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ヴァレードと超グラートの戦いが始まる。
対峙し、先に飛び出したのは超グラートの方。ニトが攻撃できずに待ち構えていた時のように、ヴァレードが攻めてこいと待ち構えていた訳ではなく、超グラートの方が自主的に、それこそ待ち切れないと急かしたような様子であった。
いや、本当に待ち切れなかったのだ。
「やれやれ。早いですね。そんなにあなたの恐怖とやらを私に刻みたいのですか?」
「ああ、それができるからな! 楽しみだよ! ヴァレード! 貴様が恐怖を刻まれ、我から逃げようとする様を見るのがな!」
超グラートがこれまででもっとも速く動いて一気に距離を詰め、ヴァレードに向けて拳を放つ。
しかし、ヴァレードはそれが見えて――いや、そこにくることがわかっていたかのように体を僅かに傾けながら軽く手で弾いて回避する。
だが、それくらいの芸当はしてくる、と超グラートもわかっており、拳を放ったのは次の行動に繋げるため。
超グラートはもう一方の手を前に出して、前に出た勢いのまま、ヴァレードを捕まえようとする。捕まれば、サバ折りでも仕掛けようかというように。
けれど、それは悪い手ではない。
ヴァレードと超グラートの体格を比べた場合、超グラートの方ががっしりとしているのである。実際、力も超グラートの方が強く、もし捕まれば逃れるのは容易ではないだろう。
ただ、それは捕まれば、である。
ヴァレードは捕まえようとしてくる超グラートの頭部に手を置き、体を上に持ち上げて左右から迫る超グラートの両腕を回避して、そのまま超グラートの背後へと飛び下りて距離を取った。
元々の立ち位置的に超グラートはニトに近しい場所まで進んだのだが、一瞥してニトが手出ししてこないのなら、と振り返ってヴァレードに視線を向ける。
普段であればニトから視線を外すなど自殺行為そのものだが、現状ではそれでも死にはしない。
まあ、視線を外さずとも、ニトの行動速度に付いていけるか――反応できるかどうかは別問題ではあるが。
ただ、ニトが手出ししてこないからといって、それで安心だと判断する超グラートではない。
多少ではあるがニトにも意識は向けていて、ニトが動けば即座に反応できるようにはしていた。
「おやおや、私を前にして他に意識を向けられる余裕までお持ちとは……それだけの余裕を持てるようになったのか……それとも、私を軽んじているのか。どちらでしょうか?」
ヴァレードの問いに、超グラートは笑みを浮かべて答える。
「そんなのは決まっているだろう、ヴァレード。両方だ。我はそれだけの力を持ち、最早貴様は敵ではなくなったのだよ」
「そう言う割には、先ほど私に軽く避けられていたようですが?」
「動きについてこられるかどうか、確認しただけだよ。もちろん、アレが本気ではない。それに同時に理解もした。いや、これは確信を得た、だろうか」
「確信、ですか?」
「ああ。アルザリアが言っていた、自分よりも強いと認めている者は、お前のことだろう! ヴァレード!」
ヴァレードを指差し、ズバリ言う超グラート。
その顔は難解な謎を解明したかのように晴れ晴れとしており、どことなくドヤ顔のように見えなくもない。
けれど、ヴァレードは、それは……とニトをチラリと見る。
超グラートは目を瞑って誇らしげな表情を浮かべ、自慢げに胸を張っていたので、ヴァレードの視線には気付かなかった。
ただ、それならそれで、とヴァレードは会話による時間稼ぎを行う。
「なるほど。ですが、私は自分というモノを理解しています。純粋な戦闘能力という意味では、私はアルザリアさまよりも優れているとは思わないのですが?」
「そう謙遜するな、ヴァレード。確かに純粋な戦闘能力という面で見れば、アルザリアの方が上だろう。しかし、貴様にはなんとも言い難い不気味な強さがある。底が見えないと言うべきか。戦いとは単純に強い方が勝つ訳ではないのだ。総合的な強さが求められる。そういう意味で、貴様は間違いなくアルザリアよりも上だ。今やアルザリアよりも強い我が認めてやろう」
だから誇ればいい、と尊大な態度を取る超グラート。
対するヴァレードはどことなく不服そうな表情を浮かべる。
「さすがに過大評価だと思いますが、ただ、不気味とは失礼ですね。いくら私でも言葉で傷付く場合もあるのですよ」
それはない、とニトと超グラートは思った。
たとえ、そういう様子が見えたとしても、それをわざと相手に見せることで、隙を誘うとか何かしらの意図による演技だと――まずそちらを疑うだろうな、とも思う。
「……今、失礼なことを考えませんでしたか?」
ヴァレードがニッコリと笑みを浮かべて尋ねる。
ニトと超グラートは、まずそういうことを考えられる、思われるのは、普段の行いによるモノだ、と呆れた目を向けた。
超グラートはそれだけではなく、口にする。
「それは貴様の普段の態度がそうだからだ」
思わず、ニトも頷く。
「それはおかしいですね。私としてはこれが普通なのですが」
「……まあ、そう悲観することではない。今、この場で我の手によって死ぬのだからな」
「なるほど。では、不気味と言われたのですから、私もあなたに一つ言葉を送りましょう」
「……なんだ?」
「できもしないことを口にするのは如何なものかと」
「ほう。確かにその通りだ。ならば、証明しようではないか。我はできることを口にしたのだとな」
超グラートから戦意が溢れ出る。
同時に発せられる超グラートの圧は、これまででもっとも高くなっていた。
それだけ、超グラートがその身に取り込んだ力を発揮できるようになった証拠である。
これに、ヴァレードも笑みを消し、真面目な表情を浮かべた。
「……本当に、以前までとは全然違いますね。それこそ、そういう力を持っている存在へと生まれ変わったかのようですよ」
「それを今から貴様は味わうのだ。楽しみだよ、ヴァレード。貴様がどこまで我に付いてこられるか。だから、早々に死んでくれるなよ? 貴様との戦いを楽しみたいからな」
超グラートが飛び出す。
合わせて、ヴァレードも飛び出した。
受けに回るのは得策ではない――何かを行うのなら早々にした方がいいと考えたのである。
何故なら、超グラートの力の底がまだ見えなかったからだ。
超グラートの力は、まだまだ上昇する――下手をすれば自分よりも上の可能性があるとして、それだけの力を出す前にどうにかすべきである、と判断した。
両者が同時に飛び出した以上、開いていた距離は一気に詰まり、そのまま格闘戦を始める。
殴り、蹴り、投げ、とどちらも流れるような連続攻撃を放つ――が、それでも相手にまともに入った攻撃は一度もない。
それだけ実力が近い、ということだろう。
だからこそ、格闘戦は一進一退の攻防――互角の戦いとなっていた。
その戦いはニトと戦っていた時よりも速くなっていき、次第に並の者では視認できないほどの超速戦闘へと変わっていく。
また、戦いは激しくなっていく一方であり、地上だけではなく空中でも格闘戦を行い始めれば、周囲に与える影響も大きくなっていた。
ヴァレードと超グラートが戦った際に発する衝撃の強さで、空からは雲が消え去り、大地は至るところが削れたり、陥没したりと激しい戦闘が行われていることを刻み始める。
「見た目と違い、格闘もできるようだな、ヴァレード!」
「そうですか? 所詮はそれなりだと思いますが? しかし、それなりだと思っている私の格闘と対等に渡り合うことしかできないのなら、あなたの格闘は大したことないのですね」
「残念だが、未だ我は万全の力を発揮できていない。今はまだ準備運動なのだよ。つまり、貴様の力は我にとって準備運動程度でしかないということだ」
「おや? 私の底までまだまだ到達していませんが?」
「それは我も同じだ!」
言い切るのと同時に、超グラートが邪悪な魔力波を放つ。
ヴァレードは魔法で障壁を展開する。
真正面から受ければ砕けていただろうが、斜めに配置して邪悪な魔力波を受け流す。
お返しとばかりにヴァレードも攻撃魔法を放つが、超グラートはなんでもないように腕を払って弾き飛ばした。
そして、何事もなかったかのように両者は戦い始める。
―――
ヴァレードと超グラートの戦いは格闘だけではなく、魔法も加わり、戦いはさらに激化していく。
その様子を見ていたニトは、不意に隣に居る者に声をかける。
「……で、あれは幻覚と戦っている、ということでいいのか?」
「やはり、ニトさまには効果がありませんか。大魔王と勝手に名乗っていますが、今はそれだけの力があるように見える者にすら効果があるというのに」
ニトの隣にはヴァレードが立っていた。
ただ、ヴァレードは驚きもしていない。
ニトであれば――と思っていたのだろう。
「まあ、効果はあるんだろうな。実際に幻覚のお前と戦っているようだし……ただ、その絵面はなんとも言えないな。一人で勝手に戦って、喋って……滑稽というよりは、少し可哀想に見えてくるのは、お前からの被害を受けていると思うからだろうか。不思議だな」
「それは確かに不思議ですね。しかし、被害というのはあまりの言い草ではありませんか? ほら、見ようによっては踊っているようにも見えますし」
「……そうか?」
「それに、そう長い時間かかりそうな感触ではありませんでしたから、その内解けるでしょう。ですが、これで時間を稼ぐことはできました。今の内に原因の解明といきましょう」
「原因の解明? もうわかったのか?」
「確証はありませんが、ある程度推測は立ちました」
「どんな推測だ?」
「さすがに確証を得ぬまま口にするのはやめておきます。もし違っていた場合が恐ろしいですから」
「そんな内容なのか」
う~む、と唸るニト。
実際のところ、ヴァレードの推測は的を得ているのだが、解決策もないままに口にすると、ニトがどのような手段に出るかわからないため、口にはしなかった。
さすがのヴァレードも、最悪というか高確率でこの世界が壊れてしまうようなことになってしまうと、自分の楽しみを楽しむこともできなくなるため、その選択は取らない。
「だが、その確証はどうやって得るんだ?」
「はい。そのために少し離れることにします」
「つまり、当てがある、と?」
「当てと言いますか、まあ、知っているのは間違いないと睨んでいますが……ともかく、確認してきますので、少々お待ちを」
そう言い残して、ヴァレードは転移する。




