヴァレードは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「わかっていただけましたか!」
「……なんで嬉しそうなんだ? お前は」
ニトがヴァレードに呆れた目を向ける。
「仲間が同じことを共有する。それは素晴らしく、嬉しいことです」
「いや、こんなことを共有してもな。それに見ろ。呆れているぞ」
ニトに促されてヴァレードがノインたちを見る。
ヴァレードに対して、ノインとフィーアは呆れた目を向け、マルルは敵を見る目を向けていた。
ついでに言えば、その発言が聞こえていたセクレとリーストも呆れた目を向けている。
「おや? おかしいですね。強大な敵を前にして手を取り合い、さらに絆を深めていっている――と思ったのですが」
「あんたの言った通りに絆が深まったとして、それでアレをどうにかできるとでも?」
ノインが呆れながら尋ねると、ヴァレードはもちろんですと頷く。
「強い絆が強い力となることで、敵を倒すことができるようになるのです」
拳を握り、力説するヴァレード。
向けられる目は呆れたままで変わらない。
そのままノインが口を開く。
「そういう力があるとしても、あんたが言うと胡散臭く聞こえるのは何故だろうね」
「人徳、でしょうか」
「少なくとも、あんたの場合は徳ではないと思うけれどね」
やれやれ、と息を吐くノイン。
一見するといつも通りの空気のように感じるが、実際は違う。
超グラートとやり合い、その強さを肌で感じ取ってとり、エクスを振るう隙を作り出すのも一苦労であると実感していた。
また、強さを肌で感じ取っていたのは、超グラートの方も、である。
ただし、それはノインたちが相手の強さを感じ取ったのと違い、己の強さを肌で感じ取った――実感したのだ。
先ほどまでの己であれば、ダメージとなっていたかどうかはともかくとして、先ほどの攻防で傷は負っていたのは間違いなかった。
しかし、今は違う。
まったく無傷であり、肉体強度がそれだけ高まっていることを感覚的なだけではなく、視覚的にも表していた。
「ハハハハハッ! 素晴らしいぞ! この力! ここまでとはな! ここまで、我を高みへと到達させたか!」
超グラートは歓喜を表し、ニトたちを見る。
「貴様たちは強い。今の強さを得る前までの我であれば、やられていたかもしれないほどに。誇るが良い。それだけの強さを貴様たちは持っているのだから。……だからこそ、ありがとう、という言葉を言っておこう。それだけの強さを持つ者たちであっても、我には届かない。通用しない。敵ではない。それが証明されたのだからな」
「ふんっ! そういうのは私たちを倒してから言うんだね」
ノインがそう返すと、超グラートはその言葉を待っていたと言わんばかりに笑みを深くする。
「それもそうだな。では、この次は肉体強度ではなく、純粋な力の方を確かめよう。……そう簡単に死んでくれるなよ? 直ぐ終わってしまっては確かめようがないのもそうだが、つまらないからな」
――瞬間。超グラートはヴァレードに向けて拳を放っていた。
その速度が余りには速く、ヴァレードの反応が僅かだが遅れるほどに。
(――ああ、これは防げないですね)
体が反応して避けようとするが、それよりも速く超グラートの拳が迫り――当たる前にニトの手が差し込まれて防ぐ。
いや、駄目だった。
「耐えろ、ヴァレード」
そんなニトの声がヴァレードの耳に届いた瞬間、超グラートの拳がニトの手をそのまま押し込みながらヴァレードの腹部を殴り飛ばす。
「ぐっ」
ヴァレードから苦悶の声が漏れると同時にそのまま少し殴り飛ばされる。
超グラートはとまらない。
そのままノインへと襲いかかり、蹴り飛ばそうとする。
ノインは超グラートが現れてから反応し、防御のために前足を振り上げ、そこにニトが間に足を差し込む――が、超グラートの蹴り足を抑え切れず、ニトの足ごとノインの前足を蹴り抜く。
衝撃を堪えるような表情を浮かべたノインが少しだけ吹き飛ぶ。
超グラートはそのままフィーアかマルルへと襲いかかろうとしたが、少し距離があり、ヴァレードとノインが立て続けに一撃を食らったことで警戒を露わにしていた。
しかし、今の超グラートからすれば、それは意味の成さない警戒。
「ほらほら。しっかり防がないと死んでしまうぞ?」
警戒していたのにも関わらず、フィーアとマルルが反応するよりも速く超グラートは襲いかかかる。
ニトのカバーが入るが、超グラートの攻撃は先ほどと同じくニトのカバーの上からフィーアを殴り飛ばし、マルルを蹴り飛ばした。
それでニト以外は超グラートから距離ができてしまう。
そうなれば、超グラートの狙いは一人。
「わかっているのだろう? さあ、貴様もいつまでもつだろうな?」
超グラートがニトに襲いかかる。
殴り、蹴り、投げ、様々な手段による乱打を繰り出す。
ニトはそのすべてに反応して防ぎ――きれなかった。
といっても、ダメージを受けている訳ではない。
受けとめることはできないが受け流すことはできる、とニトは器用に体を回転させたりしながら、超グラートからの攻撃を受け流していく。
「器用なことをする!」
力を振るうが楽しいと、超グラートは攻撃の手をやめない。
それを受け流すニト。
ニトが、このままでは不味いかもしれない、と思ったことは正にこの状況だった。
簡単に言えば、今の状態――攻撃意識を持てないニトには出せる力に限界がある。それ以上の力を出そうとすれば、攻撃意識に抵触して逆に身動きが取れなくなってしまうのだ。
ニトが今出せる力の限界を超えた力で、超グラートが攻撃を始めてしまったのである。
だから、受けとめることができなくなり、今は受け流すことしかできなくなった――が、超グラートが口にしたように、それもいつまでもつかはわからない。
受け流しているニトにはわかる。
超グラートの力は、まだまだ上がっていくのだと。
ノインたちは、ニトが超グラートの攻撃を受け流している様子を見て察した――というよりは、状況からそう判断した。
ニトの守りが万全ではなくなったのだ、と。
寧ろ、覚悟が決まった。
早い内に結果を出さねば、取り返しがつかなくなる、とノインたちはダメージ覚悟で攻めに向かう。




